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山と妹と春の味 前編

冒頭三人称です。

 青々と晴れ渡った空の上、太陽が優しく地上を照らす。そのあまりの暖かさに、春が来たとうかれる小鳥たちの声が木々にこだまする。

 うかれているのは小鳥たちだけではない。今か今かと春の訪れを待ちわびていた若葉も、競争だと言わんばかりに一斉に芽吹く。

 白い雪も溶けきって、雪解け水は一旦土の奥に隠れた後、勢いよく湧き出して川へ注ぐ。冷たい春の川では、冬の間身を固くしていた川魚たちが踊り出し、勢い余って水面を跳ねる。

 山に息づく全ての生きとし生けるものが待ちわびていた春が、漸くおとずれようとしていた。



 若葉が溢れる眩しい新緑色の山の中、未だ芽吹いたばかりで勢いのない下草を容赦なく踏み分けて、山の奥へと少女は進む。少女はかなりの速さで歩きながらも、視線は油断なく辺りを見渡して目的のものを探す。

 かなり山奥まで来たが、未だアレ(・・)は見つからない。だけど、少女の感覚ではかなり近くに気配を感じていて、アレ(・・)のすぐ側まで来ている筈だった。

 山の木々の向こうを透かして見るように、瞳をすっと細めて遠くを暫くみていた少女だが、ふう、と長く息を吐き緊張を解く。

 少女は持って来た水筒を開けて、ぐい、と口に含む。

 ふわりとほうじ茶の香ばしいかおりが鼻を抜ける。熱々ではないけれど、ほんのり温かいお茶はお腹の奥に染みて、思いの外水分を欲していたことに気づき、少女は少しだけ驚いた顔をした。

 ポケットの中から塩飴を取り出して口に放り込む。

 ころころと飴を口の中で玩びながら、のんびり周りを見渡すと、遠くに見慣れた金髪を見つける。

 漸く現れたその人――カインは、息も絶え絶えに怨みがましい視線をよこす。



「…っ、はぁ、はぁ。ひより、お前速すぎだろう」



 ――鎧なんて重いものを身につけて山に登っている人に比べればそりゃあ速いでしょうよ。

 喉から出かかった言葉を飲み込んで、にっこり笑みを浮かべれば、カインは複雑そうな顔で汗を拭いている。

 それでもカインは速い方で、本来なら彼らを守る立場の護衛騎士らは未だ影すら見えない。

 少女――ひよりは、何も持っていないカインに気づくと、手元の水筒と塩飴を渡した。

 遠慮なく水筒の中身を飲み干したカインは、ほうっと息を吐きだすと、やっと一息ついたようだ。



「それで、急にこんな山奥に来たがった本当の訳は何なのだ」



 投げかけられた質問に、ひよりは、一瞬あれ?と考え込んで、そう言えば訓練だと適当に理由はでっち上げたけれど、本当の理由は教えていなかったと思い出す。

 んん、と一瞬躊躇したけれど、よくよく考えるとすぐわかる事と、正直に話すことにした。



 にんまりと、少し悪そうな顔をして。

 楽しそうにこう言った。

「ご馳走を採りに来たのよ、カイン」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「えーと、それでこれは掃除機といって…」

「ふむ、これは風の魔法を?」

「いや、魔法は一切使ってませんです、はい」



 昼下がり。日差しを遮る雲もなく、ぽかぽかして眠気を誘う午後。

 思い切って縁側でお昼寝をしたらどんなにか気持ちいいだろうと頭を過るけれど、それを許してくれそうにもない目の前の人に内心うんざり。

 綺麗に撫で付けた暗褐色の髪と、常に眉間に皺がよっている顔には翡翠色の瞳に銀縁眼鏡。への字の口から出る言葉は事務的な事ばかりで無駄はない。良くいって勤勉、悪くいって融通がきかない頑固者。

 なにもしなくても全身で自己紹介をしているその男の人は、ルヴァンと名乗った。

 ルヴァンさんはこの国の宰相で、魔道具に造詣が深いらしく、少しでも元の世界の技術や知識を取り入れようと度々この家を訪れている。

 宰相というのは王様の次に偉い人だったような気もするし、こんな調査ごとき他人に任せればいいのにと思うのだけれど、忙しい仕事の合間を縫って訪れるのは決まって彼自身だった。

 その人はアイロンがピシリと掛けられた皺一つない文官服を着こなし、今日も私の後について家電製品の説明を聞いて回る。

 家をぐるりと一回りして、ようやく終わりの時間だ。私は内心ほっとする。

 いつもの事だけれど、ルヴァンさんの持つ雰囲気のせいかやたらと緊張してしまい、彼と家中を回った後はとても疲れるのだ。

 喉が渇いたので、いちおう(・・・・)ルヴァンさんにもお茶を勧めてみる。だけど直ぐさま「いや結構」と断られてしまった。因みに彼にお茶を勧めて受けてもらったことは一度もない。



「そういえば君は護衛騎士を本来の業務以外の所で良いように使っているそうだな?」



 内心ギクリとする。

 ルヴァンさんの容赦のない責めるような視線がぐさぐさと突き刺さる。

 確かにジェイドさんの優しさに甘えて調理を手伝って貰っている。しかも調子に乗ってエプロンまで与える始末。先日騎士団長であるダージルさんも許可を出していると聞いて安心していたけれど、外聞が宜しくないだろう事は重々承知している。

 …そして、宰相という立場のルヴァンさんからみても好ましくないだろうということも。



「…う。申し訳ありません」

「謝る必要はない。ダージルも許可をしている事は知っているから、改めて私からどうこう言うつもりはないのだ。…が、君は一度自分の立場というものを考えてみたほうが良いだろう」



 とりあえず謝っておこう的な精神で、そう言ったけれど、「どうこう言うつもりはない」人に、ひとこと言われてしまって少し落ちこむ。

 そんな私を薄目で見たルヴァンさんは、ふん、と鼻を鳴らして「失礼する」と相変わらず無駄のない動きで帰っていった。



「茜?宰相殿は帰りましたか」



 しょんぼりと畳の目を数えていると、廊下からひょい、とジェイドさんが顔を出した。

 落ち込んだこちらの様子に気づくと、ちょっとだけ目を見開く。そして、迷いなくこちらへ近づいてきて、ポン、と私の頭に手を乗せてこちらを覗き込んだ。



「もしかして、俺のことを何か言われましたか?…茜が落ち込むことも、責任を感じることはありませんよ。俺はきちんと筋を通した上で茜の手伝いをしています。理由もちゃんとこの間教えたでしょう?」



 ジェイドさんはいつも通りの優しい言葉をかけてくれる。

 だけど、私の中では何かモヤモヤしたものが燻っていて、自分がやらかした事でもあり、簡単には納得できない。



「茜は真面目ですね。それはあなたの美徳の1つですけれど…どうか、思い詰めないで」



 ジェイドさんは、そう言うと手をそっと私の方へ伸ばしてきた。ごつごつして男性らしいけれど、指がすらりと長くて綺麗なその手が、ふわりと私の頰を撫ぜる。



「何かあったら必ず、俺に相談をして」

 ――俺はあなたの護衛騎士だから。



 鼓動が、私の意思を無視してどんどん速くなる。

 体温がみるみる上って、顔が火照って仕方ない。

 取り敢えずそんな顔を見られたくなくて、俯いて小さくお礼を言う。彼の優しい視線を感じる。ジェイドさんは私を甘やかしすぎだと思う。彼の優しさに蕩けてしまいそうだ。

 ――だめだ、とりあえず落ち着こう。

 心の安寧を図るため、私は適当に理由をつけてその場を辞して――自分の部屋へ逃げ込んだ。



 暫くして、火照った顔を冷ますために部屋をウロウロしていた私の耳に、玄関の方から妹の呼ぶ声が聞こえた。

 ひょい、と階段から顔だけ出して玄関の方を覗くと、何やら大量の何かを玄関先に広げた妹の姿。

 我が家の古びたゴザをわざわざ納屋から引っ張り出して、それを楽しそうに広げている。

 すると、私に気づいた妹が、満面の笑顔でこう言った。



「おねえちゃん!大漁だよー!」



 勿論そこにあったのは魚なんかじゃなく。

 元の世界で見慣れた、

 ――春を告げる山菜の数々だった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 山うどにたらの芽、わらび。たけのこにふきのとう。

 どっさりと山積みにされたそれらは、濃厚な山の匂いをさせてそこにあった。

 そのあまりの量に初めは驚いたけれど、だんだんと何か違和感を覚える。

 そう、いつかも感じたことのある違和感。

 妹の顔をじぃっと見つめると、さっと視線をそらされた。

 ――ああ。これは。

 ――妹が、いたずらを隠しているときか、何かやらかした時の反応だ。

 保護者の勘とでもいうのだろうか。妹の隠し事はすぐわかるのだ。



「どう!おねえちゃん、凄いでしょう?」

「わー、凄いねー。…ところで妹よ」

「なっ、何かなっ」

「おねえちゃんは、疑問に思っているのだけど」

「ぎぎぎ、疑問に思うことなんて、いっこもないよ!」

「ひとつ。採れる時期がずれている筈の山菜がいくつかある。…ふきのとうは雪解けの3月頃。わらびなんてもう少し温かくならないと無理だよね?」

「いやーたまたまじゃない?」

「ふたつ。そもそもここは異世界で、日本じゃあるまいし同じような山菜が手に入るとは思えない」

「異世界って不思議だねー」



 …まだ粘るか、妹よ。

 ならば。



「みっつ。鑑定魔法でみると、『山の主より奪いし恵み』と出るんだけど。どういうこと?」

「おねえちゃん、魔法はジェイドさんがいなきゃ出来ないんじゃ!?」

「一回くらいは自分でできるわよ。見くびらないで」

「ぐうう…」



 盛大に目が泳ぎ、たらりと汗をかきはじめる妹は、ここまで言っても正直に言うつもりは無いらしい。

 仕方ないので、妹の後ろに佇むカイン王子に話を聞こうと視線をあげると、



「ぷひっ」

「!!!???」



 なんだか間の抜けた鼻を鳴らす声が聞こえ、カイン王子の足元に――ころころした可愛らしいうり坊を見つけた。

 つぶらな黒い瞳にちいさな茶色い体。まあるいお鼻の横にこれまたちっちゃな牙を一人前に生えさせて、こちらをじっと見つめている。

 時折周りをキョロキョロ見渡しては、ぷるる、と体を震わせて足元の土を軽く蹴り蹴り。

 大変可愛らしいそいつは、何故だかカイン王子の足元から動かない。興味をそそられたらしい、うちの愛犬(レオン)は、ふんふんとうり坊のお尻の匂いを嗅いでいる。うり坊はそれを嫌がってレオンを避けようとしているけれど、簡単な逃亡という選択肢を選ばずに、そこから動かずになんとかしようと四苦八苦している。

 おかげでうり坊と犬が、お互いの尻を追いかけ回してくるくるまわるという、場の空気にそぐわないのほほんとした光景が繰り広げられていた。



「…ペットですか?王子…」

「流石にコレを飼う度胸はないな」



 あきらめ顔のカイン王子の指差す先、ちいさなうり坊のお尻の部分。さっきからしつこいくらいうちのレオンが嗅ぎ回っているそこから――何故か青々とした木の枝が生えている。

 この子は…ただのうり坊じゃない!?



「これが山の主だ。茜。折り入って頼みたいことがある」

 ――なんだか非常に嫌な予感がするのは私だけだろうか。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 居間の中で縁側よりの、陽射しが差し込んで一番ぬくぬくな場所。

 そこに、お客様用のふかふか座布団を、3枚ほど重ねた特等席をつくり、茶色いまんまるうり坊の為に設えた。

 その目の前には、大きな皿が何枚も並べられて、うり坊は期待のこもった瞳でその皿に料理が乗るのを今か今かと待っている。

 時折「ぷひー」と鳴くと、木の尾っぽがばっさばっさと畳を撫でる。

 その何でもなさそうな動きに緊張を走らせるのは、縁側のすぐ外に控えるダージルさん率いる騎士団の面々。彼らは可愛らしいうり坊の一挙一動を見張り、不測の事態に備えている。



 ――妹とカイン王子が連れて帰ってきたのは、とある山を統べる「主」ともいえる存在。



 山の精気が凝り固まって、死した長命の獣に取り憑いた山の精霊。山を司り、山を護り、山のために在る、そういう存在らしい。彼らは魔物とは違うものの、決して人の味方になるものではない。ただ、山で運良く出会えたならば、気まぐれで山の幸を恵んでくれることもある、そんな存在だという。

 では、何故大それたものがここにいるのかというと、妹がやらかした。ただその一言に尽きる。

 聖女としての勉強の中で、色々な魔物や精霊のことも学ぶそう。その中で山の主のことを知り、彼らが山の恵みをもたらす存在であることを知った。

 次の瞬間、妹の頭の中に次の言葉がこだまする。

 ――山の幸!山菜!天ぷら!春の味!

 食欲が刺激された妹を止められるものはいない。

 なんせ姉のご飯を食べるために、王族に盛大にごねる程、食に貪欲な妹だ。あっという間に次の訓練先を山に変え、カイン王子のスケジュールを押さえ、護衛騎士の制止もなんのその。ずんずん山奥に分け入って、山の主を見つけ出してしまった。

 そして聖女としての有り余る魔力でもって、山の主を「調伏」し、山の魔力で次々と希望の山菜を「喚び出させ」――得たのがあの山のような山菜である。



「いや、折角見つけ出したのに、山の幸をくれるそぶりもなく立ち去ろうとしたからね?こう…ばばーんと魔力でとりゃーっと、ちょっと待てい!ってやったら、ブルブル震えながら色々出してくれたんだよー。日本の山菜ばっかりだったから、ちょっとびっくりしたけど」



 何故か照れながら言う妹に、開いた口が塞がらない。



「山の主があたえる山の幸は、訪れたものが望むものだという話もある。恐らく、そちらの世界の山菜を山の魔力でこちらに無理やり「喚んだ」のだろう」



 カイン王子が補足で説明をしてくれる。

 そして、更に眉を顰めてこう言った。



「そのせいで、かなりの量の山の魔力を消費してしまったようで、山も主も大分弱っている。…このままだと、山の実りや生態に影響が出る恐れがある。あの山の周辺の集落では山を糧に生きているものも多い。このまま放って置くわけにはいかない」



 取り敢えず、姉として、親代わりとして誠心誠意謝罪をするべきだと思い、私は土下座をしようとした。…けれど、みんなに一斉に止められた。

 土下座の意味は知らなくとも、私の気持ちを汲んでくれたらしい。

 仕方なく、妹の頭を遠慮なく力一杯鷲掴みにして、無理やり頭を下げさせて謝らせた。

 でも、それで問題が解決するわけでは無い。

 どう責任を取ろうかと冷や冷やしたけれど、カイン王子曰く私に出来ることがあるらしい。

 山の主が弱った原因は魔力不足。

 それならば、不足分を補えばいい。あちらから喚ばれた山菜に、世界の境界を超えて来た影響なのか大量の魔力が含まれている事が分かっている。それを調理して供物として捧げればある程度は何とかなるだろう、と。

  何でも素材そのままを捧げるのでは駄目らしい。手間暇かけて調理することで捧げものとして成り立つという。人から人外への供物とはそういうものだときいた。



 そんなこんなで、今日の我が家は天ぷら三昧の予定だ。

 だけれど、腐ってもここは王宮の中。

 山の主なる、見た目はうり坊だが、人外で、危険かもしれないものを放置して置くわけにはいかない。

 というわけで、今日はいつもの何倍もの警備と、ダージルさん含め、たくさんの騎士団員が派遣されていて、超厳戒態勢だ。誰も彼もが真剣で、誰一人として喋らない。そんな異様な緊張感の中で、料理をしなければいけない私は、少し涙目だ。



 ――おねえちゃんとして、妹のやらかしたことの責任は取らせていただきます。



 そんな決意を胸に、私は山盛りの山菜と対峙した。

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