2-4 「もう少し面白くなれたら考えてあげるから頑張ってね」
アーロン・バルバット・ランフォールドがそのことを知ったのは第一王子の第一次廃嫡騒動が落ち着いて、王と王妃に一目惚れしてしまったエミリアと結婚したいと申し出た時だった。
当初アーロンは、この婚約はすんなりいくものだと思っていた。
今ではそうは思わないが、アーロンは第二王子である。
第二王子が公爵家の令嬢と結婚することに不都合なことなどほとんどない、むしろ喜ばれることだと彼は大いに考えていた。
私的な茶の席でアーロンが無邪気に願い出たその言葉に、王は持っていたカップを落とし、膝に紅茶を浴びてその熱さにのたうち回った。
王妃はすぐ隣でフリーズしたものの、すぐさまそれを介抱し、落ち着いてから「本気なの?」とアーロンに問いかける。この時、聡いアーロンは自分の望みが予想していたよりもずっと難易度が高いものだということに気が付くことになる。
すぐにリブレット公爵が王宮に呼ばれた。
リブレット公爵は謁見の間にて、挨拶をすると同時に「アーロン殿下、正気ですか?」と真顔で問いかけてきた。
本気を疑われるならまだしも、正気を疑われたアーロンはすぐさま反論した。
エミリアのように美しい人は初めて見た。彼女を妻にできるなら何をしたって構わない。どうかあの美しく可憐なエミリアと結婚する許可をくださいと、10歳とは思えないほど誠心誠意をこめて直訴をした。
リブレット公爵は頭を抱えた。
そうしてようやく、諭すようにリブレットの血にまつわる性質を話し始めた。
先祖に神聖なる四聖の巨竜を持つリブレット家は、他の12公爵家よりもずっと血に縛られていた。
元々、竜は我の強い縦社会の生き物であり、魔力に恵まれているためか血脈の縛りも強かったのだろう。公爵家に生まれた子供は、大抵が魔力に恵まれた才能ある子供ばかりだった。
が、魔力が強いことと比例するように、番の性質が人となった公爵家にそのまま受け継がれた。
と言っても、生まれた時から定められた番がリブレット家の血を受けついだ者にいるわけではない。いかに先祖が聖なる巨竜と言えど、今の彼らは人間である。
竜の柵から外れた存在に、神が定めた番がいるわけがなかったのだ。
けれど、本質だけが残された彼らは、本能的に番を求めてしまう。
番を得ることができなかった竜は悲惨だ。魂の半分を失った状態なのだから無理もない。
そしてそれは人である彼らも同じであったのだが、重ねて言うが彼らには、そもそも番という存在が神に用意されていない。
故に、リブレット家の血を継ぐ者は、番を求めて苦しんだ。
苦しんだ彼らの祖先は、自身で番を認定して得ることにした。
簡単に言えば番が用意されないのなら、自分で決めて思い込もうという、逃避に似た解決方法である。
結婚する伴侶を番として認識し、その魂が生を終えてもずっと、魂のままで添い遂げるという一方通行な愛の形だ。その代わりに一途で、重すぎるほどの献身的な愛が伴侶には捧げられる。
番を己で定めるという以外の性質は概ねそのままだが、そのまますぎて問題があった。
竜は互いに束縛が強いのだ。
浮気をしないということは浮気を許さないし、大事なものを隠したがる性質が反映されて雄の竜は番を愛するあまりに、竜の巣へと囲いたがる。人がその性質を真似したなら監禁だ。
故に、リブレット家の血を色濃く受け継いだ者の中には、伴侶を監禁して狂い死なせた者もいれば、浮気をした伴侶の相手を切り裂いて殺し、番を殺害してから後を追った者もいるらしい。それらは全て歴史の闇に葬り去ることができるほど古い話らしいが、正直とんでもない話である。
時代が過ぎ、薄れゆく血脈の中、番の性質自体もだいぶ薄まったが、それでもなお未だに番に執着するのがリブレット家の血脈だ。故に、人間的な感情を持てる程度に血が薄まったリブレット家の者は、伴侶に必ず同意を求めるようになった。
リブレット公爵家の人間は、総じて愛が重い。
無茶苦茶重い。
浮気はしない代わりに、伴侶の浮気を絶対許さないし、束縛が酷くて家に囲いたがる。愛の重さを嫌う場合、悲劇しか待っていないと。
そう言ったわけで、リブレット公爵家は結婚というものに偉く慎重だった。
だが逆に、慣例的に血が薄まると他の12公爵家が拒絶する下級貴族との結婚どころか、平民との結婚も相手がそれを受け入れれば許されるというくらい、リブレット家は結婚に対して寛容的だった。
番と思えるほどの相手を見つけ、それを了承させることができる人間など、貴族の中だけで探しては絶対に見つからないから故とは言え、貴族社会であるディシャールにとってかなり有り得ないことである。それくらいリブレット家の結婚関係の事情は混み入っていた。
リブレット家の現公爵は、番の性質に囚われているが、まだ人間的な常識を持った公爵だった。
妻一筋の愛妻家ではあるが、嫉妬も囲い込みも常識的な範囲内で落ち着いていて、妻との仲は円満で良好である。
その証拠に三人の子宝に恵まれた。
次男はリブレット公爵に似て、竜の性質は色濃くなく生まれたが、長男と末娘は竜の性質を強く受け継いで生まれてきたのは、公爵にとって喜ばしくもあり、また頭を抱える原因になった。
末娘はまだ良い。
竜の性質は強いものの、まだ人の常識に理解がある。
問題は長男だ。
リブレット現公爵が嫡子、エミール・リブレットは初代の先祖返りと言われるほど竜の力を色濃く受け継いで生まれてしまったのだ。
エミールは色濃く受け継いだ血のおかげで、生まれながらに優秀だった。初代が持っていた四属性の魔法を悠々と操り、5歳にして王立図書館のほぼ全ての本を読み、あろうことか記憶した。
ユーフェミアは才女と呼ばれていたが、エミールはそれの上を行く天才だった。
だが、血を色濃く受け継いだがゆえに、気がつけば人間社会では変わり者と言われるほど、他者に興味がない人間に成長してしまった。
幸運だったのは、エミールが番にも興味がなかったことだ。
竜の性質を色濃く受け継いだエミールが、番を求めるようになったらどんなことになるのかと思っていたリブレット公爵はほっと胸をなでおろした。まぁ、同じく竜の血を色濃く受け継いだ末娘の未来を考えると不安でしかなかったが。
そう言ったわけで、リブレット家の者を伴侶として迎えたいという気持ちは、生半可な気持ちでは叶えることができないと、リブレット公爵は懇々とアーロンに言い聞かせた。
幼かったからとは言え今後一切心変わりをすることは許されないし、自身が死んだらエミリアがあとを追う事になる。
アーロンはまだ10歳だ。第二王子とは言え人生を決めるには早すぎた。
リブレット公爵と国王夫妻は、これでアーロンが諦めると思っていた。
10歳という若さで人生を全て決めてしまうわけがないと、ある意味アーロンを軽んじたのだ。
が、初恋に目覚めたアーロンは諦めなかった。
それから3年かけて彼は努力を重ね、様々な後ろ盾を得ると、10歳からの3年間で経済を学び、いずれ王家から出て独り立ちしてもエミリアに苦労させることが無いように、王都の商家に出資して財産を築いた。
得意ではなかった勉強も魔法も努力して研鑽し、体力をつけるために近衛騎士隊の訓練に参加するようになって筋力をつけ、リブレット公爵の信頼を得るためにひたすらに己を磨いた。
全てはエミリアと結婚する、その為である。
そして彼が13歳になった夏、リブレット公爵はとうとう折れた。
「我が一族以外に、こんなにも愛情にしつこい者がいるとは思わなかった」と呟きながら、エミリアに求婚する許可をアーロンに与えたのだ。
だがしかし、あくまで求婚する許可を与えただけに過ぎない。
アーロンがエミリアと結婚するには、エミリア自身がアーロンを番として認識するほどの愛情が必要だったからだ。
漸くの思いでエミリアに求婚したアーロンに、10歳になっていたまだ幼かったエミリアは言った。
「……おにいさまが良いと仰るのなら」
アーロンは嫌な予感がした。嫌な予感がしたものの、まずはその兄君たちの許可を得なくては話にならない。
まずは次兄であるブライアンの許可を取った。
同い年だったせいか「妹を幸せにしてくれるなら」とあっさり許可を貰った。流れで親友となった。
次に長兄であるエミールに許可を求めた。
エミールは言った。
「……、なんで僕の大事な妹を君みたいなつまらなさそうな人にあげないといけないのか理解に苦しむな。もう少し面白くなれたら考えてあげるから頑張ってね」
アーロンの初恋の最大の障害はエミール・リブレットだった。
*
エミールのエミリアへの執着は兄弟愛と言うには異常だった。
あとから分かったことだが、番への執着が無い代わりに、エミールの執着は家族に対する家族愛が向かっていたらしい。
要するに、家族……とりわけ妹に対して番への愛情によく似た執着を抱いていたわけなので、エミリアを奪おうとするアーロンは相当目障りだったに違いない。
その証拠に、アーロンは何度もエミールに試され、挙句の果てにブチ切れたエミールに2回ほど殺されそうになった。
エミリアの治癒魔法が無かったらおそらく今この世に生きていることはなかっただろう。
何度か諦めそうになったが、心を奮い立たせ諦めずに真摯にエミリアに心を砕く姿を見て、先に絆されたのはエミリアの方だった。
「アーロン殿下、一生私を愛して下さいますか?」
そう、不安げに問うたエミリアに、「もちろんです」とアーロンは答える。
「はじめてお会いした時から、エミリア以上の人はいない。今でもずっとそう思っています。俺は、貴女を心の底から愛しています。貴女が望んでくださるのなら、俺は貴女と一生愛し合って日々を過ごしていきたいのです。どうか俺と、添い遂げてくださいませんか?」
エミリアはその言葉を聞いてアーロンを番と認識した。
その若さゆえに2人はまだ結婚していないが、その心は既に夫婦のそれとなっていたのだ。
エミリアが番と認定することで、エミールはアーロンをエミリアの番として認識した。
竜にとって、番は家族より上の存在である。エミリアがアーロンを番として認めた以上、その番を害する者は、たとえ兄と言えど敵として扱うだろう。
故にエミールはアーロンに敵対するのをやめた。
エミリアはエミールより血が薄いと言っても、竜の血を色濃く受けついだリブレット家の末娘であり、なによりエミールにとって可愛い妹だ。
可愛い妹の愛し人を傷つけて、悲しませるのは本意ではないらしい。
だからと言ってアーロンを認める気はないようで、エミリアが12歳の時に婚約し、更に5年経った現在でさえアーロンはたまにしか名前を呼んでもらえない。
きっと、認めるまで名前を覚えたくないし、呼んでほしいとも思っていないのだろう。
現にエミールは、アーロンに「義兄さん」と呼ぶことを強制してくる。
殺しにかかることは無くなったものの、未だにアーロンはエミールに認めてもらいたい気持ちを捨てきれないまま、日々を過ごしている。
という、アーロンとエミリアの長い馴れ初めを前提として、ようやく本題に移そう。
エミールが、ユーフェミアを番に選んでしまったという件である。




