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冗談じゃありませんわ!  作者: salt
第二章 公爵子息 エミール・リブレット
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2-5 「きっとあの男も夢から覚めるに違いないですわ!」



 昨夜あの場で、エミールがユーフェミアに求婚した時点でエミリアとアーロンは蒼褪めた。


 いったい何が切っ掛けだったのか分からないが、あの他人に興味のない性格破綻者であるエミールが、よりにもよってユーフェミアに求婚したのだから無理もない。

 既に王太子の廃嫡騒動が起こった後の出来事であったため、アーロンはすぐに動くことが叶わなかったが、かわりにエミリアがその場を後にしたエミールを追った。

 現状、エミールを正しく止めることができるのは、妹であるエミリアだけなのだから、これは仕方がないと言えよう。


 会場を後にしたユーフェミアはうまいこと逃げおおせたため知る事が無かったが、その後をエミールは追っていたのだ。馬車に乗り込んで去っていくところを見るまで追ったそうなのだが、自身も馬車で追おうとする直前にエミリアが彼を捕まえた。


 その時の話を聞く限り、エミールはこの時すでにユーフェミアを番としたいのだとのたまっていたらしい。


 あまりにも軽薄な物言いを信用するにはいまいちであったが、アーロンとエミリアは、エミールはいつだって正直なのだということを知っている。


 彼は性格破綻者であり、面白いかつまらないかでしか判断しない男であるが、基本的に嘘はつかない。戦略上、あえて伝えずに真実を隠すことはあるが、たとえ面白くとも嘘だけはつかない男である。


 どこでスイッチが入ったのかは分からないし、どういう意図でそう発言したのかは謎でしかないが、今のエミールの「結婚しよ」は100%本気だ。

 こうなってしまった以上、エミール自身が諦める以外誰にも止められない。



 ユーフェミアはアーロンの長い惚気話を聞いた上で、もう一度「嫌なんですけど」と声を絞り出した。

 美しい顔をこれでもかと歪めながら言う様子からは、本気で嫌なのだということしか伝わってこない。第一王子の時は大抵ブチ切れながらの拒絶だったが、今回の拒絶は複雑な心境のようだ。


 おそらくだが、どう扱っていいか分からないのもあるのだろうと、アーロンは考える。


 ユーフェミアは弱冠7歳という若さで第一王子の婚約者となり、この10年間不服ながらもそれを務めてきた。そんな彼女に恋情としての愛を囁く者は、婚約者であった第一王子を筆頭に皆無である。


 父親の件についてはきっかけでしかなかったが、第一王子のせいで加速した男嫌いはユーフェミアを恋愛事から遠ざけるのに十分であったし、第一王子のせいで現実ばかり見ていた彼女にはラブロマンスへの憧れすらない。


 ユーフェミアは才女であったが、それ故に()()()()()()()()()()()()0()()()であった。


 アーロンからしてみれば恋愛事に関してのみ、ユーフェミアは鈍感でぽんこつで潔癖な印象である。


 過去に隣国の王子が来国した際に、真面目で優秀なその王子がユーフェミアの美しさと賢さに本気になり、第一王子の愚かさからユーフェミアを救おうと愛を捧げたことがあったが、「御冗談でしょう? ディシャール王国の第一王子の婚約者に愛を囁くなどの愚行、賢い殿下がなさっても面白くないですわ」と、ばっさり切り裂いてしまった事件があった。


 この台詞、潔癖ゆえの拒否として棘あればまだマシだったかもしれない。

 だがしかし、ユーフェミアは本気で冗談だと思って答えていたのだから救いがない。悪意の一切ない琥珀色の瞳をきょとんさせながら、国際問題にもなりかねない覚悟でプロポーズをした隣国の王子の事を考えるとアーロンは胸が痛くなる。


 その現場に居合わせたアーロンは、ただひたすら可哀想だった隣国の王子を慰めるために酒に誘った。ユーフェミアの為にもあの愚兄に嫁ぐよりもこの王子に娶られ隣国に嫁いだ方が彼女のためになるかもしれないと、けしかけこそしなかったが、揺れ動いた若きアーロンの愚かな考えがあったせいかもしれない。


 その一件で親しくなったかの王子とは、現在も親交を続ける仲である(ちなみにディシャールでの飲酒解禁年齢は18歳である)。会えばユーフェミアを気にしている素振りから察するに、今でも彼女を想い慕っているような気もする。エミールがしでかさなければ、そういった未来もあったかもしれないとアーロンは思う。


 軽薄であれば本気と受け取られたかもしれないが、真面目な彼の思いはユーフェミアに一切伝わらなかったのだから、ただただ哀れであった。

 

 さて話を戻そう。

 ユーフェミア本人は絶対に認めないだろうが、異性に真っすぐに愛されることに慣れていないため、対応しきれていないところがあると感じたのは正しいだろう。


 それ以上に(エミールに面と向かって言う勇気はないが)あの男は一言で言えば「恐ろしい男」だった。


 アーロンはある程度長く付き合っているが、未だにエミールには基本的に何を考えているか分からない、底の知れない恐ろしさがあった。


 頭がよすぎて何を考えているか分からないし、行動原理はもっと分からない。面白いかつまらないかでしか世界を判断しないし、その基準は曖昧だ。故に性格破綻者と実妹であるエミリアですらそう呼ぶ。


 ただ一言で言えば「普通ではない」のだ。

 ユーフェミアに求婚したことにも理由はあるだろうが、何をどう気に入ってしまったのかは一切分からなかった。


 そんな彼の事を、男嫌いであるユーフェミアが理解できるはずもないのは仕方のないことでしかない。


 こうなってしまった以上、アーロンにできるのはただ一つである。


「ユーフェミア、諦める気はある?」

「何をですか?」

「エミール義兄さんとの結婚を」

「冗談じゃないですわ! あんなよく分からない得体のしれない男とは結婚できませんわ!」

「そう、それなら俺から助言できるのはこれだけだ。……頑張って!」

「もっとマシな事言えないんですかあなたは!!!!」


 ユーフェミアはヒステリックに叫んだが、こればかりは仕方ない。何度も言うがアーロンだって、エミリアだって未だにエミールのことは分からないのだ。


「マシなことが言えるようだったら言ってるさ。けれどもう、エミール義兄さんが気に入ってしまった以上無駄なんだよ。竜の愛はしつこくて重い。ブライアンぐらいの血の濃さならともかく、エミール・リブレットという男相手じゃ答えはイエスしか用意されてない、逃げ道なんて俺は知らないんだ」

「そんなの、そんなのあんまりだわ! 何か方法とかないのですか!?」

「……仮説だけども、多分ユーフェミアを気に入った最初の原因は「面白かった」だと思うんだよ」

「面白かった? 面白いってだけで結婚するのですか? 普通はしないでしょう?」

「普通じゃないんだあの人は、……想像したことの斜め上を平気で行くんだよ。ユーフェミア、君は確かに才女だけれどあの人は本物の天才だ。天才って言うのは往々にして理解されづらい突拍子もないことをするだろう?」


 アーロンにそこまで言われて、ユーフェミアは黙り込む。


 そう、分かっている。


 ユーフェミアは才女だと皆が言うが、本人は自身の事を天才だと思った事が無い。ユーフェミアは天才ではなく秀才だ。人より理解力があり器用なだけで、今ある知識も技術も全て努力した結果得たものだと自負している。2歳だったあの頃は確かに天才だったかもしれないが、今のユーフェミアは努力で作り上げた秀才だ。


 だがあの男は違う、話を聞く限りエミールは天才だ。23歳になった今でも天才なのだ。

 それは、昼間に一度会っただけでも分かった。

 少なくとも、あの熱魔法の使い方は、天才のそれである。ユーフェミアがいかに努力しようとも、絶対に辿り着けない境地だ。突きつけられたその差に、ユーフェミアは思わず唇を噛み締める。

 

「あの、アーロン殿下。発言をしてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ、イリア嬢」

「その、とても難しいと思うのですが、好かれてしまったのが原因であるなら、嫌われてしまえばよいのではないですか?」


 イリアはそう言ってこてんと首を傾げた。

「あらやだ私の妹超可愛い」と一瞬呟いたユーフェミアだったが、「そう、それよ! 嫌われてしまえばいいんだわ!」と立ち上がる。


「今までの話をまとめるに、あの男は所謂一目惚れというものを私にしたのでしょう?」

「……そうですね」

「一過性の愛なんて夢幻、月日が流れれば相手の嫌な所を見つけて嫌いになってしまうことなんて多々ありえますよね!」

「……俺はエミリアに一目惚れしたけど、愛がどんどん深まっていくしか無かったよ」

「そんなものレアケースでしょう?

 極めて稀な現象ですわ!

 幸いなことにあの男は、昨日の私しか知らないのでしょう?

 この私が、実はとんでもなく我儘で、癇癪もちで、底意地の悪い公爵令嬢だと勘違いしたら竜の恋も冷めるのではなくて?

 そうよ、そうに決まってる。どこぞの物語に出てくるヒロインに意地悪するような悪役令嬢であれば、きっとあの男も夢から覚めるに違いないですわ!」

「お姉様、私……ちょっと悪いお姉様、妖艶で素敵だと思いますわ!」

「まぁイリア! そう言ってくれるなんて嬉しいわ! 早速準備しなくちゃだわ!」


 2人の姉妹が盛り上がる中、見つめるアーロンは少し遠い目をしながら思った。

「おそらく、絶対、高確率でうまくいかないだろうな」……と。


 ちょうどそのタイミングで、話し始める前に頼んでいた軽食をマーサが持ってきた。 

 気が付かない間に一式取りに行ってたらしい。温かなお茶と菓子と、サンドイッチが並んだ様子にアーロンの腹が鳴きそうになる。そういえば忙しすぎて、昼を食べていなかった。


「アーロン殿下、こちらをどうぞ。どうせまだ忙しいのでしょう? 少しは胃に食べ物を入れておくべきですわ」


 と、ユーフェミアがにっこり微笑んだので、アーロンは遠慮なくサンドイッチを口に放り込んだ。

 胃に染み渡るチキンサンドにほっこりしながら疲れを癒した頃、王宮から迎えが来てしまった。そろそろ戻らないとまずいらしい。


「ユーフェミア……」

「アーロン殿下、大変忙しい最中ご助言ありがとうございました。私、精一杯悪役令嬢となって嫌われてみせますわ!」


 晴れやかな顔で言われて、アーロンは一瞬罪悪感に包まれた。

 が、アーロン自身できるだけのことはしたので、あとはユーフェミアに頑張ってもらうしかないと自身に言い聞かせる。


「ユーフェミア……義兄さんは多分止まらない。どうしても嫌なら、これ以上気に入られることは防ぐんだよ」

「大丈夫ですわ、だって私ユーフェミア・リンスフォードですもの」

「うん……多分明日……っていうか、義兄さんは毎日君の所に求婚しに来るだろうけど頑張ってね!!! それじゃあ!」


 アーロンは言い逃げするようにして去っていった。

 ユーフェミアは少しの間ぽかんとそれを見送って、アーロンの乗った馬車がずいぶん遠くに行ってから「はぁああああああ?」と淑女らしからぬ声をあげることになった。




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