4-1 「何言ってるんですかお母様!」
「お姉様! ご覧になってください! 王都があんなに小さく見えますわ……。外から見ると、王都はあんなにも美しいのですね」
「落ちついて頂戴イリア。まだ王都を出たばかりなのよ。そんなにはしゃいでいたら疲れてしまうわ」
あれから3日たった晴れた日。
ユーフェミアはイリアと共に馬車に揺られて王都を離れていた。
あの後、どうにか両親とは会ったものの、疲れ切ったユーフェミアには両親に文句を言う元気はなかった。
本当は、勝手に求婚許可を出すなとか色々言いたかったはずなのだが、連続した緊張感に、疲れ切ってしまった故に閉口したのは最早致し方ないだろう。しかも、隣には件の求婚相手が護衛と称してついて回っているのだ。
にこにことしながら両親に挨拶している姿を見て殴りたい衝動に駆られたが、現状、彼を殴るわけにいかないのでユーフェミアは物凄く不満ながらも我慢した。
「随分と仲よくなったのね?」と言い出した両親をこれでもかと睨み付ければ、リンスフォード公爵は少し顔を青くさせていたが、ユーフェミアの母はどこ吹く風だとばかりにニコニコ微笑んでいた。
我が母ながら恐ろしい女性だと思いながら、ユーフェミアは愛用の扇子をぎゅっと握りしめる。どうせこの母の手のひらの上に違いないのだ。
聖女だなんだと言われているが、この母はエミールとはまた別の意味で天才なのだ。ユーフェミアが現状、唯一勝てない相手だと思っている母なので、その実力は推して知るべしである。
「まぁ。それでは龍皇子殿下にユーフェミアの事が?」
「はい、どこぞの誰かが彼女の絵姿を贈ったようですね。あの阿呆はしつこいので、対策は必要と思います」
両親とエミールが随分と仲良さそうに会話しているのを、ユーフェミアはジト目で見つめていた。
話と対応を聞くに両親とエミールは、12公爵家の1当主と1跡取りという関係以上にある程度仕事をしていたようだ。
ユーフェミアは物心ついた頃から王都の屋敷で、次期王太子妃教育と王立学園での勉強。社交を中心に活動していたのでリンスフォード家がどういった仕事をしているか、どこの貴族と付き合いがあるかは最低限把握していたが、細かなところはノータッチであった。
ノータッチであったとしても、リンスフォード家がリブレット家の嫡男とこんなに親しくしていたとは知らなかったので、少なからず驚いた。しかも、雰囲気から察するにエミールをだいぶ評価しているように見える。
それが、ユーフェミアには何とも言えず面白くなかった。
「そうですね、陛下も妃殿下もユーフェミアを国外には出したくないでしょう。もちろん私達もです。龍帝国の皇子とはいえ、繋にうちのユーフェミアを求めるなんて親としては許せません。可愛い娘が望まれて嫁ぐならともかく、12公爵家の令嬢で次期王太子妃として育ててきたこの子を、愛妾にしろだなんて馬鹿にするにも程があるな。馬鹿馬鹿しい」
「その馬鹿馬鹿しいのを提案してくるのが龍皇子です。こればっかりは僕でもどうしようもない。あれの恥知らずは筋金入りですから」
「でも困りましたわ。そうなってしまうとユーフェミアの姿を見た瞬間に、龍皇子は連れ去ろうとしますよね」
「は?」
「するでしょうね。僕が牽制しましたが、それではとばかりに僕にバレないように連れていきますよ、あの馬鹿は。まぁ、そんなことしたら僕の責任で取り返しに行って開戦ですけど」
「は?」
「そうなりますよねぇ、今このタイミングで龍帝国と開戦は困りますわ。平時ならともかく、馬鹿王子のせいでディシャールは絶賛混乱中ですもの。ねぇユーフェミア。エミール様との婚約に頷いてくれない?」
「何言ってるんですかお母様! 嫌です!!」
軽い調子で開戦だなんだという話になったことに驚愕しながら、ユーフェミアは母の予想外の提案に反論した。
このタイミングに至るまで、エミールの求婚に証文を用意して、自らは一切口を挟まなかった時点で覚悟をしていたが、ユーフェミアの両親はこの結婚におおいに賛成らしい。
ユーフェミアにはそれが我慢ならなかった。
ユーフェミアは当事者であるし、政略的な事情に納得するだけの分別を持っている。事情があるなら説明してくれれば、家と国のために頷くことは厭わない。
けれど、現状ユーフェミアは蚊帳の外だ。どういう事情があってそうなったのか、全く分からないままエミールと結婚させられるのは嫌だった。
外堀を全て埋められた状態で、この得体のしれない男の手のひらの上でころころと転がって結婚したくない。
ましてやエミール・リブレットは西大陸最強の竜の魂を持つ男だ。
もう散々聞かされた番への重い愛情を受け止める自信なんてない。やっぱりない。
3日会わない間に散々考えたし、意識もしてみたがやっぱり受け止める自信はちっともわかなかった。そんな自分が……、男性恐怖症でエミールの想いに応えることができない自分が、エミールにふさわしいとは到底思えなかった。
聡い方々はもうお気づきだろうが、ユーフェミアはこの段階で、エミールの事を憎からず……むしろ好意的に思っていた。
エミールは得体のしれない変人だが、ユーフェミアに対して誰よりも紳士的であり、変人で愛が重いことを抜きにすれば実に真っ当だ。ユーフェミアが男性恐怖症であると告白してから、ほんの少し近づくと言うだけで、丁寧に許可を取ってくる。
こんな誠実な男をユーフェミアは知らない。
知らないし、そんな自分を想って気を遣わせてしまうという事実がユーフェミアは辛かった。
今日だって、エミールに遭遇しなければ、両親に自分が実は男性恐怖症であると告白してでも、この求婚を退けてほしいとお願いしようと思っていたのだ。
龍皇子とのやり取りと、エミリアとアーロンとの話を聞いて、ユーフェミアはますます確信した。
西大陸最強の竜の隣に、自分は相応しくないと。
エミールは四聖の巨竜の魂持ちである。
転生ともいうべきなのだろうが、ユーフェミアの転生とは少し事情が異なるので混乱しないようにあえて魂持ちと言おう。
エミールに四聖の巨竜であった時の記憶は一切ない。
彼に備わってるのは、四聖の巨竜が持っていた膨大な魔力と、その魂に蓄積した知識・思想、性質であって、記憶の引継ぎは行われていないのだ。
どんなに性質や思想、知識が引き継がれていても、記憶が無ければ形成される人格は別である。
現にエミールの前は彼の曽々祖父が魂持ちだったらしいが、その性格はとてつもなく温厚な真人間でエミールとは似ても似つかなかったらしい。
これは12公爵家それぞれの家でごく稀に起こる事で、その血を受け継ぐ者に12公爵家の当主となって初めて知る事らしいのだが、リブレット家は龍帝国との兼ね合いのせいで魂持ちが生まれると特権が与えられる。
要するに東大陸を治める龍帝国の龍帝に対抗できうる力を持つのが、この世界全てを探しても、東大陸の脅威から西大陸を守るための抑止力である、四聖の巨竜の魂持ちな彼だけだからだ。
竜は種族を違えても、純粋に力で上下関係を決める主従の生き物であり、魂に備わった資質は何度生まれ変わったとしても絶対だ。逆を言えば、生まれる前から主従の全てが決まっているともいえる。
四聖の巨竜の全盛期、龍帝の関係がどういったものだったかは記憶が無いエミールには分からない。ただ分かるのは、自分が龍帝と同格であるという事実と、その体に宿った魔力を行使すれば龍帝国を滅ぼすことが可能であるという事実であり、龍帝自身もそれは理解しているらしい。
故に、ディシャールが建国されてからの800年間、龍帝はただの一度もこの西大陸に侵攻をせず、むしろ和平協定を結んでいる事実が、その全ての裏付けと言えた。
そう言った事情故に、エミールは龍皇子に対してあの態度が許されているし、龍帝国関係の外交を行う際、彼は中立としてその場に在籍することを秘密裏にだが任せられている。
彼は生きる、対龍帝国の抑止力であったのだから仕方がないと言えた。
「僕は正直どうでもいいのだけれど、四聖の巨竜は建国時に建国王と精霊姫と契約を交わしているからね。この国に害があるってなると、守らなきゃいけないんだよね」
先ほどエミリアたちの前で「四聖の巨竜の魂持ちなんだ」と告げたエミールは至極めんどくさそうにユーフェミアに言葉を続けていた。
そこまで聞いたユーフェミアの答えは「無理」である。
エミールがただの竜ならまだワンチャンあったかもしれない。
でも彼は、要するに西大陸最強の竜の化身であり、抑止力そのものだ。
その男の愛を、男性恐怖症であるユーフェミアに受け止めろと言う方が無理な話である。
更に言えば、ユーフェミアは恋愛経験値ゼロのぽんこつであると、この時すでに自覚があったのだから余計だ。
(だって、番が死んだらこの人、後を追いかねないのでしょう? 私がやっぱり無理と彼を拒絶してしまったとして、傷ついた彼が死んでしまったら? この国を龍帝国から守る術がなくなってしまうなんて……そんなの絶対ダメよ!)
既に無理と結論が出ていたところに、追い打ちをかけた龍帝国との事情が、ユーフェミアをさらに頑なにさせていた。
エミールに自分は相応しくない。
それが、男性恐怖症という側面を看破され、パニックのあまり未亜という自分に自信が無い前世の少女に引きずられて、すっかり公爵令嬢としての自信を無くしていたユーフェミアの現在の答えであった。




