第33話「光の射す方へ」
「ココロ…起きて?…みんなが君を必要としているよ。」
サキがココロの耳元でつぶやく。そっと手を握り、彼の帰りをじっと待つ。業を煮やしたアクツがココロの胸元を掴んで叫んだ。
「ココロ…。こんなとこで死んでいいのかよ!
お前はこの町を変える男だろうが!!」
そして再び流れる夜の静寂。
アクツが握るその手を、ココロがぐっと掴んだ。
「よく言ったぞ。その通りだ。」
ついに進藤心が目を覚ました。
「ココロ!!」
3人がほぼ同時に叫んだ。
「その前にサユリを取り返して、DDを捕まえて、300万ゲットしてくるぜ。」
ニカッとその自信に満ちた笑いを見せる。
「DDはどっち行った?」
「坂をのぼって行ったよ。町の方だと思う。」
頭についた血をぬぐって、普段とまるで変わらぬやり取りをするココロとアクツ。
「葛西さん、これ借りるぞ。」
そういうとココロは葛西の乗ってきた自転車に乗る。
「待ってろおおおおおお DDぃいいいいいい!」
夜の静寂を一気にかき消したその叫び声はまるで周囲に活気と希望を取り戻させるようであった。
「行くあてがあるのか?」
葛西はアクツに尋ねた。
「あいつなら何とかしてくれる。」
「俺のチャリは返ってくるか?」
「返ってくると思います?」
その言葉にガクッと項垂れる葛西だが、それでどこか嬉しそうだ。
下り坂に入ると、ココロの自転車は時速5,60キロ出ており、次々と走る車たちを抜かした。町へと抜けるためのトンネル道を前にココロは足を止めた。蛍光塗料のスプレーで描かれた人間の指の落書きがトンネルの横の抜け道を指していた。町ではなく、歓楽街へと抜けるための道だった。
「光の射す方へ…」
ココロはあの言葉を思い出して呟いてみた。夜の闇の中で淡い色の光る蛍光塗料が道しるべになっているようだった。そして再びペダルを蹴った。
風俗店やキャバクラの並ぶ屑丘の歓楽街は、この時間でもサラリーマンや客引きで賑わっていた。
「お!ココロじゃーん。」
客引きらしき男たち、キャバ嬢が次々にココロに声をかけていく。
そしてココロは立ち止った。例の感覚が現れた。ココロの集中すべき時と場所にて彼の脳が持つ特殊な力と言えるだろう。周囲の音が消え、直感や神経が研ぎ澄まされる。自分に必要な情報、ほしい情報が研ぎ澄まされた神経を伝わってくる。ココロは、自分の後方4,50メートルにサユリを連れ去ったバンと同じエンジン音を聞いた。
「悪い。ちょっとここ騒がしくするわ。」
周囲にいた客引きとキャバ嬢たちに軽く詫びを入れる。バンは、ココロを発見し、その後ろ姿を轢殺そうと加速した。自分との距離が10メートル程度に達したとき、ココロは振り向いた。運転したのは安嶋だった。両手で自転車のハンドル部分とサドルを握りしめると、安嶋の顔面めがけて自転車を放り投げた。
安嶋の歪んだ笑顔がすぐさまひきつった。自転車はフロントガラスを突き破った。ハンドルを急に切った安嶋の乗ったバンは、ココロを避けながら電柱へと激突した。激しい轟音が鳴り響き、周囲はココロに注目した。
「なにー?また喧嘩―?」
歓楽街に住み着くガラの悪そうな男たちがココロを茶化した。彼らともよく知った仲だ。
「ああ。ちょっとしたやつね。」
ココロはおどけて見せた。バンの後部座席が開くと、サユリが飛び出してきた。
「ココロ!」
泣きじゃくる彼女がココロのもとへと走る。
「ちょっと待っててな。今、けりつける。」
彼女の頭をさすって、笑顔を見せてやる。そして後部座席から頭から血を流したDDが現れた。目の充血が消え始めていた。GATEの効果が切れている証拠だった。
「なんで消えないの…?あなたが消えないと…あの子の夢がかなわない…。」
苦しそうにぜぇぜぇと肩で息をするDD。その瞳からは、GATEにより酷使された脳へのダメージによって、血の涙が流れていた。
「加奈子…」
サユリはその痛ましい姿に再び涙を流した。
「消えろ…消えろ…消えろ…消えろ…消えろ消えろ消えろ消えろ消えろきえろおおおおおおおおおおおおお!」
新見加奈子が叫びながら再びバットを振りおろす。ガツンという鈍い音とともにココロの頭にぶつかった。しかし今度は全く倒れる気配はない。血がぽたぽたと滴りはするが、ココロへのダメージはなかった。
「ありがとな。サユリを殺すつもりなんてなかったんだろ?」
「違う!私はあなたを絶望させたかった!」
さらにもう一発バットを振ったが、やはりココロには効かない。
「いいや。あんたはサユリを傷つけなかった。それに免じて、一発で決めてやるよ。」
そういうとココロは拳をぐっと握って振りかぶる。
「とっとと目を覚ませ!!」
ココロの拳は音を立てて空を切り、新見の顔面数ミリ手前で止まった。しかし新見は白目を向きながら倒れてしまった。
「な…何今の!」
サユリは何が起きたか理解できなかったが、ひとまず新見が殴られなかったことに安心した。
「GATE服用者は脳の神経が過敏になってるから、うまく寸止めすると殴られたと錯覚して気絶しちまうんだ。できるなら女の子は殴りたくないしさ。」
とおどけて笑って見せるココロ。
「あんた、最初に思いっきり殴ってたでしょ。」
「あれは…無我夢中だったんだ…。それにGATEを使ったばかりだと脳が覚醒状態だから、簡単には気絶しない。目の赤みが消えかけるのを待ってたのさ。」
「わかったわかった。」
サユリは呆れるように返事をした。
「でも…何て言うか…その、ありがとうね。助けてくれて。」
照れくさそうに俯きながらサユリは言った。
「あたりめーだろ。大切だからな。」
笑いながらすぐに返答したココロ。
「な!…あ…」
何を言っていいかわからずサユリは混乱した。ただ、自分の顔が火照っているのがわかった。
「ありがと…」
ココロは念のためバンの運転席を確認する。フロントガラスに自転車がめり込んで、電柱に突っ込んだ車のフロント部分はぺしゃんこに潰れている。自転車をぶつけたはずの安嶋がいなくなっていた。あいつはどこに…。焦りを募らせるものの、ココロにそれを考える余力は残っていなかった。
「悪ぃ、サユリ。救急車…呼んでくれ…新見さんを頼む…。」
そう言うとココロはがくりと膝から崩れ落ちて気を失った。
ココロが気を失った後、屑丘警察署では犬養が電話を受け取った。
「もしもしー? ケイゴ。」
楽しげに、無邪気に、犬養が電話に出た。電話の相手は安嶋だ。
「俺だ。今決着が着いた。」
ぶっきらぼうに答える安嶋。
「その様子だと、ココロが新見さんを痛めつけずに勝利した。そうだろ?」
仲間だろうと容赦なく精神を読み取る犬養。
「ああ。面白くねぇな。」
「彼はGATE服用者と喧嘩した経験があるからね。こうなることは予想できたよ。」
犬養にとっては、ココロの勝利方法すらも予想済みだった。
「どう?ケイゴ。新見さんは殺せそう?」
無慈悲な言葉をかけるも、一切声のトーンに変化のない犬養。
「あー。ココロの女を殺していいなら、新見も殺せそうだな。」
安嶋もさらりと恐ろしげな言葉を並べる。
「彼女にはもう少し生きていてもらわないと。もっと残酷な運命が待っているんだからさ。それに池田さん、和田さん、新見さん…3人も殺したらケイゴ、死刑だよ?」
犬養の言葉はつねに無邪気だった。
「その通りだな。しかし、新見が捕まって、俺が池田をやったのがばれても面倒だ。」
「わかったよ。ぼくが新見さんに会ってお願いしてみるね。
死んでください…ってさ。」
そう言って犬養は電話を切った。