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晩酌6 お月見と月下で舞い踊る人外たち 1

「茜。今晩は妾と飲むぞ」



 朝、目が覚めると、目の前に妖精女王がいた。

 ぼーっとして鼻がくっつきそうなほどに近い美しい妖精の顔を眺めていると、「聞いているのか馬鹿もの」とティターニアは頬を膨らませた。



「朝っぱらから、夜の晩酌の話ですか……ティターニア」



 寝起きの動かない頭に、いきなりとんでもなく美しい顔が飛び込んできたものだから、なんだかまだ夢の中にいるようで現実味がない。

 何はともあれ、自分の上に他人がいる状況がなんとなく嫌で、寝ぼけ眼を擦りながら、なんとか起き上がろうと藻掻いた。けれども、お腹の上に乗ったティターニアは存外に重く、更にはティターニアには私の上から降りる気がさらさらない。

 朝からなんだか疲れる展開に、私がため息を吐いていると、そんな私の様子なんてお構いなしに、ティターニアは私の上で楽しそうに頬杖をついた。

 ……肘が私の胸を圧迫して、結構痛い。



「そうじゃ、今晩は月見をするぞ、茜。美味い酒を用意しておけ」

「――お月見、ですか」



 秋といえば十五夜。日本では毎年お供え物をしていたけれど、異世界でも似たような風習があるのだろうか。

 そんなことを考えていると、ティターニアはにんまりと笑って、足をパタパタと機嫌良さそうに動かした。



「今夜の月は大層美しいぞ。茜、楽しみじゃの」



 ティターニアの三日月形に歪んだ目と、吊り上った口元に、私はそこはかとない不安を覚えた。



「ぷひん」



 ティターニアを私の上から引き剥がして、パジャマから着替えた後、階下へ降りていくと縁側に可愛らしいうり坊を見つけた。

 木の枝の尻尾の葉っぱを、真っ赤に紅葉させたうり坊――山の主は、葉っぱで編まれた籠の横で、太陽の光を浴びながら、うとうとと微睡んでいる。

 まんまる、ふわふわのうり坊が、四足を開ききって、縁側でだらりと弛緩している様はとても可愛らしい。



「……今日はどうして朝から人外だらけなの……?」



 私がそう呟いたのには、訳がある。

 ついついうり坊に目が行ってしまったけれど、居間のソファには何故か道化師な格好をしたテオが座ってお茶を飲んでいるし、庭ではまめこがレオンを追い掛け回してはしゃいでいたのだ。

 更に、私の後ろからティターニアがひょっこりと顔を覗かせて、「ほほ。皆、揃っておるようじゃ」と笑っている。



「ティターニア……」

「ふふふ、今日は特別じゃ。特別。茜、今晩の晩酌用の馳走は、秋らしいものがいいのう」



 そんなことのんびり話しているティターニアを、じろりと睨む。

 ティターニアがみんなを連れてきたのかと、理由を聞きたくて顔を見るけれど、妖精女王は笑うばかりで話してくれそうに無い。



「みんな、普通にここにいるけど、大丈夫なの?もう直ぐジェイドさんも、ひよりも来るけど。いつもはなるべく会わないようにしているでしょう?」

「構わぬ。言ったであろう?今日は特別。世界が人外で溢れる(・・・)のが、普通なのじゃ」

「溢れるって……?」

「あ!ティターニアだ!」



 私がティターニアにもう少し詳しく話を聞こうとすると、妹の声が割り込んできて、妖精女王の興味は妹のほうへと移ってしまった。ふたりは互いに挨拶をした後、楽しそうに笑いあって話をしている。

 そんなふたりの様子に、私はなんだかそれを邪魔するのも悪いと思って、仕様がないので今晩の晩酌へと意識を飛ばした。


 ……どうせ、ティターニアの誘いは断れはしないのだ。

 ……ここで、何を言っても変わらないのであれば、さっさと思考を切り替えよう。


 そう考えた私は、お月見といえば、お団子。あとは里芋かな、なんて考えつつ、何を作ろうかと頭の中のレシピを捲った。



「ああ……嫌な予感がしたんだよ……」



 その後に来たジェイドさんは、居間に勢揃いした人外たちをみて頭を抱えた。

 朝ごはんを人外たちと一緒に食べて、食後のお茶を飲んで寛いでいた私たちは、居間の入り口でしゃがみ込んでしまったジェイドさんを不思議そうに眺めた。

 ジェイドさんは暫くそうしていたけれど、頭をわしわしと掻くと、何かを決意したように立ち上がって私へ詰め寄った。



「茜。今晩は家を出てはいけないよ」



 そういうジェイドさんの顔はとても真剣だ。

 のんびりと、膝の上に山の主を乗せて撫で摩っていた私は、あまりの剣幕に引いてしまった。

 私に詰め寄るジェイドさんに戸惑っていると、ティターニアが私達の間に割り込んできた。

 ティターニアは膝の上の山の主を追い払うと、私を正面から抱きしめて、髪を優しく撫でながら言った。



「それは聞けぬなあ。人間の雄よ。茜は、今晩妾と先約があるのじゃ」

「……妖精女王!それは勘弁してください」

「何故じゃ?妾たちの宴に茜を招待するだけだというに」

「何が起こるかわかったものじゃないでしょう!」

「ほほ。必死じゃのう。そんなに心配するならば、お主も来ればよかろう」



 私からは表情はみえないけれども、ティターニアが面白がっているのは声の調子でわかった。



「茜もわかっているのか?今日という日の特異性のことを」

「……どういうことですか?」



 ジェイドさんの声の様子に、不穏な空気を感じる。もしかして、私はまた恐ろしいことに知らず知らずのうちに、巻き込まれるところだったのだろうか。

 私に抱きついているティターニアの体を手で押して引き離すと、やっとジェイドさんの顔がみえた。

 漸く見ることが出来たジェイドさんの顔は、眉間に皺を寄せて、眉を釣り上げたまるで怒ったような顔だった。



「今晩は、一年のうちで一番月の魔力が高まる日なんだ。魔力に釣られて、普段は影に潜んでいる有象無象が這い出す忌まわしい日。人間は窓を閉めきって、月の光が入ってこないようにして過ごすのが一般的なんだよ」

「は、這い出す……?」

「そうだよ。だから、どんな不可思議なことが起きてもおかしくない。お願いだ。茜。――どうか、今晩だけは」



 ジェイドさんは、表情を緩めると、今度は祈るような顔で私にそういった。

 あまりの真剣な表情、そして言葉に、私の胸に不安がよぎる。

 ……このまま流されてしまっては、大変なことになるような予感がひしひしとする。

 そう考えた私が、ジェイドさんに向かって何か言葉を発するまえに、必死な彼を嘲笑うような、ティターニアの楽しそうな声がした。



「ああ――全く。おかしなヒトじゃ。……いい加減、うざったいのう。お主がどういおうと、妾と茜の約束の方が先じゃ。それとも、ヒトの雄よ。お主は妾の邪魔をするというのか?」



 表情が見えない分、ティターニアの声が、機嫌が冷え込んでいくのがありありと解る。

 私はその声を頭上に聞きながら、大いに焦った。

 このままじゃあ、ジェイドさんに何をされるかわからない……!

 私は急いで表情を取り繕って、ティターニアに話しかけた。



「だっ……大丈夫ですよ!ジェイドさんは心配性だなあ!ねえ、ティターニア」

「うん?」

「絶対に危ないことはしないんでしょう?」

「ふむ。妾がいるからのう。友の身に危険が及ぶわけがない」



 ティターニアの自信ありげな言葉に、私はほっと息を吐いた。

 ……多分、大丈夫!人外な価値観でそういっている可能性も捨てきれないけど!

 私は引き攣りそうになる頬をなんとか引き締めて、ジェイドさんに笑顔を向けた。



「ほら!大丈夫だって。心配なら、ジェイドさんもご一緒しましょうよ。特別な日らしいですから、張り切って料理の腕を振るわなきゃ。料理に慣れたジェイドさんが手伝ってくれると助かります」

「……」

「ね、そうしましょう?」

「まったく。貴女って人は……」



 ジェイドさんは大きくため息を吐いて、呆れ顔でこちらをみると、諦めたようにふっと笑った。



「わかったよ。でも、危なそうな事態になったら、直ぐ帰るからね」

「はい。よろしくお願いします」

「だから、危ないことなぞ無いと言っておるに……強情な雄じゃの」



 私はそんなことを言うティターニアに聞こえるように「精霊界……」と小声でつぶやいた。すると、ティターニアは無言で私から離れ、縁側でレオンとじゃれ合っている山の主に、唐突に興味がでたような素振りを装って、行ってしまった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 昼食を終えると、早速晩酌の準備にとりかかることにした。

 ひよりも、今日ばかりはお休みらしく家にいた。どうやら、忌み日というのが関係あるらしく、今日は城に務める人々も午前中で仕事を切り上げて帰るらしい。

 窓から見える外の景色はいつもと変わりないけれど、なんだかいつもより静かな気がするのはそういうことなのだろう。

 ひよりは、私がティターニアと晩酌にでるというと、大層羨ましがっていた。けれども、ジェイドさんや周りの人に全力で止められて、渋々留守番を承知していた。

 どうやら、忌み日というのは本当に恐れられているらしい……。


 居間をみると、朝から居座り続けているティターニアとひよりがテレビゲームをやっている。

 体全体を使ってやるゲームだから、コントローラーを握りしめた妖精女王が飛び跳ねているという、不思議な光景が私の目に飛び込んできて、微笑ましいやら、負けず嫌いですぐ呪いを発動しそうになるティターニアの本性を考えると、なんだか複雑な気分だ。

 山の主はすっかりレオンと打ち解けて、二匹揃ってまめこに寄り添ってお昼寝をしているし、テオはティターニアが何かする度に、大興奮して大げさに踊るようにして妖精女王を讃えている。そんなテオに、妹はドン引きだ。

 人間より人外の方が多い我が家の居間から、そっと視線を外して私は目を瞑った。

 なんだろう、半分は自分が招いた結果とはいえ、居間の混沌っぷりはなんだか簡単には受け入れがたい。



「茜、どうしたんだ?」



 ジェイドさんが私を心配そうに見つめている。

 優しいジェイドさんをこれ以上心配させないために、私は笑顔を作って「なんでもありません」と言っておいた。


 さて、お月見といえばお団子。それに里芋や果物をお供えして、秋の実りに感謝をする。それが我が家のお月見のスタイルだ。

 流石に、お団子や芋だけではお酒のあて(・・)にはならないので、他の料理を作らなきゃいけないけれど……。


 手元には山の主が持ってきてくれた山の幸がある。

 その中で一番目を引くのは硬い殻で包まれた銀杏だ。

 秋になると、銀杏(いちょう)の木のしたで、異臭を漂わせることで有名な銀杏。

 銀杏の落ち葉で埋め尽くされた黄金色に輝く遊歩道なんて、秋になると必ずニュースに取り上げられている。けれども、テレビで流れているニュースを眺めながら、実際に行ったら臭そうだなあ、なんて思っていたものだ。……実際は、落ちた側から地元民が拾ってしまうらしいけれど。

 匂いもあるけれど、食べるまでが意外と大変な銀杏。口に入った瞬間の青い旨味はなんともいえず、お酒のおつまみにも、おやつにもいい一品だ。

 せっかく山の主が持ってきてくれたのだ。これを使わない手はないだろう。

 銀杏は茶碗蒸しなどの具にもなる。けれども、どうせなら焼いた銀杏をそのまま食べたい。

 むちむちした食感の銀杏は食べ始めるととまらない、危険な一品になる。これならティターニアも気に入ってくれるはずだ。


 もう一つ入っていたものは、これ。

 秋の味覚といえば茸。今日、山の主が持ってきてくれたのは舞茸だ。また異界の素材を喚び出したようだけれど、今回は山の主も魔力不足に陥っていないようで安心した。

 大きな舞茸は天然物特有の、強烈な匂いがしている。この土のような、落ち葉のような匂いは、スーパーで売っている舞茸とは段違いだ。扇状の茸のかさ(・・)が幾重にも重なっている舞茸の匂いは、旨味たっぷりな舞茸の味を想像させてくれて、とてもいい匂い。私は思わず鼻を近づけて、胸一杯に匂いを嗅いでしまった。それに、茶色いかさは身が厚くて食べ応えがありそうだ。

 ……そういえば、茸類は今年初めて食べる。

 山の主からの秋の贈り物を嬉しく思いながら、舞茸を使ったメニューを頭に思い浮かべる。

 かりかり、しっとりとした天ぷらも捨てがたいし……単純にバターで炒めるだけでも美味しい。天然物は中々たべられるものではない。是非ともこの舞茸を一番おいしい調理法で味わいたいものだ。

 ……ううん、どうしようか……。

 悩みに悩んだ私は、冷蔵庫に入っている、もうひとつの秋の味覚を思い出して、何を作るか決めた。


 冷蔵庫から、先日食べたドラット――鮭相当の魚――の身を取り出す。

 たくさん買ってきたドラットのうち、幾つかはおにぎり用に塩漬けにしておいたけれども、残りはムニエルにでもしようかとそのままにしておいた。

 鮭ときのこの相性は恐ろしくいい。それとたっぷりの野菜と一緒に、ちゃんちゃん焼きにしようかと思う。

 香ばしい味噌の風味に、きのこの旨味がプラスされると、きっとドラットの身は美味しく化けてくれるはずだ。


 ドラットの身は三センチほどの厚みに切り分けて、塩を入れた酒で洗っておく。これで、臭み取りにもなるのだ。舞茸は食べやすいサイズに手で裂いておく。あとは人参を細切りに、玉ねぎは薄切り、キャベツはざくざく適当な大きさに切っておく。

 あとは味噌だれだ。味噌に砂糖、みりん、酒をいれて、にんにくのすりおろしをたっぷり。少し甘めの味付けにするのが我が家流。

 これも下拵えが終われば、銀杏と一緒であとは食べる直前に調理すればいい。



「ティターニア。どこで晩酌をするの?」

「この間行った草原があるじゃろう?あそこは遮るものがなくて、月が大層美しく見えるからのう。あそこにしようと思っておる」



 ……どうやら、屋外での晩酌になりそうだ。だったら、尚更ちゃんちゃん焼きは都合がいい。

 私は、ジェイドさんにバーベキューコンロの用意をお願いした。

 大きな鉄板で焼きながら食べるちゃんちゃん焼きもおつ(・・)だろう。


 あとはお月見団子。

 上新粉と白玉粉、砂糖を合わせたものに、水を少しずつ入れていってよく混ぜる。

 混ざったら棒状にして、一個ずつに切り分けたら、丸く成形する。たっぷり沸かしたお湯にお団子を浮かべると、少ししてぷかりとお団子が浮いてきた。

 ……これで、お団子も茹で上がった。それの粗熱をとったら、お月見団子としてはちょっと邪道だけれど竹串に刺しておく。

 折角炭を使うのだから、食べるときに少し炙ってから、甘じょっぱいタレをかけて、みたらし団子にしよう。


 私は手元に出来上がった団子を、お皿にピラミッド上に積み上げた。それを眺めて、なんだか嬉しくなる。

 久しぶりの和菓子。

 その時の私は、忌み日なんていう響きに正直不安なところも感じながら、色々と用意した料理を、月を眺めながら美味しく食べられればいいなあ、なんてのほほんと考えていた。

 ――私も随分、この世界の不可思議加減に慣れてきたのかもしれない。

 脳天気な私は、慣れって素晴らしい!と自画自賛した。

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