表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冗談じゃありませんわ!  作者: salt
第三章 彼女の過去と彼の事情
16/98

3-1 「おねえちゃんってよんでもいいですか!」

*ユーフェミアが前世で男性恐怖症となる原因として胸糞表現が多々あります。

*次回前書きにザックリあらすじを載せますので、飛ばしても大丈夫です。

*苦手な方はお気を付け下さい。



 誰にも教えたことが無いが、ユーフェミア・リンスフォードには前世の記憶がある。

 地球という星の日本という国の、かなり寒い地方で生きていた、未亜(みあ)という女性の20年くらいの生涯の記憶だ。


 未亜の人生はお世辞にも幸福とは言い難い人生だった。

 彼女の最初の記憶は、どこかの団地の一室で、怒鳴り声をあげる男女をぼんやり眺めている記憶からだ。

 男の人が大きな声で怒鳴って、女の人が泣きながらそれを止めては殴られていた。

 ただならぬその空気が恐ろしくて、未亜だった彼女はいつだって押し入れに隠れていた。

 耳をふさいで、布団の間に滑り込んで静かになるのをひたすら待つ間、恐怖で震えていた記憶はあったけれど、何故それが怖いのか分からなかった。


 男女は父母なのだろうと、未亜は漠然と思っていた。

 けれど、父母とは何なのかはよく分からなかった。

 今から思えば、この時齢3歳にしてすでに未亜という少女は壊れていたのだと思う。


 記憶の残っていないもっと昔は、恐怖からすぐに泣いていたのだけれど、その度に躾と称して男から殴られていたらしい。


「なかないで、なかないで。ないたらまた、おとうさんからなぐられてしまうから」


 泣きだしそうになる度に、呪文のように言い聞かせる女の言葉を、幼かった未亜はよく覚えている。

 それは呪いとなって、未亜を泣くことができない体にしていた。


 未亜が6歳の時の話だ。

 一緒に暮らしていた男女が死んだ。


 寝煙草で火が付いて、未亜の暮らしていた一室が燃えたせいらしい。

 幸運なことに未亜はその日、躾と称されてベランダに出されていたのを、駆け付けた消防士に保護されて無事だった。

 なぜベランダに出されていたのかを説明できるほど、未亜は賢くはなかった。

 勘の良い人なら気が付くこと、それが全てである。


 幸運なんて、碌な物じゃないと、ある程度成長した未亜は思うようになった。


 施設に保護された未亜は人見知りの激しい、それでいて大人しい少女だった。

 未亜は施設で働く大人にも、同じように保護された子供たちにも、誰にも心を開かなかった。

 日がな一日、図書室で本を読み誰ともかかわらないようにして、息を潜めて生きていたのが幼い未亜だった。


 この時すでに、未亜は男性恐怖症だった。

 幼少期の事を考えれば無理もない。大人の男性に極度に怯え、狭い所に膝を抱えて引きこもってはガタガタと震えている。未亜はそう言った少女になりはてていた。

 既に小学校に通っていた未亜にとって、男性恐怖症は致命的だった。施設の大人たちがカウンセリングをして少しでも改善するようにと心を砕いてくれたが、幼い頃から植え付けられた恐怖心はそんな簡単に消えることはなかった。


 何よりも残酷だったのは、そう言った事情を抱える彼女を、小学校のクラスメイトの男の子達がからかいの対象にしたことだった。

 心の半分が死んでいた未亜に意地悪をすると、ガタガタと震えて怯えるのが面白いと、幼くて残酷な彼らは思ってしまったようだった。

 それは、大人から見れば幼さゆえの悪ふざけだったのかもしれない。

 ここにいたのがユーフェミアであったなら、すぐさま罵倒を返しては、その男の子達に説教をかまして、性悪な根性を叩きなおしていたところだろう。

 けれど、残念ながら未亜にそんな強さはなかった。

 大人の男だけでなく、幼い少年たちも未亜にとっては恐怖の対象になっていた。


 未亜に転機が訪れたのは8歳の時だった。


 ある日突然、本当のお父さんという人に、未亜は引き取られたのだ。散々未亜を殴って()()()()()あの男は、どうやら未亜の実の父ではなかったらしい。


 未亜の実父は大きい家に、奥さんと息子と娘の4人で暮らしていた。

 どうやらとてもお金持ちらしいが、未亜には実父が何の仕事をしているのか分からなかった。


 実父が未亜を引き取ったのは世間体の為だった。

 愛情など欠片もなく、引き取ったくせにその存在を無視される日々だった。

 奥さんは3人目だと言った。

 12歳の兄の母である、1人目の奥さんは8年前に亡くなり、その次の奥さんは再婚してから1年もたたずに離婚した。今の奥さんは2人目の奥さんと離婚した直後に結婚したらしく、直後に現在6歳になる娘を儲けたそうだ。

 未亜は母が異なる兄と妹がいたのだと、その時初めて知った。


 異母兄には会うなり罵倒された。

 どうやら、最初の奥さんが儚くなったのは、未亜の母と実父が不倫したかららしい。


 真実としてはもちろん違う。

 未亜の母は、当時1人目の奥さんの親友だったが、色情魔と言っていいほどクズだった実父に手を出され未亜を身ごもったのだ。

「泥棒猫」と1人目の奥さんに罵られ、実家からも追いだされた先で知り合ったのがあの男だったらしい。

 親友であった1人目の奥さんは、その後も実父の浮気に悩まされ、親友を罵って追い出したことを悔いながら病に倒れ亡くなったそうだ。


 兄を育てるうえで、何故母がいないのかという問いに答えるのに、未亜の母を敵とすることは適当だった。兄はそれをすんなり信じ、未亜を罵倒したのだ。それはひどい罵詈雑言だった。

 未亜は、ただ単純にその怒鳴り声を怖いと思った

 兄もまた未亜にとって、恐怖の対象になった。


 3人目の奥さんは、それらすべてを全部知っていた。

 全て知った上で未亜を引き取ると決めたのは彼女であったので、何か思う所があったのかもしれないが、未亜にはやはりよく分からなかった。

 未亜の心は、未だに死んだままだったからだ。


 そんな未亜の瞳に光を戻したのは6歳の妹だった。


「おねえちゃんってよんでもいいですか!」


 無邪気にそうねだった妹、莉愛(りあ)は未亜にとって救いだった。


「おねえちゃん、おねえちゃん。莉愛ずっとおねえちゃんがほしかったの。おねえちゃんができてうれしい」

「おねえちゃん、おねえちゃんご本一緒に読んで」

「おねえちゃん、おねえちゃん、けーきひとくちどうぞ」

「おねえちゃん、おねえちゃんの名前と莉愛の名前、字が一個しか違わないの。おそろいうれしいね」


 莉愛は未亜の後ろをひな鳥のようについて歩いた。

 最初はどう接していいか分からなかった未亜だったが、純粋無垢で、無邪気に、真摯に自分を慕う莉愛に、頑なだった未亜が心を許すまでそう時間はかからなかった。

 莉愛を通して、3人目の奥さんとも仲良くなった。

 莉愛が欲しいと強請って飼った、ゴールデンレトリーバーのジョンの散歩をしながら、少しずつ外の世界にも行けるようになっていった。


 3人目の奥さんは、未亜が「お母さん」と呼んでくれたのをとても喜んでくれた。

 どうしてあの実父と結婚しているのか分からないほど、3人目の奥さんはできた人だった。

 兄の態度も、実父の態度も相変わらずだったがこの家族の中で女性陣だけは本当の家族のようだった。


 いつも俯き前髪を伸ばして世界を見ないようにしていた未亜に、ヘアピンをくれたのは莉愛だった。


「おねえちゃんは美人さんなんだから、お洒落しましょう!」


 中学生になってお洒落に目覚めた莉愛の夢は美容師だった。

 恐る恐る任せれば、鏡の中にはびっくりするくらいの美少女がいた。

 それから、自分の心のために些細なおしゃれをするようになった。


 17歳になった頃、人見知りはだいぶ克服したが、大学生になった兄のあたりがきつかったせいもあって、彼女は未だに男性恐怖症だった。

 高校はそれもあって女子高に通った。

 行き帰りの電車の中で何度も痴漢に遭ったりしたが、高校の友人に恵まれ、登下校を一緒にしてくれたことで最小限に抑えることができた。

 未亜にとって、高校時代の3年間は人生において一番幸せな3年間だったと言えた。


 高校を卒業するころから、兄の未亜を見る目が変わった。

 色を持った目で、じろじろと見られるのが恐ろしくて、進学と共に寮に入った。


 大学時代、男性恐怖症は相変わらずだったが、カウンセリングの甲斐もあってある程度耐えられるようになっていた。

 信頼できる男性も数人だができた。

 それでも、異性として付き合うことは考えられなかった。


 大学を卒業して、女性が多い職場に勤めて数年経った頃、莉愛が結婚することになって地元へと戻った。莉愛とその母とは適度に交流があったが、地元に戻るのは高校卒業以来だった。


 雪に包まれるその町で、莉愛は素敵な結婚式を挙げた。

 結婚前に一度逢った旦那さんは、誠実そうなとてもいい人で、この人になら莉愛をお願いできると未亜は思った。

 白いウェディングドレスに身を包んだ莉愛は、とても幸せそうに微笑んでいた。


 久しぶりに会った兄は、未亜の事をまるで見なかった。

 あの色を帯びた目は何だったのだろうと思うくらい普通で、家族として当たり障りのない会話をする程度に表面上は普通だった。


 兄は相変わらず苦手で怖かったが、意識すれば、自意識過剰だと罵られそうで、未亜は必死に耐えて家族の振りをした。

 聞こえてくる近況に耳をすませば、実父の仕事を継いで来年には知り合いの社長さんの娘と結婚するらしい。

 それを聞いて、未亜はほっと胸をなでおろした

 いずれ結婚するのであれば、未亜相手にあの目を向けることはないだろうと。


 裏切られたのはその夜のことだ。


 実家に泊まらなければ、そんな事にならなかったのではないかと未亜は思う。

 未亜は数年ぶりにやってきた実家で、兄に襲われた。


「愛している」と言われた気がしたが、過去の記憶からパニックになった彼女には届かない。

 もうすっかり年を取ったジョンが兄に吠え掛かった隙に、未亜は裸同然に家の外に飛び出した。


 冷静であったなら、冬という時期にこの土地で、裸同然の姿で外に飛び出すことがどういうこと分かっていただろう。

 けれど、パニックに陥っていた彼女にそんな事は考えられなかった。


 ただひたすら逃げたかった。

 兄にもう二度と触られたくなかった。


 きもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるい怖いきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるい怖いきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるい怖いきもちわるいきもちわるい

 

 外は、昼間の晴れ模様はどこに行ったのか吹雪になっていた。


 ほんの少し先も見えない吹雪の中、未亜は裸足で走った。

 走れるだけ走って、寒さに凍えて膝をつき、彼女はその場に倒れ込む。


「ごめん……ごめんね……莉愛、迷惑かけてごめんね」


 真っ白い雪に包まれて、未亜は意識を失った。

 それが未亜という名前の人間の、儚い生涯だった。







*鬱展開のみの更新はあれなので本日もう一話投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ