第34話「小さな希望と大きな絶望」
ココロが気を失って数分後、彼らのもとに救急車が2台駆け付けた。そのうちの一台からガタイのいいスーツの男が降りてきた。警察手帳をちらつかせていたので、すぐに彼が警察だとわかった。サユリは、その男が新見を逮捕しに来たのだと悟った。しかし今のサユリには、ココロの安否のみしか考える余裕がなかった。
「和田小百合さんと進藤心さんですね?」
「はい。」
どこか引っかかる感じの男だったが、サユリに気にしている余裕はなかった。じっとココロの手を握り、彼の鼓動が止まらないことを絶えず確認する。
「警察です。事件解決の協力に感謝します。後ほど話を聞かせていただきますので、病室で待機願います。」
淡々と話を続ける男。そして話が終わると男は新見加奈子に手錠をかけて救急車に担ぎ込んだ。
救急車に乗せられて少し走ったところでココロが目を覚ました。
「さすがに血を流し過ぎたわ。」
そう言いつつも彼には笑顔が見られた。サユリの心配そうな顔を見たからだった。
「サユリは何もされなかったか?…アクツとサキも心配だな…。」
「何もされてない。きっとあいつらも無事だよ。」
サユリはそう言いながらそっとココロの頭を撫ぜた。
「今はそんな風に笑わなくて大丈夫。私は安心してるよ。ココロが無事でいてくれてるから。」
サユリの目に涙が溜まっているのが分かった。
「お前…」
それに気づいてココロが何か言いかけるが、サユリの手がココロの目を塞いだ。
「大丈夫。何も言わないで。本当に安心したんだ。それで泣けてきた。」
「俺も安心してるよ。」
ココロはサユリの手にそっと手を重ねた。
もう一台の救急車でも、新見加奈子が目を覚ましたところだった。
「やっぱりこれが落ち着くんだよ。」
ガタイのいい刑事は救急車を運転しながら、ポケットから紙袋を取り出してそれを被った。
「君も変わってるよね。」
紙袋に向かって犬養が呆れたような声をだす。彼はベッドに横たわる新見のとなりに座っていた。
「やぁ。目を覚ましたね。お疲れ様。新見さん。」
「犬養さん…。」
GATEによる充血が消えていても、血の涙のあとが残る新見の顔に不安の色が現れた。新見は犬養と目を逸らした。
「大丈夫だよ。君を労いに来たんだ。」
そう言うと犬養は、新見の顔についた血の跡を拭ってやる。
「ありがとうございます。」
新見はうっとりとした瞳で犬養を見た。
「せっかく綺麗な赤だった瞳…戻っちゃったね。」
犬養の失望の顔色に新見は焦り、被せるように返答する。
「私…まだやれるよ。まだあの子の復讐は終わってない。」
「復讐…?ああ。堂ちゃんのこと?僕がいなくなったせいで堂ちゃんがおかしくなって飛び降りちゃったって話だっけ。」
犬養の声のトーンが徐々に冷たくなり新見を突き放す。
「あれ、まだ信じてるの?」
犬養が失望の眼差しで新見を見下す。まるでゴミでも見下げるように。
「え…」
新見は引き攣ったような笑いを見せることしかできない。
「堂ちゃんがおかしくなったのは、ぼくが堂ちゃんにGATEを飲ませたから、彼がDDになったのもぼくが唆したから。彼が死んだのは、ぼくが彼に言ったんだよ。保護観察とかってので入院してたぼくに会いに来た時にさ。もう君は友達じゃないよってね…。そしたら次の日に彼、死んじゃった。」
「え…」
まだ笑みを見せる新見加奈子。
「でも新見さん…。気づいてたでしょ?ぼくが堂ちゃんを殺したってことに。」
再びニコリと笑う犬養。まるで仮面でも張り付いているかのような笑みだ。犬養が再び新見の顔についた血の染みを拭ってやる。
「…」
沈黙する新見。しかしその表情は恋をする少女のようだ。
「ぼくを慕ってキチガイのふりをしてくれたんだよね?
ありがとう。嬉しいよ。」
犬養のその言葉に新見の瞳から本物の涙が流れた。
「でもね。君が捕まったら、ぼくが困るんだ。
だから、死んでくれない?」
新見の耳元で犬養が囁く。新見はそっと頷いた。