6-1 「あぁ、よかった。ユーフェミア」
本日二話更新です。
もう一話は19時ごろ予約更新予定です
ユーフェミアは眠りの中にいた。
体が酷く熱くなったかと思えば、凍えるように寒くなり、カタカタ震える体をぎゅっと抱きしめる。
寒さに震えながら琥珀の瞳をゆっくり開けば、目の前に広がったのはホワイトアウトした世界だ。
あぁ、またこの夢か。
と、ユーフェミアは琥珀の瞳を伏せる。
氷の魔法を使い過ぎた後、必ず見る夢だ。
右も左も真っ白で分からない凍てつく吹雪の中、自殺行為ともいえる薄着のまま、かつて未亜だったユーフェミアはゆっくりと歩く。
気がつけば、ユーフェミアの姿は黒い髪の色はそのままだが、瞳の色は日本人特有の、黒に近い茶にその色を変える。
歯がカチカチと音を立て、無意識に流れる涙はすぐにパチリと凍って、意識と感覚と体中の熱を奪っていった。
氷の魔法を大規模に使うと、ユーフェミアはいつもこの夢を見る。
氷の魔法の使い手として、ディシャールでもトップクラスの魔力を保持するユーフェミアであるが、その魔法にはリスクがあった。
魔力があまりにも強すぎて、ユーフェミアの体が耐えられないのだ。
魔力の量から考えれば、ユーフェミアはその気になればアレクシオの街一つを凍らせることができるが、そこまで大きく魔力を使うと指先から凍り始め、体中が凍ったように冷たくなるのだ。
使ってすぐはいいが、時間が経ち眠りにつく頃には冷たくなった血が体中を巡り、凍ったように動けなくなってしまう。
指先から凍傷で壊死しないのは、耐えられないと言えどユーフェミアが放つ魔力だからなのだろう。
では、魔法を使わなければいいのかと言えばそう言うわけではない。
使わなかったら使わないで、発散されずに体内に残った魔力が体を侵し、内臓が酷く冷えて体調を崩しやすくなってしまう。
おかげでユーフェミアは慢性的に冷え性で、冷えた食べ物や飲み物を飲むのが得意ではない。
こういったことは、魔力の強い者にはよくあることだったが、ユーフェミアは自身の魔力と殊更相性が悪かった。
妹のイリアはそこまで魔力が多くないとはいえ、魔力との相性が良いらしくここまでにはならない。
ユーフェミア自身は、自分の魂が元々別の世界で生きた未亜のものだからじゃないかと考えているが、それは概ね合っていて、そして今のユーフェミアが知る事が無い話だ。
ただ、ユーフェミアにとって一つ確実なのは、この夢がかつて未亜が死んだ時の事をなぞっているという事だろう。
死んだ時と言っても、これが本当に死んだ時の夢なのかユーフェミアには分からない。
そもそも、未亜として死んだ時の事は曖昧なのだ。
雪の中飛び出して、寒さに震えて倒れたところまでは覚えている。
おそらく、雪に包まれて死んだのは間違いないのだけれど、ユーフェミアには断言できるほどの記憶が無い。
そもそも、吹雪の中飛び出したのはパニックになった故なので、致し方ないことだが。
未亜となったユーフェミアは、薄着で裸足のまましばらく歩いて、いつものようにぱたりと倒れ込んだ。
ガチガチと震えながらも、もう指一本動かすことができなくなり、ユーフェミアは諦めたように瞳を閉じた。
幼い頃はこの悪夢に怯えて涙を流して魘されたものだが、あまりにも見過ぎて慣れてしまった。
それでも、この寒さは耐えられるものではなくて、毎度カタカタと震えてしまうのが辛いのだが。
この夢を見た時の対処方法は、いつだって耐える事だった。
幸運なことに、この夢を見ることは予測ができるので、ユーフェミアはそういう時は腕輪をして眠るようにしていた。
魔力制御の腕輪だ。
春祭りの散策前につけたこの腕輪には、炎の魔石もつけていて、ユーフェミアの氷の魔力をほんのちょっとだけ中和してくれるようにしている。
寒さに凍えはするものの、この腕輪をして耐えきれば朝をちゃんと迎えることができる。
これらのことは、家族と、国王夫妻。それから信頼のおける侍女達数人しか知らないことだ。
未来の王太子妃となるべくして育てられたユーフェミアに、そんな弱点があることは知られてはならない。
だからユーフェミアは、氷の魔力を操りながらも、寒さに極端に弱いという事をずっと隠し続けていた。
だから、今日のこの夢も、だまって朝が来るのを待てば耐えられると、そう思っていた。
膝を抱えることすらできずに、風と雪が吹き荒れる音だけを聞いて、ただひたすら耐える。
未亜であった時に、理不尽な暴力を耐えた事と、同じように。
と、
そんなユーフェミアに届いたのは暖かな風だった。
いつもの吹き付ける、雪混じりの冷風ではなく、温かみを帯びた優しい風だ。
吹雪から守るように、くるくると周りをまわったその風を感じて、ユーフェミアははたと起き上がる。
気がつけば、ユーフェミアは未亜ではなくユーフェミアの姿に戻っていた。
吹雪はやみ、真っ白な雪原に色とりどりの小さな花が咲き乱れていく。
誰かに優しく頭を撫でられているような気がして、ユーフェミアはそのぬくもりに縋りつくように手を伸ばした。
あったかい。
このぬくもりを、ユーフェミアは知っている。
愛しくて、暖かな、大事なぬくもりだ。
今まで、この夢を見た時の絶望が全て晴れていくような気がした。
―――――――わんわん
どこか遠くの方で、懐かしい鳴き声が聞こえた気がして、ユーフェミアは懐かしい愛犬の名を呟くようにして目を覚ました。
見覚えのある天蓋が見えて、ユーフェミアは「ふうぇ?」と声をあげる。
「あぁ、よかった。ユーフェミア」
心底安心したようなテノールと、銀の髪。
金色の優しい瞳をした初恋の相手と目が合って、ユーフェミアは一呼吸の後、絶叫した。




