第11話「KKK」
「ちょっと!ココロ!」
頭の上の方で、サユリの声が聞こえて…ココロは目を覚ました。そこは屑丘バッティングセンターの休憩室のソファの上だ。夕日が沈みかけて、ひび割れた窓ガラスを赤く染めている。起こされたこともあって、自分の状況がイマイチ整理できずにいた。
ココロは、夕日晒され顔を赤くして怒るサユリをひとまず無視して、ぼーっと自分の置かれた状況を思い出す。大したことはない…コンビニを出た後、寝不足でフラフラになりながらも自分の自転車を拾ってここに辿り着いて寝たに過ぎない。
「あんた!何これ!?」
やはり彼女の手には、例の手書きのビラが握られていた。ココロは、サユリが元気を取り戻したのに少し安心した。怒ってはいるが…呆れて笑っている。
「あぁ。俺が作ったのさ。すげぇだろ。」
ココロは悪びれるようすもなく、またソファに横になる。まだ体が眠りを欲している気がした。
「お前はすげぇよ。究極のバカだよ。」
アクツも着ていた。ココロが朝会った時のままのジャージ姿で煙草を吸っている。
「うるせぇなぁ。お前だってここが潰れたら、困るだろ?」
ココロは、目を瞑って再び眠りに入ろうとする。色々なことがありすぎて…自分でも少し混乱しているのがわかった。朝、ビラを配って、葛西に追いかけられて、あの芸術の作者に遭遇して、不良を退治して、山神さんに会って、コンビニであの子に会って、…ふらふらでここに戻った。濃い一日だった。
「困る困る。何より小百合ちゃん涙は、見たくないもんな?」
アクツのその言葉にサユリは、昨日のことを思い出して少し恥ずかしそうにうつむいた。
「あの〜…進藤心はいる〜?」
夢へと入りかけたココロを聞き覚えのある女性の声が引きとめた。バッティングセンターの入り口で、ココロがコンビニで出会った少女が中の様子を覗いている。
「中にいるよ〜。」
アクツがその声に気付いて叫んだ。ココロは、思わず飛び起きる。再会できるとは、思っていたが…こんなにも早いとは。
「私も、KKKに入れて!」
休憩室に入ってきた少女の第一声がそれだった。チェック柄のかなり短いスカート、女性らしい赤のワンピース、少し開いた胸元に小さなネックレス、そんな少女に見とれる二人の男子を尻目に少女は休憩室の入り口で、ココロを見てまた笑っている。
肩に掛からないくらいの黒髪がさらさらと風になびいている、彼女の大きく吸い込まれそうにきれいな目は、じっとココロの目を見ている。
「入りたいの?」
ココロはただきょとん、として鸚鵡返ししてしまった。アクツ、サユリも同じような表情だ。
「うん!面白そう!」
少女は首を大きく縦に振って答えた。笑顔は常に絶やされない。ココロは彼女に太陽のような印象を持った。
「…いいよ。なぁ?」
と言って、アクツとサユリを見やる。アクツは少女に見とれるばかりで目も合わせない。
「あんたが決める事でしょ?
会長なんだから。」
サユリは、その突然の出来事に混乱しながらも、ココロに託す。
「あぁ…。いいよ。
よろしくな!…知ってると思うけど、俺は進藤心。」
ココロはやっと立ち上がって少女の前へと出る。
「私は、柊咲江。サキでいいよ。
二人は…ココロの友達?」
サキがアクツとサユリは見やる。二人も妙に恥ずかしそうに何も言い出せずにいた。
「あぁ。こいつらは昔からの友達。」
それぞれの自己紹介が終わって、落ち着かない空気のまま4人は、ココロの作ったビラ、それからKKKへと話題を移した。サキは、ココロの隣、茶色のボロボロのソファにちょこんとお尻を乗せるように座っている。
「んで?…これからどうしたらいい?…会長さん。」
そう言ったアクツはビラの載せられているガラスのテーブルに足を乗せて、ココロたちとは反対側の黒いボロボロのソファで寛いでいる。体勢はだらけてはいるが、言葉は真剣だった。
「そうだよ!?…何する気?」
とサユリもビラを叩いて詰め寄る。二人にとって、ココロがこれからまた何かしでかす、ということは分かっていた。それが怖くもあり、楽しみでもあるのだ。
「KKK発足って言っても…しばらくは、俺が一人で動こうと思ってるよ。」
ココロは楽しそうに前のめりなって語りだした。
「動くって何する気?…昨日みたいな暴力は、ダメだよ?」
と心配そうなサユリ。
「平気平気。もうしばらく本郷時には、会いたくないよ。」
「あ…あの…本郷時と何かやりあったの?」
ニコニコと3人の話を聞いていたサキが会話を遮った。その表情が微かに曇る。
「あぁ…こいつが昨日、殴り飛ばされたんだよ。」
アクツが煙草に火をつけながら、苦笑いでサキに説明する。きょとんとした表情で、サキは、何も答えなかった。
「んで?…何する気だよ?」
アクツが煙と同時に言葉を吐き出す。
「火口さんに会ってくる。
今朝の侘びもあるし…あの人ならDDのことも教えてくれそうだしな。」
そう言うと、早速ココロは立ち上がった。思いついた瞬間に行動するのが、彼の性質なのだ。
「私も行っていい?
ココロは見てて、楽しい。」
そう言って、ココロの後ろをついて歩く。
「いいけど…俺、自転車だから後ろ乗るか?」
「うん。」
そう言って、二人はあっという間に出て行った。外から楽しそうに手を振るサキにアクツは大きく、サユリは小さく、手を振り返した。
「ライバル出現って感じ?」
とニヤニヤするアクツ。サユリは、不機嫌そうにそっぽを向いた。
「別に。でも…あのサキって子…キヨに似てるね。」
ゆっくりとその名前を出した。今は亡き親友の名だ。
「似てるかもな…キヨがいた時は、ココロは無口でぶっきら棒だったっけ。
でも…本気で笑ってた。」
アクツもため息とそんな言葉を吐き出す。そして煙草の火をテーブルに押し付けて消した。二人の間に沈黙が流れる。
「ココロがまた…笑えるといいな。」
サユリは眠たそうに目を瞑った。色々あって、彼女も疲れていたようだ。