Scene3【隣の百合は白いけど】
妖しく艶めく楓花ちゃんの口から。
調子が悪くて付き添ってもらっているのが恥ずかしい。
そんなことを耳もとで囁かれて、心咲ちゃんは正常な思考を行えるはずもなく。
心咲ちゃんと、その腕を組む楓花ちゃんは、人目に付かないように裏口から校舎を出ました。
確かに、正面の出入り口からだと、グラウンドで部活動に励む生徒や体育館への通路を行き交う生徒なんかもいるので、寄り添う二人の姿が見られてしまったでしょう。
まあ、本当に恥ずかしいというのが理由で、楓花ちゃんが裏から出たがったのかどうかはわかりませんけどね。
「……西園寺さんは、菊花なのか?」
裏門から学校を出たときに、心咲ちゃんは、一応聞いてみようか、といった口調で楓花ちゃんに聞きました。
ちなみに、菊花というのは、この私立星花女子学園の学生寮、菊花寮のことです。
学習面もしくは文化面において優秀な成績を持つ生徒が所属できる寮で、学年トップの成績を誇る楓花ちゃんは、当たり前に菊花の寮生でしょう。
「ええ……でも、一人部屋が羨ましい、なんて言わないでね? 実際は寂しいだけなんだから」
楓花ちゃんは微笑みながら、心咲ちゃんが言おうとしていたことに先回りをして釘を刺しました。
菊花寮の生徒には成績優秀の特典のようなもので、全員に個室が与えられるのです。
心咲ちゃんは、まさに口を開いて言う直前だった内容を当てられて、鯉みたいにお口をぱくぱくしています。
さらにちなみに、心咲ちゃんを含む一般の生徒が所属しているのは桜花寮という寮で、そこでは二人部屋が割り当てられます。
桜花のほとんどの生徒が、一人部屋を羨ましいと思っていることは間違いないのです。
しかし、じゃあ桜花寮が嫌なのかというと、それは少し違います。
実際、成績向上によって菊花へと移る権利を得た桜花の生徒のうち、大多数はそれを断るそうです。
「……ふーん、気楽でいいのかなぁって思ったんだけどな」
とりあえず当たり障りのないことを、心咲ちゃんは言いました。
心中を読まれて、動揺しているようですね。
「東堂さんは、百合ちゃんと同部屋なんでしょ? 明るくて元気で、絶対に楽しそう!」
絶対に、調子が悪いなんて嘘。
それがわかるぐらいにきらきらとした顔と声で、楓花ちゃんは、心咲ちゃんと同部屋の女の子の名前を挙げました。
心咲ちゃんは、腕に感じる楓花ちゃんのいろいろな柔らかさに気を取られて、その矛盾に気付かなかったみたいですけどね。
南篠百合。
今年度から、桜花の寮で心咲ちゃんと同部屋の、名前通りに純粋な心を持った女の子です。
「百合のこと、知ってんだ」
星花学園では、寮で同室の生徒同士が、同じクラスに割り振られることはありません。
だから百合ちゃんも、中等部三年の現在、心咲ちゃんと楓花ちゃんとは異なるクラスに所属しています。
「同じクラスになったことはないけど、もちろん知ってるよー」
楓花ちゃんの口ぶりの理由は、楓花ちゃんが有名なように、百合ちゃんもなかなかに有名だからです。
百合ちゃんは勉強が特別できるというわけではありませんが、人付き合いが上手、というか人付き合いが好きなのです。
誰に対しても分け隔てなく接し、持ち前の天真爛漫さによって、いつの間にか仲良くなってしまう。
同じ学年で、百合ちゃんのことを悪く言う生徒は、いないのではないでしょうか。
「まあ、あいつは、良い子ちゃんだからな」
ちょっと皮肉を効かせた言い方で、心咲ちゃんは百合ちゃんを評しました。
……たぶん、この、ちょっとひねくれている心咲ちゃんぐらいですね。
みんなに好かれる、百合ちゃんのことを悪く言うのは。




