Scene9【この愛の置きどころを探して】
心咲ちゃんが悶々としている中、部屋の入り口からがちゃがちゃと物音が響きました。
「ただいまっ!」
あっ、百合ちゃんが帰ってきましたね。
いつも通り、明るくて元気なあいさつです。
部活帰りの上、もう夜の八時だというのに、蓄えたエネルギーが有り余っているようですね。
「心咲?」
お帰りの返事がないため、百合ちゃんのぷっくりと可愛い口がつぶやきます。
心咲ちゃんは、心が楓花ちゃんの部屋に行ってしまっているので、百合ちゃんの帰宅に気付いていないようでした。
あらー、これはいけないです。
目の前の女の子、その娘を見ずに他の女の子のことを考えるなんて、完全に浮気ですからね。
百合ちゃんは心配そうな顔で、勉強机に座っている心咲ちゃんにてこてこと歩み寄ります。
少し茶色がかったショートヘアが、ぴょこぴょこと跳ねました。
「心咲、大丈夫?」
百合ちゃんは優しい手つきで、とんとんと心咲ちゃんの肩をつつきました。
ぼんやりとした顔で、心咲ちゃんは百合ちゃんを振り返ります。
「あっ……百合か」
心咲ちゃんは、ここでようやく我に返ったようですね。おかえりー。
「あははっ、私以外に誰がいるって言うの?」
変なの、とつぶやいてから、百合ちゃんはスポーツバッグをいつもの場所に置きに行きました。
そのまま、着替えや水着の整理などを始めています。
どうやら、この部屋が散らかっている原因の大部分は、心咲ちゃんにあるようですね。
「心咲、どこかわからないところあった?」
手を動かしながら、百合ちゃんは心咲ちゃんに聞きます。
心咲ちゃんが一学期の中間考査でやらかして補習落ちになってから、百合ちゃんは今まで以上に、勉強面の世話を焼いてくれています。
こういった、かいがいしいところも、百合ちゃんがみんなから好かれる理由なのかもしれませんね。
「うーん、いまのところは大丈夫だ。ありがとう」
心咲ちゃんの大丈夫というのは、わかるから大丈夫ではなくやっていないから大丈夫、なんですよねー。
素直にそう言えばいいのに、こういった、ひねくれているところが、心咲ちゃんにみんなが近寄りがたくなる理由なのかもしれませんね。
「そう? ところで、心咲、なに食べた?」
いつの間にか、百合ちゃんが荷物を整理する手は止まっていました。
百合ちゃんは心咲ちゃんに背を向けていますが、心咲ちゃんの反応、一挙手一投足を逃さないような雰囲気を感じます。
声のトーンも、いくらか低くなっていますね。
どうしたのかな、怒っているのかな?
「んん? 寮の晩飯は、百合といっしょだろ?」
浮かれぽんちの心咲ちゃんは、百合ちゃんの変化に気付いていないようです。
あほ面で、百合ちゃんを振り返っています。
成績優秀者の菊花寮でも、そうではない桜花寮でも、晩ご飯は同じものが出されます。
部活動で帰りが遅い生徒と、そうではない生徒も、基本的には同じです。
だから、心咲ちゃんは百合ちゃんにそう言ったのですが、違うんですよねー。
わかりきっていることをわざわざ聞いたことに対する違和感を覚えないと、主人公にはなれません。
「そっかぁ。甘い匂いがしたから、私に隠れてデザートでも食べたのかと思ったよぉ」
心咲ちゃんは、デザートではなくて晩ご飯前に楓花ちゃんを食べてた、というか食べられていたんですけどね。
当の心咲ちゃんはといえば。
はて? デザートなんて食べたかしらん。
そんな感じで、不思議そうに首を傾げています。
鈍感というか、百合ちゃんに置いた信頼によって、深く考えられなくなっているみたいですね。
要するに、おバカです。
「ごめんごめん、気のせいだったみたい」
百合ちゃんの雰囲気は、すっかりいつものピカピカと明るいものに戻っていて。
「じゃーん! 帰りにコンビニで、新発売のプリン買ってきちゃった! いっしょに食べよ?」
そう言って、心咲ちゃんに美味しいスイーツの誘惑をするのです。
心咲ちゃんが一回渋ってからけっきょく、百合ちゃんを太らせないためという言い訳のもと、夜にカロリーを摂取するのもいつも通りでした。
星花女子学園の校則では、登下校の買い食いを禁止していたりはしません。
でも、百合ちゃんや心咲ちゃんみたいに、夜に甘いものを食べたりなんかしたら……わかりますよね?




