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獣人の国と、労りのカレーライス 後編

「はあ、はあ、はあ……っ」



 私は息を切らしながら、館の扉を開けた。

 他の建物と同じく、大きな樹のなかに造られた館を出ると、沢山の人が通りに集まっているのが分かった。

「聖女様のご帰還だ!」と大騒ぎしている獣人たちが、皆そろって向こうの大通りに向かって走っていく。

 私は息を少しだけ整えると、深呼吸をして――……躊躇なく人混みの中に飛び込んだ。

 犬、虎、シマウマ、カバ。まるで動物園に来たような感覚に陥りながらも、様々な種類の獣人の隙間を縫うように、前へ前へと進んでいく。

 大きな獣人に踏み潰されやしないかとヒヤヒヤしながらも、なんとか大通りの近くまでたどり着くと、人混みの向こうに整然と並んで歩く一団を見つけた。


 その一団とは、浄化の旅を終えて帰ってきた兵士たちの凱旋パレードだった。

 揃いの鎧兜を着込んだ、槍を持った狼の獣人の兵士たちが、足並みを揃えて大通りをこちらに向かって進んでくる。

 一歩進む度に、槍を地面に打ち付けるので、どん、どんと地面がその度に揺れる。

 そして硬い金属製のブーツを履いた脚を、大げさなほど振り上げて進むので、砂埃が舞い、足元が黄色く煙っていた。

 その狼の獣人たちの後ろには、太鼓を抱えた鳥の獣人たち。彼らは太鼓を叩きながら、美しい歌声でパレードを彩っていた。


 一糸乱れぬ動きで前へ前へと進む兵士らの真ん中には、サイのような大きな角を持った動物に跨った獅子の獣人が居た。

 その獣人は周りの兵士に比べると、とても豪華な鎧を身にまとっていた。

 太陽の光を反射してキラキラ眩しい金色の鎧には、赤や青で文様が描かれており、大小様々な宝石も散りばめられている。立派なたてがみを持つ獅子に、その派手な鎧は似合っているのだけど……私の中の獅子のイメージはきりりとした精悍なイメージ。けれどもこの獅子の獣人に限っては、常に目尻を下げていて、あんまりにも嬉しそうに周囲に手を振っているものだから、獅子というより愛想の良い猫のようだ。

 そんな獅子の獣人が、沿道の観衆に手を振るたびに、大きな歓声が沸き起こり、周囲のボルテージは上がっていった。


 あまりの歓声に、耳がおかしくなりそうだ、なんて思いながらも、私は獣人の人混みの中で、背伸びをして妹を探した。

 ぴょんぴょんと飛び跳ねたり、あちこち移動してみたりしたけれども、中々妹の姿を見つけることができずにイライラが募る。

 それに……目の前の牛っぽい獣人が邪魔でみえない……!!!

 巨大な体に視界を遮られて、更に苛ついていると、誰かが私の肩を掴んだ。

 はっとして振り返ると、そこには息を切らしたジェイドさんが居た。



「…………っ、はあっ……茜。勝手に飛び出してはいけないと、前も言っただろう」

「ご、ごめんなさい!つい……!」



 私はまたジェイドさんを置き去りにして、飛び出してきてしまったらしい。

 そのことに思い至ると、申し訳ない気持ちが沸いてきて、私はジェイドさんに勢いよく頭を下げた。

 彼は苦笑いしながらも、「護衛を置いて行ってしまうのは、今度はなしだからね」と許してくれた。


 私は、ジェイドさんに手を引かれて、少し離れた場所へと移動した。あれから更に人が集まってきて、大通りの沿道はすし詰め状態となってしまった。……自分よりはるかに大きい獣人がひしめき合う中で、安全を確保できる気がしなかったので、早々にその場所から退散した。



「……茜。ほら、手を出して」



 ジェイドさんは、近くにあった噴水の縁に登ると、私に手を差し出した。

 確かに、ここに登れば周りよりも頭一つ分くらい高くなるから、よく見えるかもしれない。

 私も噴水の縁に登ると、今も大通りを進んでいる兵士たちを眺めた。

 少し離れているけれども、充分に兵士たちの様子を見ることが出来る。


 兵士たちの行進を見ていると、獣人ばかりだった兵士の中に、人間がちらほらと混じり始めた。

 ――銀色の鎧。見慣れた、ジルベルタ王国の騎士の鎧だ。


 ――――おおおおおおおおおおおお!


 暫くして、ジルベルタ王国の国旗を掲げた、白い馬に乗ったカイン王子が現れると、周りの獣人たちのボルテージが一気に上がって、まるで怒号のような凄まじい歓声に辺りが包まれた。

 カイン王子は、背筋をピンと伸ばして馬に跨って、まっすぐ前を見ている。

 先程の獅子の獣人と違って、一切観衆に愛想を振りまいていないのが印象的だった。

 彼の近くには、ダージルさんと、護衛騎士であるセシルさんの乗った馬も居て、セシルさんは私の存在に気付いたのか、こちらを見ると軽く手を振ってくれた。


 ……カイン王子がいるということは、ひよりは……?


 セシルさんに手を振り返しつつ、妹を探す。

 すると、カイン王子から少し離れた後ろのほうに、屈強な大猿の獣人が担いだ輿が見えた。

 木材で造られているのだろう、その輿は、遠目に見ても見事な彫り物がされていて、色鮮やかな布で飾りつけられている。

 そこの上には、この国の王様らしき王冠を冠った獅子の獣人と、王妃様らしきドレスを纏ったヒョウの獣人。そして、その後ろに――……。



「……な、なにあれ……」



 顔を真っ赤にしながら、異様に布地が少ない、踊り子のような衣裳を着た妹が、顔を引き攣らせながら、周囲に手を振っていた。

 それをみた観衆は大喜びだ。

「美しい!」「聖女様!」「神秘的だ……!」なんて言葉が、あちらこちらで飛び交っている。


 私はそんな妹を見た瞬間、思わず腹筋に気合いを入れた。

 なぜなら、放っておくとひどく痙攣して笑いが止まらなくなりそうだからだ。

 引き攣りそうになる顔をなんとか引き締めようと努力しながら、嫌々といった風に手を振っている妹を見つめた。


 ……なんだか、とんでもないことになってるけど、何はともあれ無事で良かった。


 私はほっと胸を撫で下ろした。

 周囲の獣人たちからは、邪気が無事に祓われたことに対する安堵感と、感謝の気持ちがひしひしと感じられた。……涙ぐんでいる人すらいる。

 妹の成したことによって、こんなにも沢山の人が、喜びに沸いている。

 姉として、それはとても誇らしいことで、私の目の奥からもじわりと涙が滲んできた。


 ……今回の浄化は無事に終わったようだし、妹も変な衣裳を着せられているけれど、怪我もしていないようだし。こうして顔が見られて良かった。

 そう思って、微笑ましく妹を見ていた。


 そんな時、輿の上の妹とバッチリ目が合った。

 結構な距離があると思うし、多くの観衆がいるなかで、よく見つけられたものだと思う。

 妹は、目をまんまるに見開いて、私を指差しながら、赤かった顔を更に真っ赤に染めて、口をぱくぱくと開閉している。

 ……何か私に言っているのだろうが、これだけ距離があると聞こえない。多分、来てくれたんだね的な何かを喋っているのだろう。流石、私の可愛い妹だ。こんな時も感謝の念を忘れないなんて。

 とにかく、お疲れ様という意思を示そうと思って、私は妹に向かって、満面の笑顔をつくり、ぐっと親指を突き立てた。


 ……すると、嬉しさのあまり妹は顔を両手で押さえ込んで、輿の上でしゃがみこんでしまった。

 そのせいか、大勢人がいる大通りが、一瞬しん、と静まり返ってしまった。

 大勢が注目していた聖女がいきなりそんな態度を取れば、異変を感じるのは仕方のないことだろう。

 暫くしても中々立ち上がらない妹の様子に動揺した観衆は、ざわざわと不安げにお互いに顔を見合わせている。そのあと、大通りが不穏な空気に包まれたのは――……私のせいではないと思いたい。



「おねえちゃん! なんで外に出てるのよ……! ここで待っててって、サリィさんに言われなかった!?」



 兵士たちによる凱旋パレードが終わった後、私たちは館へと戻った。そのあと暫くして、着替えたらしい妹も館へとやってきた。妹は怒り心頭といった様子で、私に会うなり詰め寄ってきた。



「……特にそういうことは言われなかったけど」

「もう! サリィさん!?」

「いやいや、ひより。サリィさんは悪くないよ。私が勝手に飛び出したんだもの」



 顔をぐりん、と回して、今度はサリィさんに詰め寄ろうとする妹を、私は慌てて止めた。



「遠くから、歓声が聞こえてきてさ。ひよりが帰ってきたと思ったら、つい。ごめんね」

「絶対見られたくなかったのにい……」

「ええ?可愛かったじゃない。あの衣裳。どうしたの?あれ」

「街に着く前に、シロエが聖女たるものきちんとした身なりで民衆に迎えられるべきだとか言い出して」

「……シロエ?」

「うん。見たでしょう?あのきんきらきんのライオン」

「ああ……あれね」



 誰よりも目立っていた輝く獅子の獣人を思い出すと、確かに派手なものが好きそうだ。



「まったく大変だったんですよ。茜様。殿下なんて、聖女さまのことを直視出来なくて」

「黙れセシル。永遠に」



 妹と一緒に大使館へ来ていたカイン王子は、セシルさんの首を素早く締め上げた。……セシルさん、顔色が紫色になってきているけれども、大丈夫だろうか。相変わらず仲のいいふたりだ。

 そんな楽しそうなふたりの横で、妹は地面にのの字を書いて落ち込んでいた。



「もう駄目だ……生き恥を晒した……もう、今日の私の姿を見た者全てを滅ぼすしか」

「……聖女様が、魔王みたいな発言しちゃ駄目でしょう。ひより……」



 そんな妹の肩に、私は手を置いて魔法の言葉を囁いた。

 ……プリンに次ぐ、妹を復活させる最強の呪文でもある。



「今日の晩御飯はカレーだよ」

「おねえちゃん……!」



 それを聞いた妹は一瞬にして立ち直り「目玉焼きもつけてね!」と、嬉しそうに笑った。



 その後、急いでお米を炊いた。

 本当なら、お腹を空かせた妹を待たせたくはなかったけれど……なんだか炊飯器の保温機能がやけに恋しくなってしまった。

 それでも、炊飯器で普通に炊くよりは、早く炊き上がるのが鍋炊きご飯のいいところ。

 お米は火にかけた後、蓋をして沸騰するまで強火。

 ぶくぶくと大きめの泡が沢山沸いてきて、沸騰したら弱火に切り替えて15分ほど。

 そっと蓋を開けて、水分が無くなっているようであれば、また蓋をして10分ほど蒸らしておけば完成だ。


 蒸らし終わったご飯は、蓋を開けると大量の湯気が立ち昇った。

 表面に見えるお米は、つやつやとしていて、粒が立っている。

 ところどころぽつぽつと穴が開いているのは、上手に炊けた証だ。

 しゃもじで底から混ぜると、ちょっとしたお焦げも現れた。

 このお焦げも香ばしくて美味しい。炊飯器では味わえない、鍋で炊いたご飯の醍醐味だ。


 ご飯の出来に満足しながら、お米を混ぜる。妹の皿にはお焦げを多めに入れておいた。

 カレーをとろりとかけて、黄身が半熟の目玉焼きを乗せれば完成だ!


 真っ白つやつやなご飯にかかる、具だくさんのカレー。それに黄身の色が鮮やかな目玉焼き。

 それを目の前に置くと、妹の目がキラリと光った。

 前のめりになってカレーの匂いを鼻から胸いっぱいに吸い込んでいる。

 片手にスプーンを握りしめて、カレーを凝視している妹の姿に、みんな微笑ましい視線を向けていた。



「――いただきます!」



 全員がテーブルに着いたのを確認すると、妹は嬉しそうに両手を合わせて、いつもの挨拶をした。

 スプーンで真っ先に卵の黄身を潰した妹は、たっぷりとカレーと黄身を混ぜ合わせて、ご飯とカレーをスプーンに山盛りにした。そして、それを大きく口を開いて――がぶり、と口に含んだ。

 途端、妹の目が大きく見開かれ、頬が薔薇色に染まる。

 目の中に星が飛んでいるんじゃないかってくらい、目を煌めかせて、もぐもぐとほっぺを栗鼠のように膨らませて、幸せそうにカレーを味わっていた。

 ――ごくん。

 妹は、最初のひとくちを飲み込むと、はあーーっと、満足げに息を吐いた。

 そして、じっと手元の皿を見ていたかと思うと、ふっ、と微笑んで、またスプーンで食べ始めた。


 その一部始終を見ていた私は、どこかしらホッとしていた。

 ジルベルタ王国を出発してからの数日間、妹の足取りを追うようにしてこの国へ来たけれども、そこで私が見たのは、私が知る妹とは別の、聖女としての妹だ。


 ……国境で見た凄まじい聖女としての力。

 ……浄化を終えたこの国で見た、熱狂的に迎えられている聖女としての妹。

 どれもこれも、私の知る妹像からは想像すらできなかった、この世界での妹の姿だ。

 たった数日間。短い間だったけれども、私は妹についていろいろ感じさせられ、考えさせられた。


 ――心配で心配で堪らなかった。

 ――凄まじい聖女の力が、少し怖かった。

 ――皆から喝采を浴びる妹が、なんだか誇らしくもあり、眩しくもあった。


 自分のやりたいことを、今、一生懸命になってやっている妹が、なんだか私の知らない誰かになってしまったような……そんな気分になった。

 知らず知らずのうちに、親のような気分になっていたのかもしれない。

 幼稚園や保育園の発表会で、自分の知らないところで努力をし、成果を見せている我が子の姿を見た親が、静かに涙するように。

 巣立ちをしよう、私から自立しようと頑張っている姿に、私も切なくなって……けれども、反面、その成長が嬉しくもある。なんとも複雑な気分だ。

 だからこそ、いつも通りのご飯をもりもり食べる姿に安堵する。

 ……勝手なものだなあ、と思う。



「おねえちゃん!食べなよ!冷めるよ!」



 妹は既にカレーを半分ほど食べきっていた。私がひとくちも食べていないのに、恐ろしいほど早い。

 おかわりを早くしたいのが見え見えで、焦ってスプーンを口に運ぶ妹がおかしくて、私は笑って「おかわりなら沢山あるから、ゆっくり噛みなさい」と、いつも通りの小言を言った。



「それにしても、美味しいですわね。これ。カレーというのだったかしら」



 サリィさんはスプーンの上のカレーを眺めて、感心したようにそう言った。



「辛くないですか?」

「ええ。ちょっとぴりっとするけれど、丁度いいわ」

「……私には、辛すぎるんだが……」



 その声がした方向をみると、カイン王子が顔を真っ赤にさせて、うつむいていた。

 余程辛いのか、だらだらと大量の汗が流れ落ちている。 

 ……我が家のカレーは、中辛と辛口のルーを混ぜてあるので、意外と辛めだったりする。更にカレー粉まで入れているので尚更辛い。

 ラッシーか何かあればいいのだけれど…ヨーグルトを自分で作る勇気はない。なんだか別の菌を繁殖させてしまいそうで恐ろしい。



「ほら、カイン。サラダ食べなよ。さっぱりするよ」



 そういって、妹はカイン王子にサラダを勧めていた。

 カイン王子は、サラダをひとくち食べると、口の中の辛さが和らいだのか、ほっとした顔をした。



「林檎か?ああ、これはいい。辛さが和らぐ。それに林檎の甘みと、マヨネーズが……いい! 流石、マヨネーズ……!」

「カインって放っておくとマヨラーになりそうだよね」



 生姜焼きを食べて以来、マヨネーズ大好きなカイン王子に、サラダの味は口にあったらしい。

「ひより、マヨネーズは素晴らしいものなのだぞ?」と、何故かマヨネーズの魅力を語りだしたカイン王子の話を、妹は楽しそうに話を聞いている。そして、空になったカイン王子のグラスに水を注いであげていた。

 

 そんな、微笑ましい若者たちを見守りながら、私も漸くカレーに手をつけ始めた。


 スパイシーなカレーの匂いは、その匂いを嗅ぐだけで、じんわりとよだれが染みてくる。

 ……辛さを確認するために、先にルーだけにしようかな。

 私はごろごろと大きめの野菜と鶏肉が顔を覗かせているカレーをスプーンですくうと、ひと口食べた。


 はじめに感じるのは、スパイスの強烈な香り。パンチの効いたスパイシーな香りが鼻を抜けたあと、舌の上でとろとろに煮込まれた野菜たちが主張し始める。

 柔らかな人参は、カレーの濃厚さの中で、甘い余韻を残していき、大きめのじゃがいもはほくほくとろとろ。食べ応えがある。それと、鶏肉だ。鶏肉は長時間煮込んだから、ほろりと口の中で解れるほど柔らかい。

 それらを纏めているのがカレーのルーだ。

 煮込んだ野菜、肉から出てきた出汁を綺麗に纏めて、一緒に煮込んだトマトの酸味をも包み込んでまろやかにしている。そしてたっぷりと時間をかけて炒めた玉ねぎのお陰で、味に深みと甘みがプラスされて、更に美味しさに奥行きが出ている気がする。

 ぴりぴりと口の中を刺激する辛味は、カレーの奥深い旨味とともに、体を芯から温めてくれて、私の額からはじんわりと汗が滲んできた。その辛味は、体を温めるだけでなく、脳内に次のひとくちを早く口へ運べ、運べと信号を発しているのだ。


 ……うん。いつも通りの辛さだなあ。美味しく出来た気がする。


 そう思って、今度は白飯ごとスプーンで掬って食べた。

 鍋で炊いたご飯は固め。その米粒一粒一粒にカレーが絡んで、甘いご飯に辛いカレーが混じり合うと、恐ろしく美味しくなる。

 カレーとご飯を半々くらいの割合で掬って食べてもいいし、敢えてルーとご飯を交互に食べてもいい。

 うっかりルーを食べ過ぎてしまって、白いご飯が皿に残っても、微かにご飯についたカレーの余韻だけで食べられる。…カレーはルーだく!と常日頃から言っている、妹からしたら物足りないかもしれないけれど。



「いやあ、数日間のおねえちゃんのご飯断ちの後にカレーをもってくるとは……おねえちゃんは、罪な女だよ……」



 妹はご飯が盛られたお代わりの皿を、カレーの海へと変貌させながらも、しみじみと呟いた。



「なにそれ」

「おねえちゃんのご飯はおいしいってこと!」



 そう言って、勢いよくカレーを口に運んだ妹は「うまい!」と無邪気に叫んで、その後お代わりを二杯もした。

 そんないつも通りの妹に、私は「太るよ」と笑いながら、お代わりのご飯をよそってやった。


 大鍋で作ったカレーはあっという間になくなって、皆、満足してくれたようだ。

 後片付けをして、お茶を頂いていると、妹は冷たい水を口に含んで、ぐったりと今もなお辛さを訴えているカイン王子に、「お子ちゃまだねえ」と言って、からかって遊んでいた。

 そんな様子を微笑ましくみていると、妹が私の視線に気付いたのか近づいてきた。

 そして、私の隣に座ると、恥ずかしそうに「今日のあれ(・・)は忘れてね」とまた言ってきた。

 例の踊り子のような衣裳のことを言っているのだろうけれど、私が「無理だよ」と断ると、妹はまた頬を赤くして「どうして!?」と詰め寄ってきた。



「うーん。私の妹が、皆にありがとう、お帰りって盛大に迎えられている場面だよ?……私も嬉しかったから。忘れたくても、忘れられないよ」



 そういうと、妹は照れたのか、変な顔をした。



「……もう。おねえちゃん……でも、やっぱりあの格好のことだけは忘れて!」



 そういって、私の頭を掴んでぶんぶんと振り始めた。……一昔前の機械じゃないんだから、そういうことをしても記憶が消えるわけもないのに、妹は必死だ。そのうち世界がぐるぐると回って目が回ってきた。

 私は耐えきれなくなって、妹の手を掴んで私の頭から引き剥がすと「仕返し!」と言って、妹の頭を掴んで振り回してやった。

 妹はすかさず、私の手を引き剥がすとまたやり返す、を繰り返す。

 頭をぐちゃぐちゃにして、お互い小さな子供でもないのに、暫くじゃれ合った。 


 ――それは、聖女でも聖女の姉でもなくて、久しぶりの姉妹としての触れ合いだった。

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