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【書籍化】異世界おもてなしご飯〜巻き込まれおさんどんライフ〜  作者: 忍丸
秋編

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湖の国と、不思議な桃のコンポート 前編

「茜! 森をもうすぐ抜けるよ! 早く、早く!」



 竜なのだから自由に空を飛べるはずなのに、ユエは徒歩の私たちにわざわざ付き合って歩いていた。

 わざと足元の落ち葉を蹴散らしながら歩き、片手に木の枝を持って楽しそうに私たちを先導している。

 その後を荷物が満載された荷馬車がぽくぽくと蹄の音を鳴らしながら続く。

 少し遅れて歩いていた私は、無邪気なその姿を微笑ましく思いながらもユエの後を追った。


 私たちの目的地は、古の森を突っ切っている街道の行き着く先。

 薄暗い森を抜けた――柔らかな光で満ちている場所だ。


 秋の森の風景に飽き始めていた私は、ユエの言葉につられて歩みを早める。

 落ち葉でさくさくと軽い音を立てていた地面が、柔らかな下草の生えそろっている道に変わった頃。

 私の視界が一気にひらけた。



「うわあ……!!!!」



 私の目の前に広がったのは、どこまでも続く草原。

 足首ほどまでしかない短い丈の草が、風にそよいでいる。草原のあちこちには、小さな花々が群れるように咲いていて、風が吹く度に、ちらちらと緑色の草の隙間から鮮やかな花の色が垣間見えた。


 森の中に居たときは土の香りでいっぱいだった鼻腔は、草原の爽やかな青々とした香りに置き換わり、なんとも爽快な気分だ。

 私が思わず深呼吸をしていると、ジェイドさんが私の隣に立った。



「茜。みてごらんよ。あそこが俺たちの目的地――湖上都市レイクハルトだよ」



 ジェイドさんは私の肩に手を乗せて姿勢を低くし、視線の高さを合わせた。そして、遠くまで続く草原のはるか向こうを指差す。

 ジェイドさんの指差した先、地平線のあたりが、なにやらきらきらと光っている。

 ――湖上都市。つまりは、あれは湖なのだろうか。



「湖の上にある街なんですか?」

「そうだよ。あの街はとても美しいことで知られているんだ。……楽しみだね」



 そう言って、ジェイドさんは優しく微笑んだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 荷物を今までお世話になっていた荷馬車から下ろして、大鷲たちの大きさを元のサイズへと戻すと荷物を乗せ換えた。ここからはリリに乗って、空を飛んでいくことになる。

 私がジェイドさんと一緒にリリの鞍に跨ると、ユエがぷくっと頬を膨らませた。



「そんな鳥よりも、僕に乗りなよ」

「……嫌です」

「絶対に僕のほうが速いよ?」

「そういう問題ではないんです!」



 ……紅葉狩りからの帰り道、振り落とされそうになったことを私は忘れていないんだからね!


 なおもぶつくさ文句を言っているユエを無視して、私たちはリリに乗って空高く舞い上がった。


 風に乗り上空まで昇ると、テスラの隣国、レイクハルト擁するエスクエルという国の全体がよく見渡せた。

 はるか遠くに、高く聳える山脈が見える。ここもテスラのように盆地なのだろう。遠くに見える山脈以外は真っ平らな地形だ。

 森林に覆われていたテスラとは違って、その平らな場所は一面草原で、大河が国土を横断するように流れていた。森などの木が密集している場所は一切なく、遠くまで見通せるのが不思議な感じがする。


 その草原の至る所には、沢山の湖が点在していた。

 場所によっては小さな湖が集まっているところもあり、まるで湿地帯のようだ。

 そこには沢山の水鳥が羽を休めていた。白い鳥、桃色の鳥、色々な種類の鳥が優雅に湖の上を滑るように泳いでいる。何かのきっかけで一羽の鳥が飛び立つと、つられて一斉に沢山の鳥が飛び立つ様は、なんとも壮観だ。ジェイドさんが「美しい」と言った意味がわかったような気がする。



「ジェイドさん! あれですか! レイクハルトって……!」

「そうだよ、あの湖の上に建っているのがそれだ」



 私はたくさんある湖の中で、一番大きな湖の真ん中に聳え立つ建物をみた。

 西洋風の建物が、湖の中に浮かぶ小島に密集するようにして建っている。モン・サン・ミッシェルと言ったらわかりやすいだろうか。モン・サン・ミッシェルは、海の上に浮かぶ小島だけれども、こちらは湖の上にあるおかげで、凪いでいる湖の上に、くっきりと島が写り込んでいた。


 ……ああ、なんて綺麗なんだろう!


 鏡のような湖の湖面に映る島の姿は、まるで絵画のようだ。

 ――私にカメラの趣味があればなあ。

 異世界に来て美しい景色を見るたびに、つくづくそう思う。


 私はレイクハルトから湖へと視線を動かした。

 湖の中に浮かぶ都市も美しいけれども、都市を取り巻く湖も見ごたえがある。

 淡いエメラルドグリーンの湖は、光のあたり具合で青にも深緑にも見えた。恐ろしいほど透明度が高いお陰で、その美しい色彩の水底に転がる石まで上空から見ることができた。きらきらと太陽の光を反射しているのは、群れを成している魚達だ。ゆらりと群れで湖の中を飛ぶように泳ぎ回る小魚たちを狙って大きな魚が身を潜めているのが、上空からは丸見えなのがなんとも可笑しい。美しいだけでなく、そこに息づく生命たちの息吹すらも感じられる雄大な風景に、私は思わず見惚れてしまった。


 ――湖を眺めていると、不思議なものが視界に飛び込んできた。

 湖の中には、広範囲に渡って朽ちた建物が沈んでいた。

 幾つかの建物は、一定の距離を保って規則正しく並んでいる。元々は街だったのだろうか。けれども見るからに建物の様式が古めかしい。……遺跡のようにも見える。



「レイクハルトは、古代都市の上に建てられているんだよ。だから、あれは過去の遺産――話によると、はるか昔、数千年も前の遺跡らしい――」

「そうだよ! 長が言っていたよ。昔、湖に沈んでしまったヒトの都市があるって」

「歴史ある都市なんですねえ……」



 私がレイクハルトの歴史に感心していると、湖に沈む遺跡の瓦礫の影から、上空から見てもわかるほど恐ろしく大きな魚影がゆらりと姿を現し、身体をくねらせているのが見えた。


 美しい湖上都市、歴史ある遺跡、恐ろしげな巨大魚。

 その光景はなんとも魅力的で、不思議で、幻想的で――これから待ち受けるのだろう新しい出会いや、まだ見ぬ異世界の風景を想像させてくれ、嫌でも私の中の期待が高まった。


 やがてリリの高度が段々と下がってきた。

 どうやらもうすぐ着地の体勢に入るらしい。

 湖に浮かぶレイクハルトは、対岸から島に向かって長い橋が架けられていた。沢山の人と荷馬車が行き交っていて、結構な活気がある。私は上空からそこを通っている人たちを眺めていたけれども、その中に見慣れた姿を見つけた。

 白いローブに褐色の肌。……マルタだ。

 その隣にはダージルさんが立っていて、私達の姿を見つけて大きく手を振っていた。


 私も彼らに手を振り返すと、何やらマルタが叫んでいるのに気がついた。

 上空にいるからか、中々聞き取れない。リリが気を遣ってくれたのか、ゆっくりとマルタの方へと向かって降りていった。そして、マルタの声が漸く聞こえる場所まできたとき――耳に飛び込んできたその言葉の内容に、私は思わず息を飲んだ。



「茜! 聖女様が……! 聖女様が倒れたの!」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 湖上都市、レイクハルトはエスクエル国の有力貴族が収める都市だ。

 石造りの中世ヨーロッパのような街並みが続くこの島の、領主の館に妹はいた。

 領主の館は、建物がひしめきあって建っているレイクハルトの一番上、湖上都市の天辺に位置する。

 私は挨拶もそこそこに、館の使用人の後に続いて、こつこつと硬い石の床を急ぎ足で進んでいた。


 ――あの時、マルタの言葉を聞いて大いに動揺した私は、頭が真っ白になってしまって、何も考えずにリリから転げ落ちるようにして飛び降りた。

 びっくりしたのは、周囲の人間だ。マルタなんかは悲鳴をあげていたし、ジェイドさんは真っ青になっていた。

 流石、騎士団長といったところだろうか。ダージルさんだけは冷静に落下予想地点へと回り込んで、私を受け止めてくれた。

 そのあと、しこたま怒られたけどね。

 だって、あまり高いように見えなかったから、いけると思ってしまったんだもの……。

 実際はかなり高かったらしい。


 ……ああ、ダージルさんと比べるわけではないけれども、ユエの反応も予想外のものだった。

 ユエは私が飛び降りた瞬間、遊んでいると思ったのか、自分も人化して楽しそうに地面へ向けて落下していったのだ。その後、空中でまるで曲芸のように何度か回転した上で、ぴたりと着地していたけれど。


 皆が青ざめている中、「あははははは!」とひとりだけ大笑いしている姿はなんとも異様だった。

 ……竜の価値観って、随分と人間とはちがうのだなあと実感した。


 そのあとお説教と詳しい事情、妹の容態を聞きながら領主の館へと向かったのだけれども、明らかになっていく「妹が倒れた原因」を聞くにつれ、頭が痛くなってきた。

 そして、長い長い領主の館の廊下を歩き続け――私は漸く妹が休んでいる部屋に辿り着き、妹と対面することが出来たのだ。


 妹の寝かされていた部屋は、流石領主の館というか、それなりに豪華な部屋だった。

 調度品も質の良さそうなもので揃えられていて、ベッドには天蓋までついている。

 その豪華なベッドの上で横になりながら、妹は非常に気まずそうな顔で私を待っていた。



「……へへ、おねえちゃん。ジェイドさんも! 来てくれたんだね。ありがとう……」

「ひより、具合はどう?」

「うーん。寒気がしたり、熱かったり。なんだか身体が忙しいよ」

「聖女様、新しいタオルをお持ちしましたから……」

「あー。ジェイドさん、ありがとう〜」



 妹の額のタオルを新しいものに替えながら、私は呆れ顔で、顔を熱で真っ赤にしてベッドの上で横たわっている妹を眺めた。

 妹はちょっぴり恥ずかしそうに、顔を布団に半分隠してこちらを見ていた。



「……で、湖に飛び込んだんだって?」



 私はじっとりとした目で妹を見た。すると、妹は気まずそうに私から視線を反らしてしまった。



「いやあ、なんていうか……。それより! ねえ、聞いてよ! おねえちゃん。

 この国の邪気の噴出地、滅茶苦茶スムーズに浄化し終わってさ。ばっさばっさ敵をなぎ倒して、ぐわーっと浄化しまくって! なんと予定の半分の時間で終わってね!? しかも、被害も最小限で食い止められたんだよ!」



 妹はベッドに寝そべったまま、大げさな手振りで敵をなぎ倒す様子を再現した。昔のカンフー映画を思わせるその仕草は、熱を出している人がしていい行為ではない。

 私は、妹の腕を掴むと、そっと布団の中へと戻した。



「……それは良かったね。で、それと湖に飛び込んだのとはなんの関係が?」

「…………浄化の達成感に酔いしれていた時、ふと、湖の底を覗き込んだんだよ。すると、そこには!!!!」

「そこには?」

「おっきなうなぎが……!!!!!」

「はあ?」



 その時の感動が蘇ったのか、妹は瞳を煌めかせてうっとりと遠くを見た。



「もう、蒲焼きの味が口いっぱいに広がったよね……」

「ちょっと、ひより! 馬鹿すぎない!?」

「でも、ちゃんと捕まえたよ! 凄いでしょう!」

「そうじゃない!」

「うなぎだよ……!? 

 おねえちゃん、高級食材が私を食べてと誘っていたんだよ……? 飛び込むでしょうよ、漢なら!」

「あんたはいつ性転換したの」



 ……ああ、デジャヴ。なんだか春先もこんなことがあったような気がする。

 私は大きくため息を吐くと、ジェイドさんに「困った聖女様ですね」と話を振った。

 すると、ジェイドさんは非常に複雑そうな顔をした。



「……最近、似たような事があったような気がするよね」

「お? ……はっ……!」



 その時、私の頭のなかに、カクロクの実がばばーんと浮かんできて、思わず顔が引き攣った。


 ……に、似たもの姉妹……! 迷惑度を考えると笑えない……!


 頭を抱えたかったけれど、病人の前で大騒ぎしても仕方がない。

 心のなかのもやもやを押さえ込みつつも、妹に目を遣ると、私が来たときよりも更に熱が上がってきたのか頬が真っ赤になっていた。しかも、これだけ体温が高いのに、妹は布団を被って震えている。

 もしかして、また熱が上がるのかもしれない。



「……食べたいものはある?」

「うーん。食欲あんまりないけど。たまごのおかゆと……桃缶」

「桃缶かあ……」

「持ってきてないよね? 言ってみただけ。おかゆでいいよ……」



 そういうと、妹はぐったりとして目を瞑った。暫く様子を見ていると、寝息が聞こえてきた。どうやら眠ったらしい。

 私は妹を起こさないように静かに椅子から立ち上がると、妹の額に乗せていたタオルを取り替えて、そっと部屋を後にした。すると、廊下でユエが待っていてくれていた。



「……聖女は?」

「眠ったみたい。……あの、ユエ、ジェイドさん。聞いてもいいですか?

 桃……うーん、桃色の皮で柔らかくて、果汁たっぷりの果実……こう、ハートを逆にしたみたいな形をしたものって、知りませんか? ああ、でも見た目が違う可能性もあるのか……しかも、桃は夏頃の果物ですもんね……」

「……それで、どうしたの?」

「ひよりが、その桃を煮たものが食べたいって言っていて」



 ……どうにか手に入らないものだろうか。

 今まで鑑定してきた果物の中には、桃らしきものは見つけられなかった。それに、異世界の食材は不思議と日本と旬が同じようなものが多い。だから、きっと桃相当の果物も、夏頃でないと手に入らないに違いない。

 頭のなかに、ふとティルカさんの顔が思い浮かんだ。……彼ならば、何か知っていたかもしれないけれど、いないものは仕方がない。

 私は取り敢えずおかゆを用意しようと、その場から移動しようとして……何故かユエに腕を捕まれた。



「それって、ふんわり触ると柔らかくて、表面に毛が生えてるやつ?」

「…………! ユエ、知ってるんですか!」



 ユエは私が食いつくと、にっこりと笑顔を浮かべて掴んでいた手を腕から放し、私の手のひらをぎゅっと握った。

 どうして手を握ってきたのかが解らなくて、自分の手とユエを交互にみていると、急にユエがくるりと踵を返して廊下を走り出した。勿論、ユエに手をつながれていた私も一緒に走り出すことになる。



「……ちょ、ユエッ!?」


 

 ユエは私がいくら呼びかけても止まろうとはしなかった。

 ユエの手はがっしりと私の手を掴んでいて解けそうにない。しかもユエの足は物凄く早くて、私は引きずられないようにするだけで精一杯だ。


 ……だってこの竜、私が転んだら、絶対にそれに気付かずにどこまでも引きずりそうだもの……!!!!

 しかもそのせいで怪我をしても、薬を塗れば治るからいいだろとかいって、罪悪感ゼロなことを(のたま)いそうだもの――!!!


 ユエの手に掴まれたまま、まるで旗かなにかのように血まみれでなびく自分を想像してぞっとする。

 すると、背後から「待て!」と、ジェイドさんの焦った声と足音が聞こえた。



「……ッ! ジェイドさ……」

「茜ー。飛ぶよ!」



 ジェイドさんの名前を呼ぼうとしたその時。

 ユエののんびりとした声が聞こえたかと思うと、廊下の開きっぱなしの窓にユエが脚を掛けたのが見えた。途轍もなく嫌な予感がする。


 ……ちょ、まっ、まさか……!!!!



「ユエ! やめて――!!!」

「とうっ!」



 次の瞬間。ユエはその窓から身体を宙に踊らせた。

 そして、体全体に力を漲らせると、あっという間に竜へと変化した。

 ……竜の大きな鉤爪で、私を鷲掴みにしたまま。

 まるで、猛禽類が獲物を運ぶような格好で。


 ……私は、それから暫く、優雅な空の散歩を満喫することになった。

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