第29話「居場所」
屑丘警察署に集められたココロ、アクツ、サユリ、サキの4人。4人はそれぞれ、刑事らに先日の池田直人との再会の経緯を話した。サユリは同様を隠せないようで俯いたままだった。
「きついな…」
取調室を出た廊下でアクツがココロに話しかけた。ココロは何も答えずに目で返事をした。サユリはまず林八千代が心配でならなかった。あれ程に想っていた池田が死に、彼女がその死の第一発見者となった。彼女の心中を思うとサユリは胸が締め付けられる思いだった。同時に、4人全員が一つの考えを持っていた。それは林八千代が池田の死に何らかの関連があるのではないだろうか…と。
「刑事さん。林八千代はどこにいるんだ?話がしたいんだ。」
ココロが取り調べ室内の若い刑事に声をかけた。
「彼女は今、我々の元にいる。しばらく君たちとは会えない。」
そう言った刑事の目は鋭かった。やはり林が取り調べを受けているとみて間違いなさそうだ、ココロはそう確信した。
ただ火口とも話したように、DDは女性ではない、という推理がココロの中では有力だった。
ちょうど、火口のことを考えていたときであった。取調室のある長い廊下の向こうから見覚えのある男が手を振っていた。まさに火口憲介その男であった。
「火口さん。」
4人は駆け寄った。徹夜で捜査したのだろう、目は充血して、顎鬚が伸びていた。
「まずいことになったな…」
と頭をかきながら4人に申し訳なさそうに話す火口。
「やはり今回の事件もDDが…?」
ココロたち4人はまだそのことすら誰からも教えられていなかった。その質問に対して火口は答えるのにしばらく躊躇したように沈黙した。
「あぁ…DDだよ。すぐわかることだしお前らに隠しても仕方ないな。
そしてココロ…もう一度、協力してほしい。」
火口は意味ありげにココロを見つめた。ココロにはその協力の意味が分からなかった。
火口の後を追って連れてこられたのは、別の取調室だった。相変わらず窓には鉄格子がはめられており物々しい雰囲気のある場所だ。取調室の中心におかれた古びた机の上には何十枚もの写真が並べられている。ココロら4人にはすぐにその意味が理解できた。
「DDからですか?」
アクツが確認のためにその写真について尋ねる。
「あぁ。池田が死んだ日の朝に屑丘警察署に届けられたものだ…差出人はDDとあった。」
相変わらずなその大胆な手口に4人は息を飲んだ。屑丘警察署に50枚ほどの写真を送り、その中から数人選んで暴行を加える。挑発かかく乱かその意図は未だ不明だ。
「この写真を見てくれ…」
火口が差し出した写真にココロは背筋が凍りつく思いがした。そこに写っていたのは柊咲江であった。
「え?私?」
事態を重く受け止めずにきょとんとする彼女を尻目に押し黙る火口と3人。
「ココロ…この写真って…私たちが屑丘温泉大学に行った時の写真だよね?」
とサユリが写真について神妙な面持ちで述べた。ココロもそのことにはすぐに気づいていた。写真中央にサキが写ってはいるものの、その背後にぼやけたサユリ、林八千代と新見加奈子が写っているのだ。そこはまさに屑丘温泉大学の学食であった。ココロはDDの正体を自分に関係のある人物だと確信した。
「林八千代がDD?」
アクツは火口に詰め寄る。普段のチャラけた感じは一切なく、アクツの顔にも焦りが見えた。
「いや…その可能性はないだろう。アリバイも取れているし、犯人は現在も凶器を所持している。ただ今朝、彼女が池田のアパートを尋ねたとき、アパート付近で不審なフードの男を目撃しているそうだ。ただ…彼女の現在の精神状態ではとてもまともな証言は取れないだろう。」
やっと再会できた、愛する人間を一夜にして奪われた林八千代の精神状態は酷いものだろう。そのことはそこにいた全員が理解できた。
「サユリ!」
取調室に聞き覚えのある女性の声が響いた。
「加奈子・・・」
サユリがそれに答える。声の主は、和田小百合の大学の同級生 新見加奈子だった。お互いの友人で林八千代に起きた悲劇を聞きつけてやってきたのだった。
「八千代のこと・・・本当?」
「うん。」
サキと加奈子の間に重たい空気が流れる。
「ところで・・・ココロ。DDについて何か重要な情報を掴んでるんじゃないか?」
重たい空気を破ったのは刑事の火口だった。事件解決への焦りが声色に現れている。
「俺たちは池田直人がDDと関係があると思っていた。だが、会って確信したのは、あいつがDDじゃないってことと、今回の事件について何も知らないってことだ。そして俺が疑ってる人物が一人いる。」
「誰だ?」
火口が即座に返答する。普段の落ち着いた彼らしくないと心は思った。
「堂島道利。犬飼とつるんでた人間の1人です。名前は、みちとしだけど読み方を変えればどうりって読める。どうじま どうり イニシャルがDDってわけです。」
「犬飼の関係者か・・・あいつも取り調べてみるか。」
かすかに生えたひげをさすりながら火口が呟いた。
「でもそんなあだ名だけじゃあ、堂島をしょっぴけないな。
単独で動けるか?」
火口が意図するのは、警察はまだ動けないが、ココロたちに証拠を掴んでほしい、という意味の依頼だ。
「もちろん。今、和久井さんが堂島の居場所を教えてくれたところです。」
ココロの携帯に和久井からのメールが着ていた。そのメールのタイトルは…
「堂島の居場所」