吾輩は名刀である
似たようなものを前に書いたので、比較的書きやすかったかな。
吾輩は刀匠正宗が鍛えた上げた、「名刀」である。
兄弟には、「日向正宗」や「包丁正宗」などがおる。
こやつらは皆、国宝や重要文化財に認定されておる。
なのにじゃ、わしだけは認定などされておらん。
なぜじゃ!
まあ、正宗の奴は自分の造った刀には、銘を刻もうとはしなかったが。
普通の刀匠なら、名前を残したくて銘を刻むやつが多い。
しかし、正宗の奴は自分の名声など二の次じゃった。
自分の刀に、銘という傷を残したくないという理由でじゃ。
何と優しい刀匠じゃ。
なのに、今のわしの持ち主ときたら、わしを丁寧に扱おうとせん。
いや、ちがうな。
扱おうとしとるんじゃろが、今の持ち主は手入れをするにしても乱暴すぎるのじゃ。
おっ、どうやらわしの主、美紀が来たようじゃ。
どたどたどた!
がしっ!
ぶんっ!
な、なんじゃ、わしをいきなり振るとは何かあったのか?
「あ~もう、先生の奴、宿題忘れたくらいであんなに怒らなくてもいいのに。腹が立つ~。先生じゃなかったらボコボコにしてやりたい~」
見ての通りじゃ。
こやつは、乱暴で粗雑すぎる。
こんな主を持ってしまって、わしは鬱になりそうじゃ。
一時間ほどわしを振り回し気が晴れたのか、わしを振り回すのを美紀はやめた。
「おなか減った。ご飯食べよ」
なんじゃ、腹が減ってやめただけか。
怒りの気持ちより、食い気が勝ったということか。
暫くすると、美紀が戻ってきた。
「ふ~う、食った食った~」
女じゃろが、もっとお淑やかに出来んのか。
のう、我が主よ。
「ん、なに?いま、人の声が聞こえたような・・・・」
こんなふうに、わしの声が美紀に届くことがある。
美紀の家系は霊力が強く、妖魔などの人外を退治するのを生業としておる。
声が届くのは、多分そのせいじゃろう。
「まあいいや」
ん?なんじゃ。
美紀の奴わしをみつめておる。
ま、まさか、や、やめろ。
それだけは勘弁してくれ。
「今日は、あたしの汗が飛び散っちゃったかな。久しぶりに、手入れでもしようかな」
がび~ん!
や、やはりか。
ならせめて、いつものやつは使うんじゃないぞ。
「あったあった。砥石」
たしかに、それは砥石じゃ。
じゃが、目が粗すぎるじゃろが。
手入れとはの、あれじゃ、時代劇で刀をポンポンやっとるじゃろ。
あれでいいんじゃよ。あれで。
おまえのあれはな、人間に例えるなら、皮をべりべり無理やりに剝がされるのとおなじじゃ。
ただの、拷問じゃ。
「よし、準備完了」
聞こえちょらん・・・
「おっ、美紀。刀の手入れか?」
「おとうさん。そっ、今から、刀を手入れしようかと思って」
「そ、そうか。でも、そんな砥石は必要ないと思うぞ。なんなら、俺の手入れ用具貸すぞ」
そうじゃ、もっと言ってやれ。
そして、改心させるのじゃ。
「別にいいよ。砥石のほうがよく削れるし」
「でもな、削るのが目的じゃないだろ。手入れをしたいだけなんだろ」
そうじゃ。
そのと~り。
砥石でがりがり削るのと手入れは別物じゃ。
父親の言う事を聞くのじゃ美紀よ。
「うっさいな~」
美紀はそう言うと、刀を砥石に充てた。
ガリガリガリ
たすけて~
ガリガリガリ
い、いたい~!
ガリガリガリ
いててててて!
ガリガリガリ
うが~っ!
わしは、とうとう気を失ってしまった。
どれくらいたったのか、目が覚めると美紀がわしを見つめておった。
「うん、今日もいい出来」
何がいい出来じゃ、ボケっ!
「うん?いまだれか、あたしの悪口を言った気がする」
おい。
こんなのだけ聞こえるのか?
いやじゃ、こんな主。
あ~、死にたい。
鬱になりそうじゃ。
名刀なのに、価値を知らないのは罪です。そして、日の当たらない名刀正宗。かわいそう。