金色オムライスととろとろコーンスープ後編
想像して欲しい。
古びた昭和の香りがするステンレスのキッチン……いや、台所に金髪碧眼のイケメン王子がいる光景。ついでに銀色の鎧の上にエプロンつけた護衛騎士も追加。なんだか、恐れ多いやらなんやら、よくわからない感情で胸がモヤモヤしてしまう。
ちなみに洗面所問題は妹がさっさと着替えて戻って来たので、カイン王子を案内してくれて解決済である。
「ジェイドさん、もしかして……王子様もいらっしゃった、ということはこちらで夕食を召し上がるんですかね」
「……おそらく。給仕担当の侍女も来ているようですし、今この家の周りをいつもの倍以上の兵士が警護しているようですし……」
ジェイドさんの言葉にハッとして、居間の方を見るとメイド服を来たお姉さんが3人無言で佇んでいる。
これまた昭和の雰囲気溢れる居間(ちゃぶ台完備)にメイドさん。畳の上のメイド服に一瞬気が遠くなる。
そしてキッチンの窓からは、いつも以上に物々しい警備がみえた。……怖い顔をした兵士たちがこちらをじっと見ていた。
――困った。
両親が死んでから、妹の為にと家事炊事をこなしてきたけれど、それは素人なりに、であって私は物凄い料理上手という訳ではない。私の料理なんてあくまで家庭料理の域をでない。
そんな私のオムライスをメイドさんが給仕して王子様が食べる……?
「ジェイドさん、王族にご飯……私のご飯……本気ですか?嘘でしょう?逃げてもいいですかね」
「その気持ち、よくわかりますよ。ええ。でも逃げるのは却下で」
ジェイドさんが笑顔で斬り捨てる。
私が絶望した瞬間、炊飯器の電子音が実に素晴らしいタイミングで鳴り響いた。
心の中で逃げ道がないかと、ぐるぐる考えつつも、体は関係なく炊き上がりを知らせてくれた炊飯器へふらふらと近寄る。パカリとふたを開けると、途端ぶわりと湯気が立ち上がり、真っ白なつやつやのご飯が顔を出す。
――いい感じ。
お腹がぐぅ、と小さく主張する。朝から市場に行ったせいかやたらとお腹が空いている。こんな状況でも鳴る腹の虫がちょっと腹立たしいけれど。
しゃもじでふんわり炊き上がった米をかき混ぜて、必要な分をボウルにとりわける。
――コーンスープの方は、ジェイドさんに任せよう。心の傷を癒すためにも。
粗熱が取れたので、さっき煮込んだものをミキサーへ。また新たに現れたミキサーなる謎の道具にジェイドさんは興味津々、ワクワクしている。
しげしげと見つめている彼を尻目に、コンセントに電源を挿しこみ、ちょいちょいと手招き。
「?」と不思議そうな顔で近づいてくる。何も言わないで、わざと一瞬だけスイッチを押す。
ぶいいいんっ!
「ぬわっ!?」
びくぅっと驚いて、素早く腰の剣に手を添えるジェイドさんに思わず腰が引ける。ここで抜刀するのは勘弁してほしいけれど、ちょっとだけ驚かせることが出来たので内心仕返しした気分。
「今のは風の魔法ですか……!?こんな小さな瓶の中限定で発動させたんですか……?」
「いや、違う違う!」
また魔道具扱いされた。未だ警戒するようにミキサーを見つめる彼をなんとか宥めて、魔法ではなくて電気で動く道具だと説明する。「なんと、雷魔法でしたか!」と斜め上な解釈をしようとしたので、慌てて訂正しておいた。
よくわかったような、わからないような顔をしていたけれど、取り敢えずボタンを押すと中のものが粉砕されるのは理解したみたい。
恐る恐るボタンを押しては、ぶいいいんっ!と動くミキサーにびびりつつ、とっても楽しそう。
ある程度滑らかになったところで、ミキサーの中身を細い目のザルで濾す。
ジェイドさんはプリンの時も茶漉しで濾す作業をしていたので、手慣れた感じでやってくれた。プリンと一緒でここで手を抜いてはいけない。とろとろの舌触りを得る為に丁寧に濾す。因みに濾し器なんてのはうちにはない。買っておけばよかったと、今更ながらに思う。
何度か濾したあと、小鍋に移して温めながら牛乳で伸ばす。じゃがいもでもったりしてる分、焦げやすいので注意。木べらで丁寧に。
ある程度ゆるくなったら、残しておいたとうもろこしを具として入れて、塩胡椒して一煮立ち。食べるときは乾燥パセリをお好みで。
味見をしてみると、とうもろこしの甘みがふわっと口の中に広がる。
小皿に取り分けてジェイドさんにも味見をしてもらう。ジェイドさんが口に含んだ瞬間、ぱっと目を見開いた。ゆるゆると頰がゆるんで、顔が美味しいって言っているみたい。
私はそれをみて嬉しくなって、ジェイドさんから見えないようにぐっと小さくガッツポーズをした。
残るはオムライスの仕上げのみ。
熱したフライパンにベーコンをぽん、といれる。
じゅうじゅう焼けるいい匂い。
少しの煙が立ち昇るようになると、美味しい脂がじんわりとしみてくる。ある程度脂が出てきたら、一旦ベーコンを取り出す。カリカリにしすぎてもいけない。最終的に柔らかいご飯と一緒になるからには、食感は大事。
ベーコンの旨味たっぷりの脂で玉ねぎをしんなりするまで炒めて、またベーコンを戻す。
とろりとした玉ねぎと、香ばしいベーコンをひと混ぜふた混ぜ。それらを端っこに寄せて空いたスペースにケチャップを入れる。
すると、ぐつぐつケチャップが煮立つ。水分が抜けて味が濃くなる。酸っぱさも抜けて一石二鳥。
お好みで粒状コンソメとお砂糖を煮詰めたケチャップに混ぜる。妹は甘い味付けが好みだから入れておく。後は具材とお米をケチャップと和えて、少し炒める。
そうしたら、しっとりツヤツヤ、真っ赤なベーコンケチャップライスの出来上がり。カロリーを気にしない猛者はここでバターを入れても良し。
さて肝心の卵。
今日はスタンダードな薄焼き卵で包むやつ。
ナイフで割ると、ほらとろとろー!みたいなのもいいけれど、敢えてここは普通のを。
何故ならとろとろの奴は成功率が低いから。私はどちらかというと不器用。見栄を張って失敗でもしたら目も当てられない。とろとろの奴はレストランで食べるものと妹を教育してきたので文句はでない筈。因みに慰めは……いらない……。
フライパンにバターを一欠片。火はずっと弱火。
あんまり熱くならないうちに卵をそっと注ぐ。
じゅわじゅわと卵に反応したバターがぷん、といい香りを放つ。菜箸でぐるぐるっとかき混ぜる。フライパンを回してまーるくなるように卵を伸ばす。真ん中にぐるぐるっとした卵を多めに寄せておく。外に向かって卵が薄くなるように。
外側がぱりっと、真ん中がちょっと生かな?くらいのタイミングで、真ん中に一人分のケチャップライス。
卵の手前と奥の部分をご飯を包むように折りたたんで、フライパンを奥の方に傾けて。
そして、用意した平たいお皿へ、フライパンごとぽんっとひっくりかえす。
ひっくり返ったオムライスは綺麗な楕円型。
フライパンの柄をとんとんして整形するプロ主婦の視線には気づかないふりをする。これ重要。
要は最終的に綺麗であればいい。
……これも、慰めはいらない……。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あれ?侍女さんたちは?」
料理が出来たので居間を覗くと畳の上で違和感を放っていた侍女さんたちがいない。ソファに座ってくつろぐ妹とカイン王子、そしてダックスフンドのレオンのみ。因みにソファは畳に直置き。
「帰ってもらったよ。ここは私の家なの。給仕なんてまどろっこしいものはいらないの」
妹の目が怖い。
今までの異世界生活で、何か思うところがあったようだ。カイン王子は、そんな妹をみて苦笑いしている。
……あまり深くつっこまない方が良さそう。
「……あ、そう。まあ、いいや。ご飯できたから運んでー」
「はあい。さあ、カイン何座ってんの。行くよー」
「なっ、私もか!?」
「当たり前じゃない。さっきも言ったけど、ここは私の家なの。ここにいるからには、我が家のルールに従ってもらうわ!ほーらほらほら!立てい!立ち上がれい!」
軽くカイン王子のお尻を蹴り上げる我が妹。
その衝撃的な光景に、思わず白目を剥きそうになった。妹の暴挙に肝が冷える。ジェイドさんも顔色が悪い。
だけど、あわわわわ!と慌てる私たちをよそに、カイン王子は少し困った顔をしつつも妹の言う通りに従っている。「まったく、ひよりは仕方ないな」とか言いながらも、ちょっと嬉しそうに見える。…………もしかして、カイン王子慣れていらっしゃる?うちの妹、まさか異世界にきてからずっと王族にこんな態度だった?
…………なんかとても土下座したい気分。
――妹の育て方間違ったあああああ!?
思わず頭を抱えてしゃがみこんでしまった私の背中を、ポンと叩いて誰かが慰めてくれた。優しいね、でも自業自得なの、ありがとう……そう思って振り返ると、ご飯を要求する我が家の犬の無邪気な顔があった。
……ちくしょうめ。
ちゃぶ台に4人分の料理を並べる。
バターでつやつやの金色オムライス。もう一つはとろとろコーンスープ。並べた瞬間居間が美味しい匂いでいっぱいになる。
料理を並べる妹も、ごくりと生唾を飲み込んで早く早くと周りを急かす。
護衛騎士のジェイドさんも一緒に食べることになった。何故なら我が家ルールを適用したから。ご飯はみんなで食べるもの!妹がドヤ顔でそういう側でちょっとジェイドさんは居心地が悪そう。……確かに自国の王族と一緒に食事なんて、私だったら勘弁してほしい。ジェイドさんの気持ちは痛いほど解る。
そんなジェイドさんを他所に、カイン王子はオムライスを上から横から物珍しそうに眺めている。
しかも、地べたに座って食事なんて新鮮だ!なんてとても楽しそう。そりゃちゃぶ台だし……でも座布団はちゃんとお客様用のふかふかのをだしているから、許されると信じたい。
「じゃあ、頂きまーす!」
妹が元気よくそう宣言すると、スープ皿に勢いよくスプーンを差し入れて、コーンスープを飲む。
「んんん〜!甘い!このとうもろこし、甘いねー!お砂糖入ってるみたいだよ」
「お砂糖なんて入ってないよ。寧ろ入ってるのは塩」
「それだけ元のとうもろこしが甘いってことだね〜。おねえちゃんが作るコーンスープ、この濃厚な感じが好き!」
にこにこ美味しそうに、どんどんスープがすすむ妹を見ていると頑張って作った甲斐があるってもの。
ふとみると、ジェイドさんも嬉しそうに妹の様子を見ている。ジェイドさんもいっぱい手伝ったもんね。
目があったので、小さく親指を立てておいた。ムフフ、とこっそり笑い合う。
私もひとくちスープを口へ運ぶ。
口へ入れた瞬間、びっくりするほど甘い。妹ではないけれど、砂糖が入っているよう。でも、その甘さはくどさのない自然な甘さ。
暫くするとふっとバターに入れ替わり、またひとくち運びたくなる味。
もうひとくちごくり。
じゃがいものお陰で、かなり濃厚な舌触り。飲むというより舌で噛んでいるよう。時折出会うとうもろこしの実も、ぷちぷちとしてなんとも楽しい。
「確かにこのスープは美味いな。……これが、ひよりの好きな味なんだな」
「うん。おねえちゃんの作るご飯は全部美味しいけどね!ほら、オムライスも食べて食べて!」
「ああ」
カイン王子のスープを見つめる視線がなんだか優しい。そして、スプーンを手にして、オムライスを一口すくい口へ運ぶ。
「米……というのか?初めて食べたが、一粒一粒にベーコンの脂の旨味と赤いソースの酸味が絡んで……。うん。これも美味いな。卵が少し濃いめの味付けを和らげてるんだな。バターの香りもいい」
「でしょ!あえてチキンじゃなくってベーコンなのがうち流なのよー。香ばしくて好き!因みに赤いのはケチャップって言うんだよ!」
私もはふ、とオムライスをひと口。
真ん中を厚めに焼いた卵はそこだけちょっと半生で、甘酸っぱいベーコンケチャップライスにとろとろ絡む。
とろり、ふわふわ。
しっとり濃厚なご飯を味わっていると、時たまベーコンと出会う。炒めて脂が少し抜けているけれど、まだまだ旨味を隠し持っていたこいつは、噛みしめるごとに濃厚な肉の味を与えてくれる。少し肉厚に切ってあるので、食べ応えは充分。ついつい食べながらベーコンを探してしまう。見つけるとなんとなく嬉しい。
――うん、美味しくできたなあ。
「ケチャップか。そちらの世界の調味料なのか?これは肉にも野菜にも合いそうだ」
「こっちにトマトって無いの?」
「ん?ああ、これはトマトを使った調味料か」
「そうだよー!これは市販品だけど、おねえちゃんが手作りしたケチャップもおいしーんだから!」
そんな話をしていると、気づくとあっという間に全員の皿が空っぽになっていた。
妹なんかは「もうちょっと食べたいな〜」なんて言っている。
食後に緑茶を人数分用意する。緑茶もこちらでは珍しいみたいで、紅茶と同じ葉だといったらカイン王子はとても驚いていた。
ほかほかの湯呑みはまだ肌寒いこの季節にぴったりで、両手で持ってその温もりを満喫する。
ずずっと緑茶をすすると、濃い味だった口の中がサッパリする。食後はやっぱりこれだなあ、としみじみ思う。
そうしてほっこりしていると、飲み終わった湯呑みを置いたカイン王子が、急に私と妹の方をまっすぐ見て頭を下げた。
「今日は……馳走になった。ありがとう。そして、謝らせてくれ」
「え」
いきなりの畏まった雰囲気に、思わず顔が引き攣る。
――王族が謝るって、凄いことなんじゃ!?
驚いて、思わず周りをキョロキョロ見渡すと、妹は体育座りでなんだかしゅんとしているし、ジェイドさんは俯き加減で神妙に話を聞いている。
「こちらの世界に私たちの都合で呼び出した挙句、ひよりに沢山負担をかけた。私たちの事情を押し付けて、追い詰めてしまった。本当に申し訳ないと思っている。
茜さんもだ。こちらの都合で離宮に閉じ込めたうえに、更に慣れない異世界で料理なんて、負担になるような事をお願いして図々しいにも程があると思う。けれど、私はこの国を守りたい。数百年間かけて溜まってしまった邪気を祓うには、ひよりの力が必要なんだ……。どうか、私たちのわがままを許して欲しい」
「…………」
妹は黙ったままだ。
私も直ぐには言葉を返せそうになかった。
カイン王子の瞳は真剣で、言葉ひとつひとつに誠意と決意が滲んでいるように思う。
王族として、国を、国民を守るのが彼らのあるべき姿だ。王族には大きな責任が常につきまとう。何万人という国民の生活がかかっているのだ。それを守る為に、しなければいけないことを迷ってはいけないんだろう。
彼の言葉は正しい。この世界にとっては、きっと。
だけど、巻き込まれた私たちから見たら?
突然今までの生活を壊されて、奪われて。慣れない異世界生活を強いられる私たちから見たら?
彼を、私たちを召喚した人たちを許すことは簡単だ。
邪気を祓うには危険も伴うらしい。それに備えて、妹は今必死で勉強や訓練をしている。少なくとも私たちにとってかなりハイリスクだ。
ここ暫く泣いた姿なんて見たことが無かった天真爛漫で元気だけが取り柄な妹が、追い詰められた挙句に私に泣きつく程度には、責任重大で辛さを伴うものだ。
……それに、実際危険な目にあうのも、大変なのも全て妹だ。私はただ待つだけしか出来無い。
親代わりで妹を育てて来たのは私だ。大切で可愛い妹なのだ。そんな彼女に危険な事なんてさせたくない、それが私の本心だ。
けれど。親代わりだったからこそ、私は知っている。
「カインは。カインは真面目だなあ。バカ真面目だなあ」
妹が少しだけ震える声で、そう言う。
「……追い詰められたのは、勝手に頑張りすぎたわたしが悪いの。わたしにしか出来無いことがあるんなら、やるべきだと思うもの。勉強も訓練も、頑張るよ。カインがわがままだと思うなら、ちゃんと危険がないように守って。……おねえちゃんのご飯さえ食べればわたしは元気百倍で、たくさんがんばれるんだから!」
最後の方は鼻水をすすりながら、そっぽをむいて言う妹。
そう、これがうちの妹。
両親や祖父母が死んだときだって、私が泣きじゃくっていても、ぎゅうっと無言で私を抱きしめて慰めてくれるような強い子で。
私の可愛い妹は、私の大事な大事な妹は、親代わりの私からしても贔屓目なく自分のやるべきことを間違うような子じゃない。そして一度やると決めたら、絶対にやり遂げる。そんな子なのだ。
だから、私は昔からそうだったように。
「妹の言う通りです。私は今までは役立たずでした。聖女の妹のように直接この世界に貢献はできません。だけど、私にも出来ることを、料理をする理由をあなた方はくれました。
……私は、ここで精一杯妹のために美味しいご飯を作ってサポートしますから」
私は妹のためにこの家で出来ることをする。あの子の居場所を守る、それだけ。
「カイン王子、うちの妹をよろしくお願いしますね」
笑いながらそう言うと、カイン王子は眩しいものを見るみたいに目を細めて、ふわりと彼も笑ってくれた。
「……ああ。全身全霊をもってひよりを守ると誓おう」
カイン王子は、帰り際も玄関で見送る私たちに深く一礼して、
「ひよりがあなたの料理が好きな理由がわかった気がする。一品一品からあなたの優しさを感じた。……また、私にもご馳走してほしい」
そう言って帰っていった。
使い終わった食器を洗っていると、妹が後ろから急にぎゅうっと抱きしめて来たので、手を止める。
「……おねえちゃん、ご飯美味しかった」
「うん」
「またオムライス作ってね」
「今度はオムハヤシにでもしようか」
「……!おねえちゃん大好き!」
お腹に回った妹の細い腕をぽんぽんと叩く。
背中に感じる妹の体温を心地よく思いながら、明日は何を作ろうかなあと、近い未来に思考を飛ばした。