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第14話「夜と少年少女」

月が落ちそうな夜、そんな表現がぴったりの夜に、金髪の少年がおしゃべりな少女を自転車に乗せて、ただ長い坂を下っていた。屑丘商店街を東から西に突っ切り御門川方面に自転車を進める。虫たちの鳴き声が聞こえてきそうな何もない丘の上から伸びる坂道で、ジグザグにカーブしている。その長い下り坂から町を見下ろすと、まるで屑丘に向って放射状に夜が広がっているような光景だった。

「サキの家ってこの先?」

冷たい風を切りながらココロが後ろに向って叫んだ。ココロはサキを家まで送り届けるために彼女を後ろに乗せて、あっちだ、そっちだと指示を受けながら走っている。彼女の手の柔らかさ、温もりにも少し慣れた。

「ねぇねぇ!

今日の写真の中に私がいたらさぁ…ココロは私を選んでた?」

サキがココロの耳元に顔を近づけた。彼女の香水の匂いだろうか…うっとりする香にココロは心臓が高鳴る。

「さ…さぁ…どうだろ?」

何て思ってもいない言葉を言ってしまう自分を恨めしく思うココロ。YESと即答したいところだ。

「ふ〜ん。」

サキがつまらなそうな声をココロの耳元で漏らした。小さな沈黙が流れる…タイヤの回転音だけが聞こえていた。

「選んだ!…選んでたと思う!…たぶん」

ココロはこの日、一番の勇気を振り絞ってガチガチになりながら言った。たぶん…と付け足して自分を落ち着かせる。また沈黙。

「たぶん?…でも嬉しい!」

サキが突然、ココロの首に手を回した。首筋を柔らかな肌の感触が伝う。

「うわぁっ!あぶねぇ!」

ジグザグの道に、ジグザグになりながら走る自転車。そんな調子でからかいあって、笑いあって自転車は進んだ。

「ここが私の家だよっ!」

長い坂を降り切った直後、サキが目の前の建物を指差した。少し貧相だが西洋の城を思わせる建物の外観、4階建てで小さな窓枠には色鮮やかなライトが取り付けられて派手派手しく、趣味がいいとは言えない。

入り口にはアーチ型の門が取り付けられて「HOTEL LOVeX」の文字が光っている。あからさまなラブホテルだ。

「は?」

ココロはその建物を前にそれしか言えなかった。そしてそれと同時に高鳴る心臓…鼓動が聞こえてきそうになる。

「私、今家出中で。…ここに住んでんだよね。」

とサキがケロリと驚きの情報を発信してみせた。鞄からそのホテルのものと思われる鍵を取り出して指先でくるくると回している。

「そうなんだ…」

ココロはただそれしか言えずにその小さな城を見上げた。サキがニヤニヤと何かを企んだ笑顔でココロを見ている。ココロは目を合わせなかった。というか合わせられなかった。

「ねぇ…一発抜いてく?」

サキが本気なのか冗談なのかも分からないトーンでココロに詰め寄った。

「いや…いいよ。俺、帰るから。」

ココロは逃げるように無理やり自転車をバックさせた。

「あっはっはっ!とって食ったりしないよ〜。」

またサキが大声で笑った。ココロは一瞬、ポカンと呆気に取られた…しかしその笑い声に誘われて…。

「はっはっは…サキって…面白いな!」

ココロも思わず笑った。サキのとんでもない言動と底抜けに明るい笑顔と笑い声がココロを本気で笑わせた。


「じゃ〜ね〜。」

「おう!またバッティングセンターに来いよ!」

ラブホテルの前で別れた奇妙な男女、金髪の少年は更なる夜、暗い屑町に向けて自転車を漕ぐ、何度振り返っても少女が手を振っている。お互いに天高らかと手を伸ばして別れを告げた。


街灯がチカチカと(まばた)く御門川の土手沿いの道をココロの自転車が進んでいた。まだ首筋には柊咲江の柔らかな肌の感触が残っている気がした。

ちょうど赤鬼橋の真ん中に差し掛かったとき、ココロの携帯電話が鳴った。

「ジリリリリリ!!」

携帯電話にも関わらず、けたたましい昔ながらの黒電話の着信音。無音の御門川にその音だけが響く。

「はいよ〜。」

相手も確認せずに電話に出た。

「俺。…和久井。」

電話の主は和久井だった。彼がココロに電話をしてくるのは稀だ、そしてそんな時は、大抵、屑丘の大小関わらず様々なニュースを伝えてくれる。アクツに彼女ができた…とか…その彼女と別れたとか…誰と誰が喧嘩して…誰が勝ったとか…そんな程度だがココロたちに楽しげな情報だ。

いつも静かに話す和久井だが…この日はいつも以上に声のトーン落ちていた。こういう時は、決まって悪いニュースだ。その気配にココロは自転車を降りて、赤鬼橋の欄干に体を預けた。川上から吹く風が冷たい。

「どうしたんすか?」

慎重にゆっくりと尋ねる。

「ココロ…。」

和久井は静かにココロの名を呼んだ。明らかにその声は何か悪いことを伝えようとしている。

「あいつが戻ってくる…。

時期は分からない…近いうちに必ず。」

ココロはすぐに全てを察し、返事もせずに電話を切った。それだけ聞けば十分だった。

電話を切ったとき、先ほどまで心地よかった風が熱風に感ぜられた…怒りで肌が沸騰しているようだった。橋の欄干に肘をついて全身を奮わせる…というより震えてくる。フラッシュバックする記憶…。

仲間4人で笑いあい…助け合い、過ごした日々。

ずっと笑ってたっけ…あいつが俺たちの光を奪った。

あいつの顔が頭を過ぎた時、耐え切れなくなった怒りがはち切れた。

橋の欄干に思い切り両手を叩きつけた。

鈍い音が響く。怒りは収まらない。

そしてまた実感する…これが「俺」の本質…進藤心の本質。

煮えたぎる怒りに反し、頭はいたって冷静だった。


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