バレンタインデーのミッション
【設定】
沢田美紅(17)
木村司(17)
キュンキュンするかもです。
2月14日 朝
「おはよー」
「おお、沢田。おはよう」
「今日バレンタインだけど、木村はもらえたの?」
「おいおい、その質問俺にする?ってかまだ教室行ってねーし!」
「いや、通学途中にもらったとかワンチャンあるじゃん?」
「俺に限ってそれはない」
「あーそうですか」
彼とは小学校からの幼馴染でかれこれ10年ほどの付き合いとなる。
今となっては普通になったが、中学に上がった時、お互いの名前を名字で呼ぶ、ということを決めた。でも2人の時は今まで通り『美紅』と『つー』(木村司のため)と呼んでいる。
最初は本当に慣れなかったが、周囲に変な誤解をされて色恋沙汰に巻き込まれるよりマシだと思った。
下駄箱のところでこんな会話をしていたら木村が私の持っている紙袋をのぞき込んできた。
「なに、これって友チョコ?女子のバレンタインデーってただのお菓子交換会だよな」
「まぁ、確かにそれは言えてるねー。女子力アピール大会みたいなもんだし」
「で、今年はお前は何作ったの?」
「例年通り何の変哲もないクッキーですけど?」
「あー、あれね」
「ええ。ほかのものに挑戦する気もなくて」
「そういうもんなんだ」
そうこうしているうちに靴を履き替え、教室へ向かっていた木村は他クラスの女子から声をかけられた。
「木村君、これ受け取ってもらえる?」
「あー、ありがとう」
ハート型の箱に入れられ、かわいく包まれたチョコレートだと思しきもの。毎年彼が複数の女子から本命チョコを受け取っているのは知っていた。
大して目立つわけでもなく、特別女子にやさしいわけでもない。あんまり女子と話しているところを見るわけでもないのに、なぜそんなにチョコがもらえるのか、というのが毎年木村と仲のいい男子たちが論議しているところでもある。
結論、なぜだか本人もわからないらしい。
そんなこんなで今年も教室に行くまでにもうすでに2つほど受け取っていた。
渡す女子たちは木村の隣に私がいることなんてお構いなしに渡すのだから相当なメンタルの持ち主であることが推測される。
いや、すごいわ…。私にもそのメンタルの強さ分けてほしいわぁ…。ギブミーそのメンタルの強さ!
「じゃあね」
「おう」
教室に入るとすでに早く来ていた女子たちが自作のお菓子たちを交換こしていた。
私も自分の机に荷物を置き、すぐにその輪の中へ入った。
**
今日の夜は木村の家族は私の家で私の家族と一緒にご飯を食べることになっている。
「ただいまー」
「あら、おかえり。早かったわね」
「そう?放課後すぐに部活の子たちとかいたからそんなに残ってたわけじゃないよ」
「あ、そうなの」
「早く着替えてらっしゃい、司くん来るわよ」
「はいはい。まだ来ないでしょ、つーは部活やってから帰ってくるし」
「いや、今日部活早上がりらしいわよ」
「え、ほんとに言ってる!?それ!」
「ええ。麻実さんがいってたわ」
「まじかよ~」
時刻は4時半。司が入っているサッカー部の早上がりの時間は5時。そこから帰ってくるとなると5時45分ごろだろう。
まだ1時間以上あるからいいや~と思い、制服をハンガーにかけ、そのままベッドにダイブしてしまった。
実は司用に別で用意していたクッキーがある。今日はこれを渡すと決めていた。告白なんてしなくてもいい。ただ、これを私は渡したいだけ。
机の上に置いておいたうまくラッピングできなかったクッキー。今朝司がもらっていたもののほうがかわいく包まれていたし、何より手が込んでいた。
「これ、受け取ってもらえるのかなぁ…」
力なくつぶやいた言葉は響かない部屋の天井に吸い込まれていった。
**
「こんばんはー」
「司くんいらっしゃい!麻実さんと達也さんはこれからかしら」
「うん、あと15分くらいで来るって言ってたよ。まだ父さん帰ってきてないから、先行っててって言われて来た」
「わかったわ。美紅がまだ2階にいて降りてこないの。寝てるかもしれないから起こしてきてくれる?」
「わかった」
どうせまた制服かけた後にそのままベッドで寝てるんだろう。
「おーい、美紅入るぞー」
ノックしても、声をかけても反応がない。やっぱりな。
部屋に入ると案の定美紅はベッドに横になっていた。しかもワイシャツに下はパンツという何とも無防備な格好で。
これはなんという拷問なんだ。俺の理性を試しているのか…?
寝返りを打てば美紅のしなやかな太もものラインがしっかりと目視でき、なんとも目に毒だった。
確かに家の中で無防備なのは百歩譲っていいとしよう。しかし、この状況はなんだ。俺が来るとわかっていただろうに。わざとなのか!?わかっていてやっているのか!?
「ううぅ………」
「なに、お前起きてんの?」
「ん……?」
美紅は明らかに寝ぼけた様子でこちらを見上げてくる。慌てて目線をそらす。
「なんでつーがここにいるの…?」
「なんでって、今日晩飯美紅のうちで食べるって言ってたじゃん。おばさんに美紅起こしてきてって言われたから部屋入ったらお前寝てるから…」
「あー、なるほどねぇ…。ご丁寧に起こしに来てくれたんだ?っていうかなんでさっきから私のほう見ないでそっち見てんの?」
「いや、あのですね、美紅さん。いい加減ズボンか何か履いてもらえないでしょうか」
どうやらやっと自分が寝落ちしていたことに気づいたらしい。
「え!?うそ!!!!!なんでそれを先に言わないの!?」
慌てて布団を被る美紅。
「ごめんごめん、気づいてて話してるのかと思ったから」
「んなわけないじゃん!!!!!!こっちは寝起きだよ!????」
「ごめんて」
「いいから一回部屋から出てて!!!!」
追い出されるようにして部屋から出た俺は俺自身の熱さを気にしないようにしていたが少しそれは無理があった。
いや、やばいでしょ。あれは。仕方ないって、こうなっちゃうのは。俺だって健全な男子高校生なわけでありまして。と半ば言い訳がましいことを内心訴えていた。
**
「入っていいよ…」
それから2分ほどして入室の許可が下りた。
さっきまで机の上に置いてあったお菓子だと思しきピンク色でハートが何個も描いてあるラッピングされたものがなくなっていた。
「あれ?さっきまでここに置いてあったものどこ行った?」
「え?そんなのあったっけ?」
「ああ。どうせ今年も本命の相手に渡せずに持って帰ってきたんだろ?」
「なによそれ…。そんなんじゃないし!」
「あーそう?」
美紅の頬が若干桜色に染まっているような気がした。
**
「今年は何個もらったの」
かわいらしさの欠片もない拗ねたような声色になってしまった。
「5個。ちなみに全部告白込みで」
「記録更新じゃん」
「まぁ、そういうことになるな」
さっきは告白なんてしなくても…なんて思っていたけれど、やっぱりこの気持ちを伝えたいと思ってしまった。伝えて明日からの関係が今までよりも希薄なものになってしまってもいいと思った。でもやっぱり怖い。関係が変わってしまうのが怖い。振られるのが怖い。気持ちを伝えて気持ち悪いと言われないかと考えるだけで告白するのをやめてしまおうかと思ってしまう。
でも言いたい。伝えたい。
決めたからには伝えたい。
ああ、心臓がうるさい。喉が渇いて仕方がない。口の中も乾燥して掠れた声しか出てこない。
世の中の女の子たちはこんなにも勇気を振り絞って告白しているのかと思うと本当に頭が下がる。
「じゃあ、6個目」
「え?」
「だから、今年のバレンタインは本命。受け取ってもらえない?」
あまりの恥ずかしさに直視することができず、伏し目がちになってしまった。
「本当に…?俺に…?」
「うん……。つーのことが」
「ごめん」
「え…」
「それは俺から言わせて」
「美紅、俺、美紅のこと好きだ。中学の時からずっと好きで、でも言えなくて。ごめんな、意気地なしで。大事なことも美紅に言われそうになってさ。だけど、これは男が言うことだから。美紅さん、好きです。お付き合いしてくれませんか」
鼻の奥がツンと痛んだ。目頭に熱が集まり、静かにこぼれた。
「これ、夢じゃない?」
「うん、夢じゃないよ」
「クッキー、くれないの?」
うまくラッピングできなくて少しよれた包みを司に向けて差し出す。
今朝は考えられなかったような展開である。
「ありがとう。今までもらったチョコとかと比べ物にならないくらい嬉しい」
「そんな大げさな」
「でもほんとだよ。嬉しい。美紅、好きだ」
「私も好き…」
「あー、なにこれ。可愛すぎない!?」
そう言ってベッドに座っていた私の隣に座る司。
「ねぇ、キスしてもいい?」
きすキスキッスkiss‼‼‼‼⁉
ボンッと湯気が吹き出そうなほど顔を赤くした私に対し、少し照れたような、甘いような顔をしている司。
「いやいやいやいやいやいやまだそれは早いのでは‼‼⁉」
「早くないよ、俺だってずっと我慢してたんだよ?」
「私の中では早いんです!だからまだ駄目‼‼‼」
「まだね。楽しみにしておこーっと」
「うぅ…」
お互いの気持ちがわかったところでいきなりアクセル全開の司。
ひとまず私のバレンタインデーのミッションはクリア。
これから恋人としてはまだまだ慣れないことが多い私たちなのでした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
バレンタインにまつわるお話を1本書きたいなと思っていたので、ぎりぎりですが、書き終えてほっとしています。
思っていたより妄想(笑)が捗ってしまって大変でした(笑)
危なくR‐18になるところでした。危ない危ない。
感想、評価を頂けると今後の励みになります。どうぞ宜しくお願い致します。
2018年2月14日 高橋夏生