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第27話「気まずい同窓会」

翌日、ココロ、アクツ、サユリ、サキの4人は隣町行きの電車に乗っていた。結局、行動を始めたら止まれないココロの習性を4人が止める事はできなかった。

「あいつに会ったら、なんて挨拶するんだよ?」

ガラガラの電車の中でアクツがココロに向ってぼやいた。

「う~ん…

よぉ!池田!お前、元気だったか?

ところで最近、DDって言う…」

「いきなり切り出しすぎだろ!第一、俺たちあいつとそんなに親しくねぇし。」

朝から元気そうに何も考えていなさそうなココロに頭を悩ますアクツ。そんな姿に監視役として同行したサユリもため息をつく。サキもまたココロと似たようにニコニコしながら電車に揺られている。

10人掛けの席が両側についたゆったりとした車両で、ココロたちもゆったりと大きな態度でその席の中央に腰掛けている。

朝8時の下り列車は一つの車両に多くて10人程度しか乗っていなかった。ココロ達を除けば…ココロたちの向かいの席には新聞を被って横になって寝ている酔っ払い、ココロたちと同じ側に空いた席にも座らず立ったままの目つきの鋭いビジネスマン、向かいの席の端には剣道部だろうか…竹刀を背負った坊主頭の中学生の3人だ。列車は約20分かけてゆっくりと屑丘の隣町「(みぞ)(はた)」まで進む。

「お前、溝畑ってどれくらい行ったことあるよ?」

ココロがアクツに尋ねる。

「さぁ。下り方面はほとんど乗らねぇしな…ほとんどないかな。たしか何もない町だぞ。」

「そんな場所の工場で池田が働いてるなんて全く想像できねぇな…。」

ココロとアクツは池田の昔の姿を思い出して思わず苦笑いした。

電車が溝畑で止まり、4人は降りた。ほとんど人のいない無人駅でホームも非常に小さかった。駅の周りには民家しかなく、コンビニもないようだ。屑丘よりも緑が多く、青々とした匂いがする。改札を出て和久井に渡された池田の仕事場「溝畑自動車修理工場」へ向う。

「ホントに屑丘の東以上の寂れっぷりだな…」

商店街はほとんどが店じまい、シャッターには落書きすらないただ錆びついてその時間の経過だけを感じさせる。

「お前ら…ココロとアクツか?」

突然、見慣れない作業服の男が4人を呼び止めた。工場へ向う最後の曲がり角であった。声はどこかで聞いた事があった。

「あんたまさか…。」

そのまさかであった。頭は金の長髪から地肌が見えるほどの坊主に、ピアスやネックレスなどの装飾品は全てなくなり、時計もしていない。薄汚れた作業服に軍手姿の池田直人がそこにいた。

「池田…なのか?」

ココロは確かめるようにその名前を呼ぶ。

「あ…あぁ。ココロにアクツだろ?何でこんなところに…。」

池田はワケがわからなくなっているようだった。それはココロたちも同じだった。まさかあの池田直人がこんな姿になっているとは想像もしなかったのだ。今はとても真面目そうな好青年である。

「いや…ちょっと話があったんだけど…。」

ココロは躊躇いながらそれを伝えた。

「話か…お前らには恨まれてるだろうしな…。話ならしよう。」

池田はさらにしゅんとした様子で小さくなった。

「池田さんはこれから仕事ですよね?…大丈夫?」

アクツはそんな池田の仕事を気遣った。

「あぁ。早めに出勤してるから…15分ぐらいなら。そこに自販機があるからそこで話そう。」


池田の勤務先「溝畑自動車工場」に入ることができた。2つの小さな工場が連なっており、自動車のボディの部分が並べられている。まだ出勤してくる人間はおらず、ココロたち4人は池田に連れられ工場外の木陰の自動販売機の前に来ていた。工場内から油の匂いが出ており、多少鼻につく。

4人は池田にその自販機で好きな飲み物を買ってもらった。池田は工場の方を観察しながらコーヒーを飲んでいた。その姿は様になっていると、ココロは思った。

「話って…何だ?…お前らが俺を訪ねてくるなんて思わなかったよ。」

池田は気まずそうに切り出した。

「あ…聞きたいことあったんだけど…何から話していいやら…。」

ココロは買ってもらったファンタを飲みながら誤魔化した。

「犬養や安島のことか?…それならもう会ってねぇぞ。」

池田はとりあえずココロの聞きたそうなことを話し始めた。

「あいつらはここに来ないんですか?」

アクツは池田に対して丁寧な言葉を使った。元々話したことはあまりなかったからだ。

「いいや…何回か来た。安島が。俺を誘ってたらしいが…先輩や同僚の方に頼んで追い返してもらったよ。」

池田は苦笑いしながら答えた。

「もうあいつらと絡む気はねぇ…特に犬養とはな…。あいつは人間を変えるよ…。」

以前の池田の話し方からは想像もつかないような落ち着いた語り口だった。

「池田…変わったな。あんた。」

ココロはそんな彼を見て、ストレートにそう言った。

「ココロのおかげだ…。黒壁の変で俺を殴って気絶させてくれた。それで気付いたら、俺は逮捕されてた…。それで思ったんだよ…何をやってんだろう…俺ってな。

逮捕されねぇと気付かないような馬鹿だったけど…今の生活はきついけど…最高に楽しいよ。」

池田はグイっとコーヒーを飲み干した。

「あ…黒壁の変の後の堂島道理がどうしてるかって知ってるか?」

ココロはDDの事については触れなかった。代わりに堂島のことを尋ねた。

「堂島?…知らないなぁ…」

池田が黒壁の変が始まってすぐに捕まった、その彼が知っているとも思っていなかった。いよいよDDが誰なのか解らなくなった。ココロは少なくともこの自分の目の前にいる真面目な工員がそれである気はしなかった。

一瞬の沈黙の後…

「直人…。」

5人の後方から声がした。池田の名前を呼ぶ女性の声だ。

5人はほぼ同時に振り向いた。

「林さん…。」

一番に反応したのはサユリだった。見覚えのある大学の友人が血相変えて立っているのだから驚いたのだろう。

「八千代…。」

それから次に声を出したのが池田だった。ココロの次に来たのがは自分が何も言わずに屑丘に置いてきた元彼女なのだから驚いたろう。

「ココロ、お前たちが連れてきたのか?」

と迷惑そうな表情の池田。

「ちげぇよ。」

即座に否定するココロ。

「何で何も言わずにどっか行っちゃったの!」

林はその目に涙を溜めていた。よほど池田に会いたかったのだろう。

「何でって…それは…」

池田は言葉に詰まっていた。

ココロら3人はその修羅場なやり取りにどうしていいかも分からずに、ただ各自飲み物を飲んでいる振りをしていた。

「おいおい…なんだか気まずい同窓会になってきたな。」

アクツがその池田と林を皮肉った。

「ごめんな…。一人にしちゃってよ…。」

池田はすっと前に出る。

「ただもう八千代に迷惑かけたくなかったんだよ…。俺が馬鹿だったからお前に薬なんて手出させて…お前まで逮捕された。

恨まれてるとも思った…だからもう俺なんかの顔も見たくねぇだろうって思ったんだよ。」

坊主になって頭を照れくさそうに掻きながら池田は話した。

「私は心配だったのよ。直人が今でも犬養らと関係を持っているんじゃないかとか…まだ薬を売ったりしてるんじゃないかとか…私のことなんて別にどうでもいいの。私は直人が心配だっただけなの。」

林が涙を流しながら池田にそれを告げると、池田は彼女にそっと近づいてその涙を汚れた自分の手ではなく、まだ少しだけ綺麗な軍手の裏側で拭ってやる。

「なんだか一件落着って感じだね?」

サキがココロの耳元で呟いた。ココロはにやけて頷いた。

「つーか何で林さんがここに?」

アクツはすっかりいい雰囲気になってる二人の間入った。

「わ…私は和久井君に彼の居場所を聞いて…。そしてたらたまたまあなたたちがいて。」

アクツは林と池田、そしてココロが一緒に並んでいる姿に未だに混乱を覚えていた。

「さて…俺はそろそろ仕事にいかねぇと。

お前らはどうすんだ?まだ俺に用があるなら仕事終りに話でもするか?」

池田は改めてココロたち4人を見渡した。

「いーや。もうねぇな。ししし。」

ココロはDDの話を切り出さなかった。余計な話をして、余計な心配をさせるのは嫌だった。代わりに幸せそうな笑いを見せた。

「そうか…。だったら俺からずっとお前らに言いたかったことがあるんだ…。」

そう言うと、池田が突然座り込み、地面を手と頭を擦りつけた。

「すまなかった。犬養の仲間だった人間の一人として…お前らに謝りたい。」

ココロたちは思わず固まってしまった。何をすればいいのか、何を言えばいいのかもわからない。

「もちろん。こんなことで許されるなんて思ってねぇ…俺は一生、俺の罪を背負って生きてく…。」

池田の土下座には全身に力がこもっていた。その池田の後ろで林八千代が口を押さえて涙を堪えている。

「おいおい頭上げてくれよ。人が来ちまう。」

慌てて池田につめよるアクツ。池田の頭は今にも地面にめり込みそうだ。

「今度…林さんと二人でじっくり話しあってよ…昔の事とか、今のこととか…これからのこととか。

別にその話し合いで答えなんてなくてもいいから…それが終わったらキヨが死んだあの場所に花でもおいてやってくれよ。な。」

ココロは池田を許すことにした…もう彼に怒りの感情はない。その言葉を出したとき、ココロはとても清々しい気持ちだった。

ココロのその言葉にも依然として池田は顔をあげない。

「んじゃあ。俺たち行くよ。」

ココロが後ろを振り向いて、背中越しに手を振っても池田は顔を上げなかった。


「振り出しに戻っちまったな?」

帰りの電車でアクツが心配そうに呟いた。

「あぁ…。でもよかったんじゃん?」

ココロは楽観的に呟いた。

振り出しに戻ったDD事件。再び投げられる事件という賽は「最悪」という目を出す事になる。


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