Scene5【強がりに連れられて】
「いや、もうここで大丈夫だろ――というか……なんだか西園寺さん、めちゃくちゃ元気じゃないか?」
菊花寮の二階、楓花ちゃんに割り当てられた部屋の前で、心咲ちゃんは、まだ少し喚いていました。
どうせ、押しに弱い心咲ちゃんが楓花ちゃんの部屋に入らずに、この場を去るなんてことはできないんだから。
それに、そんなに部屋に入りたがらないのも、ちょっといやらしいのではなくて?
「あぁ、気を抜くとフラッと倒れちゃいそう。そうなると、造りのしっかりしている寮のドアは、開けられなくなっちゃうなぁ」
楽しそうに微笑みながら、楓花ちゃんはわざとらしく額に手を当てていて。
そして、誰にともない説明口調で言葉を並べます。
心咲ちゃんは、それを訝しく思いながらも、憧れの存在――のようなもの――に対して、あまり強くは言えません。
「東堂さんは、いったいなにを警戒しているの? 友達の部屋に遊びに来たようなもの、じゃないの?」
身体を傾けて、心咲ちゃんの顔を覗きこむ楓花ちゃんは超絶可愛かったですが。
心咲ちゃんのほとんど膨らみのない胸の奥、ドキドキと鼓動する心に、なんだか嫌な予感が去来しました。
しかし、まあ確かに西園寺さんの言うとおりだ、とも思いました。
「わかったから、早く鍵を開けろよな」
ちょっと憮然とした態度のまま、心咲ちゃんは言います。
照れ隠しですね、可愛い。
「あら、鍵は閉まってないから開けていいよ」
「なんて不用心な……」
さすがに女子寮なので、菊花寮は――桜花寮も――玄関のところからセキュリティは厳重です。
ただ、だからこそ、自分の部屋の施錠などに気を遣わない生徒が多いんですね。
ダメですよ? 絶対に安全、なんてことはないんですから。
「ほら、開けて開けて」
心咲ちゃんの腕をゆさゆさと揺らしながら、楓花ちゃんはおねだりします。
どうして私が、と心咲ちゃんは思いましたが、部屋の主である楓花ちゃんがドアを開けないのであれば、自分が開けるしかありません。
心咲ちゃんがドアを開けると、後ろから楓花ちゃんがぐいぐいと押してきます。
「ほら、入って入って」
「そんな押さなくても、入るって」
慌てて靴を脱いで、それらを揃えることもできずに、心咲ちゃんは楓花ちゃんに部屋の中まで押し込まれました。
といっても、がさつな心咲ちゃんがいつも靴を揃えているかといえば、そういうわけではないのですが。
「へえ、すごい綺麗にしてるんだな……」
心咲ちゃんが感嘆の声を漏らしたのは、自分たち――心咲ちゃんと百合ちゃん――の部屋が散らかっていることとは無関係でした。
シンプルに、楓花ちゃんの部屋は物が少なくて、綺麗に整理整頓されているからです。
ワンルームの居室には、備え付けのベットとサイドボード、そして勉強机があります。
どの家具の上にも、無造作に置かれているものなどなくて、もちろん床に服が散乱しているということもありません。
なんだか良い香りが、心咲ちゃんの鼻をくすぐります。
特別に芳香剤なんかが置かれているわけでもないのに、不思議ですね。
「そう? 普通だと思うけど」
心咲ちゃんから遅れて、楓花ちゃんは玄関から部屋に入ってきました。
二人分の靴を揃えてきたのでしょうか、心咲ちゃんと違って育ちがいいみたいです。
「私たちの部屋の惨状からすると、普通じゃねーよ」
苦笑いしながら、心咲ちゃんは楓花ちゃんを振り向こうとします。
そのとき、後ろから、振り向く小さな背中を衝撃が襲いました。
突然のことだったので、心咲ちゃんはそれに抗うことができずに、前につんのめります。
「ぐえっ」
立っていた場所に鞄を落としながら、心咲ちゃんは部屋のベッドに押し倒されていきました。
それにしても、可愛くない悲鳴。
まるで、カエルさんが潰れたみたいでしたね。




