第16話「こころとどうじま」
どうじまみちとし…どうじま…どうり、とも読める。そう読めばイニシャルはDD。
堂島と俺の出会いは屑丘工業高校だ。1年のときは同じクラスだったが、彼はほとんど口を開かなかった。ただよく目が合った。彼からの視線を感じていた。
大きな瞳と大きな口、背丈も小さく華奢な体つきで小動物のような印象で目が合うと歯を見せて笑った。
そしてよく「あいつ」と一緒にいた。あいつの後を付いて歩き、あいつといる時は俺と目が合うとまるで威嚇するように鋭く睨みつけてきた。
堂島は気味が悪い…頭がおかしい。ぶっ飛んでる。
アクツはよくそんな話をしていた。
俺も思っていた。ただ屑丘工業にはそんな人間は何人もいたし、大して気にも止めなかった。
2年になって少し口を利くようになった堂島がある日、俺にこう言った。
「ぼくの友達がいいものをくれたんだ。
それを飲むとすっごくいい気分になって…走り出したくなるんだよ。
君もそれを飲むかい?」
「それを飲むと、こんなことをしても死なないんだよ。」
そう言って見せた堂島の白く細い右手首は、無数のリストカットの跡が生々しく残っていた。
もうすでにその何かを飲んでいる状態なのかは知ったこっちゃないが…彼の目は血走っていた。俺が断ると、彼は逃げるようにあいつの元に走っていった。あいつの目は、大海のように穏やかで、反対に堂島のそれはまるで炎だった。
「あいつは、キチガイだよ…」
なんてアクツは言ってた。その通りだと、俺も思ったし、今でもそう思う。
ある冬の日、また堂島に話しかけられた。
朝の朝礼の時間で、教師と数名の生徒が校庭に集まっていた。
俺はその様子を教室から見下ろして、空に向って白い息を吐き出して遊んでいた。
教室の端っこにいた俺のところこそこそと堂島がやってきた。
「ぼ…ぼくはね…中学のころ…いじめられてたんだ。」
まるで内緒の話をするように笑って話し始めた。
「あっそ。」
くだらないイカレタ子どもの戯言と聞き流していた。
「女子になんだ…あいつら、お…男よりずっと…えげつないんだ。」
言葉を詰まらせながら、彼は話を続けた。仲間が来たら、さっさとシカトして退散しようと思って話を聞き流していた。
「ぼくに…ぼくに告白してきて…それではめるんだ。実は嘘でした…って
ぼくが怒って…その女につめよると、か…彼氏が出てきてね…ぼくの頭をバットで殴ったんだよ。」
バーカ…てめぇに告る女がいるかよ…とでも言ってやろうと思ったが…。面倒なのでやめておいた。
「あっそ。」
それだけにした。そしてそんな思い出話を詰まりながらも、冷静な口調で落ち着いて、少し微笑みも交えて話す堂島が気味悪かった。
「それで…あいつら、頭を押さえるぼ…ぼくの周りで大笑いするんだよ。
女性を見るたびに思い出すんだ、そのときの痛みとかを。」
そして急にすらすらと言葉を並べる。
「ぼくのともだちがくれた薬は、そんな痛みをすっと取ってくれるんだ…
でも代わりにこんなことしちゃうんだ…。」
そう言って見せた彼の左手首は、昔見せられた右手首よりずっと多くの傷跡が生々しく…残っていた。
「あっそ…。」
しかしその時の俺はそんな堂島のイジメなんてどうでもよかった。
今思うと…寒気が走る。