第6話「ビラ、ビラビラ」
「終わったー!!」
明朝八時…ココロは全ての準備を完了させた。一切の計画なし。思いつきだけで行動する彼が、思いつきだけで一晩中ペンを握っていた。一睡もしていないにも関わらず、彼は即座にその紙の束500枚を抱えて家を飛び出した。店先に寝かせてあった自転車の籠にまた乱暴にそれを突っ込むと全速力で屑丘駅へと向う。昨日と同じ、相変わらずの味気ない無地のTシャツと踵や膝の部分が切れたり、色の薄くなったりのいるボロボロジーンズ…そんな金髪のライオンヘアーが今日も屑丘の風を切る。
屑丘歓楽街と呼ばれる進藤家は、御門川の桜並木の裏側に位置し、今の時期は桜が散り始めて通りは桜の花弁でピンクに染まっていた。黒壁沿いを一直線、全速力で駆け抜ける。
通勤時間帯ということもあり、屑丘駅は混み合っていた。寂れた町には不釣り合いに大きな駅で、駅ビルと一体になっており町の繁栄のためにさらに増築をするための工事をしている…という趣旨の張り紙がそこら中に張られており、工事を開始するための足場がその駅ビルを覆い始めていた。作業服姿の大工や工事屋たちがぞろぞろと工事現場に出勤する時間であった。女子高校生たちも思い思いの格好で駅の階段を、スカートを鞄で隠しながら、ぞろぞろと上がって行く。いつもならココロもそんな女子高生のスカート追いたいところだが、今日は違った。自転車を駅前の電話ボックスの隅に停めると、鍵も掛けずに駅ビルの階段を駆け上がる。上がりながら携帯を取り出してアクツを呼び出す。
「うぃーっす!」
ココロの大声が受話器越しに響いて、半分寝ていたアクツの頭に響く。
「うっせーよ。何だよ?」
上機嫌なココロに嫌な予感をさせながら、恐る恐る尋ねる。
「今から屑丘駅の改札に来い!」
それだけ言って、ココロは電話を切った。
アクツとココロの出会いは4年前、屑丘工業高校の入学式の日に遡る…。
ココロは当時から、小学生の頃からの幼馴染であり当時から仲のよかった和田小百合と一緒に下校していたところを冷やかしで、アクツとその仲間数人が立ちふさがったのだ。立ふさがったとは言っても、一瞬の出来事で、校門の前でスクーターに乗ったアクツがココロを蹴り飛ばしたところ、それにぶちぎれたココロがアクツをスクーターごと投げ飛ばしたというだけの話だ。
その突然の行動に、アクツ一同はそれまでに体感したことのない恐怖心を抱き、何も言わずに逃げ去った。ただしアクツはバイクが壊れて動けなかった。足を捻挫して、バイクも動かせないアクツを助けたのもまたココロだった。殺しかけた相手にすぐさま肩を借す…アクツはそんなことを何の迷いもなくやってのける進藤心という人間の底知れぬ深さに惹かれたのだ。
それからさらに色々あって、アクツは卒業できたもののココロは高校を中退した。その中退の原因が今でも屑丘町工業、いや…屑丘町では伝説となっている「黒壁の変」と呼ばれる事件だ。
「おいおい…何やってんだよ。」
1時間後、やっぱり気になってのこのこやってきたアクツが、人通りが賑やかな改札前の広いフロアでココロを見つけて呟いた。アクツは、いかにも寝起きらしい髪型、そして上下黒無地のジャージという地味な格好だった。
彼は行き交う人にビラを配っていた。ココロの住む西側とは、反対側に大きなショッピングモールが隣接する町の規模の割に大きな駅である。黒壁をまたぎ、東西を繋ぐ橋のような役割を果たしており、交通量も多い。左右の大きな窓から外を覗けば、屑丘町の東西をその黒壁が仕切っているのが分かる。
「おぉ!アクツ来たか!」
とココロはアクツを見つけて手を振った。アクツも苦笑いで振り返す…内心、その場から立ち去りたかった。
「ビラ配りのバイトか?」
とアクツが呆れ顔で詰め寄る。ココロの手には大量のビラが握られている。アクツは、この量を見るに、ビラ配りに苦戦していて、それに困って電話してきた、と予想した。
「あぁ…これ!」
そう言って、満足げにアクツにビラの一枚を渡す。アクツはそれを見て、思わず固まってしまった。まず驚いたのが…内容である。
KKK(屑丘を変えよう!の会)結成。
会員大募集!
会長:進藤心
副会長:和田小百合
書記:あくつ順平
会員希望者は屑丘町バッティングセンターに集合せよ!
「おいおい…何だよ、これ!」
アクツは呆気に取られて何から突っ込んでいいか分からなかった。アクツはココロの手に握られたビラを奪い取る…彼の行動にアクツは鳥肌がたった。
「あぁ!昨日、作った。疲れた〜。」
「お前…これ、全部手書きか?」
恐る恐る尋ねるアクツに、ココロは「うん」とだけ答えた。
「500枚近く作ったからな。もう半分くらい配ったんじゃないか?」
彼の言うとおり、アクツの持つ全ビラはざっと300枚ほどだ。
「よく貰ってくれたな…みんな。」
アクツがあたりを見渡すと…道行くサラリーマン、主婦、高校生が面白がってそれを読んでいた。
5分後…二人は背中合わせでそのビラを配っていた。
「何で俺が書記なんだよ…」
やっとビラの内容に触れたアクツ。
「お前、書道得意って言ってただろ?
それ以外に役職思いつかなくってな。」
ココロの意味不明な言動は、もう慣れっこだったが…今回の行動はそのアクツすらも驚かせた。
「それから活動は何するんだよ?
これがバッティングセンターの存続に繋がるのか?」
「もちろん!まず当面の目標は、DD捕縛!その懸賞金で借金を返す!
そしてさらに、最近また荒れてきた屑丘町のピースのための活動だよ!」
と自信満々に答えるココロ。また一枚、ビラが男子中学生の手に渡る。ココロの容姿に怖がって受け取ったのかも知れない。
「お前さ…DD捕縛は、本当にそれが目的か?」
アクツは背中のココロに神妙な声色で問いかける。
「あぁ…それだけだ。
お前が思ってるようなことはねぇよ。」
その問いかけに、呟くように答えた。
「お前らぁ!ここで何してる!?」
遠くの方から野太い男の声が聞こえた。
「やっべ…葛西だ。」
アクツは声の主をすぐに特定した。ココロにとっても聞きなれた声だった。
その声の方角に目をやると、アロハシャツの小柄な男が鬼の形相で走ってくる。その横を無表情な警察官が並走する。
「よ!葛西さん!山田君」
ココロは馴れ馴れしくそのアロハ男と警察官に声を掛ける。一人は、アロハシャツに交番交番警察独特の紺のスラックス、その腰にはジャラジャラしたキーホルダーが繋がれたガンホルダー、足元はビーチサンダル…まるでサーファー、頭はポマードでテカテカになるまで固めたオールバック…この町の名物警官:葛西浩二である。
もう一人は、最近屑丘町駅前交番に配属されたばかりの新人:山田一郎。葛西とは真逆のスタンダードタイプの警察官、真面目そうな七三分けに地味な眼鏡、直立不動で葛西の後ろから彼を見下ろしていた。
「お前!またぶち込まれたいのか?」
葛西がココロの胸倉を掴んで、ココロをその警官らしからぬ目つきで見上げる。
「いやいや…俺、何か悪いことした?」
ココロも思わずその葛西の迫力に仰け反る。
「無断でビラを配ってるチンピラがいるって聞いて飛んできたら…お前らぁ…。」
葛西は声を震わせて、ココロに顔を近づける。ビラの正体には気付かない。
「チンピラって…葛西さんに言われたらお仕舞いだよ。」
アクツはその屑丘町工業の先輩葛西をなだめるように近づいた。
「うるせぇぞ…。こっちは、この忙しい中、呼び出されてドタマに来てんだよ。」
葛西は、今度はアクツの胸倉を掴んでさらにホルスターから銃を引き抜いて銃口をアクツの頭に突きつける。
「おいおい…葛西先輩。殺す気っすか?」
アクツは、震えた声を出して葛西をなだめる。
「殺されたくなければ…一緒に来いや。」
また凄む葛西。銃口がアクツの顔に押し付けられている。
「分かった…。」
それに対してココロがうつむいて答えた。それを見た葛西が、安心したのかその手を緩めた。それをココロは見逃さなかった。アクツの手からビラを奪って、自分の持っているビラと一緒に宙へと放り投げた。
「逃げろ!!」
そして叫び声の同時に、アクツのジャージの背を引っ張って葛西の腕から逃がすと、一気に走りだした。宙に撒かれたビラは飛散して、道行くものの目を奪った。
「ビラがビラビラ…」
その時、警察官:山田一郎がやっと口を開いた。
「ごめんねー!葛西さん。また今度捕るから!」
ビラに気を取られて、宙を見上げていた葛西が、遠くで叫んだココロの声で我に返った。
「山田!お前はこのビラを片付けて交番で待機!
俺は、あいつらをぶっ殺す!!」
鬼の形相で葛西は、銃を片手に走りだした。