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第9話「眠れるコンビニの美女」

山神俊夫と別れて、ココロは考えもなしに東側の殺風景な商店街を歩いていた。3軒に2軒は、シャッターが降ろされて、1軒は店主が眠っている。中を覗いても何の反応もない、どんな物を、どんな風に売っているのか、ココロには興味深かった。しかしどうも不気味で声をかけられずに、ただ店先からその店内をじっと見ながらゆっくり通り過ぎた。

ココロすらもあまり訪れた事のない屑丘の裏側と言った町並みだった。ただ同じような造りの店、看板…誰もいない路地。まるで世界に自分一人だけといった気分だった。人とすれ違うと、安心感を覚えてしまうような空間。ココロは、早くこの場を抜け出したくなった。

しかし一軒のコンビニがココロを惹きつけた。商店街の一角、金物屋と空きビルに挟まれた小さなコンビニエンスストアだ。壊れかけの看板が、不規則な光と音を放つ。

「10 to 10」聞き覚えのない、語呂の悪い店名で、その横に、朝10時から夜10時まで営業…とまるでそれがその店の売りであるかのように書かれている。24時間営業をしないコンビニすらココロにとっては小さな魅力になった。ここなら入れる、とココロは小さな勇気を振り絞って、その店に入る。相手構わず容赦ない頭突きを浴びせる彼が、この小さなコンビニに入るだけで勇気がいる…そんな暗いオーラを出すコンビニなのだ。看板の電源は入っているものの、店内に暗い影が伸びて営業している雰囲気もない。店員もいないように見える。

それでも気になり、自動扉の前にたった。これで開けば営業中だ…が開かなかった。ココロが諦めて帰ろうとした時、その扉に小さな張り紙がしてあり。「壊れています。勝手に開けてください。」と書かれていた。ココロの興味は、さらにその店内に向った。そのガラス扉を両手で力いっぱい左右に押すと、重くガリガリと削れるような音を立てて開かれた。

いらっしゃいませ…なんて言葉は、当然ない。電気もついていない薄暗い店内に、エアコンの音だけが聞こえた。品揃えは、倒産状態のクオリティである。ほとんどの棚がカラカラ、雑誌コーナーには一月前の週刊誌、ここまでのレベルだと感動すら覚えるココロだった。

ココロが辺りを見回していると…エアコンの他に動物の息遣いのような音が聞こえてきた。すーぴーすーぴーと繰り返されている。その音がする、レジの方へと歩く。そして…誰もいないはずのレジの下を覗き込んだ。

そこには、美しい少女が眠っていた。制服だろうか、緑色のエプロンを撒いて、猫か何かのように横向きに丸まって寝ている。エプロンの下のスカートから、白く美しい足が見えている。透けるような頬に、さらさらとした美しい髪がかかっている、ココロは思わず息を飲んだ。その突然で異質な光景を忘れ、ココロは、その少女の美しさに心奪われてしまった。

「おい…。」

そっと少女に呼びかける。少女が呼吸するたびにその小さな体が隆起する。

「おい!!」

さっきよりも強く呼んだ。しかし反応がない。深い眠りに落ちているコンビニの少女…キスでもしたら起きるだろうか?…などとココロが妄想していると…少女が小さな声を上げてもぞもぞと動いた。目を擦って…そして起き上がった。

一瞬、時間が止まったように二人の間にしんとした空気が流れた。ただ目を合わせて全く動かない。ココロは、そのたった今起き上がったばかりの少女の大きく澄んだ瞳に吸い込まれるように惹きつけられていた。少女は、ただ驚いたように目を丸くしている。その瞳からは、彼女の明るさが滲み出るようだ。綺麗な黒髪を後ろで束ね、小さな耳たぶに赤い小さな宝石のようなピアス、ふっくらとして血色のいいピンクの唇…その少女の容姿に、ココロは思わず声を失った。

「あんた…誰…?」

思いのほか、強い調子でそう言ったのでココロは、思わず何も言えなかった。じっと見つめてしまう。

「おい!あんた…誰?」

少女のその言葉でやって我に返った。

「え…いや…寝てたから。」

しかしただそれしか言うことができなかった。少女は相変わらず、レジの下で寛いで座っている。立ち上がる気はないらしい。そこから少し眠たそうにココロを見上げている。

「あ…お客さん?

ごめんね〜。誰も来ないから、寝ちゃったんだ。」

少女は、そう言って恥ずかしそうに頭をかいている。ココロもやっと冷静になって…自分が置かれている可笑しな状況に気がついた。

「…そんな風に寝てたら危ないよ。」

ココロは少女のエプロンの下から伸びる太ももを指差した。この屑丘で少女がこんな格好でこんな場所で眠るなんて…その少女が少しおかしいことにやっと気がついた。

「別に〜…私、襲われたっていいもんね〜。」

少女は、自信ありがちな顔をしながら、自分でそのエプロンをどけてココロに足を見せて笑っている。

「ちょ…ちょっと!やめろって!」

ココロは思わず目を逸らした。少女は、その光景に楽しくなってますます大きく笑った。声を出して笑っても、下品さはない。ただ明るさが際立っていた。

しかし…その直後、ココロは背筋に冷たいものを感じた。危険を感じたのだ。彼の直感が、彼に何かを告げたのだ。空気がピンと張り詰めて、小さく耳元で風切り音が響く。そんな時は、決まって何かが起こる。

そして気がついた。少女の背後、コンビニに備え付けの電子レンジのガラス部分に反射して、コンビニの外の風景が写り、その中に、コンビニの外、通りの向こう側から派手なアロハシャツの男が小走りで向ってくる。

ココロは、それを見た瞬間、レジを飛び越えて少女の隣に滑り込んだ。

「ちょ!…ちょっと!そんないきなり?」

さすがに驚いたのか、少女は目を丸くした。しかしそれでも笑っている。

「違ぇよ!外の客!

入ってきたらやり過ごしてくれ!」

完璧にレジの下に潜り込んだココロは、そう言って彼女に立ち上がるように指差す。

「ったく…何だよ、ここ。

自動ドアじゃねぇのか。」

ココロが開けた自動ドアの隙間から葛西浩二がやってきた。面倒くさそうな顔つきで、その手には手錠が握られて、プラプラと回して遊ばせている。葛西の入店と同時くらいに立ち上がる少女。

「こ…こんちにちわ〜。」

目が覚めて接客に慣れていないのか…チグハグな対応の少女。「いらっしゃいませ〜、だろ!」とココロは声に出さずにつっこむ。

「おう、カワイコちゃん!

この店に、金髪のガキは、来なかったか?」

馴れ馴れしくいきなりレジへと詰め寄る葛西。彼がまだ自分に気付いていないことに安心するココロ。しかし…手錠に拳銃、何よりも国家権力に少女が屈しない保障もない。じっと息を殺して、少女の足元で丸くなる。

「知らん。」

少女は、ピシャリとそう告げた。ココロは彼女の態度にレジの下で笑いを堪えた。葛西は面食らったように少し黙ったあと、負けじとまた詰め寄る。

「ほぉ…じゃあ、俺の他に客は?

ドアが開いてたんだけどね。」

葛西は少女の瞳を覗き込むように睨みつけた。短く切られた眉と、眉間にできた大きな皺が彼の迫力を増幅している。

「さぁ。来てないもんね〜。」

少女も葛西に負けじと、今度はヘラヘラと受け答えをする。少女と不良警官がにらみ合う異様な光景。

「まぁいいや…」

葛西は、ふと諦めたように目線を下に落とす。ココロのつま先がレジから出ている。何も言わずにレジから離れて、もと来た自動扉の前に立ち、再び少女の方を向いた。

「そいつが来たら言っておいて…

今回だけは、お前の頭突きに免じて許す!

でも次は、鉛玉で脳天ぶち抜くぞ…ってな。」

そう言って、アロハの警官はまた元来た壊れた自動扉をするりと抜けて、小走りで帰っていった。ココロも何故か少し嬉しくて、笑いそうになってしまった。

「何?…頭突きって?」

少女は、葛西を見送ったあとレジ下のココロに問いかけた。

「別に。屑丘の掃除だよ。」

葛西がいなくなったのを見計らって、やっと立ち上がる。汚いサンダルでレジの上によじ登って再び客と店員の関係に戻る二人。少女は、ココロよりも少し小さいくらいの体つきで、何も言わずにまた小さな笑顔を見せる。

「あ…そうだ!これ!」

そう言ってココロは、ポケットに丸めてあったしわくちゃの例のビラを少女に渡す。

「何これ…KKK?

汚ねぇ字…。」

と何やら怪しいものを見る目の少女。ココロは、恥ずかしくもなり、怖くもなり…その場から離れる。

「字はどうでもいいだろっ!

興味あったらいつでも待ってるから!」

そう言って、そそくさと逃げるようにコンビニを跡にする。あの少女の名前くらいは聞きたかったが、何故かまた会えるような予感もしていた。

「進藤心…あいつが?」

一人になったコンビニで、少女はココロの名前を呟いた。


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