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猛獣王子とチキン南蛮3

「さて! ジェイドさん。王子様が召し上がるものなので、張り切って作りましょうか」

「ああ、頑張ろう。前もチキン南蛮は作ったからね。俺も手順はわかっているから、任せてくれ」

「はい!」



 エプロンをつけて、腕まくりをしているジェイドさんと視線を交わして、にっこりと笑いあった。

 最近のジェイドさんは本当に頼りになる。

 最初の卵を割ることすら躊躇していた頃に比べると、本当に凄い進歩だと思う。

 ジェイドさんもすっかり料理に慣れて、私も色々と心置きなく頼むことが出来るし、それにお互いしてほしいことがなんとなく解るのだ。二人で複雑な料理の手順を、スムーズに出来たときなんかは、なんだかものすごく嬉しい。けれども、時々ジェイドさんが居ないときにご飯を作ると、やたら台所が広く感じてしまうのは、困ったものだけれど。


 今回使うのは、鶏のもも肉だ。胸肉でさっぱり作ってもいいのだけれど、食べ盛りの若者たちには、もも肉のほうが食べごたえがあっていいだろう。

 鶏の獣人が用意してくれたお肉は、シロエ王子が言ったように、とても上質な肉だ。

 桜色の赤みはとてもキレイだし、何より余分な脂身が少ない。

 といっても、どうしても黄色い脂身はついているので、ジェイドさんと一緒にそれを包丁で取り除いた。

 今日は人数が多いので、結構な量だ。



「……ちょっと、大変ですね」

「そうだね。……前も思ったんだけど、この作業ってしなくちゃいけないのかい?あまり、味には関係ないような」



ジェイドさんは、取り除いた薄い黄色の脂身を指でつまんで眺めた。



「うーん……どうなんですかね。取らなかったことが今までなかったので、違いはわからないですけどね…でも、脂身をとると、カロリーが減った感じがあって、揚げ物でも罪悪感が減るような気がしません?」

「カロリーって、熱量ってやつだっけ? 俺は、体重とか気にしたことないからなあ」

「ジェイドさんは男性だし、普段から運動してますからね。気にすることないですよ。私みたいな……ぷにぷには気にしたほうがいいですけどね……」

「ぷにぷに?」



 私は自分の腰回りを見て、ため息を吐いた。



「最近お肉がついてしまって……ほら、お腹周りがね、ふわっふわなんですよ」

「へえ。あ、本当だ。ぷにぷにだね」



 私がそういうと、布巾で手を拭いたジェイドさんが、私のお腹の肉を指でつついた。

 ……つついた?



「……ちょ、ちょちょちょっ! だあああああ! 何触ってるんですか! ジェイドさん!」

「いや、茜が触ってみて、って言ってるみたいだったから」

「えええええ!? そんなこと言ってませんよ!? 」

「じゃあ、なんでお肉のことなんて言い出したんだよ」

「確かに……! 最近の一番の悩み事だけど……私なんでジェイドさんにそんなこといってんだ! アホかあああ!」



 私が頭を抱えると、ジェイドさんは「そういわれたら、触りたくなるじゃないか。自業自得だよ」と呆れたように笑った。

 そんなジェイドさんを、私はキッ! と睨みつけた。確かに迂闊なことを言った私のせいだけど……そんな言い方はないじゃないか!



「それにしたって、女性の腹の肉をつつくものじゃないですよ! エッチ! 変態!」

「ええええ、変態って……いいじゃないか。減るもんじゃあるまいし」

「発言がエロ親父っぽい……!」



 私が顔を真っ赤にして、ジェイドさんから距離を取ると、ジェイドさんはにんまりと笑って、私ににじり寄ってきた。



「エロ親父ねえ……。俺と君は付き合っていて、思い合っていると認識していたのだけど、それでも触ったら駄目なのかい?」

「……ッ! と、時と場合によるでしょう? それに、何も、ぷにぷにのお腹をつつかなくたって」

「茜は触り心地が良いから、俺としてはもっと触りたいんだけどね」



 ジェイドさんがじりじりと迫ってくるものだから、私は逃げ場を失って、とうとう調理場の壁に背中がくっついてしまった。

 ……逃げ場が……!



「触り心地がいいって、それ、暗に太ってるって、いってません!?」

「いってないよ。……それに、茜は太ってないだろうに」

「うううう……!」



 顔が熱い。ジェイドさんが近い。ジェイドさんに追い詰められて、どうすることもできない……これは、少し前に話題になっていた壁ドンというやつなのだろうか。

 ……壁ドンって漫画の中だけのものじゃないのか……! 素でやる人がいるなんて……! 異世界補正!? 異世界補正なのか!?

 ぐるぐると壁ドンについて考えて現実逃避していると、ジェイドさんは、蜂蜜色の瞳を細めて優しく笑って、私の頬に唇を落とした。

 その柔らかな感触に、更に顔が熱くなって、頭の中が沸騰しそうだ。

 あわあわしている私を、ジェイドさんは愛おしそうに眺めると、私の腰に手を回して、今度は額にキスを落とした。



「……最近、忙しくて茜とあんまり触れ合えなくて飢えてるんだ。ちょっとくらい、いいだろ?」



 そんな言葉を、低い声で耳元で囁くものだから、思わず腰が砕けそうになった。

 ……それと、腰の贅肉をつつくのは関係ないじゃないか……!

 怒りと、恥ずかしさと、触れられている嬉しさが混ぜこぜになって、私はとうとう、頭がパンクして動けなくなってしまった。

 それをみたジェイドさんは、にっこりと笑って――私の唇に自身のそれを合わせた。



「……ごほん」



 すると、扉の方から咳払いが聞こえた。

 そちらをみると、青筋をたてたサリィさんが、腰に手を当ててこちらを睨んでいた。

 何故だろう、サリィさんの後ろに、恐ろしい形相の仁王像が見える気がする……!



「……異界では、料理をするときに、鶏を握りしめながらいちゃつくものなのかしら?……ねえ?」

「………………いいえ」



 サリィさんの言葉に、一気に現実に引き戻された私は、自分が調理中の鶏肉を掴んだままだったことに気付いた。そして、バツの悪そうな顔をしているジェイドさんを見上げた。



「…………」

「…………」



 そして、互いの視線が交わると、私の中の羞恥心が一気に爆発して――……



 バチーーーーン!

「……ぶっ!」



 ジェイドさんは、私に思い切り、鶏肉を顔に投げつけられたのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ひとくちサイズに切った鶏肉に、塩コショウ少々で下味を付けておく。

 次に、チキン南蛮に添える千切りキャベツを用意して……後はスープだ。


 今回は鶏の獣人に、鶏ガラを沢山もらうことが出来た。

 元の世界に居た時も、時折スーパーで、1キロ200円ぐらいで鶏ガラが投げ売りされていることがあるので、そのときは大量に買い込んで、鶏ガラスープを作ったものだ。鶏ガラスープは冷凍しておけば、色々な料理に使える。作り置いて損はない。家庭で作る鶏ガラスープはとても優しい味に仕上がる。普段は素を使って作ってもいいけれど、偶には手間暇かけた味を楽しむのもいい。

 ということで、今回も鶏ガラを使ってスープを作ることにした。

 たっぷりと鶏ガラを使ったスープは、チキン南蛮との相性も抜群だ。

 大きな鍋に、たっぷりとお湯を沸かす。そこに、水洗いをした鶏ガラを入れて、さっと茹でる。

 鶏ガラが白っぽい色に変わったら、冷水に取り出して、残っている内蔵や血合いを取り除く。

 そして、出刃包丁で、鶏ガラを細かく切っていく。そうすることで、ガラの断面からエキスが染み出しやすくなるのだ。



「……茜。怒ってる?」

「怒ってませんよ?」

 ――ダンッ、ダンッ!

「怒ってるよね?」

「怒ってませんってば」

 ――ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ!

「……」

「ふふふふ」

 ――ダンッ!



 私は、出刃包丁を振り下ろすのをやめて、一息ついた。

 指先でそっと包丁をなぞって、柔らかな笑みを作りつつ、ジェイドさんを静かに見つめた。なぜだか、ジェイドさんの顔色が悪い。

 そんなジェイドさんを見て、私はため息を吐くと、内心ドキドキしながらも口を開いた。



「……今度、デートしましょうね?」

「へ?」

「確かに、最近忙しかったですから! 我慢! してたんでしょう!?た、旅の最中は難しいかもですけど。か、帰ったら……」

 ……ダンッ!

 ……ああ! 恥ずかしい!



 私が恥ずかしさを誤魔化しつつ、鶏ガラをぶつ切りにしていると、ジェイドさんは嬉しそうに私に抱きついてきた。



「ああもう! だから、時と場所を考えてくださいってば!」

「あはははは。ごめん、嬉しくて」



 ジェイドさんは謝りつつも、私の後頭部に頬をすり寄せている。なんだかとてもくすぐったい。

 この人は全くわかってない!

 私は、出刃包丁を持ち上げて、ぎらりと鋭い刃をジェイドさんに見せつけて、睨みつけた。



「……出刃包丁で、うっかりジェイドさんを切りつけちゃっても、知りませんよ」

「はい。すみませんでした」



 そうすると、やっとジェイドさんは私から離れてくれた。

 激しく動揺している内心がバレないように、私はなんでもないような顔を装うと、ジェイドさんに白ネギと生姜とにんにくを押し付けて、下拵えをお願いした。

 大きなお鍋に鶏ガラを入れて、水をたっぷりと注ぐ。

 これから鶏ガラを煮出していくのだけれど、注意しなければいけないのは、そのときは必ず水から煮出すこと。

 そうしないと、上手く鶏のエキスが出ないのだ。ぶつ切りにした鶏ガラを水から煮出す。それだけのことだけれど、随分、味が変わってくる。美味しい鶏がらスープを作るためには、惜しんではいけない手間だ。


 そうしたら、火を起こした竈まで鍋を持っていって、煮込んでいく。

 最初は強火、沸騰したらアクが浮いてくるので、それを取り除いて、その後はグラグラ沸騰させてはいけない。静かに沸くように気をつけながら、弱火でゆっくりと煮込んでいく。

 ……すると、スープが徐々に濁ってきて、金色の鶏油の粒が表面に浮かんできた。



「生姜は皮を剥かないほうがいいかな?」

「そうですね。皮付きのほうが香りがいいので、そのままでお願いします」



 ジェイドさんは、生姜を薄切りしたのと、包丁の腹の部分で潰したにんにく、あとは白ネギの青い部分を用意してくれた。お礼をいって、それを受け取ってお鍋に投入する。

 この後は、大体一時間半くらい。美味しいスープが取れるまで、ゆっくり丁寧に煮込んでいく。



「さあ、煮込んでいる間に、チキン南蛮をすすめましょうか」

「そうだね。ゆで卵、作っておいたよ。あと、ピクルスも刻んでおいたよ」

「ありがとうございます!じゃあ、タルタルソース、作っちゃいましょうか」

「ああ」



 私がスープに取り掛かっている間に、ジェイドさんが用意してくれたゆで卵を剥いて、細かく刻んでいく。

 それと、玉ねぎもみじん切りにして、軽く塩を振っておく。すると、玉ねぎから水気が出てくるので、絞っておく。これをすることで、タルタルが水っぽくならない。ちょっとしたコツだ。

 ゆで卵、玉ねぎ、ピクルス。これをボウルに入れて、そこにマヨネーズをたっぷり。塩は玉ねぎに使ったので、味を見てみて入れたり、入れなかったり。胡椒も軽く振っておく。

 ……それを、スプーンで混ぜ合わせれば、タルタルソースの出来上がりだ!

 ごろごろたっぷり具材が入っているタルタルソースは、チキン南蛮を更に美味しくしてくれるはずだ。



「さて! 最後の仕上げですね!」

「ああ。鶏肉を揚げていこう」



 下拵えした鶏肉に、薄力粉をまぶしてそれをたっぷりの溶き卵に潜らせる。卵をたっぷり絡ませて、ふわふわの衣にすると、甘酢あんがたっぷりと絡まるから、卵は多めが良い。

 それを180度くらいの油へ入れて、カリッとするまで揚げていく。

 油へ鶏を投入すると、しゅわしゅわと大きな泡が浮いてきて、卵たっぷりの衣のお陰で、鶏肉の周りの衣がぶわっと膨らんだ。人数が多いだけに、揚げるのも大変だ。次から次へと鶏を投入して、揚げていく。

 暫く揚げたら、ジェイドさんに揚げるのを代わってもらって、甘酢あんを仕上げにかかった。

 酢、砂糖、みりん、醤油、塩を小鍋に入れて、沸騰させる。途端に、酢の酸っぱい香りが辺りに広がった。

 その香りを嗅いていると、自然と口の中によだれが染みてくる。それを飲み込みながら、暫く煮詰めて……これで南蛮甘酢の完成だ。


 揚げ終わった、きつね色の鶏肉に南蛮甘酢をたっぷりと絡ませると、照り照りの飴色に染まった。それを千切りキャベツを盛り付けたお皿に乗せて、別皿にたっぷりタルタルソースを注いで……これでチキン南蛮の完成だ!


 鶏ガラスープは、ザルでスープを濾したら、出汁は完成だ。

 生姜とネギのいい香りがする。

 それに、塩コショウをして、青ネギを小口切りにしたものを散らして――……シンプルな、チキンスープの完成!

 白いご飯も添えて、これで今日の夕飯の完成だ!


 とうとうご飯の支度が全て終わった。

 あと残すは実食のみ……!

 私とジェイドさんは、目線を合うと、小さく頷きあって、固く握手を交わした。

恋愛ものを書く以上は、一回やってみたかった……

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