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ユエ視点 黒き幼竜と現在と過去とメンチカツ 4

 夜になると、吹雪は嘘のように止んだ。

 僕は騎士たちと一緒のテントで身体を休めていた。彼らが寝静まったのを確認すると、テントからそっと抜け出した。何故なら、僕にはやらなければいけないことがあったんだ。


 いまだ雲は残っているけれど、沢山の星が瞬いている冬の空を見上げる。

 先程までの吹雪が、空気を全て浄化してしまったんだろうか。なんだか空気が澄み切った感じがする。

 それに、昏い空に瞬く数え切れないほどの星々が寄り集まって、まるで川のように流れを作り、冬の夜空を彩っていた。


 ……月が出てなかったら、もっと星が綺麗なのにな。


 星に彩られた夜空の中で、ギラギラと存在を主張しているまんまるのお月さまを見つめて、僕は心のなかで独りごちた。


 僕はじんじんと寒さでかじかんできた指先を擦りながら、長の元へ行くために真っさらな雪の上を一歩踏み出した。


 ぎゅっ、ぎゅっと積もったばかりの雪の上を踏みしめて歩いていると、沢山のテントが立ち並ぶ方面から、長の頭がある方向へ足跡が続いているのに気がついた。

 僕より大きな足で、二足歩行。……どうやらヒトのようだ。


 ……やっぱり、フェル達も竜の素材が目当てだったのかな。


 こんな夜更けに長のもとに行く理由なんて、それくらいしか思い浮かばなくて――僕はちょっぴり残念な気持ちになりつつも、竜を害そうとするものは許さない、と気持ちを引き締めた。

 気配を消しながらその足跡を辿っていくと――暫くして、誰かの話し声が聞こえた。



「――古龍よ。もっと古の国の話を聞かせてくれないか……」

「ふむ。美味い酒を振る舞われたのだ。仕方がない、何を聞きたい……」



 その話し声は、長とフェルのようだった。

 どうやら、この寒いのに関わらず、フェルは長と酒盛りをしているらしい。


 ……なあんだ。襲いに来たんじゃないのか。


 余計な戦闘をしなくてもいいことに安心した僕は、そっとふたりの様子を伺った。ふたりは、この世界の成り立ちや、今はもう滅んでしまった古の国の話なんかで盛り上がっている。

 なんだか難しいことを話しているふたりの間に割りこむのもなあと悩んでいると、僕以外にふたりの様子を覗いている誰かがいるのに気がついた。

 そいつは僕よりも、ふたりに近いところにある雪の塊の陰に座り込んで、身を潜めていた。そいつの魔力を探ってみると――つい最近感じた魔力。それもとっても珍しい魔力だった。


 ……なにしてるんだろ?


 僕は気配を消してそいつの隣まで歩いていくと、わざとドスン! と乱暴に地面に腰を下ろした。

 すると、そいつ――マユはびくりと肩を跳ね上げて、泣きそうな顔で僕を見た。



「何してるの?」

「……ヒッ……!」



 僕が声をかけると、マユは尻餅をついて、思い切り後ずさった。

 そしておろおろと誰かの助けを求めるかのように辺りを見回した。けれども、助けてくれる誰かなんて居るはずもなくて――マユは、着込んでいた皮のコートを手でぎゅっと握りしめると、まるで竜に勝負を挑む勇者のように思い詰めた顔で僕を睨んだ。



「……ふぇ、フェルを。迎えに来たの……あ、あなたは。りゅう、なのよね?

 どうしてここに? フェルを食べに来たの? それとも、私?」



 コートを掴んでいる手が震えている。

 随分と冷えこんでいるのに、マユの額には汗が浮かんでいた。



「馬鹿だな。そんなこと、なんでしなきゃいけないのさ」



 僕が言葉を発すると、たったそれだけのことなのにマユはびくりと身体を強張らせた。

 まるで今にも天敵に食べられそうになっている小動物のようなマユの姿に、僕の好奇心が擽られた。

 ちょっぴりからかってやろうと、怯えているマユにわざとにじり寄る。

 すると、マユは顔を引き攣らせて、更に後ずさった。



「だ、だって……! あなたは竜だもの。人間を食べることがあるって聞いたわ。それに竜なんて、怖くておっきい、化物みたいなものでしょう……!?」

「ヒトと比べると、化物みたいにでかいのは否定しないけどさ。言うに事欠いて、本人を目の前にして化物呼ばわりするの? ……酷いなあ、傷ついちゃった」



 ちっとも傷ついてはいなかったけれど、巫山戯てそう言ってみる。更にはちょっと「うえーん」なんてわざとらしい泣き真似もしてみた。すると、マユは途端に眉を下げて、泣きそうな顔をした。



「……ごめんなさい……! あの、あのね。傷つける気は無かったのよ」

「……」

「なんていうかね、私、おっきいものがどうしても苦手で」

「…………」

「おっきいものは、怖いものだっていう先入観がどうしても拭いきれなくて、いつもフェルには迷惑ばっかりかけているんだけど。……ああ、これは今は関係なくって」



 マユは慌てて、せっかく僕から距離をとったのに、自らこちらににじり寄ってきた。

 手に嵌めていた手袋を脱ぎ捨て、暖かい手でぎゅうっと僕の手を包み込み、一生懸命慰めようとしてくれている。



「あなた、最初に見た時は小さかったのに、竜に変身したら凄く大きかったんだもの、びっくりして怖くって。つい化物だと思って……あああ、違っ、化物じゃなくて。ああ、なんて言ったら良いか。

 でも、でも。今の格好は怖くないのよ? 信じて。あ、あなたが変身さえしなければ――」

「…………ぷっ……」



 あまりにも必死なその様子に、僕はとうとう限界を迎えてしまって、思わず噴き出してしまった。

 すると、マユはぽかん、と口を開けて――ふるふると震えだした。



「……………………もしかして、冗談……?」

「ぷ、ぷは、はははははは!」



 適当に僕が言った言葉をまともに受け取って、一生懸命慰めようとしてくれているマユがなんだかおかしくて、僕はその場でお腹を抱えて笑ってしまった。

 急に笑いはじめた僕に、マユは初めはおろおろと戸惑っていたけれども、中々僕の笑いが収まらないものだから、次第に機嫌が悪くなり、むくれてしまった。



「ひどいわ。からかったのね」

「あー可笑しい! 君は真面目だねえ。ヒトは皆こんなに真面目なの?」

「真面目だなんて。褒めてないわよね、それ」

「うん。褒めてない」

「うう……」



 マユは頬を膨らませて、指先で雪の積もった地面を弄くり始めてしまった。

 そんなマユの頭に、ぽん、と手を置くと、マユはびくりと身体を固くして僕を上目遣いで見た。



「からかってごめんね。だって君、面白そうだったから」

「それって謝罪になってないわよね……?」



 からからと僕が笑うと、マユはまた目に涙を浮かべた。



「怖い顔して襲ってくるヒトしか今まで知らなかったから。

 君みたいのもいるんだねえ。ああ、面白い!」

「…………」



 ぐりぐりとマユの頭を乱暴に撫でてやると、マユはなんだか複雑そうな顔で僕を見つめていた。

 涙はどうやらひっこんだらしい。

「泣き止んだね、えらいー」と更に撫でると、マユはほんのり頬を赤らめて、下を向いてしまった。



「おうい、マユ。それに、竜よ。そろそろこっちへおいで」



 そのとき、フェルが僕達に声をかけてきた。

 マユはフェルの声が聞こえた瞬間、びくりと肩を跳ねさせて、なんともバツの悪そうな顔をした。


 ……もしかして、まだ気付かれていないと思ってたのかなあ。


 結構な至近距離で騒いでいたから、フェルにはバレバレだって普通なら解るだろうに。


 マユは勢い良く立ち上がると、真っ赤な顔になって「め、目覚めたらフェルがいなくって、心配になって……!」と、必死で言い訳していた。

 フェルはその碧色の瞳をうっすら細めると「心配してくれたのか? ……ありがとう」といって、マユを愛おしそうに眺めた。


 僕を間に挟んだまま、甘い雰囲気を醸し出し始めたふたりに、なんだかとっても居心地が悪くって、僕はさっさと用事を済まそうと、急いで長の元へと駆け寄った。そして、ぎゅうっと長の大きな鼻先に抱きついた。

 おっきな長の頭は雪でしっとりと濡れていたから、ひんやり冷たい。

 いつものように、抱きついた瞬間に長は鼻先を少し持ち上げてくれたから、ふわっと僕の足が地面から浮いた。



「長、挨拶が遅くなってごめんなさい。おやすみなさいをしにきたよ」

「……ああ、そういえばまだだったな。おやすみ。小さき黒色」

「うん。おやすみなさい、長」



 僕が寝る前は、必ず長に挨拶をすること。これが小さい頃からの決まりごと。

 よくわからないけれど、長も先代と一緒に居た時から、おはようとおやすみの挨拶は欠かさずにしていたらしい。だから、竜の伝統みたいなものだ。

 長との挨拶が終わり、テントに戻ろうとすると――なんだか、変な顔をしたふたりと目があった。



「……なあに?」

「いや、ええと。竜も、眠る前の挨拶をするのだなあと」

「うん。ちょっとびっくりしたのよ。それだけ」

「ふうん?」



 ヒトは挨拶をしないのだろうか。でも、テントに居たヒトは挨拶をしていた気がする。変なの。


 ……まあ、そんなことはどうでもいい。夜の雪原は随分と冷える。久しぶりの温かい寝床が確保出来たのだ。早く戻って眠りたい。

 僕がフェルとマユにも挨拶をして帰ろうとしたときだ。急にマユがそわそわし始めた。

 何か言いたそうに、ちらちらとこちらを見ている。なんだろう、と思って首を傾げていると、それに気付いたフェルが、小さく笑ってマユの背中を軽く僕の方へと押した。

 マユはそれに勇気づけられたのか、僕の方までやってくると、ちょっとだけ口元をもごもごと動かしてから――変なことを聞いてきた。



「ねえ、あなた。名前は?」

「名前?」

「……う、うん。さっきの小さき黒色とかいうのが、あなたの名前?」

「違うよ。僕は竜。竜以外の何者でもないよ。……名前なんてものは、ないなあ」

「ええええ!? そ、そうなんだ……」



 名前なんてまどろっこしいものをつけたがるのは人間くらいのものだ。

 なんでそんなことを聞いてくるのだろう。

 僕の返答に酷く動揺した様子のマユは、フェルのほうを思い切り振り返った。

 フェルはマユの意図がわかったのか、ゆっくりと歩いてマユの隣に立った。



「それでは、不便ではないか? 他の竜と区別するときは、どうしているんだ?」

「竜は魔力を見て、相手を判断するからね。名前なんて必要ないのさ。過去には、名前をヒトから貰った竜もいたようだったけれどね」

「……ふむ、そうか。ならば竜よ。良かったら、名前をつけても構わないか?」

「どうして?」



 僕が首を傾げると、フェルは空の向こうを指差した。

 その方向を見てみると、真っ黒い雲が遠くからこちらにむかって流れてくるのが見えた。



「恐らく、また吹雪になるのだろう。もしかしたら、数日間ここから動けなくなる可能性がある。

 その間、ずっと一緒なのだ。竜にとっては名前がなくとも気にならないのかもしれないが、人間は名前で相手を呼ぶのがあたりまえでな。

 ……竜、と呼ぶのはどこか味気ないのだ。短い間だが、共に同じ釜の飯を食う仲間(・・)なのだから、どうか名前で呼ばせて欲しい」



 ……仲間。

 その言葉に、なんだか胸の奥がむずむずした。

 仲間って、僕が? ヒトと? ……変なの。

 そう思ったけれど、不安そうに瞳を揺らしているマユと、じっと僕を見つめているフェルを見て、なんだか仕方がないなあ、というような気持ちになってきた。



「……まあ、いいけどさ」

「ほんとう!?」



 僕がそういうと、マユはぱっと表情を明るくすると、両手を合わせて笑った。


 ……あ、笑った。


 オドオドしているマユしか見たことが無かったから、その時花が咲くように笑ったマユの笑顔はとても印象的で――僕がうっかり見惚れていると、「どうしよう? わあ、何がいいかしら!」とマユはフェルと楽しそうにはしゃぎ始めた。


 それから暫く、マユは僕の名前を考えながらぐるぐると僕の周りを歩き回った。ああでもない、こうでもないと言って、一生懸命頭を悩ませている。

 すると、ふとマユと僕の目があった瞬間――急に、真剣な眼差しのマユが近づいてきた。

 そして、僕の肩を両手で掴むと、目を覗き込んできたんだ。



「綺麗ね」

「な、なにが?」

「綺麗な金色。まるで、空に浮かぶお月さまみたい」



 マユはそういうと、にっこりと笑って「決めた!」と両手を打った。

 そして大きな月が浮かぶ空を指差して言った。



「あなたはユエ! おっきくてまんまるのお月さま――(ユエ)

 ……どうかしら」



 そう言うと、自信が無いのか途端に不安そうに眉を下げて僕を見た。



「へえ、いい名じゃないか。マユ」

「……そ、そうかしら……」

「ふむ。……我も、いい名だと思う」



 フェル、マユ。そして、長がそう言うと、じん、と胸の奥が温かくなってきて、顔が知らないうちに緩んだ。

 僕はなんだか照れくさくなってしまって、皆に背を向けた。

 そして、空に浮かぶ大きな月を眺めた。

 大きな月は優しい白い光を地上に注いで、僕を静かに見下ろしていた。



「……ユエ」



 ――その瞬間から、僕は(ユエ)になった。

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