第24話「若気の至り」
再び静まり返るバッティングセンター、聞こえる音はココロのぜぇぜぇという呼吸の音くらいだ。ココロを見守る三人はじっと彼が話し始めるのは待っていた。
「俺はキヨが死んでから、お前ら二人が死ぬほど落ち込んでるのを見て、もうこんな姿は見たくねぇと思ってた。んで、そんな姿を見ないためには、どうすればいいか。
2年前の俺が出した答えは、犬養をぶっ殺して俺の大事なものに手を出させないってことだったんだ!
そして今日、俺は犬養に会った。残念ながらぶっ殺せなかった。殴ることも叶わない。
そしてあいつと会って…やっぱり思った。
こいつは俺一人で会わないといけない、そうじゃないとまた…消えちまう。
でもサユリに言われて思った。俺も守られてるって!
俺が今、笑ってられるのはお前らのおかげだし。
俺の傷を少し回復させてくれてる…。
もうお前らに隠し事するのはやめる!これからは全部話すよ。
でもこれだけは約束してくれ…絶対に死んだりするな。」
そしてココロは何事もなかったようにソファに座る。スッキリしたような顔をしている。サユリはまたそっぽを向いてしまった。よっぽど泣いている姿を見せたくないらしい。
「さて…どっから話せばいいのやら。」
ココロがやっといつものように笑って切り出す。
「よかった…何だか私も泣けてきた。」
サユリだけじゃなく、サキまで少し涙ぐんでいた。
「泣きすぎだろ。よし…アクツ。お前も泣け。」
ココロは照れくさく、気まずそうにアクツに話しかける。
「泣けるかっつーの。早く屑丘署であったことを話せ。」
「よしきた。ますはDDについてだ。
まず最初にサキと屑丘署に行ったときだ。火口さんとアンコウさんが話してくれた。
DDはまず屑丘警察にターゲットとなる女の写真を30枚くらい…だっけな…とにかく沢山写真を送るんだ。そしてその中からDDが選んで、その女を襲う。これがDDの手口だ。
それで…。」
ココロは嫌なことを思い出して思わず口を噤んだ。アクツが話を続こうと身を乗り出す。
「それで…?」
サユリが横から口を挟む。ココロにとってちょっと話したくないことだ。
「それで…その…。」
とココロが柄にもなくモジモジと躊躇っていると…サキが横から。
「ココロの女の子の好みとDDのターゲットが同じなのでしたー!」
と大声で楽しげに叫んだ。一瞬の沈黙の後、その言葉を理解しココロを除いた三人は爆笑した。
「俺が今言おうとしたとこなんだよ!」
むきになるココロを尻目に笑い続ける三人。
「ごめん、ごめん。自分からじゃ言いづらいかなぁと思って。ココロって見た目より奥手みたいじゃん?」
とふざけた調子でサキが笑いながら話す。それに対してココロは反論もできず赤くなってしまった。
「ったく…話続けるぞ。」
ココロは照れくさそうに頭を掻きながら話を元に戻す。サキがいるとどうも…無理矢理に本当の自分を引き出される。ココロはそう感じていた。
「そんなわけで。DDのターゲットが絞られてきた。そこで俺たちはまだ狙われてないDDのターゲットを探しに屑丘温泉大学へ行くことになった。」
ココロが話を進めると、サユリがやっと気がついた。
「あ…あんた…まさかそのDDに狙われてる女の子って…。林さん?」
「そう。俺らもびっくりしたんだ。サユリがいきなり林八千代を連れてきたことに。」
サユリも何か感づいていたようだが、さすがにこれには驚いている。
「そしてだ…まぁ。林八千代に会ったはいいが。結局、DDの情報は得られず仕舞い。
だが、DDって名前を聞いた時から…俺はある人物が頭に浮かんでた。
覚えてるか?アクツ。堂島道利を。
どうじまみちとし…読み方を変えればどうじまどうりと読める。イニシャルはDDだ。」
アクツが目を細める。意外なところにDDが現れ、そして犬養と繋がってしまった。
「もちろん覚えてるさ。犬養にくっついてた気持ち悪い奴だろ。」
「でも…たったそれだけで?」
サユリも和久井と同じ疑問を持った。
「それだけだ。ただの直感だ。」
とにんまり笑ってココロが答えた。
「ココロの直感は確かによく当るけど…それだけじゃ…。」
サユリはまだ合点いかないように首を捻ってみせた。
「いや…ちょっと待てよ。どこかで聞いた事あったんだ…。」
アクツが突然何かを思い出したように呟いた。持っている煙草を灰皿に擦りつけて、勢いよく話し始める。
「聞き覚えないか?…林八千代って名前?」
「知ってるのか?」
ココロが不思議そうに目を丸くする。もちろんココロには聞き覚えはなかった。
「だったら…池田直人って覚えてるか?」
ココロはその名を聞いてもアクツの言葉の真意を全て理解できなかった。池田直人のことはすぐに思い出すことはできた…「自由結社」の関係者だからだ。
「何々?誰々?それ!」
なぜかサキは少し楽しそうに二人の緊迫した空気に入り込む。
「池田って…犬養と仲良かったうちの大学の奴だよね?」
サユリも思い出したようだ。
「あいつが当時、付き合ってた子がその林八千代だよ。珍しい名前だからまだ覚えてる。」
ココロは頭がこんがらがりそうになる。堂島だと思っていたDDに別角度から犬養が絡んでくる。
「池田って今、何してるんだ?」
ココロは兎に角、池田の情報がほしくなりアクツに尋ねる。
「俺も詳しくは知らねぇさ。ただ和久井さんに聞いた話では、黒壁の変の後、あいつは薬に手を出してたから捕まったって聞いた。売人の真似事もしてたみたいだけど、その証拠は出てこなかったとも聞いた。結局、実刑になって…今は塀の中か外か…。」
ココロは池田のことを思い出していた。
キヨを失くしたあの事件が「黒壁の変」などと呼ばれるようになるよりも前のことだ。
高校最後の年であった。
犬養を中心にまとまっていた自由結社の5人組:犬養、安島、紙袋、池田、堂島を前に、ココロ、アクツ、キヨ、和久井が黒壁を背にして立つ。
犬養は相変わらず不気味な笑みを浮かべてココロを見つめていた。
「ココロ先輩!こんな奴らぶっとばしちゃいましょう!」
キヨが勢いよく声を上げた。怯えることもなく屈託のない笑みを見せている。
「待て待て。俺らから手ぇ出してどうすんだ。」
和久井がキヨをなだめる。ココロはくすりともせず、じっと犬養を睨み続ける。
誰が一番か、誰が一番強いのか、誰が一番偉いのか…当時のココロやアクツ、安島にとってはそんなくだらない子どもの理由で始まった争いだった。ココロと犬養を筆頭にお互いを支持するグループや個人があちらこちらで喧嘩をした。そんなくだらない餓鬼の争いが「黒壁の変」の始まりなのだ。
ただ当時から犬養一が異常だったことは、ココロやアクツ達も認識している。ただ自分たちと彼は違うことを考えている…程度しか、犬養のことは考えていなかった。
「おい。進藤!黙ってねぇで何か喋れや?」
池田が甲高い声でココロを挑発する。自由結社の中でも池田は一際目立つ男だった。金と茶が汚く混ざったような髪色で、豹柄のシャツに、首には何本も煌びやかなネックレスをさげ、指にはゴツゴツとした石の付いた指輪そしていつもサングラスをかけていた。体格は痩せ型なものの180近く身長があり、常に相手を見下したように話す。
屑丘工業の卒業生であり、当時は屑丘温泉大学の1年でココロや犬養の一つ先輩にあたる。そんな人物がなぜ犬養の後ろにくっついてつるんでいるのか、それもココロたちには謎だった。
「うるせぇ…おっさんは黙ってろ。」
ココロが薄ら笑いを浮かべて池田を挑発し返すと、池田がズカズカとココロに近づく。
「おらぁっ!」
そう声を上げ、振り上げた池田の拳がココロへと到達する間も無く、ココロの拳が池田の顔面を捉えた。力を失ったかのように、ガクリと倒れこみ気絶した。池田は弱かった。
「はぁ…あいつ。やっぱり弱いな。」
安島がため息とともに肩を落とす。
「安島。やろうぜ?」
ココロは拳を握り締め安島を呼んだ。
当時を振り返ったココロが思ったのは。池田が弱かったことと。自分の子どもっぽさ、馬鹿さである。思い出すと恥ずかしくなる。
ココロが思い出に耽っていると、3人は当時の昔話や馬鹿な話で盛り上がっていた。そんな時、ココロのケータイが鳴り出す。聞きなれた着信音の音が、その時は、妙に不気味に聞こえた。