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晩酌6 お月見と月下で舞い踊る人外たち 4

 ティターニアが指差したもの、それは太陽の光を反射しているというだけでは、説明がつかないほど眩く輝く大きな月だった。

 ここに来るときに見た月はこんなに輝いていなかった。

 ……これが、月の魔力、というやつなのだろうか。

 その月の様子は、あまりにも普段見る月とは異質で、暗い夜空の中で強烈な存在感を醸し出している。

 なんだか、そこにあるだけなのに、とても恐ろしいものに見下されている気分になり、身震いしてしまった私は、両腕で体を抱きしめた。それに気づいてくれたジェイドさんが、そっと私の肩を抱いて寄り添った。ジェイドさんの体温を感じて、少しだけれど心が落ち着いてきた気がする。


 ――その間にも、青白い月からは、神秘的な月の魔力がうねるように放たれ、それが地上を一層明るく照らしている。

 一面にどこまでも広がる草原にその力は満遍なく降り注ぎ、そこで月光浴をしていた人外たちは揃って月を見上げていた。



「月の魔力が満ちるとき」



 ティターニアが歌うように言う。



「大地に月の冷たく清浄な魔力が降り注ぐ」



 ティターニアの台詞を引き継いだテオは、大きく両腕を空に伸ばした。

 そのテオの仕草が皮切りになったように、人外たちも揃って空に向かって腕や触手、そういうものを持たない四足の人外は後ろ足で立って、精一杯体を空に向かって伸ばした。半透明の大きな人外なんて、体を伸ばして空をどこまでも昇っていく。空を飛べる人外も、一緒になって高く、高く、どこまでも月を目指して飛んでいった。


 誰もが夢中になって月を見つめている。清浄な月の魔力を一身に浴びて、気持ち良さそうに目を細めている。

 ……どうにかして、月に近づきたい。その魔力をもっと近くで感じたい。

 そんな人外たちの、心の声が聞こえてくるようだ。


 風が草原を駆け抜ける。

 ひゅう、と吹き込んだ秋の冷たい風に、月の魔力が乗って白く見える。だから、空気の流れるさまがありありと視ることが出来た。

 ふわりと白い魔力を含んだ風は、幾重にも重なってベールのようにあたりを包む。

 風の音、草花が風にそよぐ音。それ以外の音はこの時、この場所に存在しなかった。瞬きの音すら、この空間を、この静寂を穢すものとなり得るような気がする。息すらもすることが憚られるような、神聖な雰囲気にあたり一帯が包まれた。

 ――そのときだ。



 ――ららら。



 静寂を破って、どこからか、歌声が聞こえて来た。

 静まり返っていた草原に流れる風の音に、少女の歌声が混じり合う。

 月を眺めていた私の視界に、いつか見た半透明の小さなそれ(・・)――ウンディーネが入り込んできた。



「さあ、人外共の宴もいよいよ佳境だ。さあさ、歌えや。踊れ。賑やかしの精霊共もやってきた」



 テオがそう言って、懐から小さな笛を取り出し奏で出す。

 ひゅるりら、ぴゅるる、と笛の甲高い音がし始めると、人外たちは空を見上げるのをやめて、楽しそうに体を揺らし始めた。

 やがて、大勢の夜空に舞い踊るウンディーネたちが、いつかのように本格的に美しい声で歌い出した。

 すると歌声に呼応するように、どん、どん、と、どこからか太鼓を叩くような音が聞こえ始め、草原の至るところに、真っ赤な炎が人魂のように揺らめいて辺りを照らし、風は笛の音に合わせて、ぴゅうぴゅうと音を鳴らした。



「すごい……!ウンディーネ、ノーム、サラマンダー、シルフまでやってきた」



 ジェイドさんが感極まった声でそう呟いた。

 人外に溢れていた草原は、いまや精霊まで入り混じって、月の青白い光の下でとても賑やかだ。

 ――精霊といえば、まめこは……?

 他の精霊たちが楽しそうに歌ったり演奏したりしているなかで、ドライアドであるまめこがなんとなく気になって探す。……ドライアドはこの宴にどうやって参加しているのかが、無性に気になってしまった。

 人外の中にまめこの姿を探すと、ようやく頭に枝豆の花を咲かせたまめこを見つけた。


 ……まめこは他のドライアドたちと一緒に、一列になって、ひたすらぶんぶん左右に揺れながら練り歩いていた。

 ……そう、ただ歩いているだけだった。


 ……踊り担当!多分、ドライアドは踊り担当なんだ。


 他の精霊に比べると、残念なドライアドたちが可愛らしくて、私は笑いを堪えるのが大変だった。


 やがて大小様々な人外たちが、ドライアドの列に加わると、大きな円を作ってぐるぐると回り始めた。そして、ウンディーネに対抗するように、人外たちも個性的な鳴き声を上げ始めた。

 ギャアギャア、ぴいぴい、とまるで夜のジャングルの中にいるような、様々な鳴き声と、生き物の生命力を感じさせる気配。

 そして、それにウンディーネの歌声、精霊たちの演奏が、まったく違うメロディ、そして調子なのに、なぜかしっくりと調和して、素晴らしく力強い音の本流となって私の鼓膜を震わせた。

 その生命の奏でる音を、しっかりと感じたくて私は目を閉じて耳を傾けた。


 ――それは、人ではないけれど、確かにそこに存在して、息づいている者たちの魂の音そのもの。


 月の魔力を浴びて、嬉しそうに月下で舞い踊る人外たちの宴は、しばらくの間続いた。



 じゅう、とお団子が炭火で焼けて、焦げを作っている。

 小さな小鍋に、片栗粉、水、砂糖、醤油を混ぜたものを入れて、ふつふつと煮立ってとろみがつくまで煮詰める。

 そして、焼けたお団子に、飴色のみたらしのたれをかけて完成だ。



「どうぞ。お月見団子ですよ」



 人外たちの宴は終わりを告げて、多くの人外は自分の領域に帰っていった。草原に残っているのは、私達と、未だに歌と演奏を飽きずに続けている一部の精霊たちだけだ。

 月からあれほど降り注いでいた魔力もなりを潜め、月は美しいけれども通常の姿を取り戻していた。



「ぬ!これも、もちもちじゃのう。これはいい」



 みたらし団子は、ティターニアのお気に召したらしい。

 甘くて、しょっぱいみたらしのタレが、焦げがついた香ばしいお団子に絡んで、もちもち、とろりと堪らない優しい味だ。

 たっぷりかけたみたらしのタレはまだ温かい。それにひとくちお団子を食べるたびに、たっぷりタレを追加で絡ませて食べると、なんだか贅沢な気分になれる。



「和菓子は癒やしですね……人外におつまみを粗方食べられてしまったから、飲んだ後のお団子がお腹の具合的に丁度いい感じなのは、計算違いでしたけど」



 お腹いっぱいになったことを考えて、明日食べてもいいかと思っていたけれど、みんなそこそこお腹に余裕があったらしく、お皿に山盛りだったお団子はあっという間に売り切れた。



「このもちもちが堪らぬ。また作れよ、茜」

「ティターニアがもちもち系が好きなのはわかりましたよ。今度おしるこでも作りましょう」

「もちもちか?」

「もちもちですよ」

「……うむ!うむ!楽しみにしておる」



 そう言ってティターニアは嬉しそうに、白いソファに身を投げ出して足をバタバタと動かした。



「……テオ?」



 私は焼きあがった団子をお皿に乗せて、空をぼうっと眺めているテオに近づいた。

 いつも騒がしい彼が、珍しく静かなものだから、何かあったんじゃないかと心配になってしまう。

 テオは私が声をかけても、しばらく無言で空を見つめていた。

 ……なにかあるのだろうか。

 そう思って、テオの視線の先をみても、大きな月と、未だに歌い続けているウンディーネが舞い踊っているだけだ。



「テオ。お団子食べないの?」

「……ああ。茜。ありがとう。これは美味そうだね」



 そういったテオの声は、いつもの大仰な口調ではなくて、どこか気もそぞろだ。



「……何を見ているの?」



 私はなんだか、どこか寂しげなテオの様子が気になってしまって、思わず聞いてしまった。

 そんな私の問いに、テオは私の方を見て肩を竦めた。



「遠い過去を視ていたのさ」



 テオらしい、気障ったらしい台詞だけれど、そこには私の知らないテオの真実が含まれているような気がした。


 テオにお団子を渡して戻ってくる途中、ジェイドさんの方をみると、なんだか疲れた顔をしている。

「大丈夫ですか?」と声をかけると、ジェイドさんは曖昧に笑った。



「無事に何事もなくて、気が抜けてしまったみたいで……ははは。情けないなあ」



 そういって、ぽん、と私の頭に手を置いた。

 その時、さっき迄の雰囲気はどこへやら、元気いっぱいなテオが割り込んできた。



「はっはっは!君も中々繊細な心をもっているようだね!僕の触れるとすぐに折れそうな、ガラス細工のような心には負けるけれどね!」

「ちょっと疲れてるんで、話しかけないでくれるか」

「とうとう君までもが、僕に冷たい!」



 テオはその場に崩折れて、芝居がかった泣き声をあげた。

 そんなテオを見て、みんなで顔を見合わせる。

 ……そして、どちらからともなく、ぷっと吹き出して笑いだした。


 月の煌々と照る、広大な草原。

 忌み日と呼ばれる、人間は閉じこもっているはずの日。

 けれども、今日ばかりは、私達の穏やかな笑い声が草原中に反響していって、最後には風に混じって消えていった。

「美貌の魔王は、人間界を侵略する……ご飯で。」という短編を投稿しました。

某賞に応募するため、6000字縛りの「美味しい話」というテーマです。

……短くするのが難しくて、実験的な作品になってしまいましたが、さらっと読める作品なので、お時間があれば読んでみてください。

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