猛獣王子とチキン南蛮4
私達が滞在している貴族の館の、一番上等な来賓用のダイニング。
そこに、シロエ王子とカイン王子を中心に、ひより、私、ジェイドさんを始めとした護衛騎士の皆さん、そしてサリィさんが集まって、皆で長いテーブルを囲んでいた。因みに、ダージルさんは警備の指揮を取っていてここには居ない。
――今、その部屋は異様な雰囲気に包まれていた。
上座の席に並んで座っている王子二人は、目の前に置かれたチキン南蛮を真剣な眼差しでみつめている。
たっぷりのキャベツに、照り照りつやつやのチキン南蛮が乗った皿からは、甘酸っぱい、いい匂いがしていた。
そこに、シロエ王子付きの給仕が、たっぷりとタルタルソースをかけた。
どろり、と鶏肉の上にかかったタルタルソースは、具だくさんだからか、ゆっくりと鶏肉の山を滑り落ちていった。
「ほほう。これがチキン南蛮とやらか」
「ああ。そうだ。食べてみるが良い。この白いタルタルソースが絶品だぞ。マヨネーズだからな!」
何故か自慢げにマヨネーズプッシュをしているカイン王子に、確実にマヨラーの道を歩んでいるのが垣間見えて、なんだか申し訳ない気分になってきた。
……これから、カイン王子の食生活に乱れがでたら、きっと私のせいだろう。
マヨラー最終進化系、チューブから直接マヨを飲むところまでいかないように気をつけよう……。
私がそんな悲壮な決意をしていたとき、事態は動いた。
じっと料理を見つめていたシロエ王子は、徐にフォークの先でタルタルソースをつついた。そして――鶏肉にざくっとフォークを刺し……ばくりと口の中へと放り込んだ。
その瞬間、シロエ王子はすっ……と目を細めた。
シロエ王子の獣面は、人間と違ってとても感情が読み取りづらく、その表情が不満のあらわれなのか、満足げな表情なのかが判断付かない。
……お願い……!
私が祈るような気持ちで見守っていると、周りの人達も緊張しているのか、そろって王子の様子を固唾を飲んで見守っていた。
――ごくん。
そして、シロエ王子は口の中の鶏肉を飲み込むと、暫く目を瞑っていた。
ごくり、と誰かが生唾を飲み込んだ音がする。
私もドキドキしながら、シロエ王子を見つめた。
――そして。
カッ!とシロエ王子は目を見開くと、
「……美味い。美味いぞおおおおおおおお!」
と、叫ぶと、フォークでもう一つ鶏肉を突き刺して、口へ放り込んだ。
途端に、一気に周りの雰囲気が柔らかくなった。カイン王子も「そうだろう、そうだろう」と、ご機嫌で笑っていた。
「この甘酸っぱいタレに、まろやかなタルタルソースとやらが混じり合うと、堪らない美味さになるな!」
「そうだろう。シロエ、それを食べた後、白飯を食べてみろ」
「ん? これか? ……ほほう、俺が知る米よりも随分と丸みを帯びているな」
「ああ、異界の米だ。こちらで栽培されている種よりも、ねっとりと粘り気があって、味付けをしなくとも美味い」
「……ん、鶏を食べた後に、この米を食べると……やばいな!」
「だろう!? いけるよな!」
二人はチキン南蛮について話し合い、大盛り上がりだ。
ばくばくと大口を開けて、チキン南蛮に齧り付いているふたりの様子は、王子様というよりは食べ盛りの男子にしか見えない。
私はほっと胸を撫で下ろしながら、その様子を眺めて、ジェイドさんに小声で耳打ちした。
「よ、よかったですね……。不味い! ってなったら、どうしようかと」
「まったくですね……本当によかった」
「お前たち! 何をコソコソと話している! さあ! お前たちも食え! そして俺はおかわりだ!」
小さな声で話している私達を、目聡く見つけたシロエ王子は、新しいチキン南蛮を要求して、がはは! と笑った。
気づけば、カイン王子とシロエ王子以外は、誰も料理に手をつけていなかった。
シロエ王子の言葉を聞いた私達は、互いに顔を見合わせてから、漸く箸をつけ始めた。
チキン南蛮のいいところは、シロエ王子の言う通り、南蛮甘酢とタルタルソースのコラボにあると思う。
南蛮甘酢でてらてらと飴色に輝いている鶏肉を、箸で持ち上げて、タルタルソースをたっぷりと乗せる。マヨネーズのとろとろまったり、ちょっと酸っぱい味に、まろやかなゆでたまご。そして、細かく切ったピクルスはこりっこり。塩もみした玉ねぎはしゃきしゃき。そしてちょっと辛味がある。それが混じり合った、最高のソースを更に先程の鶏肉にたっっっっっっっっっぷりかける。山盛り! もう、乗らない! くらいが丁度いい。
ここで、ちょっとやりすぎぐらいに乗せるのが美味しいのだ。
鶏肉の上で絶妙なバランスを保っているタルタルソースが崩れないうちに、勢い良く、ぱくりと肉を齧ると、ぷりん、とした肉の食感を感じたところで、はじめにつん、と酢の酸味。そして、直ぐに甘みがやってくる。
正直言って、これだけでも美味しいのだ。しかも、かなり味が濃い。それはそうだ、塩コショウで下味をつけたものに更に南蛮甘酢を絡めている。充分すぎるほど味がついている。
そこに、タルタルソースがやってくるのだ。
普通なら、味が混ざりすぎて、おかしなことになりそうなのに、不思議と全ての味がまとまる。
あま酸っぱいからの、マヨネーズのまったりソース。これで、白飯が合わない訳がない。
熱々のご飯を口へ運ぶ。
はふっと口の中で冷ましながら食べるご飯が、口の中の甘酸っぱくて、マヨネーズでゆでたまごで玉ねぎでピクルスな味を洗い流して、最後に甘いお米の味で締めてくれるのだ。
「……ふう」
ああ……! この、いくらでも食べたくなる、濃い味がたまらない!
これは、ご飯でもいいけれども、焼酎のソーダ割りでも合うと思う。
……そうだ、梅干しを一粒入れて、マドラーで梅干しをぶしゅぶしゅ刺しながら飲む、ほんのり酸っぱい梅入りのソーダ割りはきっと合うはずだ。
「スープも美味しいね! 生姜の風味が効いてて、シンプルに美味しい!」
「さっぱりしてていいな。チキン南蛮が濃いめだから丁度いい」
「これに、茹でたそうめんとか入れて、にゅうめんにしても美味しいよねえ」
「……にゅうめん! なんだそれは?」
「あのね……」
妹と、シロエ王子、カイン王子が楽しそうに話している。
妹なんかは、身振り手振りで何故かそうめんの作り方から話し始めたものだから、一体いつにゅうめんの話に入るやら、といった感じだ。
若者たちの姿を微笑ましくみていると、ジェイドさんと目があった。
「……聖女様が、元気そうでよかったね」
「そう、ですね。旅先に来て欲しいっていうくらいだから、もっと大変そうなのかなって思ったんですけど」
はしゃいでいる妹の姿は、いつもと変わりないように見える。
街の様子も、聞いていたのと違って、確かに邪気の影響はあるけれども、それほど酷いようにはみえない。昨日帰ってきたばかりなのに、疲れも見せずに騒いでいる妹。その姿に、何故か違和感を覚えた。
「ひよりが、元気なのはいいんですけれど。……でも」
――なんだか、無理をしているような、そんな気もする。
今もはしゃいでいる妹の姿をみて、私の胸に不安がよぎった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
食事の後、シロエ王子が持ってきてくれた美味しいお茶を頂いた。
シロエ王子はお茶を飲みながら、私にチキン南蛮のレシピを聞いてきた。
異世界にない調味料をふんだんに使っているというと、工夫してなんとかするさ、と鋭い宝石付きの牙をきらりと煌めかせて笑っていた。もしかしたら、後何年かしたら、テスラ風のチキン南蛮が出来ているのかもしれない。それは、なんだかとてもうれしいような――くすぐったいような、そんな気持ちにさせられた。
暫く、皆で和やかな時間を過ごしたあと、各々解散になった。
部屋に戻ろうとうす暗い廊下を歩いていると、館の庭に妹がいるのが見えた。
館の庭は、そんなに広い庭ではないけれども、庭の其処此処にある花壇にはコスモスのような色とりどりの花が植えられていて、生け垣も綺麗に整えられていた。
地面には芝生が敷かれ、白いベンチが置かれている。庭に生えている樹には、可愛らしいブランコが備え付けられていた。きっと、日中であればとても居心地が良い庭なのだろう。でも、今は夜。その庭を月の冷たく、青白い光が照らしていた。
妹はベンチに座って、月を眺めているようだ。
ここからは、妹の背中しか見えないけれど、なんだか落ち込んでいるように見えるのは、気の所為だろうか。
私は妹に声をかけようと、そっと近づいた。
もうすぐ妹に話しかけられる、それくらい近くまで近づいた時、私から見えない場所にカイン王子がいたようで、ふたりは会話を始めてしまった。
別にそんな必要はないのだろうけれど、私は咄嗟に近くにあった生け垣の影に隠れてしまった。
ベンチの斜め後ろにある生け垣は、私の身長よりも少し低いくらいの高さがあった。今日は月がやたらと明るいから、随分と影が濃くなっていた。その影にすっぽりと入りこんだ私は、例え妹が振り向いたとしても、気付かれることはないかもしれない。私の場所からは、妹は後ろ姿しかみえないけれども、カイン王子の表情はかろうじて見ることが出来た。
……ああ!なんで、こそこそ隠れてるの、私……!
そう思って、こっそりそこから立ち去ろうとしたとき、耳に飛び込んできた会話の内容に、私は思わず足を止めた。
「また、泣いているのか」
「カイン……」
かすかに妹が鼻をすする音が聞こえる。
妹はゴシゴシと手で顔を拭うと、カイン王子の方を向いた。
「ごめん。また、心配かけちゃったね」
「それは構わない。……気にするな」
妹が笑った気配がした。
カイン王子は妹の隣に腰掛けると「月が綺麗だな」と言った。
「……いい夜だね。それに、ご飯も美味しかったし、楽しかった」
「そうだな。茜が来てくれたお陰だな。感謝しないと」
「うん。おねえちゃんが来てくれてよかった」
会話の中に、突然出てきた自分の名前に――思わず、ドキリとした。
妹の声がどこか弱々しい。どうして泣いているのだろう。――やっぱり夕食のときに感じた違和感は当たっていたんだ。……妹にとって、辛いことがあったの? けど、私には何も相談もないし……。
そんな疑問が頭の中を渦巻いている。けれども、そんな私の疑問には誰も答えてくれるはずもなく、カイン王子と妹の会話は進んでいった。
「ねえ。カイン。愚痴を言っても良い?」
「……ああ」
あまり聞きなれない、妹の弱々しい声が聞こえる。こんなところで、私が聞いてもいい内容とは思えない。
……だめだ。行かなきゃ。人の秘密というのは、こういう風に盗み聞きしてはいけないものだ。
……でも。
一瞬足を踏み出そうとしたけれども、私の知らない妹の弱音……それを聞いてみたい気もして、罪悪感を感じながらその場にとどまった。
「ちょっと、あれを思い出しちゃったんだよね」
「……あの、街のことか」
「うん」
妹は、空に浮かんでいる月に、手をかざした。
――何を、思い浮かべているだろうか。
「私がもう少し、早ければ」
「ひより」
「もう少し早く着いていれば、あの街はあんなことにならなくてすんだのに……ッ!」
かざしていた手を、ぐっと胸元に引き寄せた妹は、そう言うと俯いてしまった。そして、とうとう、妹は泣き出してしまった。
そんな妹に、カイン王子は一瞬触れようと手を上げたけれども、触れる寸前で手を止めた。
瞳を揺らして、指先を空で彷徨わせて――結局、手を下ろしてしまった。
「お前のせいじゃない。あそこに行く日程をたてたのはこちらだし、それにあれは穢れ地から溢れてきた魔物たちの進路に、偶々あの街があったというだけだ。
……不運だったとは、思う。あの街は、予測ではまだまだ安全な筈だった。あれを防ぐことは、難しかった。シロエもそう言っていただろう?」
「……わかってる。何度も聞いた……でも、もしかしたらって思っちゃうんだよ……」
「ひより。優しいのはいいことだ。けれど、優しすぎるのも時には問題だ。全部、救おうとは思うな」
カイン王子の言葉に、妹の肩はまた震え始めた。
「でも……ッ」
「自分の手の届くところだけでいいんだ。君はひとりしかいないんだ。……全部の責任を背負っていたら、立てなくなるぞ」
「でも、泣いてた。火が燃え盛っている建物の前で、小さな子どもが母親を呼んで泣いてたの。恋人を魔物にやられた人が、大怪我を負って意識が朦朧としている人が、みんな、みんな……私を見てた」
「駄目だ……それ以上は言うな」
「カイン……私……」
「ひより。取り返しのつかないことを、いつまでも思い悩んでもキリがない。……君に、辛いことを強制している私がいうことではないのかもしれないが……魔法であっても、時間は巻き戻せない。
ならば、目の前のことに精一杯取り組めばいい。色んな柵や、責任は私が背負うから、だから。思い詰めないで欲しい……」
妹はやっと顔を上げた。そして、じっとカイン王子を見つめている。
「だから、泣かないでくれ。……私で良かったら、傍にいるから」
カイン王子は、優しく妹の頭を撫でると、自分の肩に頭を預けさせた。
すると、妹は微かに震えて、カイン王子の腕に縋り付いて――少しの間、泣いていた。
妹は涙が止まると、気が済んだのか、顔をごしごしと袖で擦った。
「……ありがとう。カイン」
「ひよりは、甘えるのが下手だな。茜にも、普段は甘えているようにはみえるけれど、肝心なときに甘えない」
「う。……だって、おねえちゃんに心配かけたくないもの」
「それを茜が聞いたら、怒り出しそうだな」
カイン王子はそう言うと、肩を揺らして笑った。
妹も、私のことを思い出したのか、小さく笑っている。
「だって、おねえちゃんって酷い心配性だし……ああ見えて、私より泣き虫なんだもの。本当のことを言ったら、きっと泣いちゃうわ」
「そうなのか? ……ああ、そうかもしれないな」
「でも、おねえちゃんにはジェイドさんがいるから。多分、今なら大丈夫なんだろうけど」
私は妹に気付かれないように、必死で嗚咽を堪えた。
ボロボロと涙が溢れて止まらない。
妹が苦しんでいるのに、全く気がついていなかった自分が、悔しくてしょうがない。
妹にまで気を遣われている自分が、情けない。
「私、おねえちゃんのご飯も好きだけどね。楽しそうに笑っている姿も好きなんだ」
「そうか」
「でも。甘えてるんだよ?これでもね。私の我儘で、こんなところまでおねえちゃんに来て貰っちゃってるしね。ご飯が食べたいのは、本当だけど……おねえちゃんの顔を見るとほっとする。辛いときに、いちばんに会いたくなるのがおねえちゃんだからさ。居てくれるだけでいいんだよ」
妹の声が、とても優しくて、逆に今の私にとって辛い。
「本当に、こういうしんどい時、おねえちゃんがいてくれて良かったって思う。今回も、おねえちゃんと笑いあって、ふざけあって。私、ずいぶん救われたんだ。
だから……おねえちゃんに、胸をはって報告できる結果を残したい。
それに、私この世界のこと好きだからね。不思議で、面白くて、優しくて、厳しくて、怖いこの世界が、好きだから」
妹はそう言うと、カイン王子の方をみた。すると、急に笑いだした。
「あはは! カインも大概泣き虫だねえ」
「……ちょ、違う! 泣いてなんかいないぞ、勘違いだ!」
「そう? それなら、それでいいよ。私の周りは、泣き虫が多いよね」
「だから違う!」
妹はひとしきり笑うと、ベンチから立ち上がった。
そして、ぐっと伸びをすると、くるりと振り返って、カイン王子に笑いかけた。
「明日から、また旅だ! ……カイン。一緒に頑張ろう!」
「まったく……。ああ、ひより。頑張ろう。君は私が守る」
「うん! 浄化は任せといて!」
そういった妹の顔は、晴れ晴れとしていて、私が知っている妹よりもずっと、魅力的な笑顔を浮かべていた。
――なんとか、妹とカイン王子をやり過ごし、誰も居なくなると私はそっと立ち上がった。
涙を拭って、ふらふらと廊下に戻ると、こちらにジェイドさんが向かってくるのが見えた。
「ああ、ここにいたのか。姿が見えないから、どこにいったのかと――……茜?」
私は無言でジェイドさんに抱きつくと、彼の胸に顔を擦り付けた。
ぎゅうっと、強く抱きしめると、ジェイドさんは優しく抱きしめ返してくれた。
「……なにかあった?」
「……」
すぐには答えたくなくて、私は暫く無言でジェイドさんの温もりに包まれていた。
そして、数分経ってやっと、口を開いた。
「姉としての力不足を……ひしひしと実感してたの」
「そう」
「ジェイドさん。私、もう泣かない。妹にもっと頼ってもらえるような、強い姉になります」
「ふうん」
ジェイドさんは、私がそんな話をしているのに、私の髪を指先でいじっていて、返事も適当だ。
少し怒りを覚えた私は、キッとジェイドさんを睨みつけると「ちゃんと聞いているんですか!?」と文句を言った。
すると、ジェイドさんは、眉を下げて、困ったように頭を掻いた。
「強い姉を目指すのはいいけどね。――茜のことだから、きっと無理をするんだろうなあって」
「……そんなことありませんよ」
「いや、絶対。我慢して我慢して我慢して、爆発しそうになってお酒に逃げる姿がありありと見える」
――ありそう……!
ジェイドさんの的確な指摘に、飲んだくれている自分がぱっと頭に浮かんで、そのあまりの生々しさに思わず戦慄した。
「だからさ」
慄いている私に、ジェイドさんは今度はふっと柔らかく笑うと、私の頬を手で優しく撫でてから、またぎゅう、と抱きしめてきた。
「外では強い茜でいいから、俺の前では弱い、ありのままの茜でいてくれないかい?」
「……ッ!」
「辛い時は、俺に頼って。悲しいときは一緒に泣けばいい。寂しいときは――こうやって」
そして、ジェイドさんは私の唇に軽く触れると、にっこりと笑った。
「ふたり、一緒にいよう。……君のことは、俺が守る」
守る、なんてさっきも聞いたなあ、なんて頭の片隅で思いながら、身体の火照りをどうにかしたくて、私はジェイドさんの胸に顔を埋めて、恥ずかしさを紛らわした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、私は館の前で、出発をする妹を見送っていた。
貴族の館の前には、沢山の騎士たちや、荷物を沢山積んだ馬車が並んでいて、馬の嘶きが辺りに響いていた。今回は、カイン王子、妹を含めた先発部隊の出発だ。騎士団長であるダージルさんは、ジルベルタ王国からの増援を待って、後発部隊を率いて、後日出発することになった。
「また一週間後だね」
「……うん。そうだね、ひより」
妹は晴れ晴れとした表情をしていて、昨日の晩、泣いていた名残なんて、どこにも見つけれられなかった。
本当は、色々と妹に聞きたかった。
泣いている理由をもっと詳しく聞き出して、自分なりに慰めてやりたかった。けれど、妹自身から言い出さない限りは、私が妹にそのことについて何かできることは無いのだろう。
――今は少し寂しいけれど、私も、頑張ってひよりに心から頼ってもらえるようになる。そうしたら、私にも弱音を吐いてくれると、嬉しいな……。
私は心のなかでそう言って、手に持った大きな包みを妹に渡した。
「これ、お弁当! 道中で食べてね」
「本当!? 嬉しい! 唐揚げは?」
「入ってるよ」
「うおおお! やる気が漲ってきた! おねえちゃん、私、頑張るね!」
「うん……頑張って」
妹は大事そうに、お弁当の包みを抱きしめると、カイン王子を見て「一緒に食べようね!」なんて言っている。
カイン王子も、それに笑顔で答えていた。
そして、妹たちはテスラを旅立った。
遠ざかっていく妹たちを眺めて、私はきゅっと口を引き結ぶと、くるりと振り返って、後片付けのために厨房に向かった。その途中、ジェイドさんと目があったので――私は、いつも通り笑おうと思ったのだけれど、なんだか酷く情けない笑みを浮かべてしまった。
それを見たジェイドさんは、大きな手で、私の頭をぽん、ぽん、と優しく叩いた。