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番外 チーズな女子会 in 獣人の国 3

 次に取り掛かるのは、お肉料理だ。

 ダージルさんに差し入れるお酒はビール。

 そして、更に油があまりしつこくない肉料理……これは、ラム肉の出番でしょう、ということで、もう一品はラムチョップのローストだ。

 ラムチョップは、骨付きのラム肉。生後一年以内の子羊の肉だ。マトンと違って、臭みも少なく食べやすい。

 そして、ハーブをたっぷり効かせて焼くと、他の肉類にはない旨みがじんわりしみてきて実に美味しい。

 更に脂があっさりしていて、低コレステロール。ラム肉は身体も温めてくれるから、時折冷たい風が吹くこの季節にぴったりだ。

 これなら、胃がもたれやすくなったというダージルさんにもいいだろう。



「らむちょっぷ……骨付きなんだねえ」

「そう。だから、骨を手で掴んでぱくっといけるから、お酒を飲みながら食べるには丁度いいんだよ。このハーブと塩コショウを効かせて、粒マスタードをつけて食べるのね。……もう、ビールが止まらないよね」



 ラムチョップ、ビール、ラムチョップ、ビールの繰り返しは、幸せのループ。途中で、付け合せの芋も食べれば、幸せになれる自信がある。ああ、ラムチョップ。美味しいラムチョップ……。



「茜、戻ってきて」

「……っは! 私、今なにを……」

「お酒の国に意識が行っていたみたいだね……」

「なにその素敵な国。永住したい」



 私が真顔でジェイドさんをみると、彼は苦笑いをした。

 なにはともあれ、下拵えだ。

 常温に戻したラムチョップに塩コショウをしたら、タイムとローズマリーをふりかけて全体になじませる。

 ラムチョップに添えるじゃがいもは、皮付きのまま蒸して、柔らかくなったら十字に切れ込みを入れておく。……因みに、このじゃがいもは電子レンジがあればチンで済む。……電子レンジ……と、じゃがいもを前にして切なくなったのは秘密だ。


 ラムチョップは石窯オーブンがあるので、それを使って焼くことにした。

 石窯オーブンは、厨房の奥、レンガで組まれた壁の一部にあり、黒く鈍く光る金属製の扉がついていた。扉の周りは煤で黒く汚れていて、よく使い込まれているのがわかった。

 石窯担当はマルタだ。初めはジェイドさんがやると言ってくれたのだけれど、マルタは自分はあまり調理で協力できないから、と笑って引き受けてくれた。



「さあ、はじめようか!」



 マルタは薪置き場から持ってきた薪をぽんぽんと石窯のなかへと投げ込んだ。ある程度薪を入れたら、手前には着火用の細かい木っ端(こっぱ)を置いた。



「火おこしは得意なんだよねえ、あたし」



 なんて言いながら、マルタは額に汗をかきつつもあっという間に火を着けてしまった。



「ひええ、熱いよ! マルタ」

「そりゃあ、石窯だもの」



 マルタとふたりで、奥の方で真っ赤になった薪が燃えているオーブンを覗き込んだ。

 火が入ったオーブンは、かなりの高熱になっている。中のレンガが、熱でゆらゆらと揺れて見えるほどだ。

 これはうっかり時間を間違えると、真っ黒焦げになるに違いない。それくらい熱そうだった。

 私とマルタは、決意の篭った瞳で頷き合って、準備に取り掛かった。

 まず、鉄板にアルミホイルを敷いて、その上にラムチョップを乗せた。

 そして、パン粉をラムチョップに乗せて、たらりとオリーブオイルをかける。

 このパン粉が中々曲者だ。上手く焼けると、サクサクとした食感がとても良いアクセントとなる。けれども、焦げやすいのも難点だ。だから、焼くときは、アルミホイルで熱の調整が必要だ。

 鉄板に、添え物のじゃがいもも一緒に乗せて、バターを一欠片。

 これで、準備は完了だ。



「……ッ、顔が熱い!」



 石窯に近づくと、熱風が顔を舐めた。

 私は顔を顰めながら、ミトンを嵌めた手で、鉄板をそっとオーブンの中に押し込んだ。

 すると、ラムチョップが炎の灯りに照らされて、うっすらオレンジ色に染まって見えた。

 ミトンを着けた手をオーブンから引き抜くと、金属製の扉を閉めた。途端に顔を舐める熱が和らいで、ほっと胸を撫で下ろす。マルタを見ると、彼女も安堵の表情を浮かべていて、にっこり笑い合ってハイタッチをした。


 少し時間が経つと、ラムチョップの表面がちりちりと焦げてきて、じゅうじゅういい音がしてきた。

 これ以上このままにしておくと焦げてしまうので、アルミホイルを上からかける。

 そして、もう暫く待つ。

 ラムは中がうっすらピンク色くらいの焼き加減が一番美味しい。だから、半生程度の状態で火から下ろして、アルミホイルを被せて保温。それが基本だ。焼き加減を確認するときは、お肉を指で押してみて、少し弾力があるくらいが丁度いい。これがふんにゃりしているとまだ生だし、カチカチだと焼きすぎだ。

 ……私は一旦取り出したラムチョップを指先で押してみた。すると、ちょうどいい焼き加減で、思わずにっこりと笑ってしまった。



「……いいかんじ?」



 マルタが心配そうにこちらをみている。

 私はそんなマルタを見て、にやりと不敵な笑みを浮かべた。



「うん。きっとダージルさんがマルタに惚れちゃうくらい、いい感じ」

「……っ、こら!」

「あはは」



 マルタと軽口をたたき合っていると、ジェイドさんがお皿を手にやってきた。

 ジェイドさんには、生ハムを使った料理をお願いしていたのだ。



「茜、味見をお願いしてもいいかい?」

「はい! ……わあ、おいしそう!」



 ジェイドさんの持ってきた皿の上には、薄い生ハムに包まれた、柿――ペペと、こちらの世界で見つけた、白カビがうっすらと生えたカマンベールチーズに似たチーズだ。

 薄い桜色の生ハムに、橙色のペペの果実とくし切りになったチーズが巻かれている姿は、可愛らしいし何よりも美味しそうだ。



「ジェイドさん、上手ですね……!」

「巻くのに大分苦労したけどね」

「おお……」



 ジェイドさんの用意してくれたフォークで、それをそっと持ち上げる。

 そして、そっとジェイドさんをみると、頷いてくれたので、それをひとくちでぱくりと食べた。



「〜〜〜〜! ッ美味しい!」

「うわあ……!」



 途端に、私とマルタは顔を輝かせた。



「生ハムの塩っ気と、ペペがこんなに合うなんて!」



 マルタはそう言って感動している。

 生ハムのもっちりした身は少しきつめの塩分を持つ。そして、ペペ――柿は甘い味。

 それが混じり合うと、不思議とお互いの魅力を引き立て合うのだ。

 生ハムのお陰で、柿の甘さが更に感じられ、柿のお陰で、生ハムの旨みが更に感じられる。

 ついでに、チーズのとろとろクリーミィな味が、うまくふたつをまとめて堪らない美味しさだ!



「……うん。美味しい。それに、自分の作ったものを、そう言ってもらえると凄く嬉しいね」



 ジェイドさんはそう言うと、はにかんで笑った。



「ですよね。美味しいって言ってもらえるだけで、また作ろうって力になりますよね」

「うん。そのとおりだね」



 そう言って、私とジェイドさんは笑いあった。

 すると、マルタは不思議そうな顔をして、首を傾げた。



「そんなもの?」

「……マルタも、いずれ解るよ」



 そういった私に、マルタは「料理に縁が中々ない私には、そうそう感じる機会はなさそうだけどねえ」と、中々納得できない様子だった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「準備は出来たかしら?」



 大体の支度が終わったので、洗い物をしていると、サリィさんがやってきた。



「はい! 後は最後の仕上げだけなので……マルタ、出来た料理を持っていってくれる?ダージルさんは、まだ来ていないんだよね?」

「うん。ジェイドさんが呼びに行ってるから、もうすぐ来るとはおもうけど」

「じゃあ、ダージルさんの分は取り置いておくから、私達の分は持っていっちゃおう。サリィさん、例の熊の獣人さんはもういらしてるんですか?」

「それが、少し遅れるみたいなのよ。先にはじめていて良いと言っていたわ」

「そうですか。じゃあ、そうしましょうか」

「ええ」



 既に出来上がっているチーズの盛り合わせと、チーズフォンデュの具材、生ハム巻きをマルタにお願いすると、私は腕をまくって最後の仕上げに取り掛かった。

 焼きあがったラムチョップは、アルミホイルを外すと、途端にふわりと湯気が上がった。

 ハーブの香りがぷん、としてなんとも食欲の唆るいい匂いがする。

 余熱で火を通したラムチョップは、表面がしっとり、きつね色に綺麗に色づいていて、骨を持って持ち上げると、ぽたりぽたりと肉汁が滴り落ちた。それをお皿に綺麗に盛り付けて、一緒に焼いたじゃがいも、後は彩りにフレッシュハーブを添えた。そして、つぶつぶの粒マスタードをたっぷりと皿に乗せた。

 ――これで、ラムチョップのローストの完成だ。



「よし、次!」



 最後に、チーズフォンデュの肝心要、チーズ。

 鍋に生のにんにくの断面をこすりつけて匂いを移したら、そこに白の葡萄酒を注いだ。勿論、ジルベルタ王国特産の白の葡萄酒だ。

 葡萄酒がふつふつ沸いてきて、アルコールがしっかりと飛んだら、そこにチーズを三回くらいに分けて入れた。因みに、葡萄酒に対してチーズが多すぎたりすると、とろりとせずに固まってしまったりするので、様子を見ながら入れる。もし、入れ過ぎたり、チーズがごろごろしてしまったら、葡萄酒を足しながら調整すればいい。

 ヘラで混ぜながら、丁寧にチーズをとかしていくと、どろり、どろどろとしてきて、沸々と気泡が沸いてくる様はまるでマグマのようだ。

 私は堪らず、ごくりと唾をのんだ。

 チーズがドロドロしている様子は、まさに視界の暴力。蕩けているチーズほど、唆られるものはない。

 ああ、早くこのチーズの海に、具材を潜らせたい……!

 はやる気持ちを抑えながら、火を少し弱めると、そこに香り付けのナツメグと黒胡椒を入れた。

 ――これで、チーズフォンデュの出来上がりだ!


 そこに、ダージルさんとジェイドさんがやってきた。

 ダージルさんは厨房を覗くなり、調理台の上に置かれたラムチョップを眺めて、顔をほころばせた。



「おお! 美味そうだ……!」

「さっぱりしたお肉ですから、脂が胃にもたれたりはあまりしないと思いますよ」

「ん?ありがたいな。最近、胃がなあ……」

「食べ過ぎには注意ですよ」

「おう、分かった。……で、お嬢ちゃん。気になることがあるんだが」

「なんですか?」



 ダージルさんは、そういうと私の背後を指差した。



「……そこに、ビールの空き缶と、骨の残骸がみえるんだが」

「はははははは。なんのことやら」

「…………茜?まさか」

「…………ああ! ジェイドさんが、すごい目で私をみてる……!」



 そうなのだ、実はさっき堪らずつまみ食いをしてしまったのだ。

 だって、ラムチョップの骨を持つと、熱々のお肉から肉汁が滴る訳で。

 更には、香ばしいハーブの香りと、綺麗に色づいたラムチョップのきつね色が、照明に照らされテラテラ光る訳だ。……もう、私を誘ってるとしか言いようが無いよね!?


 そう思った私は我慢できずに、冷えたビールをクーラーボックスから取り出すと、一缶開けてしまったのだ。

 ぷしゅぅ! ……ごくごくごくっ! と、石窯で暑くなった厨房で、勢い良く飲んだビールは美味しかったよね……。

 そして、躊躇なくお肉にかぶりつくと、ふんわり柔らかいラムチョップのお肉の美味しいこと!

 お肉の断面は綺麗な桃色。柔らかいその肉を噛みしめると、じゅわっと肉汁が溢れ、ちょっぴりラムの独特の風味がした。けれども直ぐに、ハーブの香りがそれを包んでくれ、更にはざくさくっと香ばしく焼けたパン粉の食感がなんともいえず楽しい。

 柔らかい肉と肉汁とハーブと塩の共演。想像してごらんよ……もう、堪らないでしょう?

 私はあっという間に一缶ビールを飲み終わると、躊躇なくおかわりまでしたともさ。

 一応言っておくと、ラムチョップは多めに焼いておいたから、ダージルさんに提供する分には影響は出ない程度だ。……そんなにたくさんは食べていないよ?



「……茜。またやったね?」



 ジェイドさんの視線が痛い。

 けれども、私はその視線に満面の笑みと、力強く親指を立てることで答えた。



「後悔はしていません!」

「少しは後悔しなさい」



 何故か敬語に戻ったジェイドさんは、私の頭にチョップをかました。

 ……痛い。



「茜ー?準備できた……ッて、うひゃああああ!」



 そのとき、丁度良くマルタが戻ってきて、ダージルさんの姿に驚いて悲鳴を上げた。

 私は、これはつまみ食いを誤魔化すチャンスとばかりに、マルタに近づくと、彼女の背中をぐいぐいと押してダージルさんの方へと押しやった。



「お?マルタじゃねえか、どうした?」

「あわわわわわわ」

「どうしたもこうしたも、ダージルさん。このラムチョップ、マルタも手伝ってくれたんですよ!」

「へえ」

「あ、あああああ茜、あたしのことは良いから」

「いやいや、駄目だよ。マルタ。……ダージルさん、良かったらひとつ摘んでみて、感想をくれませんか?」

「うん?いいけどよ」

「ちょっと……! 団長様はお忙しいんだから」

「いや、これから晩酌の予定だったから、忙しくは無いな」



 ダージルさんはそういうと、ラムチョップの骨の部分を持って、口へ運んだ。

 ひとくちラムチョップを齧った瞬間、ダージルさんは軽く瞳を見開いたあと、目尻に皺をたくさん作って目を細めた。

 そして肉を飲み込むと、小さく頷いた。



「うめえなあ……! 羊肉か。ハーブと塩の加減が絶妙だな! 表面のカリカリも中々いける。うわあ、こりゃあビールだな。ビール! 堪らん」

「でしょう?」

「あっさりしてるから、何本でもいけそうだな。粒マスタードも、ぷちぷちしてて……酸味がまた、もうひと口食べたくなるな……凄いな、マルタ。これを作ったのか?」

「て、手伝っただけです……!」

「ほお」



 ダージルさんはそういうと、マルタに向かってニカッと眩しい笑顔を向けた。



「それでも、こんな美味いものを作れるなんて、すげえなあ」

「…………あう」



 ダージルさんの破壊力抜群の笑顔にやられてしまったマルタは、頭から湯気が出そうなほど真っ赤になって、消え入りそうなほど小さな声で、「ありがとうございます……」といった。

 その後、ダージルさんとジェイドさんは一緒に飲むと言って去っていった。

 厨房には、私とマルタが取り残され、マルタは私の手を指先で強く掴んで、真っ赤な顔のまま下を向いていたけれど、5分ほどして漸くしゃべりだした。



「……茜。あたし、さっき茜が言ってたのやっと理解した」

「マルタ」

「褒められると、やる気が(みなぎ)るの。凄く良くわかった。……あたし、これから料理頑張る。茜ぐらい、上手になる」

「うん。協力するよ」



 私は、マルタの手を握り返すと、未だに赤いマルタの顔を覗き込んだ。



「ねえ、マルタ。今日は女子会でしょう?」

「……うん、そうだね。えっと、それがどうしたの?」

「女子会ってね、女の子同士の話をする場なんだよ」

「さっきもそう言ってたね」

「だからね、マルタ」



 私はいたずらっぽい笑みを浮かべて、マルタへ更に言った。



「今日は、ダージルさんの好きなところとか、いっぱい、いっぱい話そう。恋の話、いっぱいしようね」

「……!」



 私がそう言うと、マルタは目を見開いたあとに、ふんにゃりとした笑みを浮かべた。



「今夜は帰さないよ……!」



 そうして、まるで一昔前のドラマみたいなことを言うものだから、私は、「ちょっとそれは……」と、真面目な顔を作って断ってみたら、マルタに「こらあ!」と笑いながら怒られた。

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