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古きものが住まう場所、思い出のクリームシチュー6

 クリームシチューの具材を炒めるときは、ごくごく弱火で焦がさないようにしなければならない。

 焦がしてしまうと、真っ白なシチューにならないので、ここは慎重に。

 はじめにバターを使って玉ねぎを炒める。

 とろとろになってきたら鍋から取り出して、同じ鍋に塩コショウで下味をつけた鶏肉を投入。

 これも、さっと色が変わるくらいで、焦がさないように気をつけて炒める。鶏肉は一旦火を通すことで、旨みをぎゅっと閉じ込めるのだ。

 鶏肉も火が通ったら、一旦取り出して、他の野菜と茸も炒めておく。ここでローリエも忘れずに数枚入れておく。全体的にさっと火が通ったら、野菜の入った鍋に、ひたひたになるくらいに水を入れて、コンソメキューブと一緒に、じっくりことこと煮込んでいく。



「ジェイドさん、沸騰してきたら鶏肉を入れてくれますか? あと、アクが出てくると思うので」

「わかったよ。掬えばいいんだね?」

「はい! おねがいしますね」



 お鍋はジェイドさんに任せて、私はホワイトソース作りだ。



「まだ、お鍋の中身が透明でさらさらだよ? 本当に、ドロドロしたやつになるの?」

「これから、ドロドロになる元を作っていくんですよ」

「へえー」



 ホワイトソースを作るのに必要なのは、バターに小麦粉に冷やした牛乳。

 炒めたたまねぎと一緒に作るとだまにならないというけれど、それは間違いだ。

 玉ねぎから出る水分が小麦粉に反応してグルテンへと変わる。それがだまの元になるので、玉ねぎはいれないほうがだまになりにくい。

 私は温めたフライパンにバターを入れて、バターが溶けたら小麦粉を入れた。

 このときもごくごく弱火だ。バターが焦げたら元も子もない。

 木べらで優しく混ぜながら、バターと小麦粉をなじませる。

 粉っぽさがなくなって、どろりとしてきたら、火からフライパンを下ろしてから、冷たい牛乳を注ぐ。

 このときに、泡立て器でガシャガシャ混ぜると楽ちんだ。充分にかき混ぜたら、火にかける。ポイントは温める前に混ぜてしまうこと。そして、弱火に掛けてゆっくりと温度を上げていくことだ。

 こうすることで、均一にとろみがついて、失敗しないホワイトソースが出来るのだ。

 フライパンの端からふつふつと泡が沸いてきて、徐々に温度が上がってくると段々ととろみがついてきた。

 木べらでちょっと掬ってみて、とろりと下に滴り落ちたら完成だ。



「わあ。とろとろだね」

「これを、そっちの鍋にいれて煮込むんですよ」

「へえ……っう。味がしない」

「ユエ、これから味をつけるんですよ……それに、味見するなら手を洗ってからにしてください!」

「竜の手はね、不思議と綺麗なんだよ……」

「嘘だ!」

「……ばれた!」



 そんな会話をしながら、私はジェイドさんに任せたお鍋のほうを確認した。

 深めの鍋に入った具材は柔らかく煮えている。

 そこに、あらかじめとろとろになるまで炒めておいた玉ねぎを投入して、ホワイトソースも入れた。

 そして、またとろみがつくまで煮込んでいく。



「あとは、テスラで買ったチーズを削って入れて、塩コショウで味付けをして完成ですよ」

「チーズも入るのかい? それは美味しそうだ」

「へえ! チーズ! 僕、久しぶりだよ!」

「ユエはチーズはあまり食べないんですか? なら、摘むぶんも用意しましょうか」

「こんな森の奥に引きこもってるんだもの。ヒトの作る加工品なんて、滅多に食べれないよ。嬉しい! 茜、大好き!」

「ちょっと、ユエ。茜から離れようか」



 またなにやら男どもで揉め始めたけれども、私は放っておいて、テスラ産のハードタイプのチーズをおろし器で削った。粉チーズを少し入れるだけで、クリームシチューは随分と味に深みが出る。ただし、チーズを入れた瞬間に急にとろみが増すので、焦がさないように注意が必要だ。

 後は塩コショウ。少し味見をして――……。



「これで完成!」



 真っ白でとろっとろの鶏肉と茸のクリームシチュー! これに、旅の携帯食として持ち歩いている保存が効くパンを浸して食べる。肌寒い秋には、ぴったりの一品だ。

 今日は騎士たちのぶんも作ったから、大きな鍋いっぱいに作った。

 ……気に入ってくれれば嬉しいなあと思う。



「ねえ、ユエ。これって、長様も食べられますか?」

「もちろんさ! 長も、きっと気にいると思うよ」

「本当!? じゃあ、あとで持っていきましょう」

「あ、僕も行くからね!」

「あー……。そのまえに、自分たちのぶんを食べてからでもいいですか。長様に辿り着く前に、お腹空いて死にそう……」



 ――ぐう、と私のお腹が空腹を訴えている。

 古龍のもとへは、急いで行っても片道30分はかかる。正直、耐えられそうにない。



「まあ、いいんじゃない?長は、基本的には毎食食べなくてもいいみたいだから、茜みたいにお腹が空いたって騒がないさ」

「まるで、私が我慢が足りないような言い方じゃないですか……」

「え?じゃあ、我慢できるんだー……ふうん」

「無理です」



 私はきっぱりとユエに言い切ると、戸棚から皿を取り出した。

 皿を流し台で洗い始めると、ユエも手伝ってくれた。



「……僕は、長と違ってまだ若いからね! 茜と一緒で、お腹もすくし、毎食食べないといけないけど! ……ね? 茜と一緒だろ?」

「それはフォローのつもりですかね」

「ふぉろーってなんだかわからないけど、多分そう」

「ユエ……」

「ほら、ふたりとも話してないで準備をすすめるよ! 茜、俺はシチューを鍋ごと野営の方に持っていくからね」

「あ、はーい! お皿、洗い終わったら持っていきますから」

「任せたよ」



 バタバタと慌ただしく準備を進めているうちに、全てが完了した頃には外は薄闇に包まれて、虫達は気持ちよさそうに、夜の訪れを祝う曲を盛大に奏で始めていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 料理をした家から、少し離れた騎士たちの野営。

 そこに大きなお鍋と皿を運んで、みんなで食べることにした。


 ――異世界での初めての旅。旅に出てから何度焚き火をしたことだろう。

 その度に、昔、家族で海辺でキャンプをしたことを思い出す。

 焚き火を囲んで、お母さんと一緒に作ったご飯を食べて笑いあったことが、まるで昨日のことのように思い出される。ここは海辺でもないし、更には日本ですらないのだけれど、世界が違っても人というものは自然に火の周りに集まるものなのだなあと思うと、とても不思議だ。


 焚き火の周りに、椅子代わりの丸太を並べて、騎士たちと食事の準備を進めた。

 赤々と燃えている焚き火の光を反射して、騎士たちの鎧がきらきらと輝いていて眩しい。

 彼らは、私が料理を持っていくと、非常に恐縮した様子でお礼を言ってくれた。

 旅の一団にはこの旅で初めて私の護衛を務めてくれている人もいるのだけれど、みんな揃って私に丁寧な態度でいてくれている。時折、恐縮されすぎて、困ってしまうくらいだ。


 彼らには今回のことで随分と迷惑と心配を掛けたに違いない。

 私は感謝の気持ちを込めて、たっぷりつくったクリームシチューを深皿に盛ると、ひとりひとりに手渡していった。

 その中のひとりの騎士が、嬉しそうに目を細めた。



「……おお、鶏のクリーム煮ですか?それにしては、汁気が多い気がしますが」

「異界では、クリームシチューといいます。小麦粉でとろみをつけた、牛乳のスープ……の様な料理なのですが」

「なるほど。私の故郷の料理に似ていますね……異界の料理なのに、なんだか懐かしい感じがして不思議です」

「そうですか。お口に合えばいいのですが」

「楽しみです。ありがとうございます、茜様」



 その騎士は、目尻に皺を作って優しげに微笑んだ。

 全員に配り終えると、私も自分のぶんを確保して席についた。



「じゃあ、いただきましょう」



 私がそう声をかけると、みんな笑顔でクリームシチューにスプーンを差し込んだ。



「……! 美味しいですなあ……!」

「これは、温まる。外で食べるのには、いいですね」

「具だくさんだから、食べごたえがあっていいですね……!」



 騎士たちは、みんな笑って、ぱくぱくと食べている。どうやら好評のようだ。

 私はほっと胸を撫で下ろしながら、スプーンをそっとシチューへと潜らせた。

 とろりとした白濁したスープからスプーンを持ち上げると、大きめの具材が顔を見せた。

 ひと口大に切った鶏肉を口に運ぶと、ほろりと解れ、もっちりとした噛みごたえ。

 じゅわっと染みてくる鶏の旨みを感じながら、とろとろのスープも飲み込むと、牛乳のまろやかさ、チーズのコクの中に、野菜の旨みが染み出している。何より、ユエが持ってきてくれた茸の風味が堪らない!

 甘い野菜の風味の奥に、そっと控え目に隠れている茸の味のお陰で、驚くほど味に深みが増していた。



「……ほふっ」



 ほこほこ熱々のじゃがいもを息で冷ましながら食べれば、これまたしっかりと味が染みている。

 一緒に口に入り込んだ茸は、くったりとしているけれど、噛みしめるとなんとも良い歯ざわりだ。

 ……見た目もしめじだとおもったけれど、味もしめじっぽい。これは、こちらの世界でいう鮭相当の魚、ドラットと一緒に食べたらきっと美味しいやつだ。


 お皿からパンをひとつとる。

 長期保存がきくという、どっしりとした黒パンはしっかりした手応えで、千切るのも苦労する。

 ……このパンは何度か食べたけれども、いつ食べても顎が疲れるくらいの噛みごたえがある。こちらの世界のひとたちは、このパン単品で食べるとあまり美味しくないので、いつも温かい飲み物かスープに浸して食べるのだ。そう、このパンは汁物に漬けると姿を一変させる。侮りがたい保存食なのだ。


 これを、シチューにつけると……。

 ……ごくり。

 その味を想像してしまって、私は思わず唾を飲み込むと、指先でパンを思い切り千切った。

 やっとひとくち分を確保すると、それをたっぷりとシチューの中へと沈めた。

 ずぶ、と沈んだ黒いパンに、真っ白なシチューが染み込む。

 それを指先でそっと持ち上げて、シチューが垂れる前に口へ運んだ。

 ……うわあああ! 美味しい!

 野外で食べているせいかひんやりしているパンに、温かなシチューが染みると、硬かったパンがとろとろに解れた。それが口に入ると、舌の上を優しく蹂躙して、パンの甘さとシチューのまろやかさが、まったりと口の中に広がった。思わず目を瞑る。

 ああ、やっぱりこのパンとシチューの相性は最高だ!



「このパンと食べると、抜群に美味しいね……!」



 ジェイドさんも、パンを口いっぱいに頬張って美味しそうに食べてくれていた。



「そうでしょう、そうでしょう。ご飯でも良いんですけどね! シチューにはパンが合いますよねえ……」

「ご飯……これに?」



 ジェイドさんは、シチューを見つめて首を傾げた。

 シチューの食べ方は人それぞれ好みがでるからねえ……。



「普通にカレーみたいに、ご飯にかける人もいるみたいですけどね。私的には、ご飯とシチューならグラタン皿にご飯を敷いて、その上にシチューを掛けて、更にチーズを乗せて焼く! ドリアもどきが結構イケると思います」

「ドリア…………」



 ジェイドさんは、私の話を聞くと真剣な目でこちらをみた。

 なんだかそれが面白くなってしまった私は、調子に乗って話を続けた。



「角食に穴を掘って、そのなかにシチューを流し込んで焼くトーストグラタンもいいですね?」

「…………茜…………」



 私が追い打ちをかけると、ジェイドさんは切なそうな顔をして私を見つめた。

 あ、なんだかかわいそうになってきたかもしれない……。



「……わかってますよ! 冬になったらシチューはよく作りますし。期待していてくれていいですよ」

「今から楽しみだな」



 そういうと、ジェイドさんは嬉しそうに顔をほころばせた。

 意地悪をしてしまった私は、ちょっとした罪悪感と、ジェイドさんのその表情に今更ながらときめいてしまって、思わず目をそらしてしまった。

 ……すると、ユエがなんとも言えない微妙な顔で、手元のシチューをみつめているのを見つけてしまった。



「ユエ?……ごめんなさい、もしかして口に合わなかったですか?」



 私が声をかけると、ユエはふるふると首を振って、こちらを見た。



「ううん。美味しいよ。……美味しいんだけどね」

「……けど?」

「あのとき食べたクリンシチーはね、こんなに美味しくなかったんだよね」



 ユエは微妙な顔で、頬を指先で掻いた。



「……こんなに白くなかったし、しょっぱかった。時々、じゃりってしたし」

「それって」

「多分、マユってあんまり料理が上手くなかったんだと思う。けどね、マユ言ってたんだ。一生懸命練習したって、最終決戦の前にフェルに食べてもらいたいからって頑張ったんだって。

 それをね、フェルもうまいうまいって……何杯もおかわりしてて……僕は、正直初めて食べる料理だったから、どんなものかわからなくて。あんまり美味しくないけど、こんなもんなんだろうなと思ってたんだよ」



 ユエは、スプーンでシチューを掬うと、ぱくりと口に運んで――目を瞑った。

 そして、うっすらと瞳を開けると、じっと手元のシチューを見つめた。



「……美味しいね。あいつ、あの時どう思って、あのじゃりじゃりしたシチューを食べてたんだろう。ほんとうに、うまそうに食べてたんだ。マユも、フェルの食べっぷりを大層喜んでた。……幸せそうだった」

「ユエ」

「僕も、そんなあいつらを見ていて、幸せな気分だったんだ。初めてできた、ヒトの友人だったんだ」



 ユエはまた、ぽろりと涙を一粒、こぼした。



「――竜。強大な力を持つ竜。……けれども、大切なものも守れない、掟に縛られた竜――……」



 ユエは涙を拭うことをしなかった。ぽろりと零れた涙は、ぽつん、とシチューの皿の中に落ちた。



「ねえ、茜」

「はい」



 ユエは私をまっすぐにみた。

 人間にはありえない縦長の瞳孔が、焚き火の光に当てられて細くなる。薄闇のなかで、その瞳の色がきらきらと輝いていた。

 それは、マユが付けた(ユエ)という名前に相応しいほどの美しい金色だった。



「守りたいものを守れない、そんな強さは――……強さとは呼べないよね?」



 私は、その質問に答えを返すことは出来なかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 黙り込んで何かを考えているユエに手を引かれて、また古龍のもとにやってきた。

 古龍は私の持ってきたシチューをみると、大きな青い瞳を細めて、「どうもありがとう」といって、鍋に入ったままのそれを受け取った。

 そして、長い舌で鍋から直接それを舐めとると、急に肩を揺らしながら笑いだした。

 いきなり大きな体で笑い出すものだから、古龍の背中に降り積もっていた埃が舞い上がり辺りを包む。

 そのせいで私は激しく咳き込んでしまった。目にも埃が入ってしまい、涙が浮かんできた。



「そうか。……そうか」



 古龍はそれだけをいうと、ユエをじっと見つめた。

 そして不思議な言葉を残して、目を瞑って動かなくなってしまった。



「小さき黒色。……太陽は沈もうとしているが、月は満ちていない」



 私にはさっぱりわからなかったけれども、ユエには伝わったのだろうか。

 ユエは小さく頷くと、そのまま踵を返した。

 私は意味もわからず、置いていかれては堪らないと、古龍に焦って礼をするとユエの後を追いかけた。

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