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第2話「ヘブンズドア」

「待ってよ!電気消さないと!」

そう言いながらサユリはバッティングセンターの入り口の電源を落とした。大きな鈍い金属音とともに暗闇に落とされる。

アクツが乗ってきた黒のSUVが店先で待っている。それに乗り込む3人。二十歳の誕生日の両親からのプレゼントであることは、まだ二人には秘密である。

「本当はココロの自転車に乗りたいんだろ?」

助手席に乗ったサユリの耳元でアクツがニヤニヤして囁く。

「うっさい!」

サユリは大きな声で、アクツの声をかき消すように叫んで。彼の横っ腹を小突いた。

「痛っ!…お前、運転中はやめろよ!」

「お前こそやめろ!…私、そんな風に思ってないから!」

サユリは頬を膨らませてそっぽを向いた。アクツがエンジンを掛けると、車内には激しいリズムのロックが響き始める。

「よ〜っし!出〜発!」

ココロは窓を開けて、外に向って叫んだ。

「コラ!近所迷惑!」

サユリも楽しそうに声を上げた。

ゆっくりとした速度で走り出す車、街灯の明かりもこの暗い屑丘町では、足りないぐらいだ…と慎重な運転のアクツは考えていた。ぶつけないように慎重に細い春雨団地の路地を抜けると、屑丘の中心地まで長い一本道が続く。小高い緑の丘に囲まれた広い一本道で、夜11時ということもあり車どおりもほとんどない。運転に慣れていないアクツも慣れてきてやって口を開いた。

「どこ行く?」

そう問いかけるアクツは、煙草ばかり吸っている。車内にはセブンスターの空箱が丁寧に積まれていた。

「さぁ?…とりあえず和久さんのところに行こうぜ!」

と楽しそうに外を見ているココロが答えた。

「ちょっとよっていくか?」

アクツは笑って屑丘商店街の入り口を指差す。

「入っていいの?」

と心配そうなサユリ。

「行こうぜ!…それに見せたいものがあるんだ!」

アクツは、そんなサユリを尻目に楽しそうにアクセルを踏んだ。

まるで洞窟のような暗さを保つその入り口へと、冒険者のような彼らを乗せた車が消えて行った。

屑丘町の屑丘商店街…普段は買い物客で賑わい、車が通れるようなスペースはないがこの時間は通り抜けできる。もちろん、深夜の時間帯だろうと車の進入は禁止されている。

「ここだ!降りて見てみろ!」

そう言ってアクツは、エンジンを止めて外に出て行く。二人もそれに続く。

まるで秘宝を発見した冒険家のように自慢げな顔だった。

「すごい…」

ココロとサユリはそれを思わず声に出した。

店のシャッター2枚を使って女性の絵を堂々と書き上げられている。一人は、西洋の甲冑を着た女性の騎士。手には大きな剣を携えてそれを体の中心に構えて祈るように目を瞑り、立っている。タイトルは「Jeanne d`arc 自由の起源」。

もう一人は、赤子を抱くふくよかな西洋の女性、淡いブルーのローブを体に巻き、視線を斜め下に落として、口元が小さく笑っている。美しい母親の像だ。タイトルは「Saint mary 自由の進展」。

どちらも同じようなタッチだが、まるで絵画のように緻密で芸術的な気品が漂う。

「最近、見つけたんだ。すげぇだろ!」

まるで自分が書いたようなアクツ。車のボンネットに寄りかかり、また煙草を吸っている。吸った後に空に向って煙を吐くのが彼の吸い方だ。

ココロはそのシャッターをじっくり見やる。剣を持つジャンヌダルクの横顔、力強さ、優しさが滲み出ている。思わず体が震えてしまうような出来栄えだ。風が吹くたびにシャッターがなびいて、女性が小刻みに震える。まるで不思議な魔力を帯びたように、動き出しそうに震えるのがまた不思議な感覚だった。

3人はしばらく黙ったままそれを見ていた。



「屑丘町ボーリングセンター:ヘブンズドア」…屑丘唯一のボーリング場である。

屑丘商店街を抜けて、ほんの小さな歓楽街の狭間を縫うように走り、見えてきたのは町の中心で深夜にも関わらず一際輝きを放つ巨大なボーリングのピンであった。ビルの頂点に備えられそのさらに頂点より陸にそびえる灯台のように光を放っている。

その光の塔に、アクツの車が吸い込まれていく。屋外の駐車場に停める。数人の若者がその駐車場で自ら犯した悪の武勇伝を語っている。ブカブカの服装に坊主頭の柄の悪い男子が、誰かの車のボンネットに座って高らかに笑っている。また別の車の陰では、制服姿の少女が慣れた手つきで煙草に火をつけた。

「相変わらず…だよね。」

サユリはこの雰囲気が苦手だった。あたりをキョロキョロと見渡している。今にも襲われそうなサバンナのシマウマのような不安そうな顔つきを連れの仲間に見せる。

「あぁ。ここは、いつまでたっても同じだな。」

ココロは、そんな人間達に目もくれずにニコニコとしている。アクツも興味なさそうに煙草を噴かす。

店の前でも、いかにも喧嘩が好きそうな、金髪の2人の若者が店を出入りする全ての人間を目で威嚇している。そんな奴らも意に介さず、3人は店に入る…そこは外の闇を一瞬で忘れさせる夜の光で溢れた場所だ。入り口からすぐに巨大なフロアが広がり、激しい光と音で溢れている、レーザー光線の青い光が宙を飛び交い、流行の音楽が激しい音量でかけられている。若者たちは、その光や音と共に歌やダンスをするようにボーリングをしている。

しかしその横では、先ほど駐車場にいたような若者達がカウンターの中で煙草を噴かし、トランプをしながら接客をしている。制服などはなく、思い思いの服装、頭髪で、カウンターに足を乗せているものまでいる。

「だから私…好きじゃないんだよ…ここ。」

サユリはそんな光景を見て、小声とため息を漏らした。


「和久井君、スコア101〜。今までで最高なんじゃない?」

「そうかな?」

その中で和久井清彦率いる、サユリも通う屑丘温泉大学のサークル「ボンクラ」が今日も第8、9、10レーンで練習を開始していた。その他の若者とは異なり、少し落ち着いて真面目そうな雰囲気すら漂う集団だった。

和久井はすらっとした長身で、鮮やかな青い髪の男だ。細身の薄い青のジーンズに、薄手の白シャツ、その上に紺のカーデガンを羽織っている。他の若者に比べると実に地味な服装だが、それも彼の飾らない性格を表していた。

無表情で読み取りづらい、さっぱりとした顔で仲間の投球をぼーっと見守っている。

ボンクラは、男女15人から成り和久井を創始者とする小さなサークルだ。そのうちの13人が集まって平日深夜にボーリングをやっている。皆、スコアは100程度でお遊びの域を全く超えていない。

「楽しいなぁ〜。」

和久井は上を向いて、煙草の煙を吐き出しながらそう叫んだ。

「でも俺たち、全然上達しませんね。」

部員は大抵こう言うが、和久井はそれでも笑っている。

「いやいや、うまくなって本気になったらすぐに飽きてしまうぞ。こんな球転がし。

手を抜いて、遊びながらやるから楽しんだろ?」

和久井は決してボーリングを好きなわけではなく、この無理せず楽しい時間をただ流されるように楽しむのを好むのだ。

「和久井さ〜ん。」

ボーリング場の入り口より、和久井を呼ぶ声が響いた。ボーリング場全体に響き渡る。

「心か…。」

和久井は振り向いて呟いた。小さく手を振る。

「よぉ。」

3人と和久井が対面を果たす。和久井はまずそう言って4人を自分たちの席に案内した。部員たちは、彼らのために席を空ける。

「サユリも着ているのか。珍しい。」

サユリも軽く会釈をする。

「何か面白い事、ありましたかぁ?」

アクツは、いつだって和久井にそれを聞く。和久井は、心達にとって屑丘町の情報屋のような存在だった。

彼曰く…

「お前が知っている事は俺の知っている事。俺の知っている事は俺の知っている事だ。」

と言う。

「あぁ…全部面白い話じゃないけどな…。

最近、屑丘町を賑わしている若い女性ばかりを狙った通り魔の話だ。」

「あぁ…あれまだ捕まってなかったんすか…」

屑丘町を騒がす通り魔は、屑丘町中のニュースになっていた。4人には珍しい神妙な空気が流れた。過去に起きたある一軒以来、ココロたちはその手の話題に敏感になっていた。

「警察が俺たちに協力を求めている。」

和久井が意味深な低い声で…

DD(ディーディー)…」

そう呟いた。空気が張り詰めるのをそこにいた4人は感じた。和久井は時折、周囲を緊張させる冷たさを放つ。

「DD?…そいつの名ですか?」

とアクツが珍しく真面目な顔をして聞き返す。サユリはじっとその雰囲気を見つめていた。

「あぁ…。警察に予告状を送りつける大胆な手口、予告状にその名が記されていたそうだ。

そして面白い部分は、ここだ警察と町がDDに懸賞金を掛けた。

額は破格の300万。」

「300万!?」

アクツが一番に反応して声を上げた。冷たい空気が少しだけ和らいだ。

「どうだ?…ほしいだろ?」

和久井はアクツの目を覗き込んだ。爽やかな笑みを浮かべながら。

「ぜひほしいっす!」

アクツは即座にかつ正直に答えた。サユリは反応せずに俯いていた。ココロはそんな彼女を心配そうに見やる。ココロの視線に気付いてサユリは、はぐらかすように彼に笑いかける。

「まぁ…暇なら探してみろ。

見つけたら何かおごれよ。」

和久井は立ち上がって7ポンドのマイボールを手に取った。彼の放ったボールは非常にゆっくりとしたスピードでガーターに入って行った。

「へたっぴ〜。

私に貸してみ。」

さっきまで俯いていたサユリが急にボールを持って飛び出した。ココロの目には、理由は分からないが…それが姿が痛々しく映った。彼女が何か苦痛を抱えていると直感した。しかしその理由はすぐに分かることになる。



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