0-3 「お姉ちゃんは許しませんからね!!」
「いいこと、カーシス。お前が誰と結婚しようと何しようと、私には関係ないわ!
好きにするといい。
でも絶対に、これだけは認めない。
私の可愛いイリアが、お前のようなクズと結婚することだけは許さないわ!!
思えば10年前、私は嫌だと言ったのに「ユーフェミアだけが頼りなの」と敬愛する王妃様にお願いされたから、私は大嫌いなお前の婚約者として日々を過ごし、厳しい王妃教育にも耐えてきたのよ!
お前の傲慢さを何度も諫め、やらかしの後始末をし、方々に下げなくてもいいはずの頭を下げて、この国のために尽くしてきたわ! 10年間も!
お前がどんなに傲慢だろうと、考えなしの馬鹿だろうとも、どうにか国際問題にならないように、どれだけ私やアーロン殿下が隣国と周囲の皆様と民に心を砕いたと思っているの!?
何度も、もう無理と思うたびに、「耐えて頂戴」と王妃様に請われなければ、とっくの昔に見限っていたわ!
それが何? 婚約を破棄してくれ?
上等よ! こっちから破棄して欲しいくらいだわ!
ずっと、ずぅっとお願いしてきたことですからね! せいせいするわ!
けれど、その上で言うに事欠いて、イリアと結婚したい?
冗談じゃないわ!!
なんで私の可愛いイリアをお前と結婚させなくてはならないのよ!
イリアはね、私の可愛い妹なのよ! 優しくて愛らしい、自慢の妹なのよ!
生まれのせいで周りからとやかく言われたとはいえ、ずっと一緒に暮らせなかった子で、最近ようやくうちに迎え入れることができた可愛い可愛い妹なのよ!
本当はもっと早く、あの子のお母様と一緒に我が家に迎え入れたかったのに!!!
不幸な出来事が切っ掛けとは言え、ずっと可愛がりたかった妹を、ようやく大手を振って可愛がれるようになって、私もお母様もとても喜んでいるのに、どうしてお前のようなクズに嫁にやらないといけないのよ!!
冗談じゃない! 冗談じゃないわ!!!
イリア! お姉ちゃんは許しませんからね!!」
ユーフェミア嬢は一息でそう言うと、王太子を全力で睨み付けた。
周りがぽかんとしてる中、エミールだけがあまりの出来事に笑いをこらえている。
「は? ユ、ユーフェミア! 貴様不敬だぞ!!!」
「何を言ってるのカーシス! 私は事実しか言ってないわ!
イリア、悪いことは言わないわ。この男だけはやめなさい! 絶対に不幸になるわ!」
「不幸になんてするわけないだろう! 俺は王太子!次期国王だぞ!」
「国王がなんだって言うの!? こんな公的の場で、裏付けも碌に取れていないことで私を断罪しようとしたお前が、私の可愛いイリアをどうやって幸せにするというの?
いいことカーシス、私は真実の愛とやらを信じているわけではないけれど、お前が本当に私でない別の誰かを愛して、妻にしたいと思っているのだと最初から相談してくれているなら、身を引くのはやぶさかではなかったわ!
その娘の意思を確認した上で、正しく手続きをして、お二人が幸せに添い遂げられるようにお手伝いしたことでしょう。
身分が違ったとしてもです!!!
それがなんですか?
私がイリアを虐げたと根拠もない罪で、公的な場で衆人環視の中で断罪するなんて愚策! よくまぁそんな顔でできましたね。
せめて裏付けと証拠を示すならまだしも、それもないままにこんなところで一方的に私を断罪して、その後お相手の方が社交界でどう思われるか考えたことがあって?
明確な証拠があるならまだしも、ないままに断罪して婚約者を辱めたら、相手の方は「王太子の婚約者を辱めたご令嬢」と後ろ指を指されるのよ!
それでもまだ!
まだ、私の知らない御令嬢なら「お可哀想に」と思うだけで我慢できたわ!
お前のこの愚かな行為の尻拭いをしたうえで、王妃様と国王陛下に後のことをお願いして、社交界から退いて、大嫌いなお前の為ではなく、お前が愛したというご令嬢が少しでも過ごしやすいようにと体裁を整えたうえで、身を引いたことでしょう。
でもカーシス! お前はよりによって、私の可愛いイリアに手を出した。
これがどうして許せるというの!?
おまえは!
私の可愛いイリアが!
社交界で後ろ指指さされるような真似を選んだと知っていて!?
そんな考えなしに、どうして私が可愛いイリアを嫁に出さないといけないのよ!!!
冗談じゃないわっ!!!!!」
ユーフェミアは一気にそう言い放った。
言ってる内容はただただ正論である。
その正論を上回る妹大好きの主張に、周りは完全にやられていた。
ただ一人、エミールだけが腹を抱えて笑いを堪えていた。
「ユ、ユーフェミア! 未来の王であるこの俺に、よくもまぁそんな不敬を重ねられるな! お前が何と言おうと、イリアも俺を慕ってくれている。お前の入る余地なんて……」
「そうなのイリア? イリア、本当にこの男がいいの? 我儘で傲慢で、考えなしで、しょうもないことを一生自慢する上に仕えてくれる臣下にすぐに八つ当たりする、心の底から愚かなこの男の、どこがいいの?
イリアがね、私の知らないこの男の良い所があるって言うなら、この男を本当に愛してると言うならお姉ちゃん、この男大嫌いだけど、心底大嫌いだけど協力するわ。真実を教えて頂戴」
ユーフェミアは王太子の事をボロクソに言いながらイリアに駆け寄った。
イリアはずっとおろおろとしていた。王太子の陰に庇われている様子から、王太子を慕っているのだとだれもが思っていたのだが、ユーフェミアが王子を無視してイリアに駆け寄り、その手を優しくとってよしよしと撫でてやると、どうしてだかアイスブルーの瞳を潤ませてぽろぽろと泣きだす。
「お、お姉様……私……こんなことするつもりなくて……、ただ、お姉様をお救いしたくて……」
「あぁ、イリア。やっぱりそうなのね」
「な、なんだイリア? おいユーフェミア! お前イリアに何をし」
「黙りなさいクズ! イリアが喋っているでしょう!」
泣き出したイリアと、ユーフェミアを引き離そうと手を伸ばした王太子に、ユーフェミアはぴしゃりと威嚇した。イリアに触るなとでも言わんばかりに、庇うようにイリアの体をユーフェミアは抱きしめる。
「わ、私、お姉様に虐げられているのだろう? って殿下に迫られて、違うと何度も言ってるのに信じてもらえなくて、そのうち、お姉様という方がいらっしゃるのに私に愛しているなどと殿下が言い始めて……、こんなドレス着たくないのに……お姉様に選んでいただいたドレスを着たかったのにとりあげられて……、私悔しくて、悲しくて……お姉様がこんな酷い仕打ちを殿下から受けるくらいならって……、私が犠牲になったほうがずっといいって……そう思って……」
わぁああん、と泣きだしたイリアをユーフェミアは聖母のように抱きしめた。ユーフェミアの言い分が正しいのかどうかは別として、その姿は宗教画のように美しい。
そう思いながらもエミールは「あのドレス、王太子の趣味だったのか……センスがないね」などと呟いてエミリアに睨まれてしまった。でもまぁ、それ以上何も言われなかったので、多分エミリアも趣味が悪いと思っていたのだろうと思うことにする。
「そんな……イリア、嘘だろう? 嘘だと言ってくれ! どうしてそんな嘘をつくんだ! 君はずっとユーフェミアに虐げられていたのだろう?」
「そんな! そんなわけないじゃないですか!
王都の郊外で、私が母と暮らしていた時、たまに来る父は母しか顧みてくれず、私が真っ当に育つように見守ってくださったのは義母様とお姉様でした……。
読み書きができるようになったのも、母の病を治すために資金援助をしてくれたのも義母様とお姉様で、世間体もあるというのに私のことをずっと可愛がってくださいましたし、母が亡きあと絶望して死を望んだ私を叱咤激励して、公爵家に招いてくださったのもお二人だった。
貴族の子女として未熟だった私に、王立学園でも馬鹿にされずに生きていけるマナーを厳しくも優しくお教えしてくださったのは、まごうことなきお姉様です。
ただそれだけだったと言うのに、敬愛するお姉様に虐げられているとどうして勘違いできましょう。
何度も違うと訴えましたのに、殿下は私の言葉をただの一度も受け取ってくださらなかった……。
そんな不誠実な殿下に、敬愛されるお姉様が嫁ぐぐらいなら、いっそ私が身代わりにと……、そう思って……」
イリアはそうして更に泣きだした。
聖母のようにそれをあやしていたユーフェミアだったが、やがてキッとその琥珀の瞳を怒りに染め上げ王太子を睨み付ける。
いまや完全に構図が逆転している。
エミールは予測のできない出来事に、次は何が起こるのかと心をときめかせていた。




