5-41 「いつだって一緒にいたし、寄り添い合ってた。でも引き裂かれちゃった」
*二話同時更新二話目
ユーフェミアは、信じられない面持ちで、もう一度夕焼けに照らされるアレクシオの街に目をやって、そうして絶句した。
アレクシオの街並みの象徴である白い壁。
そういえば、街の建物は建物同士が随分と近かったような気がするし、言われてみれば建物自体が、ゼロからそこに建てたというよりも元々あった岩をくりぬいたというのが近い作りをしていた。
建物と建物の間は、くりぬかれたようになっていたし、そう言ったところにある道や階段は全て、アレクシオの街を作る白い壁と同じ材質だったように思う。
どうして気がつかなかったのだろう。
ユーフェミアの目に映る街並みは、長く巨大な首を抱えるようにして眠る、真白の体躯に紺碧の毛を生やした大きな大きな竜の形をしていた。
ユーフェミア達が先ほどみごとな演奏を披露した場所は、竜頭広場と呼ばれていたのだが、アレクシオが1匹の大きな竜だと聞けば納得である。
竜頭広場近くにある、アレクシオ大聖堂。
それがアレクシオまるっと1つ分の1匹の大きな竜の頭の部分であるなら、目と鼻の先にある広場は竜頭広場という以外に他ない。
街1つ分の体躯を持つ、巨大な竜。
それは確かに、四聖の巨竜と言って過分ではない存在感を、遺骸になった今でも放っていた。
「ユフィは、創世神話を知ってる?」
おもむろに、エミールが言葉を紡ぎだし、ユーフェミアはそれを見上げるように彼を見て、「もちろん。王太子妃教育の一環ですから」などと言葉を返す。
創世神話は、この世界の成り立ちを今に伝える神話だ。
ディシャールでは、月の精霊姫と建国王が国を作った建国神話の人気が高く、ともすれば国民から忘れられがちだが、世界的に見ると世界を作った創世神話のほうがメジャーである。
主、と呼ばれる存在が海と陸と月を創り、それぞれ治めるために海と陸と月の神と竜を創って、それから人と獣を創った。
長く、幸せだったが、やがて地で争いが起こり、陸の神はそれを身を挺して止めると、陸地を四つに割って、それぞれに国を与えて眠りについた。
ざっくばらんに言うと、そう言うような話である。
ディシャールは、その四つに割れた大陸の1つ西大陸にあり、建国王の祖は大陸が四つに分かれた時に、月の精霊神に分け与えられた西大陸に住むことを許された一族の末裔とされている。
月の精霊姫が、どんな理由でこの地に降り立ったのかは伝わっていないのだが、歴史研究家の有識者の間では、大陸が割れた時に月の精霊神と関わりが深かったからなのでは? というのが通説となっている。
「最初の僕は、月の精霊神に仕えた竜だったんだ」
エミールは静かな声音でそう言った。
「……時代が合いません。エミールは四聖の巨竜は2000年生きたと言いました。けれど、創世神話の話は、もっと古い話のはずです。」
「月の精霊神と共に生きた竜は代替わりするんだよ。だいたい3000年生きたらお役御免になって、生まれ変わって、次の人生は自由になる。
だから今頃、月の精霊神には別の竜が仕えているはずだよ」
エミールはそう言って、アレクシオの街を眺めたまま視線をずらさなかった。
ユーフェミアは、夕焼け空に照らされたその横顔から、どうしてだか目が離せない。
「四聖の巨竜は、真白の鱗に紺碧の毛を持つ、酷く傲慢で、愚かな竜だった。
自分と、仕える神と、唯一認めた親友である精霊王以外の存在はどうでもよくて、いつも力を誇示してた。
それが大人しくなったのは、唯一である番を見つけたから」
「番を?」
「そう、花竜のお姫様だったんだよ、最初の番。海の竜の眷属だったんだけど、色々あって海から追放されたお姫様」
「……体格が違い過ぎませんか?」
「ぷはっ」
ユーフェミアの発言に、エミールは思わず吹き出した。
今日初めて交流した花竜は手のひらサイズのとても極小な竜であったはずだ。今目の前に横たわる巨竜の遺骸を見る限り、巨竜から見た花竜はきっと爪先よりもずっと小さいだろうとおもうと、世紀の凸凹カップルにしか見えなくなってきて、ユーフェミアとしては非常に気になってしまう。
だがしかしこの発言は、まさか気になるところがそこだなんてと、非常に悲しいことにエミールの笑いのツボを刺激したようだ。
真面目な話をしようと思っていたのに、エミールはお腹を押さえて涙目になりながら笑っている。
一方、空気がぶち壊れそうだとは思ったものの、どうしても気になって発言してしまったユーフェミアは、まさかエミールに泣くほど笑われるとは思っていなかったので、気まずそうに顔を赤らめた。
「そ、そんなに笑わなくていいじゃないですか! そりゃ、ムードとかロマンスとか、ぶち壊したのは分かってますけど」
「いやま、分かるよ。きになるよ……ね……ぷっ、ははダメ。おかしい」
「~~~っ」
ユーフェミアがいじけてプイっとそっぽを向くころ、エミールはようやく涙をぬぐって復活した。
「まぁ、体格差はすごかったよ。
竜の姿同士だと、彼女鱗一枚よりもずっと小さかったし。
だから、共通で認識してる人の姿に似た姿にお互い変身して愛し合ったんだけど、最初の僕は大男の姿にしか変身できなくて、対して彼女は幼子の姿にしかなれなかったから……」
「絵的にだいぶまずいですね。通報されませんでしたか?」
「竜の番を通報する馬鹿はさすがにいなかったけど、もしいたなら最初の僕が咬み殺してただろうね」
「まぁ、そもそも、番を他の男が見た段階で引き裂いてただろうけど。竜は嫉妬深いから」などと言いながら、くすくすとエミールは笑う。
笑っているのに、その顔は少しだけ淋しそうに見えて、ユーフェミアはどきりとして、それからどうしてだかもやりとした気持ちがこみあげてきてしまった。
何とも言えないこの感情が、どういったものなのか分かりたくなくてユーフェミアは目を瞑る。
「……愛し合われていたんですね」
「そうだね。いつだって一緒にいたし、寄り添い合ってた。でも引き裂かれちゃった」
「……え」
「贄の聖女の話、覚えてる?」
「ミオソティス様の?」
「最初の僕の最愛は、贄の聖女と同じ。
この世界で最初の贄に選ばれちゃったんだよ」
泣き出しそうな顔で、エミールはそう言った。
さらりと頬を、海からの風が撫でて、ユーフェミアは瞳を瞬かせる。
「贄の聖女は……精霊神が、世界の糧に求めるものだと言われているのですが」
「今に至る、通説はね。
贄の聖女に至るまで、伝承を遡れば6人求められているけれど、最初の僕の番はその1番目。
創世神話に、陸の精霊神が陸地を割ったって話が出てくるでしょう?
争いが起きて、どうにもならなくなって、月の神が時を戻した後、陸の神は陸地を4つに割って世界に溶けた。
それを維持するために、楔として海の精霊神の力が必要だったのだけれど、海の精霊神は性格が悪くてね。
手助けするどころか、こちらの呼び声には一切答えず沈黙を貫いた。
そのせいで、海の精霊神の眷属だった彼女に白羽の矢が立ったんだよ。
楔として、その身を捧げてくれって」




