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冗談じゃありませんわ!  作者: salt
第三章 彼女の過去と彼の事情
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3-6 「女を漁るのはいい加減やめたほうがいいよ」



「全く、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえって言葉を知らないのかい君は」


 渡り廊下の奥にエミールがそう声をかければ、ぬらりと現れたのは背の高い人外だった。

 赤みを伴った黒い髪を幾重にも結い上げてまとめ、鋭い金の瞳は猫のような縦型の瞳孔をしていて一目見て人外とわかる。

 すらりとした長身であるが、その体は細く一見すると男女のどちらか分からなかった。

 爪は鋭く長く、それでいて美しく伸びていてまるでよく研がれた刃物のように見え、肌には全てを覆うほどではないが髪の色と同じ色の鱗のようなものが生えているのが見える。

 質のいい真っ赤な生地に、金色の刺繍がこれでもかと施されたその服は、高貴な人間のための特別な服にしか見えなかった。確かこれは海の向こう、東大陸の装束であるはずだと、上着の隙間から覗き見ていたユーフェミアは思う。その装束を飾り立てる魔石の宝飾品もかなりの高級品ばかりであった。それこそ、ディシャールにあれば国宝級の品々ばかりである。

 その人物の後ろにあと二人、同族と思われる人外がついていた。

 紫色の髪をした男性と、青い髪をした男性だ。剣を携えているところからして、お付きの騎士なのだろうと思う。この2人も容姿的な特徴は先だった人外に似て美しい顔立ちをしていたが、手前にいる人外の美しさは圧倒的だった。 


「……龍人」


 ユーフェミアがぽつりと呟いて、腕の中からエミールを見上げると、エミールは人差し指を口元に当ててにこりと微笑んだ。

 黙っていた方がいいのだと判断して、ユーフェミアは様子を窺いながらも更にエミールにしがみつく。


「やぁ、エミール。久しぶりですね」

「やぁ、龍皇子。久しぶりだね……なにしにきたの?」

「どうぞ名前で呼んでと言っているのに、相変わらずですね。先触れは出したでしょう?」

「あぁ、()()()という名の()()()ですね。その件については僕からお断りしたはずですが? 今この国はちょっと揉めてるから、女漁りはやめてくれと」

「いやいや、そう言って私から美しい美姫を取り上げようと言うんだろう? 聞いたんだよ、この国の第一王子と婚約していた姫が自由になったと。絵姿を見たらとても麗しい美姫ではないですか。是非とも、私のハレムにご招待したいと思ってもいいでしょう? 彼女もきっと喜びますよ、私のハレムに参加するなんてとても名誉なことなんですから」

「ははっ、残念ですが、彼女は()()()といたしました。君の出る幕はありません、どうぞお帰り下さい」

「……は?」


 ぴきりと、空気が変わる音がした。

 あたりに満ちる空気が恐ろしくて、ユーフェミアはキュッと目をつむる。


 龍皇子……と言うことは、大海を挟んだ向こう側、東大陸の大国である龍帝国の、絶大なる帝王・龍帝の直子だ。

 平均寿命が500年から800年という長命種で、こちら側の国周辺にいる竜とは体格が大きく違う。四つ足で体を支え、蝙蝠のような羽で空を駆けるこちら側の竜と異なり、龍帝国の竜は細長い体に小さな手足を生やし、魔力で空を駆けるため翼は持たないそうだ。

 こちら側の竜は人の形に変化することは殆どなく、それぞれ種族ごとに分かれて暮らしているが、あちら側の龍は人化の術を使って龍帝国という帝国を治めているため、同じ竜でもだいぶ違う生態を持っている。


 ディシャールと龍帝国は同盟国として国交を持っていることは、王太子妃候補として教育されてきたユーフェミアはもちろん知っていた。

 知ってはいたし、国主催のパーティーで親善大使と会ったことはあるので龍人自体は初めてではない。

 ただ、目の前にいる龍皇子とは会ったことが無かった。

 こんなインパクトが強い姿、一度見たら忘れないだろう。それ以上に今エミールに隠されてるこの状況がとてつもなく不敬な気がしてならなくなる。

 大丈夫なのだろうか……

 というか、話題はとても失礼な内容だがユーフェミアの事であるし、エミールの態度は一国の皇子に対する態度としてあり得ないものである。色んな意味であり得なくて、ユーフェミアは怖さでまた震えそうになった。

 そんなユーフェミアの肩を、エミールは上着越しにぎゅっと力をこめて抱きしめた。

「大丈夫だよ」と耳元で囁かれて、ほっとしてしまう自分が少し信じられなかった


「番? 君が? ……()()()()()

「あり得ないということがあり得ないでしょう。

 彼女は僕の番です。

 君には一目たりとも会わせないし、ましてやハレムになんてとんでもない。


 龍皇子、何度も言いますが()であるならともかく、うちの国民は本人が望まないなら、ただの一人もお前のハレムに参加させたりしない。

 番が見つからないからと、他所の国から女を漁るのはいい加減やめたほうがいいよ。

 そんなんだから龍帝も頭を抱えているんだ。

 もう300年も生きてるんだからいい加減皇子として自覚したほうがいいんじゃないかな、()()()()


 とんでもない煽り文句を聞いて、エミールの腕の中でユーフェミアは絶句した。

 この男、何をもって「大丈夫だよ」と抜かしたのだろう。


 大海を挟んでいるとはいえ、龍帝国は大国だ。かの国に比べたら、ディシャールはこちらの大陸では大国ではあるが龍帝国の国土の半分にも満たない国土しか持っていない。そもそも身体能力として、龍人は圧倒的な力を持ち、その力を持ってして東の大陸を武力統一した本物の武力大国である。


 その国の皇子に、ここまで言ったら不敬どころじゃない国際問題だ。

 戦争になってもおかしくない緊張感に、ユーフェミアはとてもじゃないが心臓が止まってしまうかと思った。いっそ止まってしまったら楽だったかもしれない。


「無礼が過ぎるぞ人間風情が」


 青い髪をしたお付きの龍騎士がやはりブチ切れたようだ。駄々洩れの殺気が辺りに満ちて、言いようのしれない緊張感がさらに増していく。

 

「たかだか二桁しか生きていない人間如きが、崇高なる我ら龍人を馬鹿にするのか。許さんぞ」


 かちゃりと青髪の龍騎士が剣に手を添えた。ここで剣を抜かれたら国際問題確定だ。だからと言ってユーフェミアには何もできない。せめて誰か人を呼んだ方がとも思うが、とてもじゃないが動ける雰囲気ではない。

 その状況で、エミールは「はぁ」と息をつく。


「ここで剣を抜いて、僕に向ける意味が分かってないの? よくまぁそんな教育不足な新人を連れて来たね。僕が見なかったことにしてる間に視界から消えてもらっていいかな。とても不愉快だ」

「……シンファ。下がりなさい」

「っ……! しかしながら皇子!!」

「下がれって私が言ってるの。ごめんね、エミール、この子まだ50年ちょっとしか生きてないんだ。君の正体にも気が付かないほど愚か者だけれど、私に免じて許してあげて」

「免じるものがそもそも君にあった? まぁ、()()()()()()()()()()何もなかったことにしてあげる。二度目はないからね」

「あぁ、本当に君は可愛くないね。エミール」

「300年程度しか生きていない君に可愛くないと言われたくないね。そういうわけで早く帰ってくれない? 君の相手をしている暇なんてないんだよ」

「……本当に番が?」

「だからそう言ってるでしょう。君の耳には何が詰まってるの?」

「……神に与えられた番ではないでしょう? そんなものは番でもなんでもない、()()()()()()()()。そんなもの、私たちは番とは認めない」

「君達に認められる必要性を感じないのに、どうして認めてもらわなくちゃいけないの? 番が見つからないからって、ハレムを囲っている君に何を言われてもどうでもいいね」


 にっこり笑いながらそこまで言い切ったエミールを、龍皇子は真顔で睨み返した。「羽が生えたトカゲが」とぼそりと悪態をつかれたので、エミールは「何か言ったかい? 手足の生えた蛇のくせに」と返す。

 青髪の龍騎士が明らかにブチ切れているのがユーフェミアにも分かったが、隣の紫髪の龍騎士が困ったように顔を歪めていたので違和感を覚える。……もしかしたら、思っていたより大丈夫なのかもしれない。


「……君の番、私に紹介して欲しいって言ったら紹介してくれる?」


 訓練着越しなのに、射抜くように自分を見られていることをユーフェミアは察した。

 龍皇子にはエミールが今腕の中に隠している人間が、エミールの言う番であることはバレているようだ。怖さで震えるユーフェミアを、エミールは自分の体で隠すように抱きなおす。


「君は僕がようやっと見つけた番を他の男に紹介できるとでも? そんなとんでもないことをしてもらえるなんて本気で思ってるの? それも女狂いの君になんて、冗談じゃない。ありえないね」

「はは……本当に手厳しい人だ。それじゃあ諦めて、少し観光してから帰ることにするよ。この国の『()()()()』でも見て来よう」


「ハオラン……次その言葉を言ったら、龍帝に話を通したうえで君を殺すからね」


 それまで煽りに煽っていたくせに、それでもずっと優しい空気をまとっていたエミールから、明確な殺意を感じてユーフェミアは泣きだしそうになった。

 ただでさえ怖いのに、エミールまで怖くなるなんて耐えきれなかった。

 怖い怖い怖い怖いと感じながら、それでも恐怖の対象であるエミールにしがみつく手に力がこもってしまい、その癖その矛盾にユーフェミアは気が付くことができない。


 ユーフェミアが震えてる間に、ハオランと呼ばれた龍皇子は名を呼ばれたことが嬉しかったのか妖しく微笑んだ。「それじゃあまたね!」と満面の笑みで去っていくのを見送りながら、エミールが「二度と来なくていいよ」と呟くのをユーフェミアはしっかりと聞いていた。


「……ごめんね、ユーフェミア。怖かったよね」


 しばらくして、すっかりと元の優男に戻ったエミールにそう言われ、ユーフェミアはほっとしながら被せられていた上着を外した。「いったいなんだったんですか……」と身だしなみを整えながら呟けば、エミールは少し悩んだ後ごまかしながらえへへと笑う。


「ごまかさないでください」

「あ、うん。大丈夫、君が望むなら説明するよ。でもね、その……ちょっと不安だから、しばらく僕と一緒にいてもらってもいい? あいつしつこいから、今ユーフェミアの事見つけたら手を出してくると思うんだよね」

「は?」

「僕としてはその……、あいつの視界に1㎜たりとも君を入れたくないんだけど……えっと……怒ってる?」

「……何をですか?」

「いや……その、勝手に番だって言った事」

「……」

「え、エミリアがね「愛し子に許可も得ず、「僕の」だとか、「番」だとか言わないでくださいね。女性の多くは勝手に所有物扱いされるのは不快です」って言うからね、使わないようにしてたんだけど、あいつ相手だと話が早くてつい……、あ、でもあれだよ番になってほしいってのは本気だから……怒らないで?」


 ね? と叱られた子犬が許しを求めるような瞳で見られて、ユーフェミアは閉口した。

 さっきまで国際問題クラスの煽り合いをしていたのに、ユーフェミアに許しを請う姿はどう考えても竜ではなく子犬だ。

 思えば、ユーフェミアに対するエミールの態度は、どこか犬っぽい。

 端から見ていればユーフェミアの姿は、大型犬に懐かれているようにしか見えないかもしれない。


 ちょっと、本当にちょっとだけだが、ユーフェミアはエミールが可愛いように思えてしまった。

 前世で未亜が莉愛と飼っていた、ゴールデンレトリーバーのジョンを思い出してしまった段階で、もう駄目だった。


 ユーフェミアの恋愛スキルが、あとほんの少しあったらこれをときめきだと思うことだっただろう。

 だが残念なことに、恋愛スキルが皆無で、ポンコツなユーフェミアである。

(エミール様……ジョンに似てるから落ち着くのかしら……)と、明後日の方向に考えを巡らせたユーフェミアはくすりと笑ってしまったあと、「とりあえずサロンにてお待ちしますから、訓練着から着替えてくださいませ」とお願いすることになったのだった。




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