Scene1【眠れる放課後の美女】
私立星花女子学園の、放課後の廊下。
吹奏楽部の演奏や運動部の喧騒は遠く、その中を一人の女の子が歩いています。
上履きをぱたぱたと鳴らして歩く、小さな背丈に、幼児な体つき。
小学生かな?
あれ? でも、この学校は中高一貫の女子校ですけどね。
女の子が着ている紺色のブレザーの胸元には、中等部三年を表す、黄緑色の校章が刺繍されています。
ということは、この女の子は中学三年生?
十五歳――もしくは十四歳――という発育の半ばにおいて、ずいぶんと他の子に差をつけられてしまっているのではないでしょうか。
せめて髪だけでも、そんな想いで伸ばしたのかもしれません。
頭の後ろでひとつに括られた、腰まで伸びる艶やかな黒髪が、なんとも涙ぐましいですねー。
「うっさい、黙れ」
おっと、失礼しました。
この女の子は、東堂心咲。
どうやら、自分の教室に忘れ物をしてしまったので、取りに戻っているところのようです。
授業の終わりから二時間以上が経っていて、廊下には、やはり他の生徒の姿は見えません。
この学校には活動的な生徒が多いため、みんな部活動や遊びに忙しいのでしょう。
ちなみに、心咲ちゃんは頭が悪くて補習を受けていました。
学年で五人と選ばれることもない補習授業に参加できるなんて、まさに選ばれし者なんですねー。
「そろそろ静かにしようか? ぶっ飛ばすよ?」
あら、恐い恐い。
そんなこんなで、心咲ちゃんは、教室に置き忘れたスマホを取りに戻ってきました。
歴史があって古い学校なので、教室の扉を開けると、ガラガラとけっこうな音が鳴ります。
扉を開けた心咲ちゃんの目には、いつもの教室、見慣れた光景。
この教室ではないにしても、二年の間ずっと通っていて、さらに春から二ヶ月が経過しています。
だから、見慣れているはず――なのですが、ちょっとだけ、教室の様子は心咲ちゃんの予想と差異がありました。
心咲ちゃんが開けた教室の後ろの扉、その対角線、教室の前方の席に、一人の女の子が机に突っ伏しています。
彼女の名前は、西園寺楓花。
読み途中の文庫本を読み切ってから帰ろうとして、途中で寝てしまったのでしょうか。
机の空いているスペースに、しおりの挟まれた本が置かれています。
「西園寺さん……?」
心咲ちゃんが、名前をつぶやきました。
机で寝ている後ろ姿だけで、それが楓花ちゃんだとわかったのには、理由があります。
楓花ちゃんは、才色兼備のスタイル抜群、性格も穏やかながら芯の強い温厚篤実。
心咲ちゃんが、がさつで女の子らしくなくて幼児体型で、頭も悪いので、まったく正反対の人物なんですね。
まあ、顔立ちに関していえば、人の好みによって、どちらに軍配があがるのかわかりませんけれど。
とにかく、心咲ちゃんは、自分に無いものを持っている楓花ちゃんに、複雑な憧れ――もしかしたら嫉妬――に近い感情を抱いているのでした。
中学三年になり、同じクラスになって二ヶ月。
心咲ちゃんは、事あるごとに、楓花ちゃんを目で追ってしまっていました。
だから、彼女の机がどこか一瞬でわかりますし、そこで寝ているのが彼女だと判断するのも瞬時です。
自分の机に向かって歩いて、その中のスマホを取り出す間も、楓花ちゃんのことが気になっているみたいですねー。
寝ている婦女子をチラチラと窺う姿は、いくらクラスメイトとはいえ、傍から見たら不審な人物でしかありませんけどね。




