金色オムライスととろとろコーンスープ前編
市場から帰ると、太陽が沈みかけ夕日が空を赤く染め始めていた。
夕食まで時間がない。私は早速料理に取り掛かることにする。
クリーム色で、可愛らしい小鳥の刺繍があるエプロンをつける。これは妹が10歳の時、私の誕生日にくれたもので気に入って良く使っている。
当たり前の様にジェイドさんもキッチンに一緒に入ってきたので、彼にも手伝って貰おうかと、昔祖父が使っていた紺色の渋めなエプロンを取り出して渡してみた。
一瞬目を丸くしたジェイドさんだけど、少し笑ってエプロンをつけてくれた。銀の鎧の上からエプロンをつけているので、なんだかゴツゴツして変な感じ。
思わずにやにやしていると、ジェイドさんもマジマジと自分の格好を見下ろして、何を思ったかピシッとポーズをとった。
……思わず、ぶっと噴き出す。
ジェイドさんも、口を手で押さえて肩で笑っている。そして目が合うとますます笑いがこみ上げてきて、お互い暫く笑いが止まらなかった。
……時間がないんだった。巫山戯るのはいい加減にしてご飯支度をはじめよう。
キッチンのテーブルにどさどさと買ってきた食材を広げて、今使わないものは冷蔵庫に収納する。
さて、今晩の夕食の材料。
ベーコン
玉ねぎ
トウモロコシ
じゃがいも
元の世界から持ち込んだ米
朝どれの鶏の卵
牛乳
今日のメニューは、オムライスにコーンスープ。異世界に来て初めての夕食作り。だから妹の大好物にした。
サラダは生野菜が季節柄手に入らなかったので今日は無し。
うちのオムライスはチキンライスじゃなくて、ベーコンケチャップライスが定番。チキンライスじゃないと嫌!って人もいるかもしれないけれど、ウチの母はいつもベーコンだった。私もベーコンとケチャップの組み合わせが好きだから、作るときはいつもコレ。
買ってきたベーコンは、鑑定によるとオークという豚の魔物の肉で作られているらしい。オークは頭が豚の人型の魔物とも鑑定に出て来た。……その説明って要るかなあ。なくてもいいよね?
実際人型のどの部分なんだろうかと内心戦慄していたら、肉屋のおっちゃんが丁寧にお腹のぷよっとした贅肉部分だと教えてくれた。筋肉が少ないから、ベーコンにすると油が甘くて美味しいらしい。
……私は何も聞かなかったし、鑑定で調べなかった!これはただの……お肉……!
ただ、赤身部分と白い脂身部分の割合が絶妙で、何も考えないで見るととても美味しそうなベーコンではある。
……実はオーク肉は高級らしい。なんてこった。
玉ねぎとじゃがいもは見た目は元の世界と変わらなかった。ただし木になるらしい。お前たち、土は恋しくないかい?
一番面白かったのはとうもろこしだ。生のとうもろこしが欲しかったけれど、夏野菜だから無理だろうと考えていた。穀物をたくさん扱うお店で、乾燥したとうもろこしを見つけたのだけど、店主に話を聞くとこのとうもろこし、水に漬けると一瞬にして瑞々しく復活するらしい。
どういう風に復活するか、実に楽しみだ。
ざるにお米を入れて水道の水で研ぐ。
そうそう、この異世界に私たちと一緒に転移してきた我が家。なぜかガス水道電気はそのまま使える。理屈はまたローブのおじさまがごちゃごちゃ小難しい事を言っていた。何はともあれ、ありがたいことに違いない。今から薪や炭で火を熾して調理しろなんていわれたって困る。
因みに米はうちに元々あったもの。今日、市場を散々米を求めて歩き回ったけれど、食べ慣れたお米はなかった。タイ米らしき細長いお米は見つけたので買っておいたけど……もしいつものお米が見つからず、今あるお米が無くなったら妹が荒れに荒れるのが想像できる。考えるだに恐ろしい。なんとかせねば。
お米を研ぎ終わったら、少しだけ固めに炊ける様に水加減を調整して炊飯器のスイッチをいれておいた。
次に材料を準備。
ベーコンは5ミリくらいの厚さに切って、更に短冊切りに。
ちょっと厚めが美味しい秘訣。
玉ねぎは皮を剥いてスープ用に薄切りに、オムライス用にみじん切りに。
因みに玉ねぎは冷蔵庫で冷やしておく。そうすると目にしみない……らしい。それを聞いて以来そうしている。それでも長々と触っていると、目にしみてきそうで怖いので、なるべく手早く。
とんとん、とんとん。
リズミカルに包丁がまな板を叩く音が響く。
すると、ぐすっ……と、何故か鼻をすする音。
驚いて隣をみると、ジェイドさんがうるうるしていた。
「な、なんで泣けてくるんですかね……」
「わぁ……ご、ごめんなさい」
何故かジェイドさんがしみてしまったらしい。
蜂蜜色の瞳からぽろぽろと涙が落ちる。
なんだか私が泣かせたみたいで、申し訳ない。
慌てておしぼりを水で濡らして渡す。
――そうだ、じゃがいもはジェイドさんに剥いてもらうことにしよう。
ジェイドさんの手元にピーラーとじゃがいもを押し付ける。目が落ち着くまで少し玉ねぎから遠ざけたほうがいいだろう。
「ジェイドさん、これむきましょうか」
「……なんでしょう。これ」
ピーラーを鼻をぐすぐすいいながら、まじまじと見つめるジェイドさん。
「誰でも野菜の皮が簡単に剥ける、魔法のアイテムですよ」
「おお!そちらの世界の魔道具ですか!」
――違います。
そういえばここは魔法が本当にある世界だった。
冗談で魔法の〜なんて言ったら本気にされるんだな、なんて思いながらジェイドさんにただの道具であることと、使い方を説明する。
ピーラーは間違った持ち方をすると、スパーン!と手の皮が削られるから……説明は大切だ。
ジェイドさんは見慣れない道具が好奇心をくすぐるのか、目を煌めかせながらゆっくりとじゃがいもの皮を剥き始める。
真剣なその様子がなんだかとても微笑ましい。
それを横目にみつつ、ざるを用意して例のとうもろこしを戻すことにする。
見た目は見慣れた乾燥コーン。このままフライパンでポップコーンでも作ってやろうかと思うような見た目。
ボウルに水を入れ、ざるにザラーッととうもろこしをいれる。それを、そっと水に浸した。
じゅわっ!ぽんぽんぽんっ!
「うわ」
すると、一瞬にしてボウルの中の水がとうもろこしの粒の中に吸い込まれる。乾燥していた粒がふっくらとして、まるで収穫したての様につやつやとしてきた。
異世界食材凄い!不思議!
試しに一粒取り出して指で押してみると、新鮮なものと遜色ない弾力がある。口にそっと含むと、じゅわっと汁が溢れ、強烈な甘みが広がる。まるで糖度の高い果物のよう。
――これでとうもろこしのかき揚げとか作ったら美味しいだろうな。もちろん塩で!からっとあがった、熱いところをはふはふいいながらかぶりつきたい。もちろん辛口の日本酒を冷やで!きゅーっと。
あまりの美味しさに思わず思考が晩酌方向へ飛んでいってしまう。
こちらへ来てからずっと晩酌していないからだろう。思わずよだれが口内に溢れ、辛口の日本酒を思い出して喉がなってしまった。
――ああ。酒呑みの性よ。いまは耐えて。
ふう、と息を吐いて自分の理性を奮い起こす。
水を十分に吸い込んでつやつやしているとうもろこしを、もう一度流水で洗い流す。一部をスープの具材用に取り置き、他は鍋の横にスタンバイ。
「出来ました!どうですか、茜!」
漸くじゃがいもを剥き終わったジェイドさんが誇らしげに、真っ白にむけたじゃがいもを差し出してくる。「俺もなかなかのものでしょう」と胸を張っているところが子供みたい。
――さすがピーラー。綺麗に剥けてる。
なんて意地の悪い言葉は胸の中に封印して、上手ですね!初めてとは思えません!と褒めておいた。
すると、いつもより2割り増しで嬉しそうな顔をして、興奮して耳を真っ赤に染める。ジェイドさんは確か私の年上の筈なのに、なんだか凄く可愛く思えて、緩む口元を隠すために思わず顔を逸らした。
なんだか彼の後ろにブンブン振られる尻尾が見えるような気がする。
――ああもう、私の中の妄想よとまれ!
内心の動揺を知られたくなくて、次の作業に集中することにした。
ジェイドさんが剥いてくれたじゃがいもを火が通りやすいように薄切りにする。
鍋を用意して、バターを一欠片。
じゅわじゅわとバターが溶け始めたら、バターが焦げないように気をつけつつ玉ねぎを投入。とろとろになるまで炒めたら、じゃがいもも合わせる。全体にバターが絡んだら、とうもろこしも入れて更に炒める。
薄い黄色だった粒が火が通るにつれ、綺麗な黄金色に変わる。バターの香ばしさと玉ねぎの炒まる甘い香りが鼻をくすぐる。このまま塩胡椒して食べても美味しそう。
十分に炒まったら、水を材料が被るくらい入れて、コンソメをいれる。そしてじゃがいもが柔らかくなるまで煮る。
ことこと、ことこと。
沸騰する湯の中で、金色のとうもろこしとじゃがいもが踊る。
「コーンスープなのに、じゃがいもが入るのですね」
「うーん、一般的にはあまり入れないような気がしますけど、うちは入れるんですよ。お店で出るようなのは入れないでしょうね」
確かにコーンスープなのに、玉ねぎは兎も角じゃがいもとは此れ如何に。
私としては、じゃがいもを入れた方が好き。コーンだけだとさらっとしすぎな気がして、じゃがいもでトロトロにするイメージ。
生クリームで濃厚さを出してもいいのだけど、あんまり脂肪分を足したくない。カロリーが気になる乙女心と、少量でも意外といいお値段のする生クリームを使いたくないお財布事情によりじゃがいも一択。出来上がりはかなりどろーっとするので、もったりしたスープが好きな人にはお勧め。
暫くしてじゃがいもが柔らかくなったら、火を止めて粗熱をとっておく。
さて、そろそろかな。
そう思って玄関の方を意識して耳をすます。
すると――ばたばたばたっ! と騒がしい足音がこちらに近づいてきた。
「おね――ちゃん! ただいまー! お腹すいた!」
「こら、ひより。戸を乱暴に開けない! 帰ったら手洗いうがい! あと着替えて来なさい!」
「可愛い妹が帰ったっていうのに、しょっぱなお小言ですかー。おねえちゃんはお母ちゃんかなんかなの」
「いや、姉だよ」
「姉なら妹を甘やかすべきだ!」
「はーい、いい子でちゅねー。はい、早く着替えて手を洗ってくる!」
「おねえちゃん冷たい!」
嵐のように騒がしくやって来た妹は、きーきー私に文句を言いながらあっという間に自分の部屋に去っていく。
そんなやりとりを、私は妹の方を一切見ずに流しつつ、卵をボウルに次々と割り入れた。
「えーと」
すると、その場に聞きなれない声が聞こえた。
ん?と不思議に思い、戸の方を振り返るとそこにはキラキラしいカイン王子。ジェイドさんは気づいていたらしく、カイン王子に場所を譲り、少し離れた所に控えている。
カイン王子は実に居心地悪そうに視線を彷徨わせて、遠慮がちにこう言った。
「私も手を洗った方が良いのだろうか?」
――これは、洗面所までご案内すべきなのかしら。
なんとなく頭の中が混乱して、私は固まってしまった。