5-16 「ねぇねぇ! 僕にも頂戴ユーフェミア!」
許されたと言うことに、トパリアズは素直に喜んでいるのか、パタパタと尻尾を振ってエミールに甘えるような声を出した。この竜、ひどく単純である。
後から聞いた話では、トパリアズは30歳ほどで、精神的な年齢は5歳ほどだと言う。大きな体ではあるが竜としてはまだ成体になる前なようで、大人になるにはまだ数年かかると聞かされた。
衝動に任せてルールを侵したとして、きちんと反省するなら、許しもまた教育であるべき年齢だ。きゅいきゅいと甘えるトパリアズの様子を見るにエミールは慕われているのだろう。
その様子に、ユーフェミアはちょっとだけ微笑ましいような気持ちになる。
「御挨拶はすんだかい、トパリアズ様。そうしたらお使いの箱をくれるかい?」
彼らの中ではこういった光景は割と日常茶飯事なのだろう。果物売りの女性がそう言うと、さっきまで落ち込んでいたトパリアズはなんとも嬉しそうに「きゅい!」と鳴いた。
胸を張るようにして女性の前に立つトパリアズの首から、果物売りの女性はするりと箱を受け取った。
抱えるほどの大きさのその箱の蓋を、果物売りの女性がゆっくり外すと、中に満ちていたのは先ほどおすすめだと言われたキングスベリーだ。
キングスベリーは、この世界におけるイチゴの栽培品種の1つである。
真っ赤なガーネットのような色をした、大粒の赤い宝石。
ひとくち含んだだけで口いっぱいに広がる甘味と、ほど良い酸味は地球・日本の有名品種のイチゴにも引けを取らないとユーフェミアは思っている。
ちなみに、ユーフェミアは知らないことだが、キングスベリーは強面の威厳ある王として通っている、ディシャール国の国王陛下の一番の好物で、春になると国王夫妻はキングス地方に視察にいくのだがその目的の8割はいちご狩りである。
そんなわけでこのイチゴ、まさしくキングスベリーの名にふさわしいイチゴで、近年においては最高級品・上級品は貴族の口に入るが、農家のたゆまぬ努力によって一部のものはこうして平民の口にも入るようになった。
が、流通経路の関係で、如何せん生で食べる機会は少ない。産地である王家の直轄地であるキングス地方は、リンスフォード領よりは王都に近いがどんなに急がせても馬車で5日かかる。
王都でも流通しているのはジャムやドライフルーツばかりだ。
公爵令嬢のユーフェミアですら、痛みが早い生のキングスベリーは数えるほどしか食べたことが無い。
故に、こんなにもたくさんの新鮮なキングスベリーを見たのは初めてだった。
「トパリアズ様が運んでくださった今朝摘みたてのキングスベリー、お嬢さんも食べるだろう?」
そう言って、果物売りの女性はいたずらっ子のようにウィンクする。
感動のあまり、ユーフェミアはこくこくと頷くことしかできなかった。
果物売りの女性は慣れた手つきでキングスベリーを小さな籠につまみ入れると、ぱちんと指を鳴らした。
ぱしゃんと言う水音がしたかと思うと、籠を包むように水球が現れキングスベリーを綺麗に水洗いしたようだ。どうやら果物売りの女性は水魔法の使い手らしい。こういう時、水魔法は便利だなとユーフェミアは思いながら、綺麗に洗われたキングスベリーを受け取った。
レースの手袋を片方外して赤い宝石のようなそのキングスベリーを一粒、厳かにつまみあげてしげしげと眺める。
どうしようもなく綺麗で真っ赤な大粒の宝石に、ユーフェミアはこくりと喉を鳴らせると、その先端をぱくりと口に含んだ。
口の中に入れた瞬間に香る芳醇な香りと上品な甘み。控えめながらも主張する酸味が口どころか体中に広がっていき、ユーフェミアはくらりと目眩を起こしそうになった。
練乳も生クリームも必要ない。
いや、あったらあったで絶対つけて食べるけども、今この生のキングスベリーを味わってしまったら、必要ないのだと言ってしまっても仕方がない。
「おいしい……」
体いっぱいに広がる甘酸っぱさを感じて、ユーフェミアは破顔した。
今日のために、朝ご飯をヨーグルトだけにしておいてよかったとしみじみ考えながら、虚空を見つめてトリップしてしまう。
その様子を見て、エミールはもちろんカインも果物売りの女性も、トパリアズですらも呆けたような顔でフリーズした。
なんておいしそうに食べるんだろうと、それぞれ思わず感嘆のため息をつきそうになる。
ユーフェミアのその表情に釣られるように、カインは「ねぇねぇ! 僕にも頂戴ユーフェミア!」と強請った。ユーフェミアはカインの声にハッとした顔がしたが、それからにっこりと微笑んで「はいどうぞ」と、カインの小さな手にキングスベリーのヘタを丁寧にとってから渡した。
カインは小さな口を大きく開けたかと思うと、ぱくりとキングスベリーを口いっぱいにほおばる。
その瞬間、エメラルドグリーンの小さな瞳が無言のままにキラキラと瞬き、トパリアズと同じように小さな尻尾を大きくぶんぶんと振る。カインは前々世がオタクなので、こういった時に声をあげずに無言で感動するのであった。




