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冗談じゃありませんわ!  作者: salt
第一章 公爵令嬢 ユーフェミア・リンスフォード
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1-2 「恥を知りなさい!!!」



 ユーフェミアはイリアより2年早く生まれ、イリアが生まれてまだ間もない頃、母と共に向かった先で生まれたばかりのイリアに出会った。

 ユーフェミアは2歳であったが、当時既に才女として才能を花開かせていた。

 呼吸をするように高位の魔法を安定して扱い、聖書を一度読み聞かせれば、舌足らずながらも諳んじてみせ、数字という記号を教えて計算の仕組みを教えれば、パズル遊びだとでもいうように複雑な計算をやすやすと解いた。

 芸術的なセンスもあり、高尚な芸術家や音楽家が彼女に少し手ほどきしたかと思えば、「本物の天才とはこういうことを言うのだな」と半数くらいが挫折して戻ってくる有様だった。

 まさに才女とは、ユーフェミアの事を言うのだと、彼女を知る者は口を揃えて言う。


 母によく似た顔立ちをしながら、その眼差しは今は亡き父である若き太陽を思い起こさせ、真実を知るリンスフォード家の親族達は、才能溢れた若き太陽の再来と期待を持った。


 だが、その当時のユーフェミアはその期待を受け止められるほど強くはなかった。

 彼女の本質は、好きなことを好きなように学んで、吸収するのが好きなだけであった。

 当時の彼女は、そのまま育てば深窓の令嬢と呼ばれるだろうというような、心根の柔らかな大人しい少女であり、男性に人見知りはするものの特に男嫌いというわけでもなかった。才女であるという以外は、ごくごく普通の公爵令嬢だった。


 ただ、母の意思とは無関係に親族の過度なプレッシャーと詰め込み教育に、わずか2歳のユーフェミアはすっかり音を上げて、ある日突然倒れ体調を崩してしまったのだ。

「もうなにもしたくない」と嘆くユーフェミアを連れて、ユーフェミアの母が訪れたのは生後間もないイリアの元だった。

 ゆりかごの中ですやすやと眠るイリアは、ユーフェミアの小さな指を差し出すと赤子ながらの反射でぎゅっと握って微笑んだ。

 ユーフェミアはそこで初めて妹という存在に触れた。

 赤子の儚さと、生きようとする力強さに感動したユーフェミアに生まれたのは、とてつもなく大きな庇護欲であった。


「この子はね、ユーフェミアの妹なのよ」


 母にそう言われ、ユーフェミアはこの生まれたばかりの妹を大切に守ろうと心に決めた。

 守るための力をつけるために、ユーフェミアはまず、根を上げた勉強を頑張ろうと心に決めた。妹に恥じない姉でいようと、できる事もできない事も努力した。

 その特異な間柄にユーフェミアは気が付くことはしばらくなかったが、週に一度イリアに会いに行くことが、幼い彼女の楽しみの全てになった。


 イリアもまた、幼き頃からユーフェミアにとても懐いていた。

 育児の手伝いにと雇った者たちですら、赤子だったイリアに手を焼いたのにユーフェミアが側について、幼いながらにつたない子守唄を歌えばどんなに泣き叫んでいてもするりとよく眠ったし、言葉を覚えたのだって、ママ・まんまの次にユーフェミアの名を呼ぶための「ゆー」という言葉だったくらいだ。

 自我が目覚める頃にはユーフェミアの事を、週に一度やって来てくれる最愛のお姉様だとイリアは認識していた。



 才女であるユーフェミアが、真実に気が付いたのは6歳の時だった。

 ユーフェミアとイリアは確かに姉妹だと自覚していたのに、母親が2人いるという事実に彼女が改めて気が付いた時、才女であった彼女がリンスフォード家の真実に辿り着くのは容易かった。


 幼き彼女は父親だと思っていた公爵を嫌悪した。

 良くも悪くも潔癖で然るべき年頃であるし、公爵のしでかしたことは、たとえ父であったとしても許されざることである。現にまだこの時、ユーフェミアの母もまた公爵を許してはいなかったので、これに関しては重ねて何度も言うが公爵の自業自得である。


 けれどもこの公爵のしでかした真実に気が付いたのが、彼女の男嫌いの始まりであった。

 それでもまだ、彼女は父親を嫌悪しただけで済んでいた。


 とどめを刺したのは7歳の時に王家で開かれた、茶会での一幕である。


 第一王子の婚約者やご学友候補を探すためにと開かれた茶会には、同世代の貴族の子女や子息たちが集められていて、ユーフェミアはもちろん、後に親友となるエミリアも招待されていたのだが、6つ年上の第一王子カーシス(当時12歳)は、その茶会で盛大にやらかしたのである。


 その茶会は、公爵家から子爵家迄、年の近いものを平等に招いていた。後にその同じ世代の貴族の子息や子女たちが、いずれ王となる第一王子を支えるだろうと見越してのことであったのだが、当の第一王子にその願いは届かなかったようだ。


「あぁ、なんだ? この場にそぐわない妾腹の娘がいるじゃないか」


 馬鹿なんだろうかこいつは。と……、当時のユーフェミアはまず思った。


 カーシスは、事もあろうに招待した一人の子爵令嬢を妾の子として馬鹿にし始めたのだ。

 馬鹿にした言葉の内容は、形容しがたいほど醜悪だったため割愛するが、本当に酷い内容だった。


 確かにその令嬢は、王都に居を構える子爵家で妾の子として生まれた令嬢だった。社交界ではそう言った意味で有名な話であったのだが、ユーフェミアはその真実を知っていた。


 その子爵家では長く子供が生まれず、奥方がようやくの思いで身ごもった子は、とても残念で不幸なことにこの世に生まれることができず、またそれが原因で奥方は子供を産むことができない体になってしまった。


 出産医療系に特化した魔法を代々使うその子爵家は、そこである魔法を開発した。

『命の欠片を、別の腹に宿らせて育てる』という特殊な魔法だ。この魔法に懸けた子爵家夫妻は、リンスフォード家を通して12公爵家と王家に直談判し、借り腹の淑女の協力を得てこの魔法を実現した。そうして生まれたのが、今第一王子に妾腹の娘と嘲笑われている子爵令嬢である。


 結果としてこの魔法は、倫理的な観点から禁術となって王家に預けられることになり、件の子爵令嬢は世間的には妾の子として社交界に伝聞することになった。

 そう言ったわけで、世間的には確かに彼女は借り腹の淑女の腹から生まれた妾の子だが、実質その体は子爵家夫妻の血を引く由緒正しい貴族であった。


 今回この茶会に招待したのも、彼女という存在の真実を知らせることはできないながら、王家がその存在を認めて茶会に招待したという既成事実を作るためである。それは致し方なかったとは言え、社交界に広まった噂を少しでも軽減したいという国王と王妃の配慮に他ならないものだ。


 そうでなくとも、この茶会は国王と王妃の連名で、第一王子の名のもとに開催された茶会である。

 その第一王子が、招待した子爵令嬢を公的な場で嘲笑うなど前代未聞であった。





 カーシス・エルドラド・ランフォールドが、どうしてこのようなクズになってしまったのか。

 もうこれに関しては、躾がどうのという問題ではない。彼の生まれついての素養が、クズだったとしか言いようがない。


 王家特有の金色の髪に、青く煌めくサファイアの瞳を持って、第一王子として生まれたカーシスは別段特別甘やかされていたわけではない。第一王子として父と母に愛され、乳母に可愛がられ、民たちに尊ばれてきた、ただそれだけである。

 第二王子アーロン・バルバット・ランフォールドも同じように愛され、真っ当に育ったのだ。育て方自体は概ね普通だったはずだが、第一王子であり、次期国王であるという立場に彼は生まれながらに調子に乗ったのだろう。

 気が付いたら、国王も王妃も唖然とするほどの傲慢王子となり果てていた。

 しかも驚くほど我が強い上に、自分が正しいと信じて疑わない為、国王と王妃の言うことすらろくに聞かなかった。どうしてこうなったと、王族と12公爵家が頭を抱えたのは言うまでもない。


 それでも……、それでもまだ、第一王子がこんなとんでもないことをしでかすとは誰も思っていなかった。招かれた貴族の子息や子女がドン引きする中、空気の読めないカーシスは、同じく調子に乗った取り巻きの12公爵家の子息たちと子爵令嬢を揶揄い続けていた。


 ちなみにこの時、第二王子であるアーロンは後の婚約者であるエミリア・リブレットに運命的な一目惚れをして、どうにか交流を持とうとしている最中で、兄の側から離れていた。

 兄がしでかした事に遠巻きに気が付き、わずか10歳だった彼は顔を真っ青に染めて、ユーフェミアと同じ歳でまだ7歳だったエミリアに「大丈夫ですか?」と心配されていたところである。


 さて、


 ユーフェミアは激怒した。

 必ず、あの邪智暴虐の王子に分からせてやろうと決意した。


 リンスフォード家が関わったことで、子爵家の事情をユーフェミアはしっかりと理解していた。

 その事情に、イリアと自分の境遇を重ね、子爵家の令嬢とは交流こそなかったものの、いずれ社交界に出る前に友人としての交流を持っておこうと思っていたくらいだ。


 その子爵家の令嬢が、あろうことかこの国の第一王子に嘲笑われている。

 しかも取り巻きの子息たちは12公爵家の子供達ではないか。


 ただでさえ、父親の一件で色々と不信を抱いていたユーフェミアは、ここで完全に男というものに嫌悪した。


 その日のために誂えてもらった、当時流行っていたオレンジ色のドレスを翻してユーフェミアは第一王子に近づくと、持っていたぶどうジュースをその顔面にぶちまけた。


「な……何をするんだ貴様!」

「何をするんだではありません。

 冗談じゃありませんわ、殿下。恥を知りなさい!!!」




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