第19話「ゆれる」
ちょうど1時間ほど前、爆睡するココロを和久井とサキに預けて一人で買い物へ出ることにした。祖母の富江も最近では足腰が弱って二階から中々降りられなくなった。買い物は私の日課となっている。
中学3年生の頃、両親を交通事故で失くし私は屑丘の祖母に預けられた。転校先の中学で進藤心と出会った。私は両親失くしたことに対するショックから心を失ったように口を利かなくなっていた。
中学では私に気を使ってか、教師や同級生たちが笑顔を振りまきながら私に近づいてきた。それがうっとうしくて仕方がなかった。しかし私は失った心を騙しながら、嘘をつき平然と笑って見せた。気丈に振舞った。
ただ進藤心は違った。彼は素っ気ない奴だった。いつもぼーっとしていて眠たそうにしている。私が話しかけても、あまり笑ってくれない。ただよくバッティングセンターに来ては、それだけは楽しそうに、夢中にバットを振っていた。別に野球少年ってわけでもない。
私が心を取り戻して、悲しみから少し距離を置くようになったら同級生や教師たちは私から離れて行った。会話は少しずつ減って、バッティングセンターに来る同級生もいなくなった。進藤心を除いて。
「進藤君さ。まだ来てくれるの?」
私はココロの楽しそうな背中に尋ねた。
「は?来てくれてるじゃなくて、俺が来たくて来てるんだよ。」
そんなことを言われたのを今でも忘れられない。たったそれだけの繋がりでできた関係がこんなに長く続くと思ってはいなかった。アクツの馬鹿が言うように、もしかしたら私はココロを好きかも知れない。自分に正直で信念を持っている彼を。しかしそれは恋ではないのだと思う。このココロを含めた曖昧な人間関係がこの先ずっと続けばと思っている。
そんなことをぼーっと考えながら買い物をしていたら、納豆を1パック余分に多く買ってしまった。まだ家にあったな…。
空を見ると夕焼けが屑丘を赤く染め始めていた。
ココロが最近、何かを隠していることには気付いている。DDを調べ始めてからだろうか…彼の精神の変化が手に取るように分かった。
キヨを失くしてから、ココロはキヨのように振舞うようになった。無邪気に笑顔を絶やさず、話題を振りまく。そのココロが最近、昔の彼のようにじっと考え、そしてまたキヨのように無邪気に微笑む。それを繰り返している気がした。ゆれている。進藤心をゆるがす何かがあったに違いない。そして彼の精神を唯一ゆるがすことのできるの存在「あいつ」。
あいつはふつうの人間だ。どこにでもいるような風体だし、善人にも極悪人にも見えない。紙袋も被ってないし、ライオンのような髪型でもない。何度か会話をしたことがある。私はキヨの死の真相も、あいつの作った自由結社とか言うグループも良く知らない。ココロがこの屑町に名を刻んだ「黒壁の変」もよくわからない。ココロやアクツは話そうとしなかった。私も問い詰めなかった。私が苦しめば、私が苦しみを吐き出せば。ココロがそれを飲み込んでくれる。それは彼を余計に苦しませる。彼を復讐へと走らせてしまう。それはいやだ。
先ほどまでの赤さは少し落ち、空には暗みがぽつぽつで出ていた。夜が近づいていたそんな時。私の背中に聞きなれない、幼い声がぶつかった。
「和田さん。」
振り返ると。あいつ。犬養一が微笑んでいた。