表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冗談じゃありませんわ!  作者: salt
序章 婚約破棄
2/98

0-2 「婚約など破棄してもらって結構よ!!」




 第二王子、アーロン・バルバット・レイフォールドの婚約者、エミリア・リブレットはアーロン第二王子が幼い頃、一目惚れして惚れ抜いて、彼女の父であるリブレット公爵に頭を下げて、口説きに口説きぬいてようやく婚約した、リブレット公爵家の末娘である。


 12歳で、3つ年上のアーロンと婚約したエミリアは、いずれ王族から出るとはいえ第二王子の婚約者として相応しい教育を受けてきた。そんな彼女は、概ね学園に通う貴族の子女に一定の信頼と人気を得ている。

 元々、銀の髪に金の瞳という稀有な美貌を持ち、エミールと似て頭がよく、またエミールと違って社交的な彼女は王立学園の花として、界隈の事情に精通していた。それこそ、他人に興味がないエミールが貴族間の事情で何か知りたいことがあったら、まず最初に聞くのがエミリアだったし、正確に答えられるのもエミリアだった。


 そのエミリア曰く、今王太子に庇われているイリア嬢は、最近リンスフォード家に迎え入れられたユーフェミア嬢の異母妹らしい。

 というのも、彼女の家リンスフォード家の現当主である公爵は、元々公爵になる予定ではない人物だった。年の離れた兄が流行病で亡くなった頃、彼には思い慕う身分違いの女性がいて、本来なら家を出てその想い人と添い遂げる予定だったようだ。


 が、兄が亡くなったことで状況は一変し、兄の婚約者であったユーフェミア嬢の母と結婚せざるをえなくなったらしい。

 正妻との間にユーフェミア嬢を儲けた後、公爵が元々愛していた女性に愛を戻した結果、生まれたのがイリア嬢だ。最近、王都郊外で暮らしていたイリア嬢の母が亡くなったことをきっかけに、イリア嬢はリンスフォードの家に引き取られたというのが、エミリアの知るリンスフォード家のざっくりとした事情だった。


 エミリアはこう言った時に、主観を混ぜずに事実だけを教えてくれる。そう言ったところが、エミールはありがたいと思っていた。他所の家の事情に興味はあっても、それに対して世論がどうなっているのかなどエミールには興味がない。よしんば興味があれば改めて尋ねるだけのことである。


 まぁ、聞いてみれば貴族にはよくある話である。

 そこまで聞けば、おおかた異母妹であるイリア嬢が、王太子に横恋慕したとかそういうことだろう。王太子がうっかり本気になってしまって、現状修羅の様相を呈しているのだとエミールは判断したが、エミリアはそれに困惑した表情を浮かべる。


「エミリアどうしたの? 僕の推察は間違ってる?」

「いえ、私もユーフェミア様を知らなかったらそう判断してるのでしょうけれど、私ユーフェミア様とは個人的にお付き合いしてるので、それだけはないと断言できますの」

「へぇ」


 少し、面白そうな気配を感じて、エミールは目を輝かせた。

 そうこうしてる間に、随分と長い事にらみ合っていたユーフェミア嬢と王太子の方に動きが生じる。


「ユーフェミア、私カーシス・エルドラド・ランフォールドは今日をもっておまえとの婚約を破棄し、こちらのイリア嬢との婚約を宣言する!」


 思いもがけない王太子の発言に、会場がざわついた。まさか、王家主催の公的な場で王太子が自身の婚約者との婚約を破棄するとは誰も思っていない。

 婚約破棄というどう転んでも面白くなる話題に、エミールの心がときめき、金色の瞳が盛大に瞬いた。その横で、第二王子アーロンは愚兄の行いに盛大に頭を抱えることになった。









「ん? どうしたんだいアーロン。頭を抱えて」

「お兄様、楽しまないでいただけます? アーロン様。どうかお気を確かに」

「あぁ、全く……うちの愚兄がお騒がせして申し訳ないです……。お義兄さん、事態収拾のためあちらに行きますので、エミリアをお願いできますか?」

「うん、いいよ。面白そうだからね」


 にっこりと笑って、エミールはアーロンを送り出した。どう考えても面白いその展開に、義弟が巻き込まれると思うと愉快で仕方ない。

*ちなみに、「お義兄さん」とアーロンに呼ばせているのはエミールの「妹と婚約するための条件」のひとつである。ほかにもいくつかあるが、これは割愛しよう。

 アーロンはそんなエミールの心情をもちろん理解していたので、面白がられるのを承知で話題の中心に向かった。


「兄上! この騒ぎは一体どういうことですか?」

「あぁ、アーロン。我が弟よ聞いてくれ、俺はこのユーフェミアとの婚約を破棄して、イリアと結婚する」


 王太子のその発言を聞いて、さっきの発言を聞き間違いだと思いたかったアーロンは、盛大に顔を顰めそうになった。

 この愚兄は何をほざいているのだろう。


 ユーフェミア嬢との婚約は、ぶっちゃけた話まごうことなき政略結婚である。

 どこの国でもそうであるように貴族の、特に王族の結婚などそんなものである。

 アーロンがエミリアを望んで婚約までこぎつけたのは、自分が第二王子だったということと、執拗な根回しと現リブレット公爵への誠意の結果である。一目惚れして必死に努力してようやく手に入れたエミリアを、彼はそんな簡単に手放す気はないのだが、今はその話は置いておこう。


 アーロンにとって、王太子である兄カーシスは愚兄だった。


 2つ年上の兄、カーシスは幼い頃から傲慢な男だった。この国は基本、長男が家督を継ぐのが基本であり、余程のことがなければ廃嫡されないことになっている。

 第二王子として生まれた段階で、アーロンに王位継承権はほぼないと言っても過言ではなかった。

 未来の国王としてちやほやと甘やかされて育ったカーシスが、傲慢な我儘王子として育つまでは、周りの臣下もそのつもりだっただろう。

 一時、12公爵家会議でも廃嫡の話が出るほど酷かったそれを、どうにか阻止したのがリンスフォード家の才女、ユーフェミアとの婚約だった。


 ユーフェミアは幼い頃から才女として知られていた。

 12公爵家の上位貴族の令嬢で、幼いながらも美しい容姿と、冷静に物事を判断できる頭脳、何より先だって開催されたお茶会で、暴虐を繰り広げたカーシスを叱咤した気の強さを王妃に買われたのだ。


「あの暴走王太子を、的確に諫められるのはユーフェミアしかいない」実の母である王妃ですらそう言い切った。それほどまでにカーシスは酷かったのだ。

「ユーフェミア嬢が王妃になるなら、我らが公爵家もかの王太子を承認しよう」

 12公爵家の会議でそう可決され、王の承認を得て二人の婚約が成ったことを、アーロンはもちろんカーシスも知っているはずだった。


 でもこの様子だと、すっかり忘れているか、理由を捏造しているかもしれないと、アーロンは思った。

 カーシスは都合の良い言い分を真実として思い込む性質がある。この暴走は大方そう言うことだろう。なにはともあれ、カーシスとユーフェミアの婚約はこんな一方的に破棄できるものじゃない。


「兄上、理由は何ですか。理由もなく婚約を破棄することなどできませんよ」

「理由ならある! このユーフェミアは、妹のイリアが腹違いの妹だという理由で虐げてきたのだ。この国の国母となる我が妃に、そんな醜悪な女がつくことは月の精霊姫に誓って許すわけにはいかない」


 ドヤ顔で胸を張った王太子に、アーロンは表情を無くした。

 この愚兄は本当に、何をほざいているのだろう。


 アーロンは婚約が相成った頃から、ユーフェミアと(主に愚兄の尻拭い的な意味で)親交がある。それに、エミリアがユーフェミアと親交があった関係上、ユーフェミアがそういったことを絶対しないという事実を別の角度からも知っている。

 どうせ兄のことだから、裏付けなど一切取ってないで勘違いをした上に一方的に主張しているのだろう。ユーフェミア嬢には申し訳ない気持ちしか湧かないが、ひとまずこの場を収めないと、愚兄の進退に関わってしまう。


 アーロンは別に王になりたいという野望は持っていなかった。どちらかといえば将来王領の一部を賜って、エミリアと共にゆったりと暮らしていきたいと思っている。その為にはこの愚兄に、真っ当な王になってもらおうと思っているのだ。ただでさえ、第二王子という立場上この暴走王太子の尻拭いをさせられることが多い人生を送っているのだ。この期に及んで、こんなろくでもない理由で王になりたいと思わない。


「兄上、ひとまず落ち着いてください……」

「俺は落ち着いている! ユーフェミアとの婚約を破棄し、イリアと結婚すると宣言しているのだ」

「証拠はあるのですか? ユーフェミア嬢がイリア嬢を虐げてきたという確かな証拠が?」

「証拠など! 俺がそれを見たという事実だけで十分だ!」


 やばい、この愚兄。本当に何をほざいているのだろう。

 分かってはいたことだが、そんな一方的な目撃証言だけで12公爵家の令嬢であるユーフェミアを断罪しようと、本気で思っているのだろうか。

 アーロンは思わず天を仰いだが、カーシスにその真意は伝わらなかったようだ。

 むしろ勘違いしたのか、ふふんと鼻で笑うとドヤ顔で胸を張る。


「分かってくれたかアーロン。俺は真実の愛に気が付いたのだアーロン。このイリアこそ未来の王妃にふさわし……」

「冗談じゃありませんわ!!」


 その言葉に辺りがしんと静まり返った。

 低く、唸るようなユーフェミア嬢の声に、アーロンの心臓がぶるりと震える。周りの貴族が、その迫力に気おされる中、空気を読めていないのは王太子だけであった。


「なんだ、ユーフェミア。今更俺を恋い慕っても、もう遅いぞ! 日々事あるごとに。次期国王である俺に小言ばかり言っていた貴様が悪いのだ! 俺は優しいイリアと結婚する、俺がそう決めたのだ! 文句は言わせ……」

「黙りなさい、カーシス! 私がそれを許すわけないでしょう!」


 低いその声には怒りが満ちていた。

 アーロンがもし、最愛のエミリアにそんな声で凄まれたら絶対に泣いてしまうだろう、そのくらいの声音だ。しかし残念なことに、場が凍り付いていることに、やはり王太子だけが気が付かない。


「許すも許さないもない! 俺とそんなに結婚したいのかユーフェミア、しかし残念だったな俺は……」

「はぁ!? そんなのどうでもよろしいのよ! お前のような傲慢クズ、こっちから願い下げですわ!!! 婚約など破棄してもらって結構よ!!」

「……は?」


 あたりの空気が変わった。

 王太子は、まさかユーフェミアから婚約を破棄されるとは思ってもいなかったのだろう。王太子だけでなく、アーロンを含めた周りの貴族も、この展開は予想外ではある。


「いいこと、カーシス。お前が誰と結婚しようと何しようと、私には関係ないわ! 好きにすると良い。でも絶対に、これだけは認めない。()()()()()()()()が、お前のようなクズと結婚することだけは許さないわ!!!!!」


 しんと静まり返った場に、ユーフェミアのその言葉が響く。

 唯一、その静まり返った場に響いた音は、ぶふっというエミールの、思わず噴き出した笑い声だけだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ