1-3 「死ねばいいのにと言わなかっただけ褒めて頂きたいですの」
口が超絶悪い公爵令嬢をよろしくおねがいします。
「何をするんだではありません。
冗談じゃありませんわ、殿下。恥を知りなさい!!!
殿下、この茶会は陛下と王妃様の連名で開かれた茶会で、この場に招待された貴族はどの身分の者であれ、須らく陛下と王妃様の客人でございますわ。
その客人を捕まえて、言うに事欠いて何と言いました?
「この場にそぐわない妾腹の娘」ですって?
陛下と王妃様の客人に、よくもまぁそんな醜悪な言葉を吐けましたね。
しかも客人たちの目の前という公の場でご令嬢を嘲笑うなんて、殿下は恥をご存じでないの?
あぁ、ご存じないのでしょうね。でなければどうしてこんな醜悪で愚かなことができましょう。
殿下、貴方は何も気が付いていないようですが、陛下と王妃様の顔に泥を塗ったのですよ。
それともご存じないのですか?
生まれがどうであれ、王族や貴族という立場の者が、他の貴族を、ひいては平民を馬鹿にすることなど一切許されないのです。
この場に招かれた私たちは現状、身分に差はあれど、このディシャールを支える国民なのです。
国民がいて、はじめて王族というものは王という立場でいられるのです。
その王が、国民を嘲り笑い、見世物にして揶揄うなど言語道断、前代未聞ですわ。
第一王子殿下なら、そのことはもちろんご存じでしょう? それとも、折角教育していただいたのにすっかり忘れてしまったのですか? それでは、教えた教師たちも報われないですわね。
お可哀想に。
周りの殿方も殿方です!
よってたかって女性を嘲笑うなど、あなた方の心は性悪なのですか?
それとも、貴方方は女性は嘲笑ってよいものと教えられているのですか? 名誉ある12公爵家の血を継ぐ者として恥ずかしくもなくそういうことができるというのであれば、我らが崇高なる初代様方にその身をささげて餌となってしまいなさい!
その方がよほど、公爵家の糧となりましょう!
まったく、こんな醜悪な行いをする方を次期国王として支えろだなんて、なんて難しいことを陛下と王妃様は仰るのでしょう。
殿下、貴方に重ねて問いましょう、こんな醜悪なことを貴族相手でも平気でする第一王子を、どうやって支えろと?? できるというのであれば、ぜひご教授いただきたいですわ!
冗談じゃありません、冗談じゃありませんわ!!」
わずか7歳とは思えない、正論の言葉のつぶてに、ぶどうジュースを浴びたカーシスも周りの子女子息達も、一度フリーズした。
一息でそう言ったユーフェミアの、これが伝説に残る大説教である。
後のユーフェミアは語る。
「あの時はやってしまったと思いましたわ……、でも最後に死ねばいいのにと言わなかっただけ褒めて頂きたいですの」
と。
そうして、後にエミール・リブレットは語る。
「え? あのくっそつまんなそうな茶会でそんなこと起こってたの? えーー、サボらずに行けばよかった。そうしたら、僕の可愛いユーフェミアをあんなクズ男の婚約者になんかしなかったのに」
と。
*
この直後、騒動を聞きつけた国王と王妃、それから12公爵家の面々により茶会は閉会された。
騒動の原因である第一王子と取り巻き、子爵令嬢とそれからユーフェミアは別室に隔離され、被害者と加害者別々に事情を聞かれた。
「ユーフェミア、貴方の気持ちは分かりますがだいぶ言葉が過ぎていましたね。本来であれば王族に対する不敬行為ととられて厳しく罰されても仕方のない行いでしたのよ」
「はい、お母様。深く反省しております、このような形で自制を失うとは……私もまだまだ未熟です。皆様にご迷惑をかけることになって、本当に申し訳なく思っております」
「本音は?」
「どうせ今頃、ピーチクパーチクとうるさく鳴いているのでしょう? もっと徹底的にやってやればよかったですわ。しかしながら、あのぶどうジュースには悪いことをしました。お母様、ぶどうジュース、いくつか樽で購入させてもらって孤児院の子供たちに寄付とかできないでしょうか?」
「あぁ、ユーフェミア。母はあなたが優しく健やかに育ってくれて嬉しいですが、今はちょっと不安です」
親子の会話聞いていた立会人は「この親にしてこの子あり……か……」と思ったらしい。
結論から言えば、ユーフェミアは罰されることにならなかった。
それよりも、第一王子のあまりにもな行いに、廃嫡騒動が巻き起こったからだ。
件の子爵家は先だって言った通り、代々出産医療系の魔法を使うことに特化しており、貴族……殊更その成り立ち故に子を残す事に重きを置いている12公爵家にとって、この子爵家は子爵家でありながら重要な位置にいたのだ。
その子爵家が、第一王子とその取り巻きの行いにブチ切れた。
子爵家からすれば、子爵家の全てを懸けて、ようやく授かった我が子である。
その愛しい我が子が、第一王子と12公爵家の子息という、ゆくゆくはこの国の中心人物となるであろう貴族に馬鹿にされたのだ。こんな屈辱はないだろう。
馬鹿にしてきた子息の中には、難産の末に子爵自身が取り上げた子供がいたことが、その怒りに拍車をかけ、第一王子が廃嫡されないなら、この国を出て隣国へ出るとまで言い切ったくらいだ。
ちなみにこの段階で、国王と王妃は公にはできないものの、子爵家と子爵令嬢に誠心誠意謝っているし、これでもかというほど第一王子を怒鳴りつけて叱っている。取り巻きの子息達はそれぞれの公爵達が盛大に叱りつけて謝罪させた後、謹慎と称して倫理と道徳を学ぶスペシャルコースにぶち込み済みで、会議の結果次第で処罰を与えられることになっている。
現在は「俺は悪くない!!!!」と駄々をこねて謝罪をしない第一王子を、あの手この手を使って諭している最中だったが、たとえ謝罪したとしても諸悪の根源である第一王子がいずれ国王になることなど、一番の被害者である子爵家にとって到底認められなかった。
国王と王妃は、正直廃嫡もやむを得ないと覚悟していた。
第一王子が人間としてもう少しまともであったならともかく、優秀な子爵家を他国に手離してまで今の第一王子を守ることはできない。2人は第一王子の唯一無二の父と母であるが、それよりも前に国王と王妃である。故に、これは致し方ないと言える。
12公爵家は「廃嫡すべき」という意見と「まだ若いから更生の余地がある」という意見、「第一王子を廃嫡するなど言語道断」という意見の三分割になって荒れていた。
正直に言えば、基本的に長男が後継ぎという前提があるこの国で、こんな「第一王子がアホすぎる」という理由で廃嫡の前提を作りたくなかったというのが、12公爵家達の本音であった。
長い長い会議の結果、立場上会議に参加せられていた子爵がぼんやりとした頭で「ユーフェミア嬢が王太子妃となるならこの国に残っても構わない」と妥協案を示したことで、会議は転換期を迎えた。
正直疲れ切った深夜テンションとも言えたが、ユーフェミアとの婚約はあまりにも魅力的な提案だった。
茶会の一件は箝口令が敷かれていたものの、その実あの茶会に招かれた貴族たちの間で、ユーフェミアの人気はうなぎのぼりになっていたのだ。
真っすぐに美しく伸びた夜色の髪に、社交界の美しき薔薇と謳われた母によく似た面差し。光り輝く琥珀色の瞳を持ち、すでに社交界で才女として噂されていたリンスフォード家のわずか7歳の姫君が、件の茶会で第一王子を怒鳴りつけたのを見て「なんと勇敢な姫君なんだろう」と
貴族の子息子女は偉く感動して帰ってきたのだ。
正直な話、すでにこの時第一王子の被害者は子爵令嬢だけではなかった。
下級貴族の男爵家と子爵家で、第一王子に軽んじられた経験のない貴族など数えるほうが早かったし、辺境伯に至っては領地外遊の際、領内で狩猟がしたいと第一王子が我儘を行った際に、禁止したはずの魔法を使って貴重な狩猟地を半壊させられたなど、被害をあげればきりがないほど、第一王子はやらかしていた。
が、第一王子という立場上、不満をあげにくい環境が整ってしまっていた。
「国王陛下も王妃も、とても素晴らしい方なのに」と不満を募らせていた貴族達にとって、12公爵家の上位貴族であるユーフェミアが、わずか7歳という幼さで正論で第一王子を叱りつけるという事態が起こって、歓喜しない方がおかしいと言えよう。
もちろん、淑女でありながら第一王子という(一応)高貴な人間を怒鳴りつけたことに、眉を顰める者もいたが、それ以上に第一王子の被害者達が多かったため、ユーフェミアに面と向かって石を投げる者は皆無であった。
そういうわけで、ユーフェミアは今現在貴族の間でとても人気だった。
本人は現在3週間の謹慎処分を受けているため知らないが、才女ユーフェミアには数多の求婚が殺到しているらしい。
「ユーフェミア嬢の人気と、才女としての頭脳、そして第一王子に臆することのない勇気をもってすれば、第一王子にも更生の余地があるのではないだろうか?」と誰かが言った。
あの第一王子が暴走したとしても、ユーフェミアが手綱を握ってくれるのなら……。
深夜テンションでなければ、わずか7歳のユーフェミアにここまで多大な期待を寄せることはなかっただろう。それほどまでに追い詰められていた彼らの視線が、今現在娘に昔の行いが原因で全力で嫌われている、自業自得を極めた若きリンスフォード公爵に注がれる。
「娘に尋ねて、受け入れると言ってくれるなら」
リンスフォード公爵はそう答えるのが精一杯であった。
次話で1章終了です。