4-19 「ぎゅうってしていい? ぎゅうって!」
「まぁ、だいぶ何話してるか分からなくなってしまったけど、つまり僕は辞書なんだよ。ユーフェミア、どうか便利に使ってくれたまえ」
カインはそう言って、胸を張ったが、ユーフェミアは困ったように眉根を寄せる。
便利に使ってくれと言われても、ユーフェミアにはとてもじゃないがカインをそんな風に使えない気がした。
ユーフェミアにとってカインは、意志ある生き物である。
先ほど、感情がないと言ったが、とてもそんな風に見えなかった。
「あぁ、ユーフェミア。さっきの言葉が引っ掛かってるの? 気にしなくていいよ、僕に感情が無いのは事実だし、もっと言えば心もない。かつて、持っていたころの記憶がそうさせているだけで、実際痛覚とかもないよ。依り代の体だからね」
「……だからといって、それは悲しい気がしますわ。ここに確かにあるものを、人形だからって無下にするような性根を、残念ながら私は持っていないです」
「エミール様だってそうでしょう?」と言えば、「どうだろうね」とカインは返した。
幼い頃の残酷なエミールを知ってるカインからすればその言葉は当然だったが、ユーフェミアは知らないことだ。
「多分、エミールの中では僕の事検索機能がついてる辞書だとしか思ってないよ。
あぁ、気にしないでユーフェミア。僕は人間やめたおかげでここにいるんだから、人間扱いされないのは当然だもん。それが理だから僕は傷ついたりしないよ。
傷つく心もないし。」
カインはにっこりと微笑んでそう言うが、ユーフェミアにとっては逆効果だ。
かつて持っていた心を知っているからこそ、その悲しみが理解できてカインは優しく息を吐くと、ユーフェミアの側にすり寄った。
小さなカインの頭が、懐く子犬のようにユーフェミアのまぶたをなで、その温かさにユーフェミアは悲し気に顔を伏せた。
「ユーフェミアは情緒が深くていい子だねぇ。よしよししてあげよう。
もう20年もサイコパスと一緒だったから、めっちゃ新鮮だなぁ」
そう、嬉しそうに尻尾を振りながら「聞いてくれる?」とカインは自身の事情を語り始める。
「うんとね、僕は人生3回目なんだけど、今の僕はね、今ここに、こういう風に存在するために人間やめちゃったの。
ユーフェミアも転生者だからなんとなくわかってるかもしれないけど、輪廻転生って考え方あるでしょう?
基本的に魂は生まれた世界の持ち物だから……、まぁ例外はあるんだけど地球で生まれたなら地球で、この世界で生まれたならこの世界で転生するんだよ。だけどね、ごく稀にあぶれた魂が別の世界で生まれちゃうの。
僕とかユーフェミアとかは、あぶれちゃった典型例だね。
地球はなんかあぶれやすいんだって、創造主たちの偉い人が言ってたよ。
記憶なしの転生者なら、結構いるんじゃないかな?
で、魂って言うのは心……って言うか人格かな。それと記憶と魔力で構成されてるの。肉体はあくまで付属物で、言い方をざっくりにすれば体だけ現地調達するんだよ。どんな転生者でもね。
で、魂は本来生まれ変わる前に前の世で染みついた記憶とか、感情とか綺麗に洗うんだけど、まぁそれがなんかの原因で洗いきれなかったりするとこうして、前世の記憶って形で残っちゃうんだよね。
僕とユーフェミアみたいに。案外雑なんだよ。
あ、こうなってくるとエミールが気になる?
あいつはね、まぁ例外って言うか特殊例なんだけど、四聖の巨竜の魂って言うのが、この世界に制約で縛られた魂の1つなの。
12公爵家の初代の獣達がみんなそうなんだけど、ディシャール王国は月の精霊国の分家扱いでめっちゃ特殊なんだよね。
まぁそれ以上は禁則事項に触れるから内緒なんだけどさ。
エミール……っていうか、リブレットの初代は転生するって決まった時に記憶……いや、この場合は記憶って言うよりも知識だね。それと魔力は受け継いだけど、心とか人格は置いてきちゃったそうだよ。理由は分かんないけど。
エミールは、「初代は人間になりたかったんじゃないかな」って言ってたよ。 「そうじゃなかったら、僕が”人間でありたい”って願うわけない」って。」
「人間になりたい?」とユーフェミアは繰り返す。
それに対して、カインはくすくすと笑う。そういう反応は久しぶりな気がした。
「人間になりたいんだって、人間やめちゃった僕に言うんだよエミール。ちょっと凹んだ時にしょんぼりしながら言ったの、可愛いとこあるでしょ?」
内緒話のように、獣の指先を口元に持っていき人差し指に当たるであろう指を立てて、カインがジェスチャーするので、ユーフェミアもまた真似をして頷いた。
「……これ、エミールに言わないでね。バラしたって言ったらまた首絞められちゃうから。
話がだいぶ逸れちゃった……それでね、
僕はね、確かに地球で人生1回やって、この世界で2回目やったけどね、3回目の僕になるためにすごく無茶したの。地球に生まれたのも、この世界に生まれたのも僕の意思じゃなかったけど、3回目のこの僕だけは自分の意思だから……まぁ、代償は必要だったってとこかな。
まぁ、平たく言うとね、僕は僕の望みを叶えるために、人間やめたの。
僕が生きたあの世界から100年後にもっかい会いたい人がいたからね。
それでその代償って言うのが、人間をやめる事だったの。
魔力は無くしちゃったけど、記憶はあるよ、あの頃持っていた人格もある。
でも致命的に違うの。
僕は今、人間じゃない。
本来、創造主の代理って言うのは心を持たないの。端末に心なんて不要だからね。
だから、前の僕が持ってた心はあるけど、この体にある以上反映されない。
感情も反映されない。
今の僕が人の感情があるように振舞えているのは、記憶と知識で計算して「こういう時に昔の僕はこうやって動く」って瞬時に考えてそうやって振舞ってるだけ。
凄いでしょ? 僕ってとても役者だから」
カインはやっぱり、胸を張ってそう言う。
同情するべきではない、とユーフェミアは思ったが、やはり悲しいことだと思った。
友人が、どこか壊れてしまったと聞くのは、同情している云々は別として、単純に悲しく感じてしまう事柄である。
「そんな悲しそうな顔しないでユーフェミア。
これは2回目の僕が選んだ道だし、エミールには言わないけど割と気に入ってるんだ。」
カインはそう言うが、気がつけばユーフェミアはほろりと涙を流していた。
普段から気軽に泣いたりしないユーフェミアだが、こういう時に涙が出てくる情緒は持ち合わせている。イリアに言わせれば、最愛の姉は存外泣き虫だと言うだろう。
「あぁ、もういいこだなぁ……エミールにはもったいないくらいいい子。
ぎゅうってしていい? ぎゅうって! あったかいなぁ……」
カインはとても嬉しそうに、その涙をぬぐうように自身の体をユーフェミアに押し当てて小さな手を広げて頬にしがみついた。
見た目は滑稽だが、今は見る者は誰もいない。
「エミールが番になってほしいって連れてきてくれたのがユーフェミアでよかったなぁ……
あ、結婚して欲しいわけじゃないよ!
僕の事気にして、エミールと結婚するなんて絶対やめてね!」
「……それは、もちろんですわ」
それとこれとは別である。
ユーフェミアは慌てて自身の涙をぬぐうと、きりっとカインを睨み付けた。
それを見て、カインはますます嬉しそうに尻尾を振る。




