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猛獣王子とチキン南蛮2

 買った品物を、広場の端の方にあるベンチに座って食べることにした。

 秋だというのに、今日はなんだか蒸し暑い。

 大樹の下にある広場だから、木漏れ日の下、日差しがきついということはないのだけれど、少し汗ばむくらいだ。



「茜、どうぞ」

「ありがとうございます。ジェイドさん!」



 ジェイドさんが落ち葉が積もっていたベンチを綺麗に払ってくれた。

 更にはハンカチまで敷いてくれている。……こういうことをされると、頭の中でオウ……ジェントルメン……センキュー……とかいう、似非外人が喋りだして、むず痒くなってしまうのは私だけだろうか。……見ると、シロエ王子も自然な感じに妹にベンチを勧めていた。

 ……うん。自意識過剰。

 微妙な私の心境は置いておいて、素直にベンチに座っておいた。

 そして、買ったお酒と鶏肉の蜂蜜焼きを挟んだパンを持って、いざ食べようとしたところ――……って馬面!



「……食べづらいんですけど!」

「はははは! 根性だ! 姉君! 根性で馬面を超えろ!」

「超えられるかあああ!」



 私は堪らず、馬面マスクを地面に叩きつけた。

 そういえば、私は聖女じゃないんだから、顔を隠す必要はないじゃないか!

 マスクを脱ぎ捨てると、爽やかな秋の風が吹き込んできた。マスクのせいで蒸れていた顔が、ひんやりと冷やされて、とても気持ちいい。

 振り返ると、いつの間にかジェイドさんも馬面マスクを脱ぎ捨てていた。

 ……そして、微妙な笑顔でこちらを見つめている。

 ……その顔は、もしかしなくても、私が付ける必要がないことに気付いていた顔だね……?



「ジェイドさん!」

「あははは。ごめんよ」



 ジェイドさんは、笑って私の振り上げた拳を押さえた。

 そんな、やりとりををひととおりこなした後、漸く落ち着いたので、早速お肉を食べることにした。


 お肉を挟んであるのは、柔らかい白パンだ。

 お店の鶏の獣人の話だと、林檎から作った天然酵母で作ったパンらしい。

 ふんわり柔らかなパンは、少しだけ白い粉を纏っている。

 そして、中には千切りのキャベツに、飴色にぱりっと皮が焼けているお肉。

 そこに、赤いソースがたっぷり掛けられている。

 いざ食べよう!としたとき、シロエ王子が自慢げに色々と説明してくれた。



「これに使われている蜂蜜は、この国の特産である、殺人蜂(キラービー)の蜂蜜なんだ」

「殺人……?」

「我が国の針葉樹林に沢山住み着いている蜂でな! うっかり刺されると……死ぬ!」

「……怖!」

「強靭な肉体を持ち、殺人蜂の攻撃を裂けることが出来る獣人だからこそ採取できる貴重な甘味なのだよ。今の時期は、翡翠花の蜜で出来た蜂蜜だから、香りがとてもいいのが特徴だ。姉君の持っているその酒に使われている花が、翡翠花だな」



 手元の金色のお酒を眺めた。金色のお酒からは、甘い花の香りがしている。これが、その花の香りなのだろうか。



「毎年、この時期には翡翠花が森の至る所で一面に咲き誇るんだ。……今年は、邪気のせいで、その花畑も随分と減ってしまった。いつもなら、この街まで花の香りが届くくらい、沢山咲くんだがな」

「そうなんですか」

「……聖女のお陰で、邪気は祓われた。来年は、きっと美しい花が咲くことだろう。是非、見に来てくれ」



 シロエ王子は、そういうと、また宝石が嵌った鋭い歯を見せて、ニッと誇らしげに笑った。

 私はそんなシロエ王子に、曖昧に笑って頷くことしか出来なかった。


 馬面を脱ぎ捨ててさっぱりした私は、大きく口を開いて、ばくん! と白いパンに齧り付いた。

 ふわっふわの白いパンは、牛乳が入っているのか、どこかほんのり甘みを感じる。

 そして、挟まれている鶏肉のジューシーなこと!

 しゃきしゃきの千切りキャベツで挟まれた、蜂蜜でほんのり甘い鶏肉は、皮はぱりっぱり。歯が差し込まれる瞬間、皮がザクッといい音をたてる。身はぷりっぷりで、噛みしめるとじゅわっと肉汁が染みてくる。柔らかな身に、カリカリして脂がじゅわっとしみてくる旨味たっぷりの皮。ずっと噛み締めていたいくらい、美味しい!

 それになんていったって、お肉にかかっている辛味のあるソースが絶品だ。ソースにも、お肉と同じ蜂蜜が入っているようで、ほんのり花の香りがする。

 ソースの美味しさをなんて表現したら良いんだろう、そう、スイートチリソースのような辛味、旨味と言ったらわかりやすいだろうか。

 最初は甘いのに、食べているうちに段々と辛くなってくる感じは、胃をぴりぴりと刺激して、さらなる食欲を呼ぶ。

 そこに、翡翠花の蜂蜜漬けのお酒だ。

 冷たい水で割ってあるお酒は、ひとくち含むと、ふんわりといい花の香りがする。

 金木犀のような甘い香りがするその花のお酒は、蜂蜜の優しい甘い味。

 そしてほんのり、柑橘系の酸味を感じる。もしかしたら、レモンかなにかを一緒に漬け込んであるのだろうか。

 蜂蜜の甘さに、柑橘系の酸っぱさ。甘い花の香り。ふわっと軽めの酒精がちょうどいい塩梅で、ごくごくたくさん飲めてしまえそうな、軽い口当たりだ。



「……ううん! このお酒、飲みやすい! ……気がつくと、飲み過ぎるタイプのお酒だね」



 軽い口当たりのお酒は、辛い蜂蜜焼きのソースにぴったりだ。

 外で食べる蜂蜜焼きのサンドと、お酒……。太陽の下で味わうと、更に美味しく感じる気がする!



「ぴりっとして美味しいねえ!」

「うむ! 相変わらず、あそこの屋台の味は絶品だな!」



 妹は、馬面マスクの口の部分にあいた穴に、パンを突っ込んで器用に食べている。

 ソースが口の周りにたくさんついた馬面マスクの図はなんとも滑稽だ。どうやら妹は馬面を根性で超えたらしい。

 ……今日一日で腹筋が大分鍛えられた気がする。

 また笑いそうになってしまったので、さっと視線を逸らすと、その先に見慣れた顔を見つけた。

 誰かを探すように辺りをキョロキョロしているのは――カイン王子だ。



「……あ! いた! 探したんだぞ」

「あれー? カイン? どうしたの。仕事終ったの?」

「終わらせてきた……! 私も一緒にいく」

「聖女様、こんにちは〜。うちの殿下ったら、超特急で仕事を終わらせたんですよ、付き合わされたこっちはいい迷惑ですよ。ははははは」

「……ぎゅっ」

「ぐえっ」



 カイン王子は、随分焦ってこちらへ来たらしい。

 額に汗を浮かべて、セシルさんの首をにこやかに締めていた。

 私はカイン王子にベンチを明け渡して――セシルさんには遠慮された――楽しそうにじゃれている、妹とカイン王子とセシルさんを眺めた。楽しそうな三人の様子は、見ていてなんだか若さが眩しい。



「おお、カインではないか。貴殿も来たのだな。……でも、だめじゃあないか!」

「何がだ? シロエ?」

「……貴殿も変装をしなければっ!」



 シロエ王子は、カイン王子に近寄ると、懐から今度は何やら新しいマスクを取り出した。

 そのマスクは――少し尖ったフォルムの、周りが銀のラメ入りの石で飾られた、真っ赤なマスク――……ちょっと、SM女王を彷彿とさせる、ぎらぎらしいものだった。

 それを、シロエ王子は有無を言わさず、カイン王子に無理やり着けた。

 ……これで、金髪SMマスクの変態さんの完成だ。



「あははははははは! 最高! カイン……ッ!」

「なななな、なんだこれはー!」

「似合うぞ、実に似合っている! ミステリアスな感じがとてもいいではないか!」

「殿下、素晴らしいです! 今度からこれをつけて、旅をしましょう!」

「お前ら、ふざけるなー!」



 カイン王子はそう叫ぶと、地面にマスクを投げつけた。それを拾ったシロエ王子はまたカイン王子につけようと、カイン王子ににじり寄るし、セシルさんはカイン王子を後ろから羽交い締めにするわ、それを見て笑っている妹は馬面だわで、非常にカオスな状況になった。

 それを見ていた私も、とうとう耐えきれなくなって、お腹を押さえて笑ってしまった。


 大騒ぎしている私達を、沢山の人が遠くから眺めていた。

 「あ、王子だ」「聖女様じゃない?」なんて声がちらほらと聞こえるけれど、獣人たちはみんなにこやかに私達を見守ってくれ、みんな笑顔で、お腹が痛くなるくらい笑った。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



「……辛い……」



 マスクを遠くに投げ捨てて、漸く心の安寧を手に入れたカイン王子は、私達の持っていた蜂蜜焼きに興味を示した。シロエ王子が、カイン王子に自慢げに美味しさを語ったので、食べたくなってしまったらしい。

 けれども、期待に満ちた顔で、セシルさんが買ってきてくれたそのサンドを食べたカイン王子は、ひとくち食べた瞬間に顔を顰めた。

 ……そういえば、カイン王子は辛いのが苦手だったね。



「はっはっはっ! これくらいで、辛いなんてカインはお子様舌だな……!」

「辛いものは辛い。……辛いのは、好かん」

「ええ〜私には丁度いいけどな」

「殿下は、刺激に弱いですからねえ。……酸っぱいのも、辛いのも、苦いのも苦手ですから」

「あらまあ……」

「カイン……人生、生きにくかろう」

「そ、そんなことはない!」



 そんな四人の会話を聞きながら、カイン王子が甘党であることを知っている私は苦笑してしまった。

 マヨネーズも、ついでにケチャップも好きだったなあ……カイン王子。そう考えると、お子様ランチなんてカイン王子にとってはご馳走かもしれない。

 そんなことをのんびり考えていると、何やら四人の会話の内容がきな臭くなってきた。



「それに、鳥料理だったら、これよりももっと美味いものを知っているからいいのだ!」

「ほほう? それは、俺に対する挑戦か? これは、俺のおすすめだぞ。これよりうまいものがあると?」



 マスクの下で、シロエ王子はキラリと目を光らせた。

 そんなシロエ王子に、カイン王子はふふん、と不敵に笑って――何故か私を指差してきた。



「茜が作る、チキン南蛮というのが最高に美味いんだ! 甘酸っぱくて、マヨネーズのソースがかかっている!」

「ちきんなんばん?」

「そうだ! あれは美味いぞ……! 俺は、あれで白飯が3杯はいける!」

「ふむ」



 ――……何を言ってるんですかああああ!

 カイン王子がとんでもないことを言い出すものだから、私は驚きのあまり固まってしまった。

 一国の王子のおすすめの料理を差し置いて、こいつの作ったもののほうが美味い! なんて……外交問題にならないの!? 大丈夫!? しかも、チキン南蛮とか……確かに、前にカイン王子に出したときは大好評だったけれど!

 そんな私の心配を他所に、シロエ王子はにやりとまた鋭い歯をみせて笑うと、私の方に向き合った。



「ならば、今晩、そのちきんなんばんとか言うのを食べさせて貰おうではないか! どっちが美味いか、俺が見極めてやろう!」

「……望むところだ!」

「わーい! チキン南蛮だー!」



 何故かシロエ王子は、大張り切りで「美味い鳥を用意しておこう! ははははは! 楽しみだな!」なんて言っている。カイン王子は「任せたぞ! 茜!」とか言い出すし、妹はチキン南蛮が食べられることに浮かれていた。

 そして、ぽん、と誰かが私の肩に手を置いた。

 後ろを振り返ると、そこにはいつものように、柔らかな笑みを浮かべたセシルさんが居た。



「うちの殿下がすみません。……ご迷惑をおかけします!」

「……本当ですよ!!!!」



 口では詫ているのに、親指をぐっと突き立てているセシルさんに、思わず私は悪態をついた。

本日、「化物と生贄に幸せな結末を」という作品の最終話を投稿しました。

悲しい生い立ちを持つ、生贄と化物が幸せになる人間×人外の異種族恋愛譚です。

お時間があれば、是非ご一読ください。……宣伝、申し訳ありません……!

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