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ユエ視点 黒き幼竜と現在と過去とメンチカツ 6

 領主の館にある食堂。

 長い食卓が中心に置かれた、豪華な装飾が施されたその部屋に皆で集まった。

 面子はカインやセシル、ひよりに茜にジェイドだ。

 食卓の上には、メンチカツが乗ったお皿。

 あとは白いご飯に、浅漬け、それに湯気が立ち昇っているお味噌汁。

 いい匂いが部屋の中に充満していて、お腹が堪らず、ぐうと鳴った。


 ヒトって変なんだよ。食事なんてさ、お腹を満たす為に無心で食べるものだと思ってたんだけどね。

 この間の紅葉狩りの時も思ったんだけど、ヒトは食事を精一杯楽しもうとする。

 食卓についている皆は笑顔で、期待の篭った眼差しを皿の上の料理に注いでいる。

 見るからに涎を垂らしそうなくらい、誰も彼もがご飯を食べたくて仕方がない顔。怖い顔をした人なんてひとりも居ない。ほんわか、柔らかい雰囲気が食堂を包んでいた。


 いただきますの挨拶をしたら、箸をつける前にまずは準備!

 真っ黒でいい匂いのする、茜が『中濃ソース』だと教えてくれたそれ。

 それを、ひよりの真似をして、たらーっとたっぷりかける。

 一緒に添えてあるキャベツにも、メンチカツ諸共ソースまみれにする。

 だってひよりが「これが一番おいしいんだから!」というんだもの。

 他の人は、キャベツにはドレッシングをかけてたけどね。

 ……ちょっと、茜たちが苦笑いしていたような気もするけれどね。


 まずはキャベツ入りのメンチカツから。

 箸は使えないから、フォークを手にして、それをメンチカツに刺す。

 ざくっとカリカリの衣を突き破って、柔らかな肉ダネにフォークの先端は簡単に飲み込まれた。

 それを持ち上げると、香ばしく揚がったパン粉の香りが鼻先をくすぐった。

 大きく口を開けて、メンチカツに齧り付く。


 ――ざくっ


 かりかりに揚がったメンチカツの衣がいい音をたてる。

 二度揚げしたからか、柔らかい肉ダネはいまだ熱々だ。

 口の中のメンチカツを息で冷まして、大丈夫そうだったので思い切り噛みしめる。

 すると、まるで雲みたいにふわっふわなんだ!

 柔らかな肉は、歯が差し込まれると間からじゅわっと美味しい汁を吹き出す。

 塩で揉んだキャベツは、あんなにたっぷり入れたのに、思ったより存在を主張していない。

 けれども、仄かに感じるキャベツの甘味。しっかりと練られた豚肉に『ナツメグ』とコショウの刺激が加わって……軽い口当たりも相まって、何個でもいけそう!


 でもたっぷりソースをかけたからか、ちょっと口のなかがしょっぱい。

 僕は勢い良くお茶碗を掴むと、ご飯を口へ運んだ。

 すると、しょっぱかった口の中が甘いご飯の味で中和される。

 芯が微かに残ったご飯。その旨みがじんわり口の中に広がって、僕は思わず目を細めた。


 ――ああ、白飯が止まらないというのは本当だったんだ。


 ひよりの言葉を思い出す。

 口の中で混ざりあった米とメンチカツの味の相性は抜群だ。

 ……でも。

 僕はふと疑問を感じて、ご飯だけを口に運んだ。

 これはこれで美味しいけど、なんだか足りない。

 じぃっとメンチカツを見つめる。ああそうか、そういうことか。

 メンチカツがあると、このご飯の美味しさが何倍にもなるんだ!


 それを理解した瞬間、僕はなんだか嬉しくなった。

 思わずにやけてしまう。それを見ていたセシルが「美味しいですか?」と聞いてきたので、僕は思い切り頷いておいた。そうしたら……なんでだろう、周りの皆が優しい目でこちらを見ていた。

 あんまり見るなよ……食べ辛いだろ。


 次はお肉たっぷりのメンチカツ!

 こっちはキャベツメンチと違って、フォークで持つとずっしり重い。

 大口を開けて、思い切り齧り付くと、じゅわっと信じられないほどの肉汁が中から染み出してきた。



「〜〜! ん!」

「わ、ユエ。零れてる」



 ひよりが急いで僕の口元を拭ってくれた。

 たっぷりの肉汁は僕の口元から零れ、服を汚してしまった。

 でも、僕はそれを気にしている場合じゃなかった。

 だって……すんごい美味しかったんだ!


 さっきのキャベツメンチがふわっふわなら、こっちはずっしり、みっしり肉が詰まっている感じ。

 時間をかけて炒めた玉ねぎの甘味と、丁寧に練った豚肉の風味。

 コショウとナツメグの刺激に、旨みたっぷりの肉汁。さっきはふわふわだったけど、こっちは噛みごたえがある。ずっしりお腹に溜まる感じは、何個でも食べられそうな感じはしないけど――できればお腹いっぱいになるまで食べたいと思ってしまう味だ。

 口いっぱいに美味しいお肉を詰め込んで、もぐもぐやっているとなんだか幸せ!



「これは……! 美味いな」

「美味しいね、おねえちゃん!」



 カインやひよりも目を細めて、メンチカツに舌鼓をうっている。

 セシルは皿の上のメンチカツをまじまじと見つめて、感心したように言った。



「いやあ、これはいいですね。以前に食べたハンバーグと似てますけど」

「衣を付けて揚げるとまた違うでしょう?」

「ええ。それとこの黒いソース! ちょっとしょっぱめですが、複雑な旨みが絡み合っていて――堪りませんね」

「からしをつけても美味しいですよ! ちょっと和風な感じになって」



 茜がそう言ったので、僕もお皿の端に添えてあった、黄土色のペーストをメンチカツにつけてみた。

 そして思い切りからしが付いている部分に齧りつくと――途端、つん! とした辛味が襲ってきて、僕は思わず咽てしまった。



「あああ、ユエ。全部つけたの!? それは辛いよ……もう、手間のかかる子だなあ」



 ひよりがそういって、僕の背中を摩ってくれている。

 ……手間のかかるってなんだ! って文句を言いたかったけど、鼻の奥がつんとするし、涙が滲んでいるしで反論できなくて。僕は勢い良くキャベツの千切りを頬張った。

 しゃくしゃくのキャベツの千切りは口の中をさっぱりさせてくれて、つん、としたからしの刺激を和らげてくれた。


 ――はあ。助かった。


 そのあと、用意してくれたお水をごくごくと一気に飲み干して――漸く落ち着いた。

 なんだか疲れてしまって、フォークを置いて周りを見ると、いつのまか僕の隣に居たはずのひよりが席を離れていて、手に皿をもって食堂に入ってきていた。……なんだろう?



「ひより、なあにそれ」

「あ、早速見つかっちゃった? これはねえ、ひよりスペシャルだよ」

「すぺしゃる?」

「……ひより、あんた……!」



 それに気がついた茜がいきなり立ち上がった。ガタン! と椅子が大きな音を立てて、皆の注目が集まる。

 ひよりが手にしていたのは、メンチカツだ。

 だけど、さっき僕が食べたメンチカツに比べると、びっくりするほど大きい。

 コカトリスの卵くらいの大きさのそれは、こんがりきつね色に揚がっていて、見た目はとても美味しそうだ。



「おねえちゃんにバレないように、こっそり作製した私特製のメンチカツ……! ダチョウの卵サイズの浪漫溢れる巨大メンチ!

 中の具が二層になっている豪華仕様!

 一層目にはチーズとゆで卵とウインナー。二層目にはチョコとマシュマロとクッキーの砕いた奴がはいっています!」

「二層目の破壊力半端ない!」



 それを聞いた瞬間、茜が頭を抱えてしまった。

 確かに、このしょっぱい味のメンチカツに、甘いお菓子は合う訳がない……!!



「ひより、いつの間に!? 僕、見張ってたじゃない」

「ふふふ、聖女の有り余る魔力に不可能はないのだよ……。

 魔法でちっちゃい異次元空間を作り出し――その中でコツコツと作業をしていました!」

「魔力の無駄遣いに、才能の無駄遣い……!」

「無駄じゃないよ! しょっぱいものと甘いものを同時に食べたいという乙女心を実現させるための、夢のような料理じゃないの! 乙女のあ・こ・が・れ!」

「夢じゃなくて悪夢の間違いじゃないの!?」



 茜のツッコミが止まらない。

 僕はもうなんて言ったらいいか解らなくて、取り敢えず席から立って壁際に退避した。

 そのままそこに居たら、それを食べさせられそうな嫌な予感がしたからだ。



「まあまあ。大丈夫だよーきっと美味しいよー! 発想の勝利だよ!

 さあさあ、誰か! このひより特製メンチカツを、私と一緒に食べる猛者はいないか!」

「猛者じゃないと食べられないってわかっている分、質が悪いね……」

「誰もいないの!? じゃあ、私が勝手に指名……」

「私が食べよう」



 誰もがひよりから目をそらし、その恐ろしい料理を食べるのを避けようと必死だったのに、勇者がひとり自ら生贄になるべく申し出た。一体誰が――そう思って、声のした方向を見ると……それはカインだった。



「ひよりの手料理……手料理! 私が食べようではないか」

「殿下、いい感じに盲目になっていて素晴らしいです!」

「黙れ、セシル」



 カインはセシルに悪態をつくと、ひよりの隣の席の椅子を引いて座った。

「流石、王子様!」とひよりは嬉しそうに笑って、食卓の上にどん! と大きなメンチカツを置いた。そして、それにたっぷりのソースをどろりとかけた。



「ふふふー。じゃあ、名誉ある最初のひとくちはカインに捧げよう。

 切り分けてあげるね……!」



 そして、ナイフとフォークでそのメンチカツを切り分けていった。

 ザクッザクッと衣が切れる音がしたと思うと――中から、ドロリとした黒い粘性のある液体が流れたのが見えた。

 ……あれ、明らかにソースじゃないよね。

 そして、ふわっとここまで香る甘い匂い……あ、鳥肌立ってきた。



「あの白と黄色のはゆで卵……白くってびろーんと伸びているのはマシュマロ? チーズ? どっち……? 

 ……黒いドロドロはチョコレート。ごろっとこぼれ落ちたのはウインナー……。うっすら見えている層になって折り重なっているのはクッキー……ああ、なんで切り分けるときに、衣以外の部分でザクザクいうかなあ。中のクッキーの歯ごたえが明らかに残っているよね!? いやあああ……」



 茜は床にしゃがみ込み、憔悴しきった顔でブツブツと何か呟いている。

 チョコレートだの、マシュマロだのは僕は食べたことがなかったけれど、茜の様子から、あの組み合わせはヤバそうだということがわかった。


 ……カイン、本当に食べるのかな。


 まるで切り分けられたケーキみたいな有様のメンチカツを、取り皿に乗せたひよりはすっとカインの目の前に置いた。

 フォークとナイフを握りしめたカインは、ごくりと唾を飲み込み――一口分に切り分けた。

 どろっとしたチョコが満遍なく纏わりついたその欠片を、フォークに突き刺す。

 そして徐に目の前に持っていき、じっとそれを見つめていたかと思うと――パクっとひとくちで食べた。


 皆、固唾を呑んでその様子を見つめている。

 カインはひと噛み――口の中のものを噛みしめると、さあっと青ざめて固まった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 外はまだ激しい吹雪が続いていて、僕はテントの中で横になって寛いでいた。

 焚き火のお陰でぬくぬくなテントの中は、ふわふわの毛皮の敷物のおかげもあって物凄く居心地がいい。

 この場所でずうっと寝ていられたらなあなんて、土台無理なことを考えながら、丸くなってまどろんでいると――ふと何か異様な匂いがして、僕はむくりと身体を起こした。

 そして、その匂いの元を探ろうと辺りを見回すと、焚き火の傍で何かを作っているマユの姿があった。



「何を作っているの?」

「クリームシチューよ、ユエ」



 近づいてマユの手元を覗き込む。

 そこにはそれほど大きくない鍋。マユは鍋の中身をおたまでぐるぐるとかき回していた。

 その中身はうっすら茶色がかったドロドロした液状のもの。

 なんだか焦げた匂いがするけれど、料理なのだろうか。

 ちらりとマユの表情を覗き見る。吹雪でここに閉じ込められてからもう3日経っている。

 僕の人型の姿には随分慣れたらしいマユの表情は柔らかだ。



「クリン……?」

「クリームシチュー。こういう寒いときにはぴったりな、私の故郷の味なの。

 ここに来てからもう3日も経っているけれど、まだまだ吹雪が止みそうにないじゃない?

 ここでじっとしているのもなんだし、私の手料理で温まってもらえればいいなと思ったんだけど――」



 そこでマユはかき混ぜていたお玉を顔の前まで持ち上げて、匂いを嗅いだ。

 そして、きゅっと眉を顰めると、はあ、とため息を吐いた。



「ど、どうしよう。大失敗……」

「え?」

「いっぱい練習してきたのに。こんなのフェルに食べさせられない……」



 その時、ふと冷たい風がテントの中に吹き込んできた。

 入り口の方を見ると、雪まみれになったフェルが肩についた雪を払いながら入ってきていた。



「ああ、また吹雪いてきたよ。古龍殿も大変だ。ずっと外にいるんだから」



 髪の毛からは雫が滴り落ち、鼻や耳まで真っ赤になっている。外は随分と冷え込んでいるようだ。


 フェルは時間を見つけては、長の元へと足を運んでいた。

 この浄化の旅を終えると、正式にジルベルタ王国の王位継承者に指名されるらしいフェルは、今後の国造りに役立てようと、今現在恐らくこの世界で一番長生きだろう長の元へと足繁く通い、知識を吸収しようとしているのだ。


 フェルは外套をお付きの騎士に手渡すと、焚き火の傍に居た僕達の方へとやってきた。

 そして、マユが鍋をかき回しているのを見ると、にっこりと微笑んだ。



「もしかして、それはマユが練習していたという料理かな」

「……! どうしてそれを」

「騎士から聞いたんだよ。マユが私の為に一生懸命料理を練習しているって」

「もう、あの子……!」

「いや、責めないでやってくれ。マユが出発前、休みの度に忙しそうにしていたから、何をしているのかと思ってね。無理に聞き出したんだ。すまない」

「うう」



 フェルはどかりと床に座り込むと、目を細めて鍋の中身を覗き込んだ。

 そして、なんとも嬉しそうに顔を綻ばせると、マユにその料理を一杯よそって欲しいと言ったんだ。



「でも、フェル。これ……」

「マユ、いいから。外は随分と冷え込んでいてね。このままだと風邪を引いてしまいそうだ。

 温かな料理を早く食べたい」

「うー……」



 フェルが待っているのに、マユは唸ってばっかりでなかなか動き出そうとはしなかった。


 ……折角作ったのに、どうしてマユはフェルにあげないんだろう?


 その当時の僕はヒトにとっての食事の意味がいまいち分からなかったし、食事というものは生きるために必要な生命活動のひとつであって、それ以上の意味はないと思っていた。

 だから失敗作を食べさせて、嫌われたらどうしようなんて心配しているマユの気持ちを汲むことなんて出来なかった。


 僕は皿を手に取ると、マユからお玉を奪い取り、そこにクリンなんとかというやつを注いだ。

 マユは必死にそれを止めようとしていたけど、非力なヒトの雌がどうやっても竜である僕を止められる筈もない。僕を止めようと必死でしがみついてくるマユを無視して、すんなりとフェルの手にマユの手料理が渡った。


 フェルは自分でスプーンを用意すると、そのクリンなんとかに差し込み――くん、と匂いを嗅いで、一瞬驚いたような顔をした後……ぱくりとそれを食べた。



「ああああああああっ! だめっ! フェル……!」



 マユの悲鳴がテントの中に響き渡る。

 フェルは暫く目を瞑って口をもぐもぐと動かしていたけれど――次の瞬間。



「なんだ、美味いな」



 そう言って、もの凄く優しげな笑みを浮かべたんだ。

 そして、次々にクリンなんとかにスプーンで掬っては、ぱくぱくと食べ始めた。



「……フェル」



 その様子を見ていたマユは、途端に泣きそうな顔になって。

 唇を僅かに震えさせて、下を向いてしまった。

 ……僕はそのマユの様子がなんだか不思議で、思わず聞いちゃったんだ。



「ねえ、マユ。どうして泣くの? 辛いことがあったの?」



 涙を流すっていうことは、心が痛い時、辛い時、嫌な時。そういうときだと思っていたから。

 どうしてこの場で泣くのがどうしても僕にはわからなかったんだ。

 マユはごしごしと袖で目元を拭くと、ぱっと顔を上げて僕を見た。


 ――その時見たマユの表情は今でも忘れられない。



「違うのよ。ユエ。……私、とっても嬉しくて。だから、泣いちゃったのよ」



 目は充血して真っ赤。目尻も乱暴に拭いたからか赤く染まっている。

 鼻もすこし赤みが差しているし――それにさ。

 眉が下がって、やっぱり泣きそうなくらい、ふんにゃりした表情だったんだけど。

 頬を緩めてそう言ったマユのその顔は、何故だかとっても幸せそうだった。



「ヒトってやっぱり変なの」



 ……嬉しくても泣くなんて。

 そんなことしたら、ずうっとずうっといつまでも泣いてなくちゃいけないじゃないか。

 僕がそう言うと、マユは楽しそうに笑った。

 そのうち、ひと皿食べ終わったフェルが、おかわり! と皿を突き出してきて――。

 また、あっという間にマユの瞳は涙でいっぱいになってしまった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「カイン……! しっかりして!」



 固まってしまったカインに、ひよりが一生懸命声をかけている。

 真っ青な顔で、口いっぱいに含んだひよりのメンチカツが中々飲み込めなくて苦労しているようだ。

 カインはコップに入った水を手に取ると、一気に飲み干した。どうやら、水でメンチカツを喉の奥に流し込んだらしい。

 そして、息も絶え絶えに食卓に突っ伏してしまった。



「おおう、カインにとんでもないダメージを与えてしまった……!?

 私は一体何を生み出してしまったのだ……!」



 ひよりはそう言うと、フォークを鷲掴みにしてメンチカツに思い切り突き立てた。

 そして、勢い良くがぶり! と、齧りついた。


 ――うわあああああ!! いったあああああああ!!


 きっとそれを見ていた僕たち全員の気持ちはひとつだっただろう。

 声にならない悲鳴を上げた僕たちの目の前で、ひよりはみるからに地雷な料理を口にして――目を見開き、顔色を真っ青にしたひよりは、急いで食卓にあったコップを鷲掴みにして、水で口の中のものを一気に流し込んだ。


 そして、カインと同じように食卓に突っ伏してしまった。



「お、おおおおおおおおお……」



 ぷるぷるとひよりが震えている。

 カインはピクリともしない。



「……ひより……? カイン王子……?」



 茜が心配そうに、ふたりに声をかけた。

 すると、食卓に突っ伏していた頭を上げたふたりは――ゆっくりと顔を見合わせて……



「「不味いッッッッ!!!」」



 そう言って、ふたりでケラケラと楽しそうにお腹を抱えて笑い始めたのだ。

 椅子に座って、バタバタ足を動かして、涙を浮かべて笑っている。

 ふたりは「これはやばい」とか「甘味の暴力!」とか言いながら、時には食卓をバンバン叩いてなんだか楽しそうだ。


 なんだか甘くない意味で、ふたりの世界に入ってしまったカイン達についていけなくて、僕たちは顔を見合わせて、楽しそうなふたりを眺めていることしか出来なかった。


 暫くして、ふたりの笑いが収まった頃――徐に、カインはフォークを残ったメンチカツに突き刺した。

 そして、それを口に運ぼうとして――ひよりが慌てて止めた。



「……ちょっ……! カイン、無理しなくていいんだよ! こんなの作り出した私が責任持って食べるから……」

「いや、私が食べると言っただろう? それに、これはどんな味であってもひよりの手料理には違いない」



 カインは、ぽん、とひよりの頭に手をやると、にっこり笑った。



「それを残すなんて勿体無いだろう」



 僕はその時のひよりの表情をみちゃったんだ。

 カインがそう言った瞬間、ひよりの頬がほんのり赤く染まって――ひよりの顔に喜色が広がっていくのを。

 ふわっと花開くように、とっても可愛らしく笑ったのを。


 その笑顔は、あの時見た泣きそうだったマユの表情とは正反対だったけど――

 なんだか、あの時の再現をみているような感覚に襲われて、僕の胸は苦しくなってしまった。


 ……ああ、フェル。マユ。


 なんでかな。あのふたりを見ていると、無性に君たちに会いたくなるよ。

 一緒に過ごしたあの短い日々を思い出して、どうしようもなく切なくなる。

 僕の胸の内の思い出達が、記憶達が――思い出して欲しいと酷くざわつくんだ。


 真面目で優しくて、真っ直ぐ僕を見てきたフェルと、泣き虫でおどおどすることが多いけれど、フェルの為に一生懸命だったマユ。


 ひよりに押されっぱなしで軟弱な感じがするけれど、何処か芯が通っているカインと、天真爛漫で明るくて、心の奥に決意を秘めているひより。


 ふたりの王子に、ふたりの聖女。

 僕は長い時を越えて、二世代に渡って彼らの生きている()を目撃しているんだ。

 ……なんだか、それがとても感慨深くて――僕の胸の奥が、今度はじん、と痺れた。

 まあ、そんな感傷的な僕の心も……



「じゃあ、一緒に食べよう! 折角だから、みんなも!」



 そう元気よく言ったひよりが、僕にもそのメンチカツを食べさせようとにじり寄ってきた途端に、台無しになったけどね。

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