第3話「DD」
夜が明け始める頃、眠れる少年:進藤心、圷順平、和田小百合はボーリング場を出た。もう空は夜の闇を吐き出し始めて、明るさを取り戻していた。
ボーリングセンターの駐車場、アクツの車の後部座席にはココロが横たわり眠っている。ここまで二人が彼を担いでくるのは一苦労だった。先ほどまでいた若者たちもいない。車も減って中の騒がしさと対照的な静寂を保っている。
「この空気…いいな。」
アクツは冷たい朝の空気を吸った。そんな空気を吸いながら煙草に火をつける。
「さっそくその空気を台無しにすんなよ。」
ため息と疲れ混じりにサユリが言葉を吐き出す。乗り気でなかったが…結局、彼女も遊びつかれたようだ。
「まぁまぁ。
どうだ?…そいつ?」
とそれを誤魔化しつつ、アクツは顎でココロを指した。
「バカみたいに寝てるよ…。子どもみたい…」
サユリはココロの寝顔を見て、笑みを浮かべる。ココロは全く起きる気配なく寝ている。
「子どもでもないさ…いろいろ考えてるんだよ。こいつも。」
そう言ったアクツはココロの顔目掛けて煙を吐き出すが、起きる気配もない。
「何を?」
とサユリは疑わしい顔をしてアクツに問いかける。
「こいつほど裏表の激しい奴は珍しいと思うな。
俺たちには自分の暗い部分や弱い部分を絶対に見せないだろ?」
「こんな無防備に眠ってるのに?」
サユリはその言葉の意味を理解しつつもまた意味のない問いかけをした。
「そんな事は関係ないさ。
あの日、俺たちが最高に気落ちしている中…いつもと全く変わらない態度で俺たちを笑わせてくれた…。」
アクツには、一昔前の悲しい事件が思い出されていた。二人にしばらく沈黙が続いた。
「本当は自分が一番泣きたいくせに…こいつ、泣いてなかったもんね。」
サユリはまるでわが子を見つめるようにココロを見やり、そんな日々を思い返した。そんな感傷に浸る2人を尻目にココロは寝息を立て始めた。
「自分を隠す人間が…自分を全く隠さない本当に素朴で純粋な人間に惹かれたんだな。」
アクツが煙草の火を消して、エンジンを掛けた。彼を起こさないように音楽も消している。
朝方の冷たい風を受けながら、黒のワゴン車が非常にゆっくりとした速度で屑丘の中心街を走っている。窓ガラス全てスモークになっており、外からでは一切中を確認できない。
まだほとんど人の姿なく、トラックから荷物の積み下ろしをする中年男も、犬の散歩に若い女性も、通学途中の高校生たちも、ゴミ置き場のゴミに体を預けて眠る酔っ払いも…その異様な存在を気にも留めていなかった。
まるで何かを探すかのような走り方。運転手には、不気味なほどに青白い肌をした男。前髪が目に掛かり、その奥から大きくギョロギョロとした瞳が覗く。助手席には血のようなものを拭き取ったあとのある、金属バットとポラロイドカメラが置かれ、ボンネットには人物の写真が貼り付けられている。どれも隠し撮りされたようなアングルで、10代、20代の若い女性の日常が切り取られている。友達と談笑する女子校生、喫茶店でコーヒーを飲むOL…DDに狙われる運命を背負った人々の瞬間がそこにあった。
車内はDDの笑い声だけが静かに響いていた。