暮れゆく季節と、紅葉弁当1
冒頭三人称がはいります。
はらり、はらはらと落ち葉が舞い散る森の中。
極彩色に彩られた森の中は、ひんやりと湿っていて、森に満ちている風の中には多量の土の匂いが含まれている。冬支度も今が最盛期。寒さに凍えないように地面にふかふかの布団を着せようと、せっせと落ち葉を降らせる広葉樹。赤い果実を実らせて、鳥や小動物を誘う木もあれば、その木の上でもう頬袋はいっぱいだというのに、まだ詰め込もうと苦労している栗鼠もいる。小鳥は自分の巣に木の枝を運び込み、枝の間に羽を織り込み、防寒対策に真剣だ。秋の森は来る冬に備えて、沢山の命が忙しそうに動き回っている。
春が生命が芽吹く時期なのであれば、秋は生命が終わりを迎える時期とも言える。
せっせと厳しい冬を越すために準備を整える命がいる一方で、夏から秋にかけて卵を産み付け、次代へと命を繋いだ後、自らの命を散らすものも少なくない。
新緑が眩しい春を迎えることなく、死を待つばかりのその命は、夏の暑さを押しのけて秋の冷たい風が吹き込んできたときに、どう感じるのだろうか。
己の寿命が残りわずかだと知って、命を次代へ繋がねば、と使命に燃えるのだろうか。
それとも変わっていく景色を眺めて、淡々と日々を過ごすのだろうか。
それとも――人知れず、絶望するのだろうか。
命を散らすものたちの多くは本能に従って生きる有象無象たちだ。そんな彼らに、人間らしい感情の機微を求めるというのは酷なのだろう。
けれども、彼らに人間らしい感情があったのならば。
彼らにとって、秋という季節はどういう季節なのだろうか。
そんな秋色に染まった森の中に、一際目立つ高台があった。
高台からは辺りの広葉樹の森だけでなく、遠くテスラの針葉樹林を望むこともでき、そこから見える景色は絶景といえた。
けれどもその高台の周囲は切り立った崖となっていて、翼でも無い限りその頂上には辿り着けそうにない。
しかし、今日その場所にはふたつの影があった。
「友よ、美味しいなあ」
「ああ、友よ。この飯は美味いが、お前と共にいると思うと、もっと美味いな」
「……嬉しいことを言ってくれるじゃないか。君と一緒に食べられてよかった」
「そうか」
ふたつの影のひとつは、小山と言ってもいいほど巨大な竜。岩と見間違えるようなごつごつとした鱗には、沢山の草花、それにたっぷりの苔が付着していた。
その竜は、大きな口を開いて長い舌を器用に伸ばし、ぺろりと鍋に入った料理を平らげ、満足そうに目を細めた。
そのそばにあるもう一つの影。それは巨大な竜に比べると、とても小さく見えるヒト族――それも、耳長の古の民だった。
年老いたエルフは、敷物に座って噛みしめるように取り皿に乗せた料理を食べている。ひとくち頬張る度に、その味に感動し、頬をほころばせていた。
彼らの側には、四角い箱に入った料理が並んでいる。尤も、それはエルフのためのものであって、竜の分の料理は、大きな鍋に入れられて地面に並んでいた。
「それにしても、この弁当とかいう箱はいいねえ。いい景色を見ながら、美味しい料理をこんなところで食べられる。いいものだね」
「あのヒトの子には驚かされる。食べたことのない料理ばかりというのもあるが、その箱の中身のなんとも色鮮やかなことよ。
竜である我には、いままで食べ物をそのように美しく飾る必要は一切感じられなかったが……これもいいものだ」
「新しい発見だね」
「まったくだ」
ひとりと一匹はそういって笑いあった。
――その弁当の中身は色彩豊かだ。
茸がたっぷりと入った炊き込みご飯。そのご飯の上には、金色の栗が所々彩りを添えるように置かれていた。
濃い目の出汁がたっぷりと入れられた、だし巻き卵。
柔らかく煮られた里芋と椎茸と人参、鶏肉。その上には飾りとして青もみじがそっと添えられていた。
そして、最後に串に刺さった銀杏。
秋の森と同じ色彩の、金と赤、茶、緑のそれらが、四角い箱の中に綺麗に収まって、食べられるのを今か今かと待っている。
銀色の水筒から、温かいお茶を注いだエルフは、遠くの景色を眺めて目を細めた。
「こうやって、紅葉を愛でることを紅葉狩りって言うんだってね」
「紅葉狩りか」
「うん。紅葉狩り。毎年森の葉の色が変わるのは知ってはいたけどね。それを目にすることもあったけれど、それ自体は当たり前過ぎて――……愛でるという感覚は、私には無かった。これも新しい発見だねえ」
「ふむ、この歳でいくつもの新しいものと出会えるとは」
「確かに、この歳でというのは珍しい」
エルフはぐっと身体を伸ばすと、竜の近くへ移動して寄りかかった。そして、気持ちよさそうに目を瞑った。
竜も大きな青い瞳を細めていて、どこかしら嬉しそうに見えた。
秋の日差しはとても心地が良い。竜は、このままエルフが眠ってしまうのかと見守っていたが、エルフは目を瞑ったまま、ぽつりと呟いた。
「――今日、この日。ここに来てよかったよ。友よ」
「それはよかったな、友よ」
「僕の最期に相応しいのは、やっぱりここだ。……ほんとうに、来てよかった」
「………………そうか」
その時、ひゅう、と冷たい風が高台を撫でた。
鼻の奥がつん、とするくらいの冷たいその風は、高台にいるふたりの体も包み込み、秋が更に深まっていく気配とともに、徐々に近づいてくる冬の訪れを予感させるものだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝、目が覚めると、空気が昨日よりひんやりしているのに気がついた。
――朝だから、冷えているのかな?
私はそっとベッドから足を降ろした。革靴に裸足のまま足をつっこんで、そっと窓辺に近づくと、青色のカーテンをめくって外を見た。
すると大量の霧が外に立ち込めていた。
留め金を外して、窓を開ける。蝶番が、ギィ、と錆びた音を上げた。
「まっしろ」
思わずそう呟く。
白く濃い霧は、もやもやと辺りを漂っていて、すぐそこにあるはずの廃墟すら見えない。
鼻先にしっとりとした冷たい霧が触れた。
この霧は、ユエと出会った時の霧と同じものなのだろうか。
――騎士たちは、大丈夫かな。
私は、外の野営で一晩過ごした筈の騎士たちが心配になった。
私が滞在している家には部屋数が足りなかったので、この家には私とジェイドさんとリリ、後は女性の騎士しか滞在していない。
そっと窓を閉めて、部屋の隅に置いておいた荷物に駆け寄った。
急いで着替えて、手鏡を取り出して身だしなみを整える。
そして、寝室のドアを開けると――玄関のほうから歩いてきたジェイドさんと行き会った。
「おはよう、茜」
「おはようございます。ジェイドさん、外が霧で真っ白なんですけれど」
「ああ。今、野営を確認してきたよ。特に問題はないようだ。ここに来た時の霧のような、人間を惑わせるような類の霧ではなくて、本当に普通の霧のようだよ」
「……そうですか。なら、よかった」
私がそういうと、ジェイドさんは少し困ったような顔をした。
「それなんだけどね……この霧じゃあ、もしかしたら今日出発出来ないかもしれない」
「もう一泊ここに泊まるということですか?」
「そうなるね。昼までにこの霧が晴れなければ、ここにとどまることになると思う。覚悟しておいてほしい」
「……わかりました。どうするか、決まったら教えてください」
「ああ」
ジェイドさんはそういうと、居間に向かって足を向けた。
私はジェイドさんとは逆方向の玄関へと向かった。玄関の扉の前へ特別に設えた止まり木に、リリが居るはずなのだ。
駆け足で玄関へ向かうと、リリは私が来たことに気がついて、こちらへと視線を向けた。
『……小娘。外へはひとりででるなよ』
「わかってるよ。リリ。身体の具合はどう?」
『何度もしつこいぞ、小娘。もうなんともないと言っているだろう』
「でも、昨日の今日だからね……。逆に、霧で出発出来ないほうが、リリの身体にはいいかもしれないね」
『……人の心配をする暇があったら、自分の身体のことを考えろ。お前も、昨日大量に出血したはずだ』
「うん? ……ああ、そうだったね! そういえばそうだった!」
『忘れてたのか、阿呆め。……ぬ。小娘、扉から離れろ!』
話をしている最中に、急にリリが叫んだので、私は驚いて扉から飛び退った。
……なに!?
何かが扉の向こうで動いている気配がする。
騎士の誰かだろうか。けれども、騎士の誰かなのであれば、リリがこれほど警戒する理由がみつからない。
木製の古びた扉が、鈍い音をたてながらゆっくりと開いていく。
それを私とリリは固唾を呑んで見守った。
すると、扉を開けて現れたのは、尖った耳を持った――白髪交じりの優しげな老人だった。
「――おや、お客さんかな」
――あれ?
その老人を見た瞬間、私はどこか不思議な感覚を覚えた。
紅い瞳が印象的な老人は、ぱっぱと旅装に着いた埃を手で払うと、背筋をしゃんと伸ばしてこちらへと身体を向けた。
髪の色は白髪交じりの黄土色。柔らかそうな髪質のそれを、三つ編みに結っている。
丸く小さな眼鏡を鼻に引っ掛け、その眼鏡の縁からは銀の鎖が垂れていた。
何よりもその尖った耳。つん、と空に向かっている耳は、エルフと言われる種族の特徴と一致する。
そして、その耳からは幾何学模様の描かれた、綺麗な耳飾りが下がっていた。
「……お邪魔しています。あの、こちらの家の持ち主ですか?」
「いいや。この家は、私の弟の持ち物だよ。私の家はもう無いからね……おい!」
「……なんだい、兄さん」
その老人が後ろに声をかけると、彼の後ろからひょっこりと見慣れたきつね顔が覗いた。
「あれまあ。お嬢さん。どうしてここに」
「……薬草売りさんも。ここってやっぱり」
老人の後ろから顔を出したのは――ジルベルタ王国でいつもお世話になっている、薬草売りだった。




