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心に百合の花が咲く明日  作者: あおば
First Sequence
5/51

Scene5【強がりに連れられて】



「いや、もうここで大丈夫だろ――というか……なんだか西園寺(さいおんじ)さん、めちゃくちゃ元気じゃないか?」


 菊花寮の二階、楓花(ふうか)ちゃんに割り当てられた部屋の前で、心咲(みさき)ちゃんは、まだ少し(わめ)いていました。

 どうせ、押しに弱い心咲ちゃんが楓花ちゃんの部屋に入らずに、この場を去るなんてことはできないんだから。

 それに、そんなに部屋に入りたがらないのも、ちょっといやらしいのではなくて?


「あぁ、気を抜くとフラッと倒れちゃいそう。そうなると、造りのしっかりしている寮のドアは、開けられなくなっちゃうなぁ」


 楽しそうに微笑みながら、楓花ちゃんはわざとらしく額に手を当てていて。

 そして、誰にともない説明口調で言葉を並べます。

 心咲ちゃんは、それを(いぶか)しく思いながらも、憧れの存在――のようなもの――に対して、あまり強くは言えません。


東堂(とうどう)さんは、いったいなにを警戒しているの? 友達の部屋に遊びに来たようなもの、じゃないの?」


 身体を傾けて、心咲ちゃんの顔を覗きこむ楓花ちゃんは超絶可愛かったですが。

 心咲ちゃんのほとんど膨らみのない胸の奥、ドキドキと鼓動する心に、なんだか嫌な予感が去来しました。

 しかし、まあ確かに西園寺さんの言うとおりだ、とも思いました。


「わかったから、早く鍵を開けろよな」


 ちょっと憮然とした態度のまま、心咲ちゃんは言います。

 照れ隠しですね、可愛い。


「あら、鍵は閉まってないから開けていいよ」


「なんて不用心な……」


 さすがに女子寮なので、菊花寮は――桜花寮も――玄関のところからセキュリティは厳重です。

 ただ、だからこそ、自分の部屋の施錠などに気を遣わない生徒が多いんですね。

 ダメですよ? 絶対に安全、なんてことはないんですから。


「ほら、開けて開けて」


 心咲ちゃんの腕をゆさゆさと揺らしながら、楓花ちゃんはおねだりします。

 どうして私が、と心咲ちゃんは思いましたが、部屋の主である楓花ちゃんがドアを開けないのであれば、自分が開けるしかありません。


 心咲ちゃんがドアを開けると、後ろから楓花ちゃんがぐいぐいと押してきます。


「ほら、入って入って」


「そんな押さなくても、入るって」


 慌てて靴を脱いで、それらを揃えることもできずに、心咲ちゃんは楓花ちゃんに部屋の中まで押し込まれました。

 といっても、がさつな心咲ちゃんがいつも靴を揃えているかといえば、そういうわけではないのですが。


「へえ、すごい綺麗にしてるんだな……」


 心咲ちゃんが感嘆の声を漏らしたのは、自分たち――心咲ちゃんと百合(ゆり)ちゃん――の部屋が散らかっていることとは無関係でした。

 シンプルに、楓花ちゃんの部屋は物が少なくて、綺麗に整理整頓されているからです。

 ワンルームの居室には、備え付けのベットとサイドボード、そして勉強机があります。

 どの家具の上にも、無造作に置かれているものなどなくて、もちろん床に服が散乱しているということもありません。

 なんだか良い香りが、心咲ちゃんの鼻をくすぐります。

 特別に芳香剤なんかが置かれているわけでもないのに、不思議ですね。


「そう? 普通だと思うけど」


 心咲ちゃんから遅れて、楓花ちゃんは玄関から部屋に入ってきました。

 二人分の靴を揃えてきたのでしょうか、心咲ちゃんと違って育ちがいいみたいです。


「私たちの部屋の惨状からすると、普通じゃねーよ」


 苦笑いしながら、心咲ちゃんは楓花ちゃんを振り向こうとします。

 そのとき、後ろから、振り向く小さな背中を衝撃が襲いました。

 突然のことだったので、心咲ちゃんはそれに抗うことができずに、前につんのめります。


「ぐえっ」


 立っていた場所に鞄を落としながら、心咲ちゃんは部屋のベッドに押し倒されていきました。

 それにしても、可愛くない悲鳴。

 まるで、カエルさんが潰れたみたいでしたね。



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