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第20話「ぼく」

どこか遠くで「蛍の光」が奏でられている。それに伴って子どもたちの笑い声がする。私は何もできなかった。商店街沿いの人気ひとけのない小道で、ただそこに立ち尽くし、目の前のあいつの目をじっと見つめた。

「久しぶり。

変わってないな。ここは。」

さらさらとした前髪が少し伸びて目に掛かっている。灰色の瞳は潤んだように輝き、見るものを引き付ける。細く白い四肢、中性的で整った顔立ちでそれは決して歪まない絵画のように落ち着いている。

自由結社を見たことがある。みんな思い思いの場所にピアスや刺青をし、髪の色を抜き、派手な服装と罵声と怒声。そんな結社のトップがこの何の異様さも持たないこの男であることは全く信じられない。私より少し高い程度の身長で腕っ節に自信があるようにも見えない。

無地のYシャツに青々とした細身のジーンズ。新品のように輝く革靴。彼が求める自由は一体何なのだろう…なんて考えてしまう。

「戻ってたんだ。」

私はぶっきら棒にそれだけ言った。しかし声は少し震えていた。

「緊張しなくて平気だよ。たまたま見かけたから話しかけただけだからね。」

私の心を直視しているかのように私の心理状態をいとも簡単に読み取る。怖い…ただそう思った。ココロ…近くにいるなら…助けて。私は思わずそう考えてしまった。

「ココロは元気にしてる?」

犬養はその表情を崩さぬまま私の精神を覗き込むように私の心の中の進藤心に探りを入れる。

「まだ憎まれてるんだろうな…」

犬養は少し寂しそうに呟いた。私の目からは一瞬たりとも視線を逸らさない。

私の背中に汗が滲む。犬養に瞳を覗かれて気がついた。

こいつはバケモノだ…

「ぼくはわるくないのに…」

私だって犬養を憎んでいた。認められなかったにせよ清助の死の一因を作った人間には違いないはずだ。そんな奴に目の前で「ぼくはわるくない」と言われたにも関わらず…私は何も言えなかった。

「和田さんはココロが心配なんでしょ…?

ぼくに復讐心を抱き続けるココロが。」

会って3分と立たぬうちに私の核心を見透かされた。

「私は…」

言葉が何も出てこない。目の前にいる得体の知れない物体の大きさを測れずに立ち尽くしてしまっている。

「困ったときはここにおいで。」

そう言ってあいつは私の手の中に小さな紙を入れた。私は何の抵抗もできぬままそれを受け取った。

「それじゃあ。またいつか。」

そして犬養は私の元来た小道を通って商店街の方に消えていった。辺りが急に暗くにぎやかになった気がする。通りの方からは活気ある若者の声が聞こえていた。先ほどまで赤かった空は黒く濁り夜を待っていた。

私は辺りを見渡し誰もいないのを確認して、あいつに渡された小さな紙を開いてみる。手の汗で少し湿ったその紙は聞いたことのないBarの割引券のようだ。

Bar「Dargelos」無料入場券。

店の名前は何と読むのだろうか…

「ダージェロス…?」

声に出してみるが…聞き覚えのない言葉だ。

私はそれをポケットにそっとしまった。


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