Scene11【下心は補習のスパイス】
自身を睨む可愛い心咲ちゃんに対して、楓花ちゃんはクスリと可笑しそうに笑います。
「ただ、悪いのは先生ではなくて、心咲ね」
核心をぼやかして話す楓花ちゃん。
その態度に、心咲ちゃんは口をとがらせて不満そうです。
ただ、いまの楓花ちゃんは心咲ちゃんにとって、補習の地獄に垂らされた蜘蛛の糸。
なかなか邪険に扱うことはできません。
「だから、どういうことだっての……」
心咲ちゃんは、地面の石をこつんと蹴るようなジェスチャーをしていますね。
ここ、学校の廊下なので、石なんて落ちていないんですけどね。
「知りたいなら、私の部屋で勉強会をしましょ?」
楓花ちゃんは、心咲ちゃんの腕を取って横に並んでから、顔を覗きこむように首を傾げています。
至近距離から楓花ちゃんに誘惑されて、心咲ちゃんの心は揺れ動きました。
もし以前のことがなければ、心咲ちゃんは、ぽわぁとした顔で頷いていたはずです。
「……なんでわざわざ、楓花の部屋に行かないといけないんだ? そこら辺の教室でいいじゃないか」
楓花ちゃんから顔を背けるようにしながら、心咲ちゃんは言いました。
確かに心咲ちゃんの言うとおり、放課後の教室は部活動を行っているところ以外、特に施錠もされていません。
外部から学校内に入るときのセキュリティが厳重なので、内部はそんな感じ。
というのは、寮といっしょですね。
「使う参考書を、いま持っていないのよ」
私の部屋に置いてある、と楓花ちゃんは小悪魔な微笑みを見せました。
それを横目でちらりと見た心咲ちゃんは、なおも渋るような表情を浮かべます。
おそらく心咲ちゃんは、この前楓花ちゃんの部屋からの帰り際。
もう来てやらないからな、と楓花ちゃんに宣言したことを覚えているのでしょう。
もしかしたら、今度来たときは最後まで、という楓花ちゃんの言葉を気にしているのかもしれません。
「……嫌ならいいのよ? たぶん、あと一週間ぐらい補習を受ければ、心咲は合格点を取れると思うし」
「あと、一週間……」
楓花ちゃんからの宣告に、心咲ちゃんは絶望しました。
あんなにきつい補習が、あと七日間――天地創造にかかる時間と等しい――も続くことに、心咲ちゃんは耐えられなかったようです。
見かけ上は均衡を保っていた天秤が、菊花寮の楓花ちゃんの部屋に、どかんと投げ込まれました。
「……お願いします、教えてください」
心咲ちゃんは、ショックで口調が変わってしまいました。
ちょっと涙目なのが、庇護欲をかき立てられますね。
「っ! えっ……ええっ、私に任せなさいっ!」
楓花ちゃんは、心咲ちゃんのしゅんとした姿を見て、なんだかふんすふんすと興奮しているようです。変態だぁ。
はたして、ちゃんとお勉強ができるのでしょうか。心配です。
補習は定期試験ごとに設定されていて、もし三週間以内にクリアできなければ、恐ろしいことが起きるそうです。
まだ誰も味わったことのない恐怖を知りたければ、勉強しないでみるのも、いいかもしれませんね。




