地上の話し
ライノの迷宮のすぐ近く、冒険者が集まる酒場がある。
『スケルトンの変異体と、聖魔法を使うリッチねそんな物が本当にいるのかね』
くたびれた表情の中年の男が酒を飲みながら、最近噂の魔物の話しを訝しむ。
『本当さ、俺は直に戦ったんだ、強いのなんのありゃAランクいや、Sランクじゃなきゃキツイかもな』
答えるのは若い男、酒も入ってるのだろう、すごい勢いだ。
『Sランクとは、そりゃ凄いな、でお前はそんな化物と戦って何で生きているんだ』
冒険者はランクで分けられている、Aランクまでは、わりとしっかり審査されてるがSランクは別、常識外れの化物ばかり基準はAランクより強いというだけ、Sランクもピンキリだが、Sランクが相手取る様な魔物、常人が出会えば塵も残らないはず、信じる気持ちも男には起きなかった。
『そりゃ、あれだろ元神官の良心が残ってるんじゃないか』
『それこそありえねぇ、魔物になったら記憶等残らない、まず加護をうけた神官がリッチになるのもありえないしな』
神官は皆教会から加護を受けると普通の魔法は使えなくなるが聖魔法を覚え、邪から身を守れるようになる、もちろん死後にスケルトンやリッチになることもない。
『でも現に俺は見た、それにリッチが喋った言ってるやつもいる』
若い男は尚も食い下がる。
『みんな幻覚でも見たんじゃねえか、そんなんありえねえだろ』
『いや、あれは本物さきっと、ライノの迷宮で死んだあの聖神官ムスクが蘇ったんだよ、あの方なら常識外れもおかしくねえ』
『馬鹿、そんな事でかい声で喋んじゃねえ、教会の奴らの耳に入ったらどうすんだ』
聖神官ムスク、半ば伝説と化した冒険者だ、化物のSランクの中でも一際化物じみた強さを発揮していた、ライノの迷宮で死んだつう噂だが、確かにこいつのいう通り、あのムスクならとは思わんでもないが、ムスクは教会の英雄でもある、ムスクがリッチになったなんて噂をしたら最悪教会の奴らに消され兼ねない。
神の教えなんて綺麗事並べちゃいるが、奴らの中身はもうだいぶ腐っていやがるからな。
『すまねえ、でもこの辺じゃもう有名な話しだぜ』
『教会が動きそうだな、めんどくさい事になりそうだぜ』
男は嫌そうな顔でため息を吐く。
『あんたは潜らないのか迷宮に、スケルトン供の装備は値打ちもんばかりだぜ、ゼノさんあんたもAランク一時期はSランクだったって話しじゃないか』
『Sランクになったのは手違いみたいなもんだ、奴らは化物さ二度と関わりたくない、俺はもうすぐ引退するよ、もう若くないのさ、後はのんびり生きていきたい』
ゼノと呼ばれた男はそう言うと立ち上がる。
『ゼノさん、あんたそれでも冒険者かよ、ここで一旗揚げようとは思わねえのか』
若い男は、歩き去るゼノの背に向け声を上げる。
『そんな事を思う時期は過ぎたのさ、お前もいつか分かるだろう』
少しだけ振り返りゼノは答え、酒場からでていく。
若いな、いずれ奴も気づくだろう、限界というものを、栄光や金に命を賭ける程の価値がない事を。
それまで生きていれればいいのだがな。
背を引かれる思いが少しだけする、少しだけ若者の青臭い熱さが羨ましく思える、俺も昔はと、今思い返せばあの頃が一番楽しかった気がするな。
金も実力もない、ただ希望だけで生きていた頃。
過去を美化しているだけか、もう今日はさっさと帰って寝てしまおう。
ライノの迷宮から場所は離れて、壮大な神殿の中、
ここは聖教会の総本山である。
『聖魔法を使うリッチがいるなどの流言、捨て置けんぞ、言うに事欠いてムスクの成れの果てだと、神罰を下さねばならぬ問題だ』
白髭を長く生やした、初老の男が苦々しい顔で吐き捨てる。
『しかし大神官様、もう噂は多くのものに広まってしまっています、一人を罰しても教会への不信が増えるだけになります』
年若い神官が、大神官と呼ばれた男を宥めようと苦心している。
『文句も出ない様、大々的に処刑すれば良かろう、一部を見せしめにすれば、他の者も黙る』
神に仕える者とは思えない発言を大神官は当然の様に言う。
『それは教会の信頼を失う結果に繋がります、他の手段を提案いたします』
若い神官は、貼り付けた笑みが引きつりそうになるのを何とか抑えている。
内心は目の前の上司を殴り付けたいくらいだ。
権力に溺れた人間め、この様な人間でも元は真摯に神の教えを学んだ時期もあったろうに。
『信頼を失うのは不味いな、寄付金が減っては困る、全く下手に考えず我々に従っておればいいというのに、で策をあるんだろうな』
金の事しか頭にないのかこいつは、と若い神官は怒りで握る拳に力が入るが、冷静をつとめる。
『はい、教会所属のSランク冒険者に件の魔物を成敗してもらいましょう、元を経てば噂も消えましょう』
『なるほどな、Sランクとなるとサリアとアスクか、馬鹿な奴らだが腕は確かだからな、こんな時くらい役に立ってもらうか、がはは』
大神官は下品な笑い声を上げる。
馬鹿はお前もだ、と言いたいところだ、しかし大神官の言葉ではないが、サリアとアスクは強くはあるが性格に難がある、できれば使いたくないが背に腹は変えられまい。
『それと、念のために教会所属以外のSランクにも協力を頼みましょう、強いといっても神官二人だけでは万が一というものがあります』
情報は確かとは言い難いが、ムスクの成れの果てと噂される様な魔物だ、危険度は高めに見積もっていた。
『そんな恥さらしな真似ができるか、相手はリッチとスケルトンだろ神官の敵ではないわ』
若い神官の心配をよそに、大神官は簡単に話しを切り捨てた。
『大神官様、気持ちは分かりますが、ここで万が一にも失敗する訳には』
若い神官は、ここは引けないと食い下がる。
二人のSランクの神官が破れてしまえば、それは教会の負けに等しい、ムスクの成れの果てという噂も真実だと思われかねない。
『ならん、絶対にならんぞ』
大神官は怒鳴り散らす。
ピキピキと若い神官の怒りが止めようもなく膨れ上がる、この男は外部に借りを作りたくないだけだ、借りを作れば後々自分の立場が危うくなるかもとか心配しているのだろう。
その後、若い神官の必死の説得も虚しく、外部のSランクの協力を得る事は叶わなかった。
ただ、妥協案として、追加で教会所属のAランク冒険者三人と現地の冒険者を一人道案内として連れて行く事だけは承諾してもらえた。
とは言えSランクの戦いは人外の領域、Aランクが多少増えても心許ないが。




